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「さあ、どうされます? 何度も申し上げますが、わたくしはどちらでも構いませんのよ?」


「クソッ、は、破棄だ! やはり貴様の様な恐ろしい女とこの先添い遂げるなど考えただけでも虫酸が走る!」


「……愚昧としか言いようが無いな」


 何度も意見が覆るバーニスに、これ以上怒る気も失せたらしい。若干疲れた様な顔で溜め息を吐くと、これ以上は付き合いきれないとばかりに呟くと、ディーンはその存在を一先ず頭から消し去った。彼にとってもっと重要な事があるからだ。


「エルメラーダ嬢」


「王太子殿下。申し訳ございませんが、殿下といえどこれからは私の名を呼ぶのは控えていただけませんこと? 婚約が破棄された以上、私は殿下の義妹にはなりませんもの。私の事はグリズワルド、と家名でお呼びくださいませ」


「っ! そ、そんなつれない事を言わないでくれエルメラーダ嬢。私と君との仲じゃないか」


「あら、殿下と私との仲、ですの? 今や赤の他人以外の何者でもないと思っておりましたが。せいぜいが知人ですわね」


 『婚約者の兄』以上の付き合いをしていなかったつもりのエルメラーダは、ディーンの物言いに軽く首を傾げた。そのディーンとエルメラーダの温度差になにかしら感じるものがあったのか、周囲のどこかしこから失笑が聞こえ、ディーンが頬に怒りで朱を注ぐ。


 だが、今は犯人捜しをするよりも用件がある。そう考えディーンは聞こえなかった振りをし、軽く咳払いすると、おもむろにエルメラーダの前に跪き手を差し出しながらまるで歌うように告げた。


「エルメラーダ嬢。どうか私の妻になっていただけませんか」


「なっ!? あ、兄上!?」


「まあ……」


 ざわざわとホールが沸く。まさかこの場で、婚約破棄騒動の直後に王太子が結婚を申し込むなどと誰も思わない。


「ずっと……初めて会った時から貴女が好きだった。一目惚れだ。なのに貴女は弟の婚約者となってしまった。陛下に何度も直訴したが認めてもらえなかった。……だが、晴れて貴女が婚約を解消出来た今、障害となるものはもう無い筈だ。どうか私の手を取って欲しい……」


「王太子殿下……」


「どうかディーン、と呼んで欲しい」


 周囲の女性達から小さく黄色い声が上がる。まるで歌劇のワンシーンの様だと。ほんのりとエルメラーダの頬が色付く。結婚を申し込まれる程想いを寄せられていたとは全く気付いてなかったのだ。


「王太子殿下、まずはお礼を言わせてもらいます。ありがとうございます」


「では」


 そうして、にこりとその場の誰もが見惚れる笑顔を浮かべたエルメラーダは、


「ええ……謹んでお断り申し上げますわ」



 ……キッパリと断った。



「な、何故だ!何がいけないというのだ!!」


 あっさり、としたその態度に、ディーンは気色ばむ。そんなディーンの態度に眉を顰めたエルメラーダは、仕方がないとでも言うように軽く肩を竦め、幼子を諭す様な口調で答えた。


「何が、と言われましたら何もかもですわ。まず何より現状を全く理解していないことですわね。王家の長子次子がここまで恋愛脳だとは思いもよりませんでした。だってわたくしがグリズワルドの総領娘だという事をお忘れのようですもの」


「それがなんだというのだ!」


「総領娘、すなわちわたくしがグリズワルドの次期当主ですわ。そのわたくしが何故王家に嫁がなければなりませんの? そんなことすらお忘れですの? ああ、例え殿下が王位継承権を放棄し我が家に降婿されるのだとしても先程の条件は飲んでいただきますわよ? まあ大人しくされているのならば断種まではしませんが。それが創始からの王家との契約ですので」


 ぐ、とディーンが息を飲む。まさか自分にまでとは思ってもみなかったのだ。バーニスさえどうかなれば美しく優秀なエルメラーダを王妃として迎える事が出来るのに、と何度も思っていたのだ。その為に弟を排除しようとまでは考えていなかったが。


「き、君が子を二人産めば済む事ではないか! 二人目をグリズワルドへ養子に出せばいい!」


 ディーンがそう口にした瞬間、エルメラーダの表情が一変した。


「……王太子殿下は女性の出産を相当軽く考えていらっしゃいますのね」


 普段から貴族的な笑み(アルカイックスマイル)を絶やさないエルメラーダが見せた冷たい眼差しに、思わずディーンが怯む。


「もしわたくしが一人しか子を成せなかったら? もしかしたら一人も成せないかもしれない。その時はどうなさいますの? 女性にとって出産は命懸けですわ。最悪私も命を落とすやもすれませんのに」


「そ、それは……」


 ディーンが口にしたのは単なる思い付きだ。それを聞いたこの場の女性がどう思うかなど全く考えていない。


「そもそも。まさか私の母が私を生む時に大変な難産で、それが原因で二人目の子を望むことが不可能となったことを苦に自死した事を承知での発言ではありませんわよね?」


「!? い、いや……その」


 知らなかったのだろう。侯爵夫人の死は、産後の肥立ちの悪さが原因と公にされているからだ。公然の秘密ではあったが。だが女性の立場を思えば、知らなかったら口にして良い言葉、では無い筈だ。


「なんにせよ私がもし爵位を継いだ後、子を成せなかった場合は養子を取るつもりですが、仮令万が一にも私が王家に嫁いだとしても、グリズワルドとの縁は切りますので、王家から後継者を指名などしたら他家への不当な乗っ取りと見なしますわよ」


 どの道を選んだとしてもグリズワルドの不羈独立(ふきどくりつ)を犯すというなら容赦しない。反旗を翻されたくなければ手を出すなと言うことだ。それだけの力がグリズワルドには存在するのだ。


「……王族で……」


「え?」


「私が王族でなければ受けてくれたのか……?」


「いいえ? あり得ませんわね」


「何故だ!? 私の何がいけないというのだ!?」


「何故何故と、本当に幼子のようですわね。また同じ説明をご所望ですの? 母が私一人しか子を成せなかった故に、私は唯一の後継者として育ってきました。私の真の(・・)夫は、グリズワルドとして生き、グリズワルドとして死ぬ私の信念を陰から支えてくれる方でなければ。ふふ。陰からなどとてもではありませんが、王太子殿下には無理でしょう? ……そして何より。私には王族でなくとも選ぶほどの価値が殿下にあると、とても思えませんわ。先程までの発言からもおわかりになるかと思いますが」


 一度口にしてしまえば取り返しはつかない。エルメラーダは名だけの爵位を持つわけでは無い。正真正銘『侯爵』となるのだ。それを理解せず自分の地位を中心にしか考えられない王太子など、端からエルメラーダの眼中に無かった。


「どうやらこれ以上何も起こらない様ですわね。気分が削がれましたし、夜会はまだ始まってもおりませんが今日はもう下がらせて頂きますわ。ご機嫌よう王太子殿下。後日婚約破棄の手続きに父と登城しますが、今度は名を呼ぶことが無いようお願いいたしますわ」


 チクリ、と釘を刺しながら優雅に一礼すると、エルメラーダは静かに出口へと足を向けた。しかし、数歩足を進めた所で何かを思い付いた様に立ち止まる。もしや気が変わったのかと期待の眼差しを向けた王太子をさらりと無視すると、エルメラーダはぐるりと会場を見渡すといつもの笑みを浮かべながら口を開いた。


「一言忘れておりましたわ。今の会場にいらっしゃる皆様の中で我こそはと思う方がおりましたら、どうぞグリズワルドへ釣書を。父と共にしっかりと(・・・・・)精査させて頂きますので」


 ふふ、とほんの少し悪戯っぽく笑うと、今度こそエルメラーダは会場を後にした。


 呆然とする王太子らを残して。

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