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6 黄昏の魔法使い

「それ……"黄昏の魔法使い"じゃない?」


 暗黒魔法による洗脳について――男の行動理由のみを伏せて――洗いざらいそれこそ台詞の一つ一つを説明しながら行われた長い長い説教の後に告げられた言葉に、アリアは首を傾げた。

 どうやら私を助けてくれたなんかすごい魔法使いは有名人らしい。

 お説教が終わったあとの姉は優しかった。兄達も揃って次からは気をつけなさいと厳しくいいつけて今は心を落着けるためのティーパーティーである。

 サラがお気に入りの紅茶を、と差し入れしてくれたものをみんなで飲んでいる。


「何それ」

「《黄昏》の固有領域を持つ魔法使いと言えば"黄昏の魔法使いヘンドリクス"が一番最初に浮かぶわ、私なら」


 どうやら《黄昏》というのは大魔法使いの二つ名のことだそうだ。そういえば姉にも《白金(プラチナ)》という二つ名がついていた。あれは回復魔法を使う時に髪が白金色に光り輝くからだと思っていたが、姉も固有領域を持っているのだろうか。


「ええ、私にも固有領域はあるわよ。まあほとんど使うことがないけどね」


 私の疑問を先に汲み取ってか説明してくれた。どうやらサラが言う通り二つ名を持つ魔法使いはほとんど全員が《固有領域》持ちらしい。まぁ私の家族は全員大魔法使いなので全然不思議では無い。

 レズリーお兄ちゃんは《銃弾》、ドアンお兄ちゃんは《氷獄》、お父さんは《雷帝》、お母さんは《煉獄》という二つ名がちゃんとあったようだ。兄達の話を聞きながら長らく一緒に過ごしていたのに全く知らなかったことを思い知る。


「しょうがないわ。《固有領域》の話はあまりしないものだし……私も、お父様とお母様の固有領域を見たのは一度だけなのよ」

「そういうものなの?」

「ああ、固有領域を気軽に使うなんて頭のおかしい魔法使いだけだからな」


 ははは、黄昏の魔法使いのこと頭ごなしに頭がおかしいと言っている。レズリーお兄ちゃんは歯に衣着せぬ物言いで笑った。

 どうやら彼の名前は"ヘンドリクス"でほとんど確定のようだ。私が見た彼の印象や姿形を伝えれば姉が苦虫を噛み潰したような顔で「今のところ99.9%程度はあの男の可能性がある」と呟いた。

 そういえば姉は黄昏の魔法使いと同じ歳だった気がする。面識があるようだ。それもかなりの。

 大魔法使い"ヘンドリクス"と言えば名前だけは知っている。帝都では兎に角噂話が駆け巡ってる。――そう、とんでもない女たらしという噂で。


「いい? アリア、黄昏の魔法使いヘンドリクスは顔はすこぶるイイけどめちゃくちゃ変人なのよ」

「そうなの……」

「そうなの。だからアリア、いくら顔が良くても変人はダメよ。貴方が苦労するわ」


 一体どこ目線の心配事なのだ。無用の心配とはこういうことを言うんだろうな。


 サラは黄昏の魔法使いの噂話を幾つか思い出しているようだった。


「黄昏の魔法使い様ってとんでもない美形で物腰柔らかくてレディーファーストでいつも女性を傍に置いていると聞きましたわ。確かに舞踏会などではよく麗しい方を連れて出席されている印象がありました」

「あら、かねがね正解ね」

「あとは――来る者拒まず、去る者追わずではあるけれど、唯一の人を決めない、とも」


 サラの言葉を姉は特に否定しなかった。姉は事実でないことはきちんと証言するタイプなのでやはり事実なのだろう。


「二股を掛けまくってるってこと!?」

「いえ、彼はとても紳士なので女性を軽んじることは無いと聞いたわ。私が聞いたのは"妻にして欲しいと頼んだら魂をくれるかと誓約を迫られた"というものよ」

「とんでもなく重い男じゃない!?」


 もちろんプロポーズをした女の子は駆け足で逃げ出したらしい。それからというもの彼の周りにいる女の子たちは安易にプロポーズが出来なくなったようだ。あわよくばと傍で愛想を振るの出そう。

 "誓約(ゲッシュ)"というのは簡単に言えば魔力を通した約束事のことだ。魔法使いの誓約は絶対で、魔力を通して結んだ約束は必ず守らなければならない。そこには自身の全ての魔力を賭けているので、約束を破ってしまった場合魔法使いは全ての魔力を失う。

 もっと恐ろしいのは魔法使いと約束を結んだ人間が、その約束を破ってしまった時だ。魔力を持たない人間が払う代償はその命だ。


 ――なんて恐ろしい約束を取り付けるのよ。守っても破っても同じじゃない!


 死ぬまで――いや死んでも一緒にいたいとかいうそう言う想いなんだろうか。いや重すぎるよ。


「女たらしというのは噂だったのね」

「いや、女たらしなのは事実だと思うよ。黄昏の魔法使い様、振られると直ぐに口説きまくるから。この間同時に五人くらいにアピールしてて最初に告白してくれた人と付き合ったらしいんだけど残り四人にとんでもない報復をされたと聞いたわ」


 サラの話す舞踏会の裏話に今から震えている。サラは幼い頃からそんなことが起こる社交場に出ているのだから偉すぎる。


「黄昏の魔法使いにとんでもない報復が出来る淑女たちも私は怖いよ……」

「婚期が近い貴族の女と言うのはそういうものよ。階級が低ければ低いほど婚姻に重きを置くから」

「貴族は大変なのね……」

「その分の裕福さでもあるわよ」


 卒業後レグリオンとして顔を出す必要があるかもしれないと考えただけで憂鬱だ。絶対えらい目に遭わされる。


「アイツの悪いところは全部本心で話すところよね」


 お姉ちゃんが呆れたようにため息をつく。


「やはり事実ですか?」

「ええ、その後四人のうちの一人が魔法使いだったためにバチボコに火魔法で嬲られて二回死んでたわ」

「過激だね……」


 激しめの比喩に思わず苦笑いした。魔法使いの嫉妬は恐ろしいものだ。


「そういえば次会う時に名前を教えてくれるって聞いたんだけど、また会いに来るつもりかな?」


 最後に名前を聞こうとした時、彼はそう言ったのだ。あの時は何言ってんだこいつと思ったが、黄昏の魔法使いであるならば問題ない。

 どうやら黄昏の魔法使いはお姉ちゃんと同じ学年で――同じ年に飛び級で卒業していたのだ。つまりお兄ちゃん達とお姉ちゃんと黄昏の魔法使いヘンドリクスは卒業同期ということになる。頭がこんがらがってきた。

 話を聞いてみるにお姉ちゃんは黄昏の魔法使いに辛辣ではあるがそれなりにしんらいはしているようだ。「魔法使いとしては」という注釈が入りそうなところもあるが。


「と、言うことはハリーが帝都に戻ってきたのか」

「領地に引きこもっていると思ったけれど、そろそろ向こうの女に飽きたのかもね」


 ドアンお兄ちゃんの言葉にお姉ちゃんがいたずらっ子の笑顔で返した。お兄ちゃん達の中で黄昏の魔法使いは女にだらしない男ではあるらしい。紳士で一途だけど女たらしな大魔法使い。属性がめちゃくちゃだ。


「本当に女遊びが激しいよな〜。逆に不器用なんだろうとは思うけど」


 レズリーお兄ちゃんにこう言われてしまったら終わりだ。


「おい今失礼なこと考えたろ」

「全然考えてないからこっち来ないで!」


 私の分のケーキ全部取る気でしょ!


 私はレズリーお兄ちゃんからショートケーキを守るために必死に皿を持ち上げた。


「ん。お前それどうした」

「それ?」

「リボン、いつ付けた」


 レズリーお兄ちゃんが見つめるのは私の右手に巻かれたリボンだ。魔法で結えられたリボンはただのリボンじゃなくて輪っかがたくさんある豪華な感じのリボンである。レースの着いたリボンは豪華でちょっと嬉しかったのは事実。


「え? 初めから付けてたわよ?」


 今更これに注目されても困る。私は素直に黄昏の魔法使いに付けてもらった、と伝えた。


 うわ、と歪むレズリーお兄ちゃんの表情を見ながら今の返事の何が悪かったのかを考えていると――――。


 パチン、と指をならす音が響いた。


「やぁこんばんは。お招きありがとう」


 レズリーお兄ちゃんの表情の理由に気がついて私も同じく顔を歪めた。

 そういう事か〜〜〜〜〜〜〜〜。そっか〜〜。私が案内しちゃったってことだよね〜〜〜〜〜〜〜〜。


 同じく全てを察したお姉ちゃんはとびきりの笑顔で黄昏の魔法使い――ヘンドリクスに近づいた。


「お帰り頂いて!」


 ビシ、と指先は玄関を向いている。


「久しぶりに旧友に会ったと言うのに茶も出さずに放り出すのかい? さすが"黄金の宝石"はやることが違う」

「新鮮な自殺願望ね。いいわ、できる限り苦しめてあげましょう」


 お姉ちゃんは黄金の宝石と呼ばれるのを大層嫌う。人を商品のように語るのがイラつく、というのが彼女の言い分だ。

 確かに黄金の宝石と口にする奴らのことを私も好きになれない。そういう男たちは純粋にお姉ちゃんを好きなった学園の生徒とは違ってその肩書きの方に興味がある場合が多いから。

 的確にお姉ちゃんの地雷を抜くあたり多分仲は良い――悪いんだなと理解する!


「ミュリエル様! 流石にそれはまずいと思いますわ! アリアが悲しみますよ!?」

「うん、うん! 殺しはまずいと思うっ!」


 姉が加害者になった号外なんて見たくない。殊更愛嬌のある声色を意識してお姉ちゃんに語り掛ける。姉は私にとことん甘い。

 とことん甘いのだが――――。


「アリア、貴方は優しい子ね……でもダメよ。この男は一度ちゃんと叱っておかないと同じことをするの。《雷霆の矢(ケラウノス・アロー)》」

「それ最上級神聖魔法で攻撃魔法だよね!?」


 めちゃくちゃ我も強いのだった。


 しかも拳を固く握りこんで魔法で強化(ブースト)しながら殴ろうとしてない!?

 黄昏の魔法使いはブチ切れたお姉ちゃんを前にしても全く焦る様子は無いしどこかニコニコとしている。それが虚勢じゃないことが余計に怖い!

 神聖魔法が放たれると同時にドアンお兄ちゃんがお姉ちゃんと黄昏の魔法使いの周りに防御壁を構築する。

 私とサラをサッと背中に隠すところは紳士でいいと思う。

 凄まじい衝撃波と共に雷が落ちたみたいな光が発した。いやもろ雷だった。雷が屋敷で発生して黄昏の魔法使いを貫いた。

 ドアンお兄ちゃんの完璧な防御壁で屋敷の中は変わらず整っている。


 目の前の黄昏の魔法使いだけが地面に仰向けに倒れていた。


「し、しし、死ん……だ?」


 お姉ちゃんが私のせいで犯罪者になってしまった。私が……暗黒魔法関連に巻き込まれたばかりに……!

 ドアンお兄ちゃんの背中にガッシリと捕まりながら恐る恐る確認する。

 とうの加害者である姉は至極つまらなさそうに口を開く。


「アリアが心配するからさっさと起きなさい。眠気覚ましにはちょうどいいでしょ」


 ミュリエルの言葉にピクリと方を震わした黄昏の魔法使いは上半身を上げながらにっこりと微笑んだ。胸には光の矢が貫かれていて口からは血を吐いている。ゲボゲボと咳をしたら更に地面に吐血した。

 めちゃ弱ってますけど!?


「ヤダなぁ。蘇ると言っても死ぬ時は痛いんだよ?」


 私は思わず悲鳴を上げた。死んでない方が怖いのよ。

 次の瞬間には光属性系の魔法を使ったのか胸の傷だけではなく服ごと綺麗に再生された。よく見たら服が変わっている。白が基調の魔法使いらしいローブに包まれた姿から濃紺の軍服のようなものに変身している。

 それ必要な魔法だった?

 お姉ちゃんが「まだ不必要に着替えてるのね」と悪態をつく。昔からこんな感じなのね……理解したわ。


「馬鹿ね。痛くなるようにしてるのよ」

「ねぇ今眠気覚ましにはちょうどいいって言ったのこの人だよね?」


 それに対しては私も同意の姿勢だ。

 どうやら黄昏の魔法使いヘンドリクスはとってもお姉ちゃんと仲が悪――良いのだと思う。


「ああ、驚かせてすまない。僕は魂を隠しているから、物理的に心臓を貫かれただけでは死なないんだよ」


 然るべき魔法により蘇ったこの男は、一度死んだと言うのになんてことなさそうに笑った。頭がおかしくて普通にスルーしていたが一度死んで蘇るというのはめちゃくちゃ高度な魔法で、――私は見たことも聞いたこともない。

 魔法は神秘の力で私たちは自然界に存在する魔力と、自分の体に流れる魔力を扱うことが出来るが、それを生命の作用に使うことなんて普通は出来ないしとんでもない代償がありそうなものなのに。


「わざわざアリアに座標を指定してまで何の話をしに来たの?」


 座標というのはこのリボンだ。あの時既にこの家に来ることを認識していたのだろう。どうしてこう遠回りに訪れたのかは謎だが。


「手っ取り早く言おう。最近の暗黒魔法に関する事件が多すぎるよね」


 へらりと笑っていた黄昏の魔法使いから笑顔が消えた。


「今月で既に五件。――アリアのを入れると六件ね」


 ミュリエルは指折り数える。


「彼女から聞いてると思うけれど、彼はただの地方ギルドの冒険者だ。特に功績を上げたわけでも素晴らしい能力を秘めているわけでも、魔法使いの才があるわけでもなかった。だがどういうわけか領域転化を試行した」


 今までの暗黒魔法絡みの事件は精々暗黒魔法で作られた商品の売買などがメインだ。中には無許可で暗黒魔法を使用して魔法使いの取り締まりがあったが、今回のように一般人が暗黒魔法に手を染めることはなかった。

 何も始まりはアネッサだけでは無い。そろいらの店では秘密裏に黒い夢が売買されているのはまことしやかに囁かれる噂だ。


「統計上、上級魔法使いが使用する領域転化――しかも暗黒魔法を使用するため、か。一般人が思いつくとは思えないな。ルペルトから連絡でも来たか」

「そういうこと」


 ドアンお兄ちゃんは提示された情報から黄昏の魔法使いの依頼主を嗅ぎ当てた。隠し立てすることも無く彼は素直に頷いた。

  ルペルト皇太子――その名をルペルト・アルダール・ヴィッテルシュヴァルツ。ドアンお兄ちゃんとレズリーお兄ちゃんの同級生で――お姉ちゃんとは大親友で犬猿の仲である。

 高名な大魔法使いであり三代目皇帝でもたるアルダール系譜のヴィッテルシュヴァルツであるルペルト皇太子は皇位継承者第一位でありながら魔法使いが権力を持つことを良しとしない貴族からの支持は得られていない微妙な立場なのだ。

 どうやら黄昏の魔法使いとレグリオンは第一皇太子派、ということになるらしい。直々に命令が下されるということは余程の信頼関係があると見た。


「調査のために帝都に移住することになった。宜しく頼む」

「――え? 何を?」


 ミュリエルお姉ちゃんの間抜けな返事が響く。私たちの心の声の代表とも言える。

 何をよろしく頼まれたのだ、今。カップソーサーが音を立てて机に置かれた。


「この隣の屋敷――レニーマイン111を借りたからどうぞよろしくね、という意味だよ」


 その住所は確かに地図上で言えばレグリオンの隣に位置する。

 レゼの名を賜った一族にはそのまま大きな屋敷が与えられた。国に貢献する正しき魔法使いが今後長く帝国を支えることを祈って。

 そうして長いあいだ血筋を繋いだ私達レグリオンの周りに住む人間はいなくなった。

 規格外の大魔法使いが継いで生まれてしまったせいで「大魔法使い様の傍で暮らすなんて恐れ多い」と飛び出して行ったのだ。残っているのはドミニク侯爵家と、少し離れた場所にある遠い昔に古い貴族が住んでいた屋敷のみ。

 つまり手付かずのまま廃墟になっている訳あり物件に住むと言っている。この男。


「あの"誰が買うの?"と長らく言われていた広すぎる上に人が住んでいなかったせいでほとんど廃墟と化して死霊達が息づいていると名高い、ゴーストハウスと言われていた隣に? つーか隣じゃないだろ。2000フィートぐらい離れてたろ」

「うん。だから隣に空間移動させた」


 空間移動させた。

 本当に何を言ってるか分からなくてずっと虚空を見ていた。


「これだからハリーが来るとろくなことが起きないのよ! 頭のおかしい住人が増えたわ! レゼっていつもそう!」

「レゼってなんでこんな頭おかしいやつばっかなんだ?」

「レゼの名を持つ故にぶっとんだ行動をしてしまうのかもな」


 ミュリエルお姉ちゃん、レズリーお兄ちゃん、ドアンお兄ちゃんが順番に口を開いた。


「「「―――レグリオン以外は」」」


 そうして揃った声が綺麗に響く。

 私とサラは開いた口が塞がらなかった。


「アリア……」

「ええ、サラ、大丈夫よ。私がこの世で一番まともな思考をしているレゼの自覚はあるわ」

「それに関してだけは容易く頷いてあげるわ」


 レゼを名乗る大魔法使いと言うやつはどこに行っても頭がおかしいものだと定石が決まっていたのだった。



 ◇ ◇ ◇


 夜も遅くなるからと強制的に開かれたお茶会はドアンお兄ちゃんがサラを屋敷に送り届けることを皮切りに終了の時刻となった。

 あの後驚異的なコミュニケーション能力でいとも簡単に家族団欒の最中に紛れ込んできた黄昏の魔法使いを見ながら私は盛大なため息をついた。

 なんかもう、お礼をしようと思っていたのだがそれどころではない。

 というか隣に住むことになったこの男はあろうことか勝手に屋敷の中に転移魔法を構築し出したのだ。ものの数秒で完成してサラが泡を吹きそうになっていた。

 しかも確かに隣の土地に立派な屋敷が出来ていた。昔あった廃墟のところには何一つない。土地ごと、何一つ。

 帝国の土地法に抵触するのではと怪訝な様子で聞いた姉の言葉に「ルペルトがOKだって」とすこぶる軽く言った。

 それに対するお姉ちゃん達の反応が「じゃあいっか」なのだからおかしいと思う。

 だからレゼの魔法使いは才能ある変人と言われるのよ。


 しっかりと家の中に転移門の魔法が施された。ミュリエルお姉ちゃんは大層不服そうに「アンタの家にも帰りの門を書いときなさい」と命令していた。

 多分今日の夜にはできてる。


 黄昏の魔法使いはレゼの中でも頭ひとつ抜きんでている、という噂の真偽を知った日だった。

 ああ忙しいと言いながらお姉ちゃんは屋敷を駆け回り、レズリーはいつになったら暴れられるだろうかと魔器の手入れに手を出した。もちろん魔具は拳銃だ。少し先が長めに作られていた。暴れる準備が早い。


 慌ただしい屋敷の中で黄昏の魔法使いヘンドリクスは私の向かい側に座ってじっと私を見ている。長いこと、ずうっと。


 サラが残していった紅茶を啜りながら居心地の悪い空間でため息をついた。


「うん。やっぱり、懐かしいのはミュリエルの家族だからって可能性もあるかと思ったけど……杞憂みたいだ」

「はあ……」

「ミュリエルはミュリエルのままだしこの懐かしさはやはり君自身、なんだろうって」

「私は懐かしさを感じてないですけど」

「でもどこで嗅いだ匂いかはよく分からないんだ。遠い昔のような気もするけど――ああ、ダメだ。頭がモヤつく」


 やっぱり私の言葉、聞こえてないな?

 何かを考えてるようだ。ブツブツと呟く言葉は聞こえない。その様子をなんか一人で考え込んでるな、と能天気に見つめていた。

 懐かしい匂い、という言葉に少しだけ胸が跳ねた。彼の言う懐かしい匂いと同じかは知らないけれど、私も彼の懐にいた時確かに"懐かしい匂い"だと思った。


 かと言って奇遇ですね私もそのような匂いがしましたと返すのはどう考えてもおかしい。しかも結婚の条件に魂を譲渡できる者とかいう項目がある男だ。

 ないない、落ち着くのよアリア。黄昏の魔法使いヘンドリクスは確かに高名な女たらしであっても街中の女の子たちが一度は関係を持ちたいと思えるほどの美丈夫でも――変人はダメだ。


「ねぇ、少しいいかい?」

「まあ、いいですけど」


 悩んでいても、しょうがない。聞くしかない。と彼は一人で自分を鼓舞している。

 吸い込んだ息を吐き出して黄昏の魔法使い――ヘンドリクスは真面目に言葉を放つ。


「君から僕の魂の匂いがする」


 へぇ、懐かしい匂いって魂のことなのね。魂って匂いがするんだ。知らなかった。

 そうなんだ、私から貴方の魂の……。

 はい? なんて?


「はあ…………………………はい? なんて?」


 アッ。配慮無しに思ったことがそのまま漏れ出た。


「君は僕の魂かもしれないんだ」


 逃げないように掴まれた両手が動かせない。ポン、と音が聞こえた。リボンがなかった方にリボンが付け加えられる。

 これはどう言う魔法なのよ。

 聞こえなかったのかな? 

 みたいな顔もやめて。至極真面目な顔で見抜かれて思わずたじろいだ。聞こえた上で訳がわかんないから聞いたのよ。


「何言ってんのアンタ」


 流石に敬語とかぶっ飛んだ。


【メモ達】

▶︎《雷霆の矢》:神聖魔法の最上級攻撃魔法。高濃度に魔力を圧縮して光の矢を生成する。射撃補正と必中が付与されるので狙った獲物は外さない。


▶︎《強化》:全属性で使える初級補助魔法。全ての攻撃魔法に付与できる。とりあえず魔法の威力が強化される。その威力は使用者の消費魔力に作用されるので上級の魔法使いが使うほど効果が高い。


▶︎《空間移動》:全属性で使える最上位補助魔法。その名の通り空間を移動する魔法。対象が大きければ大きいほど魔力消費が激しい。初級は《加速》。

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