パーティに行こう
その時が、来た。
「いよいよか……」
帝室からの手紙が届いてから10日後の今日、オレはウルフハート辺境伯領ではなく帝都にいた。
もちろん、社交界デビューのためである。もっとも3日前には到着していたが。
いや、違うよ?
別に楽しみにしてたとか前乗りしたとかじゃなくて、うちの領地が帝都からだと遠いから、余裕をもって到着しておきたかっただけ。
これでも辺境伯だから、帝都に別邸もあるしね。
ちなみに、我らがイリューシア帝国における爵位は下から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵となる。
辺境伯が無いやん! と思ったそこのアナタ、ご心配なく。
辺境伯というのは簡単に言えば『特務少尉』と同じもので、特務少尉が少尉と付くのに大尉と同等の立場にあるのと同様に、辺境伯は伯爵と付くのに侯爵より偉く公爵より偉くないくらいの立ち位置にある。
要するに、王族とその親類の次くらいには偉ぶれる爵位を持っているというわけだ。権力バンザイ。
「――窓の外を眺めてキメ顔を決めているところ申し訳ありませんが、そろそろ出発のお時間ですよ、クロウお坊ちゃま」
キメ顔なんてしてないし。してないったらしてないし。
「出発はわかったけど、変な事を言わないでもらえるかな、ヴィオラ」
「……変な事?」
何を言っているんだこいつは? とでも言いたげに竜人族のメイドは首を傾げた。お前マジそういうとこだぞ。
竜人族のメイドことヴィオラは月氷ファンディスクに登場するキャラクターだ。歳はクロウの7つ上で、クロウを弟のように見ているため気安い態度を取る。
「……まあいいや。馬車は?」
「用意してあります」
「よろしい。では行こうか」
バサッ、とロングコートを翻す。
ヴィオラの先導で別邸を出て辺境伯家所有の馬車に乗り込むと、オレの着席を待ってドアが閉められ、やがて僅かな音を立てて馬車は動き出した。
「やっぱ快適だなぁ」
馬車に揺られながらしみじみとそんな事を呟く。
というのも、この世界の馬車はサスペンションなんか存在しないし、ボールベアリングなんか望むべくもないので、要するにショックアブソーバーなんぞ夢のまた夢で、つまり何が言いたいのかと言うと普通の馬車に乗るとケツがクソ痛えのよ。
元々現代人のオレがそんなもの許容出来るはずもなく、鍛冶屋から木工屋から片っ端から声を掛けて、アイテムと機構の話を聞かせて、ようやく完成したのが今乗っている馬車だ。
その名も、『ウルフハート領謹製特殊機構馬車ガルム』だ。命名はオレ。請われたから仕方なく。
量産の話も持ち上がっていて、組立に使う材料のクオリティは落ちるが行く行くはウルフハート領で使われる馬車は同じようなものになる予定だ。
「気になった事は調べる性格で良かった。ありがとう前世のオレ」
まあ、前世も今生もオレのままなんだけど。
「……前世か」
事ここに至っては、そろそろ月氷の事を本格的に思い出さねばなるまい。
何せ2年後には帝都にある魔導学院に入学して、めくるめく学生生活が始まってしまう。そしてそこからが、本当の月氷の始まりなんだから。
月氷は、言ってしまえば最近ではありきたりな乙女ゲームだ。いわゆる悪役令嬢モノというか。
主人公は貴族の落し胤で、その貴族に回収され貴族子女として学院に通うところから物語は始まる。
攻略対象は第一皇子、宰相の息子、近衛騎士団長の息子、公爵子息、第一皇子の従者の5人。攻略対象それぞれに婚約者があるが、主人公がそれぞれの抱える悩みなどを解決に導き、それによって攻略対象たちは心惹かれていく。
それぞれの婚約者はルートによって登場する令嬢が変わるが、どのルートでもノーマルエンドは卒業パーティでの婚約者の嫌がらせ等の暴露と断罪、そして婚約破棄からの主人公との婚約表明の流れ。攻略対象の婚約者がそれぞれ悪役令嬢になる、という事だ。
そのノーマルエンドの他にベスト、トゥルー、バッド、逆ハーエンドがそれぞれ存在して、これら全てのエンディングを見る事が出来れば、オレことクロウの解放条件をひとつ達成出来るという具合。
主人公の能力は高くなく、運動そこそこ、勉強そこそこくらいのスペック。ビジュアルは……まあ、可愛くはあるんじゃない? くらいだ。
平民出身だが2属性の魔法適性を持ってる事から魔導学院に通うようになるが、父親の爵位は男爵なので、貴族社会での地位は低い。
ただ、よくある悪役令嬢モノと違って主人公は自分の能力の低さを無視しない。シミュレーションパートで勉強やら運動やらの項目を選び、育成していくというのが月氷のひとつの要素だ。
そして、主人公は別に『学院ではみんな平等なんだから、身分や立場の違いを指摘して私だけ突き放すのはおかしい!』みたいな事は言わない。基本的には真面目な常識人なので、攻略対象の婚約者の顔も立てようとする。
バカなのは攻略対象たちで、悩みを解決に導いてもらったり優しくされたりを繰り返すうちに、だんだんと主人公の方に心が寄っていって、上述のノーマルエンドを迎える。婚約者に失礼だろ。
トゥルーと逆ハーエンドの時は断罪やそもそも婚約者からの嫌がらせなどがなく、攻略対象とその婚約者、両者の両親が一堂に会して話し合いを行い、円満に婚約を解消した後に主人公と婚約発表となる。
ぶっちゃけそういうシナリオだったからこそプレイした。
悪役令嬢側に救いがないのは嫌いなもんで。
そして、前世でオレが推していた月氷のキャラはこのクロウもそうなんだが、第一皇子の婚約者として描かれるグレイス・リオトルム公爵令嬢だ。
ビジュアルとしては……まあ、美人ではある。10人いれば10人が『美人だ』と評するだろう程度には。
ただ、彼女は目つきがキツいし、ほとんど表情が動かないし、基本的に突き放すような物言いをするので、悲しいかな人気投票のランキングでは最下位かブービーかといったところだった。
しかしながら、これはファンディスクを遊べばわかるのだが、グレイスは心の中では表情がころころと変わって、時折限界オタクみたいにもなる。
ファンディスクを遊ぶまではオレもグレイスにはあまりいい感情を持ってなかったんだが、プレイしてからはすっかりグレイス推しだ。
……まあ、これはあくまで月氷の物語が始まる2年後からの話だ。
現在のグレイスがどんな性格をしているのか、本当に感情表現がないのか、といった事はまったくわからないのだ。つまり、あるいは表情豊かなグレイスを見る事が出来るかも知れないし、なんなら第一皇子の婚約者ではなくオレの婚約者にする事が出来るかも知れないのである。
それもこれも、まずは今日の日のパーティ次第だ。
ほんと、同い年で良かった。