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「それにしても……」


「どうしました?」


「まさかこんな展開になるとは思いもよりませんでしたわ」


 あの(・・)婚約破棄騒動から十年後。数ヵ月前に父より侯爵位を譲られたエルメラーダは、執務室のデスクで届けられた書類に目を通しつつ軽く頬杖を突き、目の前のソファでカップを手に寛ぐ青年を見つめた。




 当時十七歳であったエルメラーダは、結局今日まで誰かと婚姻を結ぶ事はなかった。あの後大量の釣書が届いたが、これはと言える人物に当たらなかったからだ。


 元々バーニスと結婚した場合は養子を取るか、何処かから優秀な種だけを貰ってくるか、などと考えていた為、それならそれで仕方ない、妥協して役に立つかどうか微妙な夫を受け入れる必要はない、とは思ってはいたが、社交界では結婚せずいつまでも独り身で居るエルメラーダを白い目で見る者が多かった。


 なにより未だになにやら物言いたげな視線を寄越す王太子と、その隣に立つ王太子妃の憎々しげな顔には辟易としていた。


 ディーンは知らなかったが、あの婚約破棄事件の当時、王太子と隣国の第三王女との縁談がほぼ纏まっていたらしい。せめてエルメラーダが結婚するまではと婚約の話を片っ端から断っていたディーンに業を煮やした王が、内密に縁談を進めていたからだ。


 もしあの時王太子の手を取っていたら、国際問題になっていたのかもしれないと思うとゾッとするエルメラーダだ。


結局ディーンは父王からの厳命により、渋々隣国の王女を娶ったのだが、仲はあまり良くない様だ。主に未練たらたらな王太子のせいだ。義務的(ビジネスライク)な関係で一男一女に恵まれてはいたが、未だに他の女に心を残す夫と、その心を奪い続けている(エルメラーダ)に対して王太子妃の心象は最悪らしい。時折茶会に呼ばれては嫌み三昧で、心からウンザリしていた。


 元婚約者バーニスは、王命の婚約を勝手に破棄したとして、廃嫡。すぐさま一緒に居たリュゼと呼ばれていた少女の実家、ルマン男爵家へと婿入りする事となった。流石に王も庇いきれなかった様だ。


 可愛がっていた次男の行く末に王妃が猛烈に抗議したが、ならばお前とは離縁するからバーニスに付いていけと王に激怒され手の平を返したらしく、王妃にべったり依存気味だったバーニスは、ころりと態度を変えた母に酷くショックを受けた。


 ルマン男爵家は下級貴族の中では比較的裕福で、リュゼには弟がおり彼が後を継ぐ事となっていたが、王子を娘婿として迎え次期男爵とせよとの王命に頭を抱えたという。


 だが、『真実の愛』だの『永遠の愛』だのを誓った筈のリュゼは、単に王子妃となって贅沢三昧を夢見ていただけ。お荷物となったバーニスに当たり散らし夫婦仲は常に険悪で、母と妻に裏切られ自棄になったバーニスは酒浸りとなり、ある日の朝、寂れた裏通りの塵捨て場で身ぐるみ剥がされて冷たくなっているところを発見されたという。冷酷な様だが下手に種を撒かれずにすんで良かったと思ったのはエルメラーダだけでは無かっただろう。


 その後ルマン男爵家も取り潰しとなった。臣籍降下した王子を監督不行届きで死なせた罪によってだ。男爵夫妻と嫡男は知人のつてを頼りに辺境へと旅立ったらしいが、没落の原因となった娘の姿は無かったそうだ。王都の場末の娼館に『あたしはヒロイン。王子様と結婚して王妃になるの』と妄言を繰り返す頭のおかしな娘が居るという噂だが、まあどうでもいい話だ。





「まあ、僕としては有難いですけどね。貴女がずっと一人で居てくれて」


 カップを静かにソーサーへ戻し、すっと立ち上がった青年は、椅子に座ったままのエルメラーダの背後へと周り手を回すとぎゅうと抱きついた。途端、エルメラーダの頬に朱が走る。


「べ、別に貴方の為では、あ、ありませんわよ!」


「勿論わかってますよ」


 青年は抱きついたまま顔を傾け、エルメラーダの頬に口付けを落とす。軽く身じろぎしたものの、嫌がる素振りは見せないエルメラーダに、青年ーー第三王子クラウスは喉の奥でククッと笑った。


「ふふ、可愛いなあ。ホント、兄上達は馬鹿な事をしたよね」



 一年前王太子夫妻の間に王子が生まれたのを機に、第三王子クラウスは晴れて臣籍降下する事となった。三年前に王女も生まれており、スペアの役目を終えることとなったからだ。


 クラウスは幼少よりずっとグリズワルド家への婿入りを熱望していた。婿入りを拒否していたバーニス、エルメラーダを未来の王妃に据えるつもりだったディーンと違い、聡明であったクラウスは自分とグリズワルドの存在意義をきちんと把握していた。その上で未来の王ではなく、美しく気高い次期侯爵を支える未来を希望したのだ。その理由とは。


「ずっと……ずっと貴女が好きだったんです。貴女だけが僕を見てくれたから」


 クラウスは孤独だった。彼の立場はあくまで兄二人の予備(スペア)だ。王は王太子への教育にかかりきり。王妃はバーニスだけを溺愛しクラウスの事は眼中に無かった。


 そんな中クラウスを気にかけてくれたのはバーニスの婚約者だったエルメラーダだけであった。王宮へ訪れた時バーニスが姿を現さなければ、エルメラーダはクラウスのもとへやって来て、一緒にお茶を飲みながら他愛無い話をするのが常であった。


 時には優しく慰め、ある時には厳しく叱るエルメラーダにクラウスは誰よりも懐いていた。それが将来の義姉に対しての感情では無い事に誰一人……エルメラーダすら気付いていなかった。


「貴女に僕の子供を産んで貰う事が出来ないのは残念ですが、貴女の側に居られるのなら些細な事です」


 そうしてクラウスはグリズワルドへ婿入りする事となった。エルメラーダが結婚しなかったのはクラウスの成長を待っていた訳ではないが、婚約破棄騒動以降ずっと口説かれていた事により絆された事は否めないかもしれない。


 歳の差十歳。それも女性の方が上であるのは、口さがない社交界のお喋り雀達の格好の餌であったが、二人は堂々と夜会や茶会に出席していた。誰憚ることない関係だと知らしめる為だ。今さら婚約期間などあってもあまり意味が無い上に、クラウスが父王をせっついた為既に二人は婚姻関係にある。


 二人の仲を見せつければ噂や批難も次第に消えるだろう。鬱陶しいので王太子にも出来るだけ早く諦めてもらいたいものだ。


「で、何の書類を見てたんですか?」


 後ろから抱きついたまま、クラウスはエルメラーダが手にしていた書類を覗き込んだ。


「……子供の調査書類?」


「私が爵位を継いだ以上は後継者が必要ですもの。教育は早い方がいいわ。かといって生まれたばかりでは資質がわからないし。妥当な線として、分家筋の五歳から十歳、嫡男以外で必ずグリズワルドの血を引いている事、でピックアップして貰ったのよ」


 一先ず表立って探す様な事はしない。中には夫人の浮気で産まれた子や、嫡女が婿として迎えた男が愛人に産ませた子を実子として申請しているケースもあるからだ。


 該当者は十人程。勿論性格に難が有りそうな者は候補から外してある。これから一人ずつ様子を見たり、面談をして決めるつもりだ。


「貴方にも一緒に面談してもらうからそのつもりでいてね」


「え? 僕もかい?」


 クラウスが驚いた拍子に、首に回されていた腕が緩んだのを感じ一瞬寂しさを感じてしまったエルメラーダは、慌ててその感情を振り払った。


「勿論よ。だって私の養子として迎えるという事は、貴方の子にもなるのよ?」


「そっか、そうだよね。僕と貴女の子、になるんだね」


 不要になった王族を受け入れ尚且つ血を残さない。それが、王家とグリズワルドとの創始からの命約だ。例え愛し合っていても血を残す事は出来ない。だから養子はあくまで『エルメラーダの子』のつもりだったのだ。


「じゃあ、貴女が厳しくしたら僕が甘やかすから、僕が厳しくしたら貴女が優しくしてあげてね。……あ! でも貴女の一番は僕だからね!」


 それだけは絶対に譲らないぞ! と再びぎゅうと抱き着くと、クラウスは甘える様に首に口付けを落とした。


「も、もう! そんなことはわかってますわ!」



 ーー本当にこんな事になるとは……


 バーニスと婚約していた時には、こんな風に穏やかな時間を過ごせる様になるとは全く予想していなかった。


こんな日がずっと続く事を願いつつ、エルメラーダは静かに目を閉じた。

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