当たり前ではない
三題噺もどき―ななじゅうろく。
お題:カレー・おたま・テレビ
「ただいま〜」
玄関を開け、靴を脱ぎつつ、家の中に声をかける。
バタバタ―!!
すると、奥から元気な足音が聞こえてきた。
思わずくすりと笑みがこぼれる。
「パパ〜おかえり!!」
大きな声と、満面の笑みで登場。
―今年で4歳になる一人娘である。
「ただいまぁ…!」
脱いだ靴を、踵をそろえて直す。
その間に、こちらに到着した娘。
勢いよくかけて来た彼女を受け取め、抱き上げる。
きゃらきゃらと楽しそうに笑う彼女の、その重さに成長を感じる日々である。
そのまま、リビングルームへと。
「お帰りなさい、」
キッチンから声がする。
おたまで、鍋を混ぜながら妻が声をかけてきた。
部屋の中には、カレーの独特な匂いが漂っている。
「あぁ、ただいま。今日は、カレー?」
「ええ、その子がどうしても食べたいって言うから。」
クスクスと笑いながら、テレビに夢中になっている娘を愛おしげに眺める。
―リビングに入ってきたときに、テレビを見ていた途中だったことに気が付き、おろしてくれとせがんできたのだ。
「元気になったわね……」
「あぁ、ほんとに……」
娘は生まれてすぐに命の危機に晒されていた。
医者から告げられた時は、目の前が真っ暗になったことを今でも覚えている。
僕でさえ、酷くショックを受けた―妻はなおさらだったろう。
ありがたいことに、医者の尽力と、彼女の生きたいというその意志で、何とか一命を取り留めた。
そのあとは、普通の生活を送れるまでに回復したのだ。
しかし、昨年、容態が急変し、食べることも走ることも、話すこともままならなかった。
3歳になってすぐの事だった。
もうそろそろ、問題ないだろうと、安心した時だった。
それでも、何とか容態が安定し、数ヶ月前に退院したのだ。
彼女は、2度も生きながらえたのだ。
全く、大人の僕でも、彼女のその強い生命力に、感銘を受けてしまう。
僕たち夫婦のもとに、帰ってきてくれることが、何よりも嬉しい。
「……」
「はい、カレー出来たわよ〜!」
妻の、声に意識を引き戻された。
ん、少々考え込んでしまったようだ。
「わーぃ!いただきま〜す!」
小さなスプーンを片手に、にこにこと、楽し気に、カレーをほおばる彼女。
普通に笑って、話すことが出来るのが、どれだけ幸せな事なのか、思い知った。
この日常は、当たり前ではないのだと。
僕は、いつまでもこんな時が続くことを願うことしか出来ないけれど。
どうか、娘が、妻が、何気ない日々の幸せを手放すことのないように、僕は2人を守っていこうと、改めて誓った。