表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

5 合わないタイプ


 金髪の魔法使いは男の体に複雑な魔法を発動させながら周囲に視線避けを作る。彼の職業的に現場保存が最優先なのだと言う。簡易的な封印状態を作りつつ、何枚もの呪符を張りつけて徹底的に人の目を避ける。

 きっとここを出れば私もたどり着けなくなるだろう。

 金色の髪を一つぷちりともぎ取る。肩をゆうに超える程の髪は男の人にしては結構長いぐらいだ。ポニーテールは余裕で出来そうな気がする。ちょっと尻尾部分が短くなっちゃうかもしれないけれど。


「―――ルキウス学園前三番通シュシュの近くだ。半眷属化してる。目印を立てた。時間を止めたからさっさとフレズベルクを寄越した方がいい」


 自分の髪の毛を手のひらに乗せて話しかける。フゥ、と息を吹きかければ白い小鳥の姿に変わった。ピチピチと小鳥らしい鳴き声を上げて真っ直ぐ上に飛び上がった。

 多分簡易的に使い魔を召喚したのだろう。それともただの式神か。この男のことは何一つ分からないけれど、私が知りようがないほど格上の魔法使いであることだけはわかった。


「なにか言いたそうな表情だね。いいよ、言ってご覧」


 まじまじと見つめていた不躾な視線を咎められる。まずは何から話せばいいか。とりあえず感謝の言葉だけは伝えなければ、と短くありがとうを告げる。


「……助けてくれたことは、感謝しています」

「助けてくれたこと()。なにか不満でも?」

「不満というか……疑問ですね。どうしてあそこに? あそこは確実に《領域転化》していました」


 領域内にいる時は本当に気が付かなかった。私は夜になるのをうっすらと視認していたし誘導されていても自らの足で闇に歩いていた。

 《領域転化》というのは自分の得意な魔法に優位な状況を作ることが出来る上級魔法のことを言う。この世の魔法は大まかに火、水、森、光、闇の五つの魔素に分けられている。光と闇はお互いに影響し合い、火と水と森は三竦みの関係になっている。

 火魔法を水に囲まれた場所で扱っても最高の威力を出せないように、自然にある魔素を元に作られた魔法には向き不向きの場所がある。

 

 それを強制的に合わせるのが《領域転化》の魔法だ。


 発動には正確な魔法陣の発動と適切な魔力操作、その上大量の魔力が必要なので、扱えるのは上位の魔法使いだ。

 私を襲った男は魔法使いではなかったが確実に暗黒魔法と領域転化を行っていた。真昼であったのに夜になったことを知覚させない手腕はただの一般人の仕業ではなかった。

 ――あの男一人で仕出かしたこととは思えない。


 最近物騒になったとサラが言っていたが、本当だ。こんな街中であんな大きな暗黒魔法を発動させるなんて、常識が無さすぎる。

 

 彼があの闇の領域を強制転化させてくれたおかげで何とかこうして生き残っているが、確実に死んでいただろう。普通領域転化は渦中の魔法使い以外に認知されないのだ。

 くすり、と男が笑う。鼻先を白い手袋で指さした。


「僕鼻が効くんだよ。かなり」

「鼻」

「とんでもない悪臭がしたから飛んできただけだよ。無許可での暗黒魔法の取り締まりは趣味の一環でもあるし」


 悪臭、ということを理解したのはこの男が攻撃を始めてからだった。その前に既に臭かったということは私の体にもその匂いが染み付いていたりしないか。

 慌てて自分の匂いを嗅いで見たら「君はどちらかと言うといい匂いがするね」と顔を近づけてすん、と匂いを嗅がれる。

 思わず後ずさった。レディの体臭を嗅ぐとかいう特殊事項もイケメンであれば許されてしまうのかもしれない。

 私は少しだけ睨んだ。返ってきたのは軽い謝罪だ。


「あれだけ大掛かりな魔法を使ったのに皆気が付かないんですね」


 領域転化は大掛かりな魔法だ。景色が変わっても現実の土地が変換されるわけでは無いので一般人には気づかれないが、魔法使いの端くれであればその異常な魔力に反応しても良さげなものだ。

 特にこの男が連発した《神への供物(ディバイン)》と《魂の救済(カタルシス)》は最上位の神聖魔法で扱える者もひと握りだ。私だって姉ぐらいしか知らない。

 父も母も姉もバリバリの攻撃タイプで回復魔法なんて知らないみたいな顔をしているから。


「僕の固有領域は特別だから」

「………固有、領域?」


 信じられない言葉を聞いて思わず聞き返した。真実であればそうそうお目にかかれないものを見たことになる。


「え? うん。君がさっきまでいたところ。僕の《固有領域》だよ」

「……《領域転化》の最中に侵入した上《固有領域》に変更って……出来るんですか?」

「出来ないと《固有領域》なんて持たないよ」


 《固有領域》とはそれぞれの属性が一番効力を発揮しやすい領域を作り出す《領域転化》の所謂上位魔法だ。《領域転化》が該当する全ての魔法使いが扱えるのとは違い、《固有領域》は完全に個人専用のものになる。

 《領域転化》はそれぞれの属性によって空間が決まっていて、例えば火属性の《領域転化》であれば火種の多い領域であるし、水属性の《領域転化》だと水の魔法と相性の良い海辺や湖に変わる。他にも森属性は森林等の自然に囲まれた場所に該当し、光属性は陽の光が浴びる空間、闇属性はその名の通り闇蔓延る夜闇が多い。

 それらに該当しない無属性の魔法によって構築されたものは、その人個人に付属する《領域転化》に当たるのだ。


 つまりとんでもねぇ魔法使いだこいつ。


「コホン、ええと失礼な口を聞いてすみません」

「あはは、なぁに? 急に改まって。いいじゃない。レゼ同士気楽にしよう」

「……はあ」


 やっぱりレゼなんだ。


 "レゼ"の名を賜った魔法使いの一族は十ある。と言っても私はまだ学園を卒業もしていない子どもなので魔法使いの世界は知らない。そもそもこのまま学園を卒業したとしてまともに魔法使いになれるとは思っていない。

 そんな私は他のレゼの一族を名前でしか知らない。魔法使いとは姿を残すことを嫌うのだ。特にフィルムなんてものには映りたくは無い。そもそもカメラの前に数十分も動かず立っているなんてことを魔法使いができるとは思わないが。

 つまるところ他のレゼの魔法使いに対する認識は全員金髪らしいということだけ。

 まあ金髪碧眼のこの男がレゼの魔法使いと言われても全く違和感がない。


「他の魔法使いが来るんですか?」

「うん。事情聴取される前に退散しよう」

「いいんですかそれ。私捕まりません?」

「いいのいいの。僕が言うんだから」


 すごい自信だ……。


「それで、君がいたカフェはここで合ってる?」


 指先からパチンと音が鳴る。いつの間にか景色が変わっていた。学園前のカフェが目の前にあった。白い木造のドアにはOPENの文字が掛けられている。


「いつの間に……」

「君とのお喋りを楽しんでいる間に」

「まったく、減らず口ですね」


 また真横に立たっている。近すぎる距離を咎めるには受けた恩がデカすぎる。命を救ってもらったのだから立ち位置ぐらいは自由にさせてもいいだろう。


「それにしても、君からは不思議な匂いがするんだ」

「えっ! やっぱ匂います!? さっきはいい匂いだって言ってたじゃないですか!?」

「いやいい匂いではあるんだけど、……君からするはずのない懐かしい匂いが……」


 くんくんともう一度自分の匂いを確認する。当たり前だけど自分の匂いというのは分からないものだ。ガッツリ黒い手に掴まれていた右手を擦ってみてもあんまり違いを感じられない。

 ということは臭くは無い、はずだ。


 指先がゆっくりと近づく。恭しく持ち上げられた右手の甲に口付けられて思わず飛び上がりそうになった。

 貴族のようなことをする。

 まぁこの男もレゼだから仕方ないか。

 匂いを嗅ぎ終わったかと思えば私の顔を見ながら無言で考えに耽っている。

 今まで失礼な男には何度もであってきたが、それとは別のベクトルで失礼な男だ。雰囲気を見るに成人は越えているように思うが……子どものように奔放である。


「あの……他に何か?」

「懸念事項を排除する必要があるな。そのためには出向く必要があるか、」

「なんの懸念事項なんですか?」


 返事がない。私の声は聞こえていないみたいだ。本当に合わないタイプである。私は私の話を聞いてくれる異性にいつになったら出逢えるのだろうか。

 盛大にため息を吐きながら彼の袖を引く。


「それより、お名前を教えていただけませんか? 後ほどお礼がしたいので」


 手っ取り早く魔法石でも渡しておこうか。父に相談すればふさわしいものを見繕ってくれるに違いない。

 今日起こったことをそのまま話せばとんでもなくびっくりさせてしまう可能性があるのでちょっとぼかして世話になった程度にしよう。

 ポン、と言う軽い音と共に腕にリボンが巻かれた。指先一つで魔法が出るなんて本当に便利だ。私も何か一つでもいいから魔法を使ってみたい。


「……そうだね。では次に会う時に名乗らせてもらおうかな」

「え? いや次って言われても……」


 どうやって会うんですか、と続けようとした言葉は切羽詰まった友人の叫びに近い大声で全部消し飛んだ。






「この馬鹿!! どこに行ってたのよ!!」


 びっくりしすぎて普通に飛び上がった。振り返った先にいるサラは瞳に大粒の涙を溜めていた。私と視線が会った瞬間に決壊した宝石がボロボロと零れていく。

 サラが泣いている。


 ――サラが! 泣いている!?


「あ、ぁぁあサラァ!??」

「五分で帰ってくるって言ったでしょう! どこにも行くなって、誰にも着いてくなって! あれほど言ったのに!」


 わんわんと泣きじゃくるサラが私の体に体当たりをする。腹に直接ぶつかったサラの勢いを殺しながら必死に抱きしめる。

 あのサラが泣いていた。

 ドミニク家きっての才女で、理知的で、落ち着いたみんなが憧れる貴族のお嬢様のサラが、泣いている!


 ――ど、どどど、どうしよう。そうだよね、そうだ私待ってるって言ってたんだ!


 自分に起きたことに驚きすぎて完全にサラのことを忘れていた。


「なんでそんな魔力を浴びているの? 何か起きたの?」


 サラは優秀な魔法使いだ。私の体に残った魔力の残骸を感じているのだろう。確かに《固有領域》にいた私には自分でも認識できるほど強力な魔力が残っている。

 私が扱えるはずの無い魔力だ。


「落ち着いて、サラ。私は大丈夫」

「貴方どこに行っていたの? 貴方が勝手にいなくなるなんて可笑しいわよ」

「た、確かに自分の意思ではなかったんだけどちゃんと戻ってきたと言うと助けてもらったというか」


 今まで真面目にしていた分のツケが来た。確かに無断欠席や無断帰宅なんてしたことがなかったから余計に異様に思ったのだろう。良く考えれば鞄などはカフェに置いたま間だった。状況だけ見れば鞄を持ち帰るほどの余裕もなく立ち去った、と見られても可笑しくない。

 何が起こったか詳しく話せば《領域転化》の話をせねばならなくなる。

 暗黒魔術師に関わったことを知られたくは無い。


「誰に?」

「えっと、この金髪の綺麗な魔法使いさんに……」


 そうだ、忘れていたがここに金髪の魔法使いさんが……。

 助け舟を出してもらおうと先程送り届けてくれたその人に声をかける。振り向いた先には。


 ――いないんだけど!


 誰もいない煉瓦の道路が広がっている。


「――アリア、貴方……」

「待っっっっっって! 本当にさっき居たの! というか今までいたの! サラが声をかけるまでこの人と話していたっていうかっ! 神聖魔法を使った固有領域持ちのなんかすごいレゼの魔法使いがいたのよ!?」


 どっからどう見ても幻覚を見たのね……みたいな表情で見つめられている。違うの、サラ。本当なのよ。だって貰ったリボンは腕に巻かれたままなのだから。

 だから現実ではあるのだけど、――あんの魔法使い、面倒だからって消えたのね!?


「本当よ、聞いて。実は暗黒魔術師に洗脳されて領域転化に巻き込まれてたんだけどその人が固有領域ぶっ提げて助けに来てくれたのよ。これは本当よ。誓約出来るほどのことよ。する?」

「いや、貴方がそう言うなら本当なんでしょうね……って待って? 今暗黒魔術師って言わなかった?」

「アッやば」


 生暖かい視線をやめさせるためについ本当のことを言ってしまった。冗談冗談と交わしてみるがサラの潤んだ目を見ているとなんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 いやでも怪我とかひとつもないしあの魔法使いが一応大丈夫と言ってくれていたし、問題は無い。


「――アリア、今のは本当か?」


 最悪のタイミングで聞きたくない声が聞こえてきた。地を這うような低い声。冷静を装っているが、長らく共にすごしてきた私には分かる。静かにキレてる時の声だ。

 ゆっくりと振り返る。サラの声が聞こえた時とは違って、振り向くのに凄く勇気がいった。

 視界にうつるのは予想通りの暗黒微笑だった。暗黒微笑って本当に存在するんだ。都市伝説だと思っていたわ。


「ど、ドアン……お兄、ちゃん……ど、どおしてここに?」


 とにかくこんな時間にこんな所にいるはずのない男――正真正銘の私の兄がいた。


「サラが連絡をくれた。カフェから忽然と消えたとな」

「そ、そうなの。でも大丈夫よ。こうして五体満足で……」


 時計は既にサラを見送ってから半刻以上を過ぎている。確かにそこそこ長い時間姿を消していたらしい。

 必死で取り繕ってみるがドアンお兄ちゃんの笑顔は消せなかった。怖い。


「アリア、まずは屋敷で残穢確認(スキャン)だ。それから……詳しく説明を聞かせろ」

「はい……」

「サラ、お前も家に寄っていけ。侯爵家には俺が連絡しておく」

「は、はいっ!」


 私とは違って上擦った声で頬を染めるサラは幸せそうだった。

 くそう、絶対お説教される……。

属性魔法は初級、中級、上級、最上級の四つのランクに分かれている。


【メモ達】

▶︎領域転化

上級魔法使い程度が使える。

得意な魔法に優位な状況を作ることが出来る。

使用者の記憶に引きずられた景色になる。

光属性魔法▶︎陽の光がある領域

闇属性魔法▶︎夜の領域

火属性魔法▶︎火の魔力(火種が多い場所)を浴びた領域

水属性魔法▶︎水の魔力(海辺や湖)を浴びた領域

森属性魔法▶︎森の魔力(森林等)を浴びた領域



▶︎固有領域

その人のみが使える固有の領域。無属性魔法に分類される。

限られた魔法使いのみ。

《固有領域:黄昏》

効果:不明。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ