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9 アリアと変な大魔法使い②


「へぇ、そうなんだ。じゃあ二人は帝都に来たばかりなんだね」

「そうそう、さっきリンクスランド(ステーション)についたのよ」

「まぁ田舎と言ってもすぐそこだけどね」


 そうなんだ、ともう一度ヘンリーは口にする。


「お兄さんは一人?」

「いや、妹と二人で。誕生日にシャンパーニュが取れたから」


 誰が妹だって?

 そして予約なんてしていなかったろうに。ヘンドリクス―――ヘンリーは楽しそうに嘘をつく。紫煙が瞳に灯ったのを見て、嘘が見えなくなったわけではないことを理解した。

 奔放なその男は私の方をちらりと見る。


「あら、優しいお兄さんね」

「良かったわね。こんなかっこいいお兄さんがいて、さぞかし自慢になるわ」


 女の子達が振り向いて私に微笑みかけた。ナイスバディな茶髪の女の子を見るに、魔力を少し持つだけの一般人のようだ。濃い茶色は殆ど魔力なしだと言われていた。

 もちろん、魔力なしだからといって迫害されるわけではない。この国の半分は魔力を持たないのだ。――その中でも、赤茶は結構珍しいが、私の錆び付いたようや赤毛は特に"レゼ"に相応しくないから、余計目に留まりやすいのだろう。国防の要を握る魔法使いという人間は、民間人にとっては特別な称号のようなものだから。


 ヘンリーが施した認識阻害の魔法により目の前の2人には"勘違いアリア"であることはバレていない。何より、話を聞いた限りは帝都"リンクスランド"に来たのは今日が初めてと言うのだから私のことを知らないのも頷ける。

 とりあえず否定はせずに笑っておこう。多分ヘンリーには何かしらの理由があるのだろうから。


「あは、あはは……」


 私は目の前にあるショートケーキにフォークを突き立てながら曖昧に笑う。確かに誕生日ケーキみたいなプレートが来たなとは思ってたけど本当に誕生日ケーキだとは思わないじゃん。

 よく見たら横に添えられたクッキーに親愛なる妹にって記されていた。いつの間に書き換えられたんだろうか。魔法の無駄遣いだ。


「それで、ここって最近有名なんだ?」

「そうなのよ。パワースポットとして紹介されてるの」

「シャンパンじゃなくて、パワースポット?」

「ええ、ここだけじゃないわよ。最近帝都はマナがよく集まってるから、人に良い気を与えるそうよ。これから色々回るつもり」

「そりゃ知らなかったよ。外から見た方が分かることもあるんだね」


 その後もヘンリーは楽しそうに会話を続けていた。さっきの殊勝な態度が嘘みたいに。








「……結局調査に付き合わせたかっただけってわけ」


 ヘンリーは女の子に微笑みながら別れの挨拶を済ませている。「美しいお嬢さん」だなんて口説き文句を口ずさみながら頬に口をつけた。色男は結局女遊びが忘れられないのだろう。

 喜びが滲む声を上げた女が優越感に目を細めて()を見る。そう言えば、この子には妹だと伝えていないんだっけ。

 どうでもいいけど。


 私がシャンパーニュで料理を楽しんでいる間に凡そ八人の女性に声を掛けたヘンリーは、悪びれる様子もなく支払いを済ませた。きっとこの店に入った時からずっと魔法を掛け続けているのだろう。女の子に何度声をかけても、お店や他の客から苦情は来ないし、当の女性達は驚くほど簡単に気を許した。


 ちょっと美しい顔で楽しい話をされると女は直ぐに気を許すらしい。私は今日とんでもなく有意義な授業を受けた可能性がある。

 外で男に声を掛けられても喜びすぎてはいけないってね。


「ありがとう、アリア。君のおかげだ。色々と助かったよ」

「そんな笑顔で微笑まないで。とてつもない殺意を感じるから」


 くっ、ちょっとイケメンにいい雰囲気でいい感じの言葉で慰められていい気分になってしまった……!

 あー恥ずかしい!

 お別れをしたばかりの女がこちらを睨みつけている。先に店を出たはずの女の子達が何人か目の端に映る。まさか出待ちでもしてるんじゃないでしょうね。

 やんわりと肩を抱いてきたヘンリーの手を払いながら、私は殺意が薄れるのをじっと待った。


「ああ、アレが気になる? いいよ」


 女の子達が集合している場所を向きながら、手のひらでそっと真横に横断させる。途端に感じた魔力の流れが途絶えて、ギラギラとした熱の塊を浮かべていた彼女らはなんでこんな所にいるのだろうかと首を傾げながら解散して行ったのだ。

 この男、人の好意を勝手に消した……!

 私を見るヘンリーが補足するように付け足す。


「好意って火種のようなものだからさ。少し水を掛けてあげると落ち着くんだ」

「私はその事に驚いてるんじゃなくて勝手に人の心を弄ったことに関して驚いてるんだけど!」

「心というほど大袈裟な物じゃないよ。そもそもその好意も僕が植え付けたものだし」

「はい……?」

「好意を抱いている相手の方が何でも話してしまいたくなるものなんだよ」


 ――こいつひょっとしてサイテーな男なのでは?


 アリアは返事を忘れてヘンリーの言葉を聞いていた。彼は自身が身に纏う衣服に何かを呟いた。魔法の呪文であることは確かだ。このタイミングでということはつまり、この男"女の子から好意を持ってもらうような魔法"を使ったということだ。

 確かに女の子達はかなり饒舌にはなしてくれたとは思ったが、そんなからくりがあるだなんて思わないだろう。


「でも火種をそのままにしておくと大きくなっちゃうから。……この間酷い目にあってさ。女の子は可愛いけど、報復は恐ろしいよ……特に魔法使いは気をつけなきゃ」


 そう言えばミュリエルがバチボコに火魔法で嬲られたと言っていたことを思い出す。ヘンリーが顔を真っ青にして自分の体を抱き締めるのを眺めて、あれは冗談ではなかったのかと理解した。


「何それ……じゃあ魔法があれば好きでもない男を好きになっちゃうってこと……?」


 じゃあ私が今までなんかいいなあって思ってた男たちが揃いも揃ってそんな魔法を使っていたなんてことがあったかもしれない。


「あはは、酷いなぁ。好きでもない男って……。彼女たちは元々僕をいい男だと認識していたんだ」

「すっっっっごい自信ね?」


 分かってましたよ。魔法耐性のある私がそんな魅了にかかるわけないってね。結局今までの不服な失恋遍歴が全て私の身から出た錆だとわかって落ち込みそう。

 楽しそうに立ち上がったヘンリーが恭しく手を差し出した。エスコートされている。

 それを拒む明確な理由もなかったから、私は大人しく手を取った。


「女の子はもういいって思ってたんじゃないの?」

「うん別にいいな、と思ってたんだけどやっぱ女の子っていいよね。あっでも魔法使いは本当にもういいって感じ!」


 とんでもなく陽気に言ってのけた男の姿に思わずため息が洩れた。

 支払いは全て済まされ、今迄になく丁重なエスコートが私を待っている。

 シャンパーニュは美味しかったけれど、付随して得た記憶が最悪だ。これから先シャンパンを飲んだ時、今日のことを思い出してしまう。


「女の子は暫くいいよ、本当に。仕事の方が立て込みそうだからね」

「へえ」

「僕一人だと外聞が悪いだろう。ナンパみたいになるじゃないか」

「……それもそうね」


 ナンパっぽくならないためだけに声を掛けられた私は何なんだ。ちょっと自惚れた自分が恥ずかしい。

 まぁ今に始まったことは無い。妹という立場は体のいい断り文句に最適だろうし。


 つまり今度はこの店が怪しいということか。百年も続く老舗なんだから中の厳しさは想像にかたくないと思うのだけれど。


 ヘンリーは地面をつま先で二度叩いた。煉瓦が並べられたメイン・ストリートは舗装がされていてピッタリとくっついている。それこそ煉瓦のひとつもズレていない。

 そのピッタリくっついた隙間から、魔力が流れていく。光の鳥がパタパタとヘンリーの腕を伝って耳元に近づき――イヤリングにぶらさがったサファイアに吸い込まれていく。


「……どうやらここいら一体がマナスポットになっているのは事実らしい」


 先程提供があった情報を既に精査していたみたいだ。私の横で真面目な顔をしたヘンリーは反対側のイヤリングからまた鳥を出して、今度は空に放った。真っ白な鳥は飛び上がって直ぐに空気に溶けて行く。


「今の鳥は?」

「僕の体は一つしかないからね。効率よく情報を集めてるんだ」


 パチンと指先を鳴らすと白い鳥がまた現れた。手袋越しなのにまるで皮膚を鳴らしたみたいだ。

 どうやら鳥型の使い魔らしく、ヘンリーの魔力が十分に備わっていることがわかった。興味深く眺めていれば、触ってみる?と悪戯じみた顔で笑った。

 もちろん触るに決まっている。人の使い魔に触れる機会なんてない。指先で頭のてっぺんを軽く撫でればクルクルと奇怪な鳴き声を上げた。鳥ってこんなんだっけ?

 でも指先に頭を押し付けられるのは可愛い。


「君、そう言えばアネッサに通っていたんだよね?」

「通う程じゃないわよ! 行ったのだって二、三回だし」

「盛大に振られた日が最後らしいね」

「その話今必要だった……?」


 的確に地雷を踏み抜く才能でもあるんじゃなかろうか。ヘンリーはそれはそれはしみじみと「そんなに悪くないと思うんだけどなあ」と呟いた。何に対して悪くないと思うなのかは問いたださなかった。本気で殺意が芽生えそうだったので。


「勘違いされたら困るから言っておくけど、別に心を直接弄ったわけじゃないよ。それじゃあ楽しくないし」

「楽しいか楽しくないかの問題じゃないと思うんだけど」

「ちょっと魅力的に見える魔法を自分に掛けただけだよ? 元々魅力的だからより一層効果が現れるだけなんだ」

「その話、長くなりそうね」


 私は盛大にため息をついた。結局彼は自分の美貌に自信があるのだと言うことだけが分かった。

 私とは程遠い人種だ。次第に何匹かの鳥がそれぞれに集まって、ヘンリーはその一つ一つから情報を聞き出して体に馴染ませて言った。人避けの結界がいつの間にか張り巡らされていて、気がつけば私とヘンリーがここにいることに気が付かない人が通り過ぎていく。

 楽しそうに調査を続けるヘンリーが、また「魅力的に見える魔法」をかけたのが目に映る。

 そんな、髪の毛を整えるみたいなレベルで使うんだ……。


 もう一度、盛大にため息をつく。


「お姉ちゃんの言う通りね、いくら顔が良くてもあれじゃ大変だわ」


 きっと彼の相手に相応しい人は、自分を永遠に磨き続かなきゃいけない。


閲覧ありがとうございます。

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