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入学を控えて



 バカ皇子のお披露目を兼ねたパーティから早いもので2年の月日が既に流れ、魔導学院の入学式がもう数日後というところまで来ていた。

 今になって思えば、あのパーティはバカ皇子のバカさ加減をお披露目するパーティだったろうか――などと考えてしまったのは、今も記憶に新しい。なんなら昨日の夜も考えてた。


 グレイスとはパーティの後、文通をするようになっていた。

 現代を生きたオレが昭和の時代でもあるまいに文通だなんて……なんて考えたりもしたものだが、これはこれで意外に楽しかった。やってくる手紙を読んで、さて今回は何を書いたものかとか考える時間や、早く返事がこないかなとやきもきする時間も含めて。

 現代のようにやれイ○スタだのL○NEだのがない、それどころか、そもそも携帯電話すらなかった時代の男女はこんな風に仲を深めたのかとなかなか勉強になった。

 まあ、昔は昔で、恋愛結婚なんてものは望むべくもなかった時代ではあったと思うが。


 ともあれ。

 かくして、オレはゲーム開始地点に降り立ったというわけだ。

 ここから、主人公は魔導学院に入学し、バカ皇子とその取巻きどもを篭絡して、そいつらの婚約者たちとひと悶着どころではない騒ぎを起こして、果てには婚約破棄&断罪の悪役令嬢モノテンプレをこなして、逆ハーハッピーエンドと相成るわけである。

 ま、もう既にグレイスとの婚約が締結されてるので、シナリオは崩れてしまっているがな。もしこの世界の主人公に転生者の魂があったなら、このウルフハート辺境伯を恨むがいい。



「……まあ、喜ばれこそすれ恨まれる筋合いなんかないけどな」



 バカ皇子の性格が輪をかけて捻じ曲がるのを阻止したばかりか、グレイスもオレも幸せになれる。

 これ以上ないくらいの成果ではなかろうか。


 まあ、あのバカ皇子に関してはここ2年の間に女帝陛下が矯正を試みているだろうし、そんなに酷い事にはなっているまいよ。

 とはいえ、人の嫉妬心であるとか劣等感であるとかは、よっぽど心に響く言葉を受けないとなかなかプラスの方に向いていかないからな。矯正を試みたところで結局は当人次第なのが難しいところだ。

 それこそあのバカ皇子にとって恩師とも呼べるべき人材がいなければ、2年前のあの頃と大差ない、グレイスを前に『感情がわからんつまらん女』などと口にするクズのままでしかないだろう。

 女帝陛下の心労を思えば、彼の人格が矯正されているのを願うばかりである。



「何やら難しい顔をされておりますね、主様」

「実際難しいよ。世の中、上手い事転がらないもんだからな」



 ところで、2年前と比べて変わったのはオレとグレイスが婚約者になっただけじゃない。


 魔導学院に入学する貴族は最大で2名までの側付き……というか、世話係を同時に入学させる事が出来る。その際、貴族令息なら専属の執事が、貴族令嬢なら専属のメイドが付くのが一般的だ。

 オレの場合はどちらかと言えば、女の執事になった。

 名前はレイ。バカ皇子のお披露目パーティから帰った翌日に、帝都に店を構える奴隷商から買い上げた人材だ。オレと同じ銀の髪を持つ中性的な顔立ちの少女だった。


 時に。ここ帝国では、認可を受ければ奴隷商として商売をする事が出来る。

 奴隷といっても実際のところは人材派遣会社の登録社員みたいなもので、食い詰めた奴であるとか犯罪を犯した奴であるとかが奴隷になったり落とされたりして、奴隷商に登録される。それを、定められた金額を支払って買い上げ、自分のものとするわけだ。

 要するに、派遣(レンタル)ではなく買い切りの人材派遣なのである。


 もちろんだが、奴隷にも救済の道はある。1度そうなったら一生奴隷、というわけじゃない。

 雇い主は奴隷を買う時に決して少なくない金額を支払うわけだが、この時支払った金額がそのままその奴隷の借金として計上される。

 どのような事を奴隷にさせるのかは雇い主によって様々ではあるが、普通に人材を雇うのと同じように奴隷には給料が出て、そのうちのいくらかを、その借金の返済に充てられるのだ。


 そうして借金を返済し続け無事完済となると、奴隷は奴隷身分から解放され、平民になる。

 平民になると契約の更新ということで、雇い主側は改めて雇いたいか否かを表明し、元奴隷側はそのまま雇われたいか別の仕事をしたいかを選べる。

 そのまま雇われたい場合はこれまで通りだが、別の仕事をしたいと言った場合は、雇い主がその仕事の斡旋をしてやるのが通例――というか、そこまでがセットだ。


 さて、そこに来てレイだ。

 彼女はオレより2つほど歳上の女の子で、元々は少し貧乏な程度の男爵家のご令嬢だったそうだ。領地は小さかったものの領民との関係は良好であり、貴族と平民というよりは、同じ街に住む市長と市民のような間柄だったという。

 だが、ある時期を境に領地で作っている作物が上手く作れなくなった。

 病気か何かかと思いそれ用の対処をしたが効果はなく、詳細に調べようにも続く不作で領民に金はなく、元々少し貧乏な男爵家も多少余裕がある分を領民の生活にと回してしまえば、それ以上の余裕はなかった。


 やがて領地運営が破綻を迎え、男爵家は没落。

 せめて領民と男爵家の使用人たちに何か残してやろうと男爵家はそれぞれ奴隷に登録し、登録時に発生した金はそのまま使用人と領民へ。

 男爵家の面々は別々の奴隷商の預かりになり、今ではすっかり散り散りになってしまったという事だった。



「……そうですね。確かに、世の中上手くは転がらないものです」

「ああ。……そういえば、結局のところ作物が上手く作れなくなった原因はわかったのか?」

「奴隷になってから聞いた話ですが、どうやら土地の魔力異常だったそうです。今は安定して、領民も平和に暮らせているとか。……元、領民ですね」



 なるほど、無い話ではないな。


 この世界の自然物には魔力が宿っている。これはオレたち人間と原理は変わらない。生きとし生けるもの全てに魔力は宿るのである。

 で、この自然物の魔力というのは常に一定を保ち続ける。例えば、川を流れる水が10の魔力を宿しているとして、この水の魔力は誰かが何かしない限りは10のままだ。11になったり9になったりはしない。


 ただし、物事には例外が付き物で、たまにその魔力が異常を起こして増えたり減ったりする事がある。

 その時には魔導具であったり魔法使いであったりを用いて魔力を安定させるんだが……どちらも少なくない金額のお金がかかる。魔導具は高いものばかりだし、魔法使いを雇おうにも最低でも金貨2枚からの金額になる。

 冒険者に依頼を出す、という手も取れなくはないが、魔力の安定化を担えるほどの魔法使いがいるかと言えば、これがなかなか難しいと言わざるを得ない。


 要するに、『詰み』の状態だ。

 レイ曰く『他家のパーティに出席出来るほどの余裕もなかった』らしいので、貴族家の伝手なども存在しない。

 悲しいかな、彼女の奴隷落ちはその時点で既定路線でしかなかったわけだ。 



「お家再興、なんてやってみるか? うちが支援してもいいぞ」

「嫌です。貴族社会なんて面倒なだけですから」

「……ホントにな」

「心配せずとも、主様はよくやっておいでですよ。その歳で当主ですから、已むに已まれずという事もあるかも知れませんが」



 宮廷雀やら他家のメンツやらが――とか考えて遠い目をしていると、レイからそんなフォローが飛んできた。

 まったく……自分も家族に会いたいだろうに。よくやっているのはどっちなんだか。



「ところで主様、先程から外出準備をしておいでのようですが、どこかに行かれるので?」

「ま、ちょっと買い物にな。学院は寮生活だから、どの程度自由が利くんだかわからんし、日用品とかは買っとかないと」

「寮に入ってからでもよろしいのでは?」

「入学初期は色々とバタつくだろ。それに、一応オレはウルフハートの当主だからな。お近付きになりたいなんて貴族子女に集られて、身動き出来んかも知れん」

「考え過ぎではないですか? どのみち同じ立場なのですから、そう面倒な事にはならないかと」

「それならそれでいい。そもそもオレはお前しか連れて行かないから、入寮してからはちょっと都合が悪い」

「ああ、それは確かに。私がお側を離れるわけにはいきませんものね」

「そうそう。それに、お前は女だしな。せめて余計な虫が付かないようにしないと」

「……はて? そこいらの貴族令息には負けないほどの教育を、この2年で叩き込まれたと思いましたが」



 確かに、オレが専属の付き人にするからとレイを領地に連れて帰ってからこっち、ゼフや屋敷のメイドたちのおかげで文武ともに尋常ならざる教育を施されてきていた。

 並の騎士100人程度なら涼しい顔して倒せるだろうし、どこの貴族家に出しても恥ずかしくないほどの教養を身に付けたし、オレが教えた事で魔法の腕もかなりある。


 だが、貴族社会から離れて久しいせいか、彼女は忘れている。

 あるいは、そんな状況など想定すらしていないのかも知れない。あり得ないとさえ考えるかも知れない。



「レイ。いつの世も、どんな世界でも、同性に惹かれる同性というのは一定数存在するんだ。男が男に、女が女にというのは、別段珍しい話じゃない。男娼を求める男はいるし、娼婦を求める女もいる」

「それは、まあ、そうかも知れませんね?」

「お前は気付いていないのかも知れないが、お前はともすればかっこいいんだ。これで性別が男なら、世の女性は誰も彼もがほっとかないだろう」

「またまた……」

「実際、屋敷のメイドたちに聞いたところ、男だったら告白してたと答えたのが全体の八割」

「えっ」

「女でもいいと答えたのが残りの二割」

「えぇっ!?」

「つまり、お前は女からしても魅力的なんだ。男からは……まあ、オレが代表しようか。お前、オレの第二夫人にならないか?」

「はっはっは。ご冗談を」



 信じていない……いや、現実逃避してるだけか。

 まあ、男から見ても女から見ても魅力的だ、なんてそう信じられるものでもないか。



「何でもいいけど、自分が魅力的に見えてるって事は覚えとけよ。余所のご令嬢が転びかけるところなんか助けてみろ、一瞬で惚れられるぞ」

「主様こそ、同年代の中では頭一つ抜けた存在でしょう。気を付けなければグレイス様の不興を買いますよ」

「家格や権力でしか見てないバカなんぞこちらから願い下げだ。いざとなればグレイスに相談すればいいんだから、大した問題じゃないだろ。――よし、準備完了。行くぞ」

「はいはい、お供致しますとも」

「それが仕事だろ」



 やれやれ仕方ないですね、みたいな態度取っても無駄だからな。お前はそれが仕事なんだから。

 それはさておき、今日は色々と買い付けておかないとな。入寮してからでは、どの程度自分の自由が利くんだかわからんし、レイを遣いに出すにしても落ち着いてからでないとダメそうだし。

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