入学試験はありません
さて、メインイベントでござい。
つまり入学式なんだな、今日が。
「主様、準備は整っておられますか?」
「問題ない。荷物は後からでも運べるしな」
「……そういえば、当主としてのお仕事はよろしいのですか? 辺境伯領では色々忙しく動いていらっしゃいましたが。そもそも、主様以外に当主となれる方はいらっしゃらなかったのですか?」
「んー……いやぁ……いない、って事はないんだけど……」
いる、と言えばいる。
実のところ、この『クロウ・C・ウルフハート』は、ウルフハート家では一番下――つまり、末っ子にあたる。
上に兄が3人、姉が3人いて、最後に生まれたのが他ならぬこのオレというわけだ。
本来であれば、四男であるはずのこのオレに貴族家当主の御鉢が回ってくるはずがない。
では、何故オレがウルフハート家当主をやっているのか。
簡単に言えば、兄姉たちはもう既に巣立ったからだ。
兄3人は嫁を娶り独立して別の貴族家として、姉3人はそれぞれ辺境伯家の女が嫁いでも問題ない家格の家に嫁いでいった。
そうして残ったのが最強少年クロウくん、というわけだ。
両親に言わせれば――
『いやぁ、私達もね? 悩んだんだよ。まだ幼いクロウに当主を任せるべきか。それとも兄3人のうち誰かを呼び戻すか。でもほら、せっかく愛し合って結婚して、なんなら独立だってしたのに、呼び戻してはあまりに可哀想だろう? だからクロウ、あとはよろしくね。私達は旅行に行きます!』
――というお話で。
最後の『旅行に行きます!』の部分に関しては、それはそれは力強く宣言していた。そしてさっさと出て行ってしまった。
フットワークが軽くてようござんすねえ!
両親じゃなかったらぶん殴ってるとこだわクソッタレ。
斯くて残り物が残り物らしい結末を迎えたのが、『クロウくん御当主様据えられ物語』の全貌である。
ちなみにこれは、月氷ではクロウの初期設定としてあったものだ。実際に発売された月氷では、クロウはウルフハート家の唯一の後継者という設定になっている。
……案外そっちのが楽だったかも知れんね。気分的に。
まあでも、結局のところ無い袖は振れない。
オレが両親と同じ立場でも、兄貴たちを呼び戻すような事はしなかっただろうし、それについては文句はない。それについては。
早々と当主の座を降りてラブラブ夫婦で好き放題に旅行に行ってる事に関しては、正座をさせた後、そのまま懇々と説教を10時間ほどはかましてやろうかと考えている。……やだな、考えてるだけだよ? しないって。
「ま、色々あるんだ。あまり人様には話したくない理由とかな」
「……あまり褒められた理由ではないのですか」
「そういう事だな。幸いにして我がウルフハート家は辺境守護の任を拝命すると同時に、ある程度までなら好き放題に振る舞っても構わないと女帝陛下より認可を承けているから、上位貴族ならおよそ誰もが知るそれについてはおいそれと口にするバカもいないけどな」
ウルフハート辺境伯家始まって以来の醜聞だと祖父母の間でも語り草である。
あの厳格な祖父母からどうしてあんな父親が生まれたのか、あるいは厳格であったが故の反動なのか。疑問は疑問のままだ。
ま、あの放蕩両親の話はいいだろう。
問題は学院の入学式だ。
魔導学院の入学式は、クラス分けを兼ねて行われる試合でもって構成される。
ランダムに選ばれた2名が結界に囲まれた戦闘フィールドに上がり、対戦相手からの降参を引き出すか、相手を戦闘不能にするか、教員のストップがかかれば終わり。
試合内容は参列した学院長をはじめとする教員達によってリアルタイムで評価され、評価の優秀であった順にSクラス、Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラスへと振り分けられる。
このクラス分けは絶対の評価ではなく、学院生活を続ける中で実力を上げ、クラス昇格試験を申請し、これを無事にパス出来れば、その時の実力に合ったクラスへと再度振り分けられる。もちろん、上がる事もあれば落ちる事もあるから、本人の努力は必須だ。
クラス分けについては別にいいんだ。
オレだってこの『クロウ・C・ウルフハート』に甘んじてきたわけじゃないし。クロウとして生まれたらば、クロウの名に恥じない努力をしてきた。
問題は、そのクラス分けを兼ねた試合において、どのような手段をとる事も容認されているという事だ。どのような武器、防具、魔法、毒や暗器など、何を使って相手を打倒するかは、完全に個人の裁量次第となっている。これを女帝陛下が認可したというんだから、ぞっとしない。
過去には死人が出たこともあるらしい。
…………まあ、幸いにして件の試合には回復系魔法の熟練者が動員されるので、よっぽど手の施し様がない場合以外では、腕や足の1本が消し飛ぼうが問題ないとか。
物騒だね! ……頭のネジが8割方消し飛んでんじゃねえかな?
ともあれ、やるとなったら本腰入れてやらないと。方々に失礼だもんね!
◆
「ダメです」
「入学生なんだけど、オレ」
せっかくの入学式だと出発前にした意気込みは、学院の教員連中によって無駄なものとなった。
「クロウくん――いえ、当代のウルフハート辺境伯。申し訳ないのですが、あなたは強すぎるのです」
そう、いかにも申し訳無さそうな顔で言ってくるのは、1年生の体術教練を担当するベリル・ベルモア子爵だ。
見てくれは、爽やかな金髪の好青年といったところ。
「強すぎる?」
「はい。何せあなたは女帝陛下直々に”最強“の称号を授けられた方。賢い貴族であれば、武術においても魔法においてもあなたに優る者などいないと正しく理解しています。ですので、試験は免除とさせてください」
「イヤです」
「ダメです。決定事項です」
「イヤです」
「頼みますよ、辺境伯」
この好青年然とした男、なかなかに頑固である。
しかし、誰がなんと言おうがオレは新入生であるので、ここはその権利を主張させていただこう。
青少年の主張というやつだ。
「……まあ、百歩譲ってオレがそれを承諾したとして、あのアホ皇子がそれを許すかね」
「あー……それは……」
「いくら学院では身分の違いに左右されなくなるとは言っても、皇子となればそうはいかんだろ? それに、オレが強すぎるから試験を免除させたいのは、あくまで学院側の都合であって、定例に沿って考えればまずもってあり得ない事なんだしな」
「それはそうですがね……。ううむ、困りましたね……」
「そもそもあのアホはアホだから、何が何でも自分の意見を通すぞ。アホだからな。なんならオレを試験の相手に指名するかも知れん。会えば煽ってやったし、アホだからな。どうせ実力差も理解してないだろ。アホだから」
「あの……あんまりアホアホ言い過ぎでは……?」
「妥当な評価だろ?」
そう問いかけてみれば、ぐうの音も出ない様子のベリル子爵。
まあ、あのアホの評価なんて、まともな連中の中ではどこ行ってもこんなもんよね。
「と、とにかくですね、ウルフハート辺境伯――もとい、クロウくんは入学試験は免除とさせてください」
「アホの対応は?」
「……こちらで頑張ってみます。どの道、学院では身分差を考えないのが基本ですから、あの方もそう簡単に力押しは出来ません」
「…………まあ、いいか。じゃあ、あとは頑張ってください」
「ええ。少し気は早いですが、入学おめでとうございます。学院生活に実り多からん事を」
「どうも。アホの対応に苦労少なからん事を」
祝福をいただいたのでそう返してみると、子爵は困ったような顔で笑って、「私もそう願ってます」と言った。
まあ、あのアホは本編でも散々にやらかしまくってたから、どうにもならないのは目に見えてるんだけどね。
頑張れ、教職員。