第6話 倉庫
「なるほど。
死にかけていた俺を助けてくれた訳だ。
礼を言う。
しかし俺はついて行けない」
「やっぱり女にされた事を怒ってらっしゃる?」俺は恐る恐る聞く。
「女にされた事にショックがないと言えば嘘になる。
しかし生き返らせてくれた事、右腕を再生させてくれた事にそれ以上の感謝がある。
他人に生まれ変わったからこそ、逃亡人生をもう送らなくて良いんだろうし。
それを怒っているんじゃない。
そうではなくて俺は陰陽師として池袋の龍脈の力を借りて活動している。
だから、池袋を離れる事は出来ないのだ。
池袋を離れると俺は陰陽師として大した力を発揮出来ないのだ」
少女のロリボイスで言われると変な気分だ。
しかし俺の声も大概かも知れない。
自分の声ってわかんないよね。
録音した自分の声を聞いたら「うわっ!きもっ!」って思ったりして。
巫女服の少女が急に黙る。
知らない者は「いきなり何だ?」って言うだろうけど、俺や蓮はこうなる時が脳内でデザイアに語りかけられている時だと知っている。
デザイアとの脳内での会話は他者には聞こえないのだ。
「お前は龍脈から陰陽道の力を得ていた。
それはわかった。
でも池袋に龍脈があるように秋葉原にも龍脈はあるぞ」
「当然だ。
どんな街にも地脈は存在する。
俺達、陰陽師が『龍脈』と呼んでいる存在がない街などほとんど存在しない。
ごく稀に『龍脈が枯れている街』というのも存在する。
どの街でも陰陽師が活動出来る訳ではない。
陰陽師には自分が利用出来る『龍脈の波長』という物がある。
分かりやすく言うと携帯電話の会社によって使えるスマホの電波が違うようなモノだ。
電波があればどこの携帯キャリアのスマホでも使える訳ではないだろう?」
「理屈はわかった。
つまりその『龍脈の性質』が違うから秋葉原には来れないのだな?
心配するな。
お前の着ているそのメイド服は『龍脈の性質』を変換するモノだ。
『変換器』のようなモノだ。
お前がそのメイド服を着ている限り、どの街の龍脈もお前が使える波長に変換される」
「他の国の家電が使える電圧変換器のようなモノか!?」
「我はその『電圧変換器』というモノを知らんから何とも答えようがない。
とにかくお前は秋葉原でも、秋葉原以外でも陰陽師として活躍出来る、そのメイド服を着ていればな」
「・・・・・」
「どうした?
まだ何か問題があるのか?」
「一つ間違いを正したい。
巫女服は神道で広く使われている物だ。
陰陽道とは一切関係がない。
この『巫女服風のメイド服』は陰陽師である俺には相応しくない」
「それと似たような事は蓮にも、忍にも言われたな。
『チャイナドレスを着て闘う中国拳法はない。この格好はおかしい』『忍者だから黒のメイド服という認識は安直だ』
同じ事を言わせて貰おう。
『気にするな。あくまで我が勝手に抱いたイメージを具現化したモノがそのメイド服だ』」
「・・・わかった。
この格好に慣れるように努力する」
「それはそうと我はお前を何と呼べば良いのだ?」
「名前、か。
好きに呼んでくれ。
陰陽師の世界は排他的だ。
昔の名前のまま、秋葉原の陰陽師界に乗り込んだら間違いなく排除される。
どのみち俺は新しい名前を名乗ろうと思っていたところだ。
しかし何か名前を名乗らなきゃいけないなら『在前』とでも呼んでくれ」
「在前?」
「『在前』とは陰陽道で言う『九字』
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』の最後だ。
『もうこれ以上後がない』と言う意味だ。
どうせ一度終わった人生だ。
最後だと思って頑張る、という意味を込めて・・・」
「わかった『在前』だな?
お前は理屈っぽくていかん」
「とにかく三人戦隊が揃った」
「五人がフルメンバーなんじゃないか?」
「フルメンバーは五人だが、三人の戦隊もあるし、三人いれば『戦隊』の体裁が取れる」
「くだらん!
体裁を気にしていたのか!」
「そりゃもちろん気にする。
我々戦隊は『悪の抑止力』にならなくてはならないのだ。
存在を認識されるだけで『アイツらがいるから悪い事は出来ない』と思われるような。
我々は戦隊として、認められる存在にならなくてはいけない。
むやみやたらに暴れれば良い訳ではない」
「そりゃやたら金かけてる『軍事パレード』だって『威嚇』の意味はあるもんな。
デザイアが戦隊としての形に拘るのも意味があるのか。
・・・で、三人揃ったから何なんだ?」
「そろそろ『奉仕戦隊デザイア』としての活動を始める」
「しかしダサい名前だな」
「お前が決めたんだ!」
「そうだったか?
でも戦隊活動前で誰かに認知される前ならまだ名前変更可能だよな?」
「良いか?
お前が名前を決めてから、既に構想は動き出しているんだ」
「『構想』?」
「いいか?
我々は戦隊であり、衣装を着た少女の集団でもある」
「そうだな」
「つまり『男の子向け』でも『女の子向け』でもある、という事だ!
これはもしかしたら大きなビジネスになるかも知れないぞ!
グッズがバカ売れするかも知れない!」
「真面目に聞いて損した!」
「何を言う!?
金は必要だぞ?
『スーパーの見切り品を漁るメイド服姿の少女達』と半ば都市伝説化しているお前達なら痛いほど実感しているだろう?
グッズがバカ売れすれば、メイド喫茶もそんなに売り上げが求められないのだぞ?」
「わかった!わかった!
とにかく戦隊としての活動を教えてくれ」
「・・・本当にわかったのだろうか?
まあ良い。
今回の仕事内容を告げる。
悪の組織『岩上組』の武器売買を阻止せよ!」
「ヤクザじゃねーか!
ヤクザのシノギじゃねーか!
警察の仕事じゃねーか!」
「警察内部に岩上組からの賄賂が流れてて、岩上組が悪い事をしても逮捕されないのだ。
しかも岩上組が武器を買うつ相手、というのが某国のマフィアなのだ。
マフィアは某国と密接に関係していて、国はマフィアの動きを『見て見ぬフリ』している。
警察も国も岩上組を取り締まれない。
・・・そこで我々の出番なのだ」
「戦隊モノがヤクザと闘うの見た事がない・・・」
「今回は小手始めだ。
しかも『誰も手を出せない存在を取り締まれる』となれば、今まで『アンタッチャブルとされてきた悪』に良い感情を持っていなかった連中がスポンサーになってくれるかも知れん」
「・・・金の話ばっかりだな」
「そういうな。
何をするにも『先立つモノ』が必要なのだ」
「わかった、わかった。
じゃあ戦隊の初仕事の話をしてくれ。
俺達はどこへ行けば良い?」
「江東区、東京湾北部へ東京メトロでむかえ!」
「またこの格好で電車に乗るのか・・・」
「・・・・・」
「忍、どうした?
何か嫌な事があったか?」と蓮。
「この格好で満員電車に乗ってるから『されるだろうな』とは予想してけど痴漢されまくった・・・」
「何だ、そんな事か」と在前。
「そんな事じゃねえ!
オヤジにケツ撫で回される感覚を知らないから言えるんだ!
『虫が這い回っているような感触』だぞ?
正に虫酸が走る!
だいたいケツ触って何が楽しいんだよ!?
こっちは気持ち悪い。
触ってる方も気持ち良くない。
誰も得しないじゃねーか!」
「わかってると思うがこんな格好していても、俺達はあんまり目立つ訳には・・・」と在前。
「わかってる!
わかってるからケツ撫でられても、ひたすら我慢したじゃねーか!
我慢する必要ないなら今から行く東京湾の魚の餌にしてやる!」
「正義の戦隊員の言う事じゃないな」と蓮。
東京メトロを降りて、デザイアに指定された港湾倉庫へ向かう。
倉庫入り口には鍵がかかっている。
だが、元々潜入任務を得意としていた俺は髪止めにしていたヘアピンで簡単に鍵を開ける。
「そんな簡単に鍵って開けられるのか?」と在前。
「俺はな。
忍者でも俺みたいな『鍵開け』の名人は同年代にはいなかった。
それより静かにしろ。
人の気配が近付いて来る」
俺の注意で二人は瞬時に気配を消す。
さすがだ。
歩んできた道はそれぞれだが二人とも修羅場を数限りなく経験し、その中で『気配を消す方法』を習得しているのだ。
「大人しくしろ!」
柄の悪い男の怒鳴り声と女性達のすすり泣く声が聞こえる。
武器売買じゃなかったか?
「『人身売買』だな。
何の事はない。
『商売が武器売買だけじゃない』というだけの話だ。
薬なんかも商っているかもな」と在前。
「何でわかるんだ?」と俺。
「俺をお前達が見つけた時に、右腕がなかっただろう?
陰陽道じゃ契約している『存在』に身体の一部を喰わせるかわりに力を行使する方法が一般的なんだよ。
それは自分の身体の一部ならまだ良心的だ。
無関係の人間を人質にするヤツだっている。
人質の『右目』が取引の材料なら、残りの身体の部品は不要なのか?
右目だけ取って人質を解放するのか?
そんなわけないだろ。
残りの身体の部品は『臓器売買』で海外に売るんだよ。
取引相手が一つしかない。
商売が一つしかない。
そんな訳がない。
武器を売る連中が人を売る。
薬を売る。
当然の話だ」
「しかしムナクソ悪い話だな」と蓮。
「「同感だ」」と俺と在前。
「とりあえず出たとこ勝負だな」と在前。
「確かにコソコソ隠れるのは性に合わない」と蓮。
「いや、忍者はコソコソ隠れるものなんだが・・・今回はお前らのやり方に倣う」と俺。
俺達は現れたヤクザ達の目の前に堂々と登場する。
あら、思ったより人数多い。
そりゃそうか。
手を縛ってるとは言え人身売買用の女性を五人連れているんだから、ある程度の人数はいるわな。
ヤクザは10人いる。
「何だ?
お嬢ちゃん達?
お嬢ちゃん達も海外旅行希望か?」ヤクザの一人が下衆な笑い顔を浮かべて言う。
そうか。
外国人から武器を受領して女性達を渡す訳か。
「どうやってここに迷い込んだかはわからない。
それは後でじっくり聞くとして・・・取り敢えず手を頭の上に上げて貰えるかな?」そうヤクザの一人が言う拳銃の銃口をこちらに向けた。
拳銃が何かに弾かれて地面に落ちる。
蓮が紐の先につけた矢じりのような金属の刃物をヤクザの拳銃めがけて投げたのだ。
縄鐺、中国の暗器だ。
そう言えば蓮は「暗器が得意だ」って言ってたっけ?
「テメーら!?
やんのか!?」
ヤクザ達が一斉に銃を構える。
いやいや、先に銃を構えたのそっちじゃん。
しかしこれだけの男達に銃口を向けられると面倒だな。
しかも闘いになればヤクザ達が連れている女性たちに間違いなく流れ弾が当たる。
自分達が無事でも女性達は無事じゃ済まないだろうな。
蓮や在前には悪いが薬を使おう。
薬は二人にも効いてしまうだろうが、死ぬ訳じゃない。
後で謝ろう。
同じ事を蓮も考えていた。
「取り敢えず麻痺毒を撒こう。
自分には毒の耐性があるが、忍と在前は麻痺してしまうだろうな。
後で謝るしかないか」
同じ事を在前も考えていた。
「『影縫い』の呪符を使おう。
この場にいる者全てが動けなくなるだろう。
忍と蓮も動けなくなるが後で謝ろう」
三人が同時に行動を起こす。
メイド服が薬物無効、毒無効、呪術無効であることはこの時は三人とも知らなかった。
この港湾倉庫にいた、三人のメイド服の少女達以外の人間は酷い目にあったのだった。