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4 嫌いなタイプ

 勘違いアリア。

 可哀想なアリア。

 レグリオンが受け継ぐへぎものを何一つ与えられなかった子。


 四番目の星なのに。




「アリアはね、特別な子なのよ」

「どうして?」


 美しい母が私を抱きしめながら言った。器用に編み込んだ髪を見て私もしたいとねだったから。姉がよく似た母も、王国内で有名な美女だった。

 それこそ姉が年頃を迎えるまでは、既に夫君がいる身であっても求婚が届くほどに。

 困った顔ひとつせず、むしろ喜ばしいことのように破顔しながら彼女はいつも私を愛した。


「アリアはね、生まれてくれただけで私達を幸せにしてくれたの。レズリーもドアンも、貴方のお父様も。皆あなたのことをず〜っと心待ちにしてたのよ」

「私がいて嬉しい?」


 不思議そうに私が尋ねると、変わらずとびきりの笑顔で彼女は言う。


「ええ、もちろん。貴方がいるだけで私達は幸せなのよ」


 それは祝福のように思えた。







 ――ハッ!


 夢心地のようなふわふわした感情が霧散する。一瞬意識がどっかに行っていたらしい。さっきまで店で飲んでいたミルクティーは無い。むしろ私は立ったままで、あまり記憶に覚えのない場所にいる。

 しかも夕暮れが近い気がする。おかしい。


 一体どういうことかしら。

 私は何故ここに。

 カフェにいたはずなのに。


「アリア、どうした?」

「え……?」


 許可してもいない愛称で名前を呼ばれて思わず足を止めた。先程から距離もおかしい。煉瓦の道を延々と歩いていた私は繋がれた手を無理やり外して周囲を確認する。

 夕暮れが来ている。


「……家に招待してくれると君が言ったんだろう?」


 何だか頭の中がゴチャゴチャしているような気がして記憶を辿る。確かに私は家に行きたいと言う彼の言葉に自分の意思で許可を出した。名前だってそうだ。アリアと呼んでいいかと言われ喜んでと返した。

 返したけど、私が家に簡単に招待するわけがない。私はレゼ・レグリオンなのだ。


「……どういうこと」


 瞳を真っ直ぐに見る。貼り付けたような笑顔を向ける男の顔には言い知れぬ不快感が詰められていた。

 胸の奥を掻きむしりたくなるような不快感だ。一緒の場所にいたくない、そういうもの。


「何を言ってるんだ。さっき好きだと言ってくれたところだろう?」


 優しい顔で笑っている。でもその瞳にははっきりと紫煙が渦巻いている。

 ――嘘だ。


 


「ちっ……どうなってんだよ。早すぎだろうが」


 仮面の皮が剥がれた。貴族だと思い込んでいた男は、貴族とは思えない服装で私の前に立っていた。きちんと着込むことも無く、着の身着のままで出てきたような姿。貴族というには上品さが欠けていて、ただの平民というには乱暴すぎる雰囲気。

 一体全体どうして貴族だと思っていたのだろう。腕章はただのギルドの証だった。この男は冒険者だ。しかも帝都には存在しないギルドの。

 整えられた髪は動きやすいように確かに整えられていたが――刈り上げなんてなかった。


 私が洗脳されていた?

 思わず口を覆う。


「なぁ、ミュリエルに会わせろよ。口利きぐらいいいだろ?」


 姉を――ミュリエルを想う人間は数多く見てきた。頬を赤く染めながら想いを伝えるもの、周りから固めて既成事実を作ろうとするもの、とりあえずアリアと繋がりを持って、ミュリエルに認めてもらおうと思う者。

 でもそのどれもがアリアに直接的に危害を加えようとしたものはいない。だってミュリエルが許さないことを知っているから。


 中にはこのように初めからフルスロットルで挑む者もいるが、洗脳魔法に手を出されたのは初めてだ。しかも落ちこぼれの私の、唯一の取り柄でもある魔力耐性を上回るなんて。魔法耐性に関しては家族も舌を巻く程なのに。


 王国内から姉の噂を駆けつけてやってくる男たちは一度ミュリエルを見ればその美しさにため息をこぼすものだ。

 基本的に私に声をかける時もミュリエル狙いということはふんわり隠すものなのだが……此度の彼は私の事をミュリエル行きの切符とでも思っているらしい。出会って数分でカミングアウトはあまりにも早すぎる。


「紹介してくれたら一度ぐらい良い目見せてやるぜ?」

 

 しかもとてつもない自信を持っている。私へのご褒美に自分自身を差し出すほどである。見目はまぁ整っている方なのだろうか。私は近くにとびきり綺麗な宝石達がいるから、その辺の違いが分からない。

 はぁ、と大袈裟にため息をついた。最近はとことんツいていない。告白される前に振られるわ。変なやっかみを受けるわ。挙句の果てに過去一ヤバめの男に姉が狙われていることを知るわ。


 最早失恋の傷とか言ってる場合では無い。純粋に怠いという感情が湧いて来た。


「あの、姉と話がしたいならちゃんと姉に話しかけるべきです」


 いつもそうだ。ミュリエルを好き、と言う割に彼らは姉をまるで賞金のような目で見る。確かに美しく聡明な姉に恋をして、欲しいと思う気持ちは分かる。

 それでも、本人に声をかけるでもなく私に声をかけて、あわよくば私から姉にアタックしてやろうというその心意気が許せないのだ。

 本当に好きなら本人にアピールすべきだ。


 彼らは自分が傷つくのが嫌で、私を傷つけるのだ。それは私だけじゃなくて姉にだって失礼な事だ。


 勘違いアリアの噂話は街をかける。姉のことを好きな男に恋をして振られてしまった可哀想な子ども。惚れっぽい女だとバカにしてきた人間もいる。

 確かに私は惚れっぽいわ。だって物語の王子様を待っているんだもの。

 姉が昔読み聞かせてくれた物語の王子様みたいに、颯爽と現れる誰かを待ってしまいたくなるのだ。


 だからこそ言う。


「そして私は、あなたに興味がありません」


 私は、誰でもいいわけじゃない。

 清々しいまでに堂々と言い切る。そう、私はどこぞの誰とも知れない人を好きにはならない。

 好きになる時もちゃんとその人を見て好きになっている。煙草屋の彼(サンドリヨン)が、会う時に椅子を引いてくれるのが、向いの花屋にあった花をプレゼントしてくれたのが、私の好きな紅茶を知ってくれていたところが、好ましいと思ったから好意をいだいたのだ。


 姿を偽った貴方を好きになるなんてことありえない。むしろ嫌いなタイプよ。


 ――夜が訪れた。ここがどこなのかは依然と分からない。


 男の影が揺れる。暗黒魔法特有の闇の震えだ。暗黒魔法に反応して使用者の闇――心の闇や、影に影響を与える。

 男の手から漏れた黒い光が一直線に私に放たれた。瞬きの間に体が勝手に動く。危ない、無意識で魔法耐性が発動された。意識するより早く体は魔法を認識する。

 背後の壁が闇に吸い込まれて消えた。


「何のつもり!?」


 思わずよそ行きの顔をやめて噛み付いた。どう考えても頭をぶち抜くような軌道に心臓の高鳴りが最高潮になるのを感じた。

 夜が支配する空間はどこまで続くのかも分からず、地面からは怪しげな黒い腕が浮かんでいる。半透明の真っ黒な腕。

 真っ暗な星一つない真夜中なのにそこに見えるのが自分の影なのだと認識している。

 にゅっと伸び進むそれを器用に避けていく。


「安心しな。傷はつけねぇよ。ちょっと俺の言うことを聞いて貰いたいだけさ」


 主な暗黒魔法――洗脳だ。この男がしようとしていることを理解して思わず立ち止まる。

 その隙に私の影から黒い手が現れて、体を拘束する。


「あ、暗黒魔法は戦闘許可のない城下での使用を禁じられているのに……」


 一頻り暴れてみたが私の力ではこの手を振りほどくことはできなかった。そもそも暗黒魔法自体目にすることも無いものだ。戦時下でもない日常で暗黒魔法を見掛けることの方が異常なのだから。

 アネッサが暗黒魔法絡みの事件の舞台になっていた話を思い出す。

 もしかして今、私は巻き込まれているのでは?


 どう見ても魔法を使いそうもない男が暗黒魔法を使っている。しかも目立つ魔器(アミュレット)もないと言うことは、正真正銘この男には暗黒魔術師なのだろう。

 魔器は魔法を使うために必要な道具だ。もちろんなくても魔法は施行できるが、魔器がなければ魔力の消費が激しくなる。また複雑な魔法や、小手先で施行できない大魔法などは魔器に付属しているのだ。つまり魔器は魔法を安定させるための道具になる。

 魔器さえあれば一般人でも魔法が施行出来るので安価な魔器は一般人が防犯のために使用していることが多い。


 男は種も仕掛けもない暗黒魔法で私の動きを止めるとゆっくりと近づいてきた。対魔力を高めてみるが、黒い手の檻からは逃れられそうもない。


「ばれなきゃつかってねぇんだよ」

「ふざけないで。そんなのでお姉ちゃんに近づこうだなんて、恥を知りなさい!」

「恥を知るのはお前だろ。下手に出てやれば調子に乗りやがって。勘違いアリアが何様だ。ろくな魔法も使えねぇくせにレゼを名乗りやがって」


 名乗りたくて名乗ってるわけではない。私は生まれた時から"レゼ"なのだ。


「レグリオンの恥さらしだろ。みんな言ってるぜ」


 いつも言われている言葉も、なんだかに胸に刺さる気がした。そう、私は恥さらし。家族の中で私だけは私が足でまといであることを知っている。


 それでも。


「誰が何を言おうと私はレグリオンよ! それだけは変わらない事実なんだから!」


 ここで男の言葉を飲むことがどんなに無様なことであるかを理解しているから、黙っているなんてできない!


 黙れ、と低く雄叫びをあげる。身体中に這う黒い手の力が増した。太く濃く、闇が色を増して体を蝕んでいく。思わず低く呻いた。

 暗黒魔法に触れられた箇所が青黒く変色している。

 汚染されている。


 あ、死んだわ。












「――デートの誘いにしては無作法だな」


 真っ暗闇に浮かんだ真っ白な手袋。手袋が喋った。


 パチンと指先から音が鳴る。弾けると同時に鏡が割れたような派手な音が駆け抜けた。

 同じくして世界にヒビが入る。


「《固有領域:黄昏クレピスキュール・テーレ》」


 その声とともに世界が入れ替わる。闇に包まれた世界に一筋の橙色が差して、私の体を照らし出す。

 私の元に伸びていた黒い闇の手が焼け焦げるように消えた。ジュワ、と蒸発するみたいな音が聞こえる。目の前の男だったものが声にならない悲鳴をあげて倒れていた。


 ――何、なんなの!?


 両腕にまとわりついていた闇も消えて、気がつけば体が自由だ。ふらりと体が揺れて地面に思い切り尻もちを着いた。

 煉瓦の床は土の匂いがする大地に変わっていた花畑が私の足元から順に世界を塗り替えていく。


 黄昏が世界に訪れる。暖かな光が包み込んで、背後から柔らかな声が響いた。


「大丈夫かい? お嬢さん」

「えっ……」


 優しい声だった。幼子に声をかけるようなとびきり優しい甘い声。私は思わず振り返って見上げる。


 黄金の魔法使いが。麗しい金髪碧眼の"黄昏"を背負った魔法使いが私の肩に手を置いた。後ろから抱きしめられるように私の背中に彼の体が触れる。

 知らない男なのに懐かしい匂いがした。黄昏に包まれた世界で花の匂いが駆け抜ける。


 流れるような仕草で腰を抱き上げ、耳に拾えないほどの小ささで何かを呟く。

 きっと魔法だったのだろう。体がやけに軽く感じた。青黒く変色していた黒い手に掴まれた場所が同時に癒されていく。


 ――一瞬にして状態異常を?


 知らない魔法に思わず腕をまじまじと見つめる。身体中見渡せば初めより体調がいいぐらいかもしれない。お手をどうぞ、と手のひらを攫われた。

 まるでエスコートされているみたいだった。その手はさっき見た手袋と同じだ。


「城下で暗黒魔法とは、気が強いな。どうして?」

「し、知りません! 巻き込まれただけです!」


 まさか関係者だと思われてる!?

 私は必死に首を振って突然カフェで声をかけられて貴族だったから話を合わせてたのに気が付いたらこんなところに来ていた、ということを丁寧にかつ素早く伝えた。

 暗黒魔法の関係者に名前が上がるなんて絶対嫌だ。私にだってプライドというものがあるのだ。


「しっかり掴まって」


 金髪の魔法使いは私の手を自分の腰に回させた。完全に私が抱きついている形になっている。


「黙れ……黙れ黙れ黙れ! 俺が……っ、俺こそが! 黄金の宝石を手にする選ばれた者なんだ!」


 聞くに絶えない叫び声が地を駆け抜ける。私目掛けて飛んできた黒い手は周囲を切り刻みながら黒いモヤを吐き出した。黄昏の花畑に包まれた世界に僅かながら亀裂が走る。

 空間を切り裂くほどの高濃度の暗黒魔法。暗黒魔法は全てを破壊する魔法だ。その魔法原理は全て"負"の感情からによる破壊衝動。代償がある代わりにとびきり強力な攻撃魔法を扱うことが出来る。

 彼は魔法使いでは無い。少し人より魔力を多く持った冒険者だ。程よい筋肉に包まれた体や、その身のこなしからして別に戦いに慣れていないわけでもない。


 暗黒魔法は禁術に指定されている魔法を数多く含んでいるだけで、使用が許されていないわけではない。もちろん使用には特定の順序と限られた魔法だけになっているが、必ずしもすべてが使用禁止というわけでもないのだ。

 でもその項目に魔法を理解していない者の使用は禁じられている。しかも代償を増加させる暗黒魔法での領域転化などは正しい知識を持たぬ者には破滅が訪れてしまう。

 代償は既に――支払われている。私は男の姿を視認する。

 男の姿はすでに人間の形をしていない。闇が男を包む。人間の声に聞こえていたそれは、いつの間にかただの不協和音にしか聞こえない。


 飲み込まれている。暗黒魔法に耐えられなかった体と精神が蝕まれて異形に落ちたのだ。どろりと溶けた闇が泥のように地面を流れ落ちる。男の形をした何かは、必死に叫びながら私を殺すために手を伸ばした。


「うん、綺麗じゃないな。《神への供物(ディバイン)》」

「ガァァあ゛!!」

「ぎゃーーー!!! なんか飛んだ!!」


 男の体は泥のようなものに包まれていた。その一部が弾け飛んだ。べちゃ、と泥らしい音が聞こえた。

 一寸先に落ちたそれを観察する。生き物でもない何かが動くのは大層気持ちが悪い。

 泥にも痛覚があるのか、男だったものは苦しそうに悶えている。


「あれ? 効果がイマイチだな……。《神への供物(ディバイン)》」

「ヒィッ! またなんか飛んだ!」

「アレは良くない部分だからね。しっかりと潰しておかなければ。《神への供物(ディバイン)》《神への供物(ディバイン)》《神への供物(ディバイン)》」


 黄昏の大地に落とされた泥たちは魔法で潰される度にその塊を分裂させる。千切られても蠢いていたそれは、ある一定の回数を越えれば焼け焦げるような音を立てて蒸発していく。

 その光景は異様で、まるで大地で焼肉しているみたいだった。泥が蒸発する度に言葉に出来ないほどの悪臭が立ち込める。こんな焼肉は嫌だ。

 は、吐きそう……。


「とんでもない臭さだな。よくここまで堕ちたものだ」


 金髪の魔法使いは顔色を変えずにそう言った。本当にそう思っているのか不思議なほど冷静だ。


「鼻、……鼻が、もげるん……ですけど」

「ほんと? なら見てみたいな」

「比喩に決まってるでしょ!? ほんとに何とかならない!?」


 鼻を押さえながら叫んだせいで変な声になった。

 楽しそうに男が高笑いをする。いや笑っている場合ではない。何がおかしいのかと告げれば全部が楽しいと返ってきた。

 恐ろしいのはその言葉が嘘ではなかったことだ。頭がおかしい魔法使いだった。


「では、お嬢さんのリクエストにお答えしましょう」

 

 頭一つ分程上にあった麗しい顔が降ってくる。鼻先が触れそうなほど近くに美丈夫の顔が近づいた。息を止めなければ鼻息がかかってしまいそうなほど。

 姉の顔を生まれて初めて見た時と似たような衝撃があった。二つの蒼玉の中にはとんでもなく強大な魔力が閉じ込められていて、ぐるぐると渦を巻いている。

 渦巻きの目は大魔法使いの瞳だ。身体中で魔力が常に循環しているため、表面に現れてしまう。

 にっこりと微笑む。惚れ惚れするほど美しい顔をしていた。


「お前の魂を許そう。――《魂の救済(カタルシス)》」


 魔法使いの目が赤く染まる。私の肩を抱いたままぎゅっと胸板に押し付けられた。こちらを見るなとでも言うような力強さだ。掴まっていてと言われた通りずっと掴まっているが、いつまで掴まればいいのだろう。


 彼が離れないでと囁いた。離れろと言われても離れるつもりは無い。黒い手はずっと私を狙っている。この男から離れた瞬間に、私の体は青黒く爛れて闇に熔けてしまうだろう。

 私の魔法耐性は魔法を弾くもので魔法を消去は出来ないらしいから。


「僕が言うまで目を閉じておいてね」


 男の最後の叫びが響いた。《魂の救済》 は光属性魔法の最上位である神聖魔法の一つだ。身体中の全ての状態異常を回復する魔法。光属性の魔法なので闇属性の状態異常にはピカイチで効く。

 暗黒魔法は闇属性魔法の最上位に位置するものだから効果はバツグンだろう。

 泥が弾け飛ぶ音を聴きながら、私は彼がいいよと言うまで目を閉じていた。


 我ながら素直な女だと思う。


 ◇ ◇ ◇


 男の体が元の形に戻った時、ようやく黄昏が過ぎた。宙に浮いていたままの体がゆっくりと地面に足を下ろした。見覚えのある煉瓦は学園前のカフェテリアからそう遠くない。人通りが少ない路地裏ということから、この辺りまでは自力で歩いて来たのだろうことが分かる。


 ふわふわとした心地のまま地面に触れる足裏はなんだか覚束無い。全身にまとわりついていた暗黒の地を思い出しながらブルリと身体を震わせる。

 普通に考えてあのままだと私は死んでいた。


 体を支えるようにして金髪の魔法使いは私の傍に立っている。今までで一番近い距離の他人だった。


 男は何とか元の形に戻っていた。それでも心臓の近くは黒く焼けただれている。やはり魔器を使用せずに魔法使いでもない人間が暗黒魔法を使用した代償だ。

 彼は自分の魔力を代償にしていた。一番手っ取り早く、一番効果の強い代償だ。魔力は血液の中に混じって身体中を循環している。魔力で足りない分の代償は心臓から得ていたようだ。


 何方にせよ終わりだ。暗黒魔法を使う時の代償は自身の体に宿る魔力ではなく予め魔器などに用意していた魔力ではないとそのまま魔力の源を辿り心臓に辿り着いてしまう。

 魔法使いであれば皆知っている常識だ。この男は魔法使いでは無い。魔力だけを捧げたと思い込んでいたのだろう。

 哀れで馬鹿な男だった。


「一応腐敗は防いだが長くは持たないだろう」

「なんか……色々とありがとうございます」

「大したことでは無いよ。暗黒魔法の取り締まりは僕達の勤めだ」


 と、言うことは王城勤めの魔法使いなのだろうか。彼のしているピアスの留め具には国旗にも記されている十字架があしらわれている。これは王城勤めの魔法使いのみ許され、義務付けられたものだ。

 誰が見ても王城魔法使いであることが分かるよう見える位置に十字架をあしらう。デザインは何でもいい。姉も懐中時計のチェーンに十字架のチャームを沢山つけていた。胸ポケットに入れるからチェーンだけがちらっと見えるのだ。とても可愛かった。

 だがこの男は神聖魔法を使っていた。神聖魔法を使えるものはひと握りで、それこそ周りでだと姉くらいしか知らない。神聖魔法の使い手は揃って神殿からの申し出があるので、神殿魔法使いの可能性も捨てきれない。


「それで、貴方はどうしてこんな所に……」

「あ、動いた」

「ヒィッ!?」


 私の質問を聞きもせずに視線は男を見ている。警戒の姿勢を緩めず手のひらを男に向けていた。

 か細い声が響く。


 それは姉の名(ミュリエル)だった。


「最初から最後まで失礼なやつなんだから」


 結局私のことは生き餌かドッグフードだったんだろう。どう見ても私を認識していない男は虚空を見つめながら同じ言葉を繰り返す。


「ミュリエル……ああ……俺の……」

「お生憎様。ミュリエルお姉ちゃんは貴方のものではないわ。そしてこれからもね」


 男は目尻から涙を流して、そして力なく目を閉じた。

 ああ、恋ってのは恐ろしい。


 死にかけだった事態への感想としては相応しくない感想が漏れて、気が抜けた私は座り込んだ。

【メモ達】

▶︎魔法耐性

全ての魔法に対する一定の耐性。

対魔力の数値が高ければ高いほど魔法耐性がある。

アリアは魔法耐性がとてつもなく高いので魔法が勝手に避ける。


▶︎暗黒魔法

闇属性魔法の最上位。

対象を人や物に限らず破壊を目的とした魔法。洗脳魔法なども付属している。


▶︎神聖魔法

光属性魔法の最上位。

対象を人や物に限らず癒す魔法。魅了魔法なども付属している。

《神への供物》:攻撃魔法。闇属性の対象に効果大。

《魂の救済》:状態異常回復魔法。大量の魔力を消費して全ての状態異常をデメリットなしで回復する。


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