第4話 珍獣
そりゃわからないだろう。
『死んだと思ったらメイドになっていた』端的に言えばそういう事だがその説明自体が意味不明だ。
「これは夢じゃない、と。
この姿でいる限りはマフィアに狙われる事はない、と」
「・・・そういう事だな」
「それを信じろ、と?」
「普通、信じれないわなあ・・・」俺は
頭を抱える。
だがチャイナ服風のメイド服を着た少女の言う事は意外にも俺の言う事の肯定だった。
「いや、信じる。
信じざるを得ない。
そのカチューシャの言う事を信じるならな」
どうやらデザイアは男の脳内に語りかけていたようだ。
わかった事がある。
『デザイアが俺の脳内に語りかけてくる時は、チャイナ服の少女の脳内には何も聞こえていない。逆もまた然り』
つまりデザイアはこのチャイナ服の少女の脳内に色々起こった事の顛末を説明していたらしい。
そしてその説明は『信用するに値する』と判断されたようだ。
まぁ何にしても説明の手間は省けた。
「世界を救うために命を助けられた。
追っ手の目を眩ますために別人になりきる。
・・・そういう事だな?
そこまでは理解した。
しかし何で少女なんだ?」とチャイナ服の少女。
全ては俺の『女の乳をもみたい』という願望が原因と説明すべきか?
それを理解してもらえるか?
「せ、世界を救うのは『奉仕戦隊デザイア』だ。
俺は最強のメイドを集めている。
お前は『メイドパープル』だ。
決め台詞は『貴方にはクンフーが足りないわ!』だ!」
「そうか、そうなのか」
信じたよ!信じちゃったよ!
コイツ、バカなんじゃないか!?
「でも何で女なんだ?
何でメイドなんだ?」
当然の疑問だ。
不味い。
『俺のスケベな願望でお前は女になったんだ』なんて言えない。
適当に嘘をついてごまかすしかない。
「奉仕の精神が世界を救うんだ!
メイド服姿なのは・・・そうだ!
メイドは世を忍ぶ仮の姿なんだよ!
普段は秋葉原のメイド喫茶がアジトなんだよ!」
さすがに苦しいか。
アジトなんてどこにもないし。
アジトどころか家もないじゃん。
今までネカフェ難民だったじゃん。
「そうか。
詳しい話は後で聞く。
アジトに連れて行ってもらえるか?
『メイドブラック』」
「『メイドブラック』って・・・あ、俺か!」
そりゃ紫色のメイド服着ている少女が『メイドパープル』なら黒色のメイド服着ている少女は『メイドブラック』か。
いつの間にか自分のヒーロー名・・・いや、ヒロイン名が決まってしまった。
「次から次に出任せを言えるもんだな」
デザイアが脳内に語りかけてくる。
「うるせー!
出任せの設定でその場を乗り切るのは忍者の専売特許なんだよ!
『忍』って名前も出任せのデタラメなんだよ!」
「それより良いのか?
まだ秋葉原の拠点すら決めてないのに『アジトはメイド喫茶』なんて言って」
そうだった!
「め、メイド喫茶はまだ構想段階なんだ。
秋葉原にはまだアジトは出来てないんだ」俺は言い訳がましい事を言う。
「そうなのか。
秋葉原に祖父が生前、喫茶店をやってた店舗があって私が相続しているから、アジトの場所として提供しようか?」
コイツは人を疑う事を知らないのか?
しかし渡りに船だ。
この話に乗らない手はない。
こうして秋葉原での行動拠点は確保出来た。
喫茶店は秋葉原の表通りからは外れているが、喫茶店の二階は居住スペースになっていて住むには充分な広さがあった。
『メイドパープル』は俺を『メイドブラック』と呼んだ。
耐えきれず「俺の事は『メイドブラック』と呼ばず『忍』と呼んでくれ!」と言った。
「そうか。
じゃあ、私の事も『メイドパープル』じゃかくて『蓮』と呼んでくれ」との事。
「風俗営業許可証、調理師免許、他にも必要書類は全て揃ってるんだよな?」と蓮。
「うん、まあね」と俺。
必要書類は全て偽造だけどね。
住民票すら持ってないヤツらが、本物の書類を役場から取って来れる訳ないじゃん。
蓮は真っ直ぐな性格なんでそれは言えないけど。
「じゃあ何で『メイド喫茶 デザイア』をオープンさせないんだ?」
「・・・驚いた。
蓮は『メイドなんてやりたくない』と思ってた」
「やりたくはない。
でもこのアジトは世を忍ぶ仮の姿として『メイド喫茶』として営業すべきだし、何より『当面の資金を稼ぎ出すシノギ』が何か必要だろう、とは思う。
このままじゃホームレスまっしぐらだ。
家賃はタダでも固定資産税、食費がタダな訳じゃないしな」
「そうは言うけどな。
メイド以外にも『シノギ』はあるんじゃないか?」と俺。
「まだ言ってるのか?
もういい加減懲りただろう?
この格好は『各種職場』で『バカにしてる』と思われるんだ。
今まで出来た仕事を思い出せ。
ビラ配りかティッシュ配りだけだろう?
しかも信じられないぐらい安い給料の。
三人目の仲間も見つけなきゃいけない。
ティッシュ配りに忙殺されている暇はないんだ。
メイド喫茶をやるしかないのだ。
覚悟を決めろ。
私は出来てる」と蓮。
「わ、わかった。
とは言ってもメイド喫茶にメイド二人は少なすぎないか?」
「そういうと思ってな。
『メイド候補』を迎えに行こう」デザイアが脳内に語りかけてくる。
「『迎えに行く』?
もしかしてまた瀕死の男にカチューシャを無理矢理かぶらせるのか!?」
「人聞きの悪い事を言うな。
人生詰んでいる有望な救世主にセカンドキャリアを与えるだけだ」
「『セカンドキャリア』って言うけどな。
お前の言う事に従って得た仕事は今のところティッシュ配りだけだ」
「これからだ、これから。
『戦隊』が揃い出してからが勝負だ!」
「その言葉信じるぞ。
何かメイド喫茶で働く新人をスカウトしに行くだけのような気がしてきた」
「そんな訳あるまい。
そもそもただの『新人』であれば『元男』である意味があるか?」
「意味か。
『辱しめ』?」
「お前は我を鬼か何かだと思っているのか?」
「デザイアの言う事に従ってても、ティッシュ配りとスーパー閉店間際の惣菜見切り品漁りしかする事ないんだから、デザイアの事を信じろ、と言うのが無理だろう?」
「も、もう少しだ。
もう少し長いスパンで我を信じてくれ!
とにかく『新しい仲間』を迎えに行くぞ!」
「どこへ行くんだ?」
「池袋だ」
「駅名で言うな!」
「何故だ?わかりやすかろう?」
「確かにわかりやすいが・・・。
『万能の願望器』が山手線の駅を言うのが激しく違和感だ」
「西武線かも知れないだろう?」
「東武線かも・・・ってそんな話じゃない!
とにかく中途半端に遠いんだよ!
一人なら無理してもママチャリで行けるが、蓮と二人じゃ山手線で行くしかないじゃん!
ママチャリ、もう一台買おうか?」
「帰りはもう一人増える予定だから、もう二台ママチャリが必要になるな」
「二台もママチャリを買う金がどこにあるんだよ!?
メイド喫茶開店のために積み立ててる金に手を付けるしかないじゃんか!
無理して買ったとしても、どうやってあと一台ママチャリを池袋まで引っ張って行くんだよ?」
「電車に乗って行けば良かろう?」
「何でこんな珍妙な格好、二人で電車に乗るんだよ!
・・・なあ、俺一人でママチャリで行っちゃだめか?」
「言っただろう?
帰りには人が増える予定だと。
何にしてもママチャリがもう一台必要になる。
それにもう1つ理由がある。
忍はリーダーだから連れて行かねばならない、それは決定だ。
だが、忍の『口下手さ』は説得には向かない。
仲間を増やすには蓮の同行が必要不可欠だ。
諦めろ。
お前は山手線に乗るしかない」
「・・・わかったよ。
何で忍者が目立たなきゃなんねーんだよ?
また珍獣として写真撮られまくるのかよ」
俺と蓮は『山手線に乗っていたメイドさん二人組』としばらくSNSを賑わす。