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「……影? 何を大げさな」


 歴史に詳しい者が居るのか、その辺りでざわめきが大きくなる。グリズワルドは立国から王家と共に存在する唯一の貴族家だ。侯爵家でありながら王家に匹敵する広大な領地を持ち、そこには資源の豊富な鉱山と農地がある上に、一部は海に面しており漁業、海運業も盛んだという。影、と聞いて、王家こそグリズワルドの影じゃないのかと思うものも居た程だ。


「グリズワルドが王家に対して持つ役目、それは不要(・・)な王族の受け入れ先となる事ですわ」


「な、何を下らん事をっ!? そんな馬鹿な話があるか!!」


「ふふ、意外と知られていないものですわね。ですが事実です。私には王家の血が一滴たりとも流れておりませんもの」


 創始以来の名家であるグリズワルドはこれまで何人とも王族との婚姻を結んできた。だがグリズワルド家に王族が降嫁降婿、そして養子縁組してくる時には必ず結んだ条件があった。それが受け入れた王族の血を継がせない事だ。王家の名を汚さぬよう問題を起こした王族を受け入れるための家。それがグリズワルドだった。決して王家に成り代わらないと約束の上で、豊かな領地を許された家。知る人ぞ知る国史の影だ。


「ですのでこの条件はバーニス殿下だから、ではありませんわ。グリズワルドが王家と縁を結ぶ際には例えどなたであっても飲んで頂く条件です。……端的に言えば殿下は王家に見限られたという事です」


「!? な、……んだと……!!」


「創始以来からの約束事として先ほどの条件を受け入れて頂けるのなら、こちらも殿下を婿として受け入れましょう。父は陛下にそう申し上げました。そして陛下は飲まれた。飲まなければ、殿下の行く先が無かったからです。我がグリズワルド家が最後の温情だったのですよ、この内容でも」


 この国では公爵、侯爵の数が決められている為、例え王子・王弟であろうとなんの功績も無いまま家を興すとなれば子爵位以下となる。そしてその領土も例え元王子であろうと地位に見合った分しか与えられる事はない。


 功績があればごり押しで伯爵位なら与える事が出来るかもしれないが、これまで何度苦言を呈してもただ肩書きをぶら下げたままふらふらと好き放題していたバーニスに、父である国王は領主としての独り立ちは無理だろうと考えていた。いくら国王が叱っても、自分に一番似た容姿性格のバーニスを王妃が庇い、何かあってもすぐに甘やかしてばかりだったからだ。


 そのくせ変にプライドだけは高いバーニスは、お飾りの領主では満足せず、優秀な文官を麾下に置いたとしても反発するだろう。国王としてむざむざ領土を荒らすとわかっていて領主に任じるのには抵抗があった様だ。


 ならばどこか婿入りを…と考えたのだが、グリズワルド以外では、嫡男が居らずかつ年齢の釣り合う令嬢の居る高位貴族家が無かった。総領でない令嬢と婚姻を結ぶ事で家を興す事は可能だが、それは結局子爵男爵家だ。当然ながら何不自由無くこれまで通りの生活をおくることなど難しいだろう。


 故に国王はグリズワルド家の出した条件を飲んだのだ。馬鹿でも不要な王族と言われたとしても、可愛い息子に苦労をさせたくはなかったらしい。為政者としての能力はともかく、親としては失格だった様だ。いや、為政者としても家臣に不出来な息子を押し付けようというのだから問題あるのかもしれない。


 チラリ、とエルメラーダはバーニスの隣に立つ少女を見やる。少なくとも伯爵以上の家格の令嬢では無い。となれば自分との婚約を破棄すれば良くて子爵、下手をすると平民となる未来が待ち構えている事を分かっていないのだろう。まだ理解出来ないのか顔を怒りに赤く染め睨み付けてくるバーニスに、エルメラーダは心の中でそっと嘆息した。


「恐らく殿下はそちらの女性を妻と迎えたくてわたくしとの婚約を破棄しようとお考えになられたのでしょう? 喜ばしいではありませんか。爵位は存じ上げませんが婿入りなさる先が出来て」


「はぁっ!?」


 突然バーニスの隣から驚きの声があがる。あまりこの場に相応しいとは言えないその声音に、周りも驚き目を向けると、隣の少女がバーニスの腕を振り払う様に一歩前に出た。


「どういう事よ!? バーニスは王子様なんでしょっ!? なんであんたと婚約破棄したらうちに婿入り、なんて話になってんのよ!?」


 今後どうあれまだ今は王子のバーニスを呼び捨てにするとは、余程マナー知らずらしい。しかも先程のエルメラーダの話もろくに聞いていなかった様だ。


「どういう事かとわたくしに言われましても、婚姻相手が誰かはともかく、元よりバーニス殿下が臣籍降下される事は決まっていた事ですわ。わたくしとの婚約が破棄されれば、他家に婿入りとなることは当然です」


「な、なんでよ!? 普通第二王子だったら王太子のスペアとかなんじゃないの!?」


 必死なその様子に、エルメラーダはふと報告にあった王太子に纏わりついていたという女性の話を思い出した。王太子が王宮内や外出した先で予め知っていたとしか思えない程同じ女に遭遇している、という話だ。


 当然不審者として見つけ次第王太子から遠ざけられているうちに現れなくなったとあったが、バーニスが下級貴族の令嬢を連れ回す様になったとの報告があったのと時期的に前後していた。容姿がどちらの報告も同じ珍しいストロベリーブロンドだったので覚えていたが、今キャンキャンと噛みつく様に叫んでいる少女がまさにその髪色だ。


 さしずめ王太子に近づこうとしたのに阻まれ、諦めて第二王子に乗り換えた、というところだろうか。叫ぶ彼女の必死な様子は王族の妃に相応しい態度だとはとても言えないが。彼女が欲したのは王妃の地位か、贅沢か、それとも見目の良い男を侍らせる事か。どちらにせよ、バーニスが相手ではどれも無理だが。『王子』という現状の地位にしか目がいっていなかったのだろう。


「ご心配には及びませんわ。だってスペアならいらっしゃいますもの」


「どういう事よ!?」


「あら、おわかりになりませんの? 王子は三人、という事が何を指すか」


「!? そ、そんな……っ!?」


 第一王子と第二王子の年齢差は一つだ。才能重視のこの国で、優秀であれば第二王子が王太子になることもありえたかもしれない。だが、現実は第一王子が立太子すると同時に第二王子がグリズワルド家に婿入りする事が決まった。国王がバーニスをスペアとして残す事すら王家にとって問題の種になるとの判断からだ。


 第三王子であるクラウスだけ兄二人と年が離れているのは、長じるにつれ目に余る行動が増えたバーニスに不安を抱いた国王が、これ以上は子供を産むのは嫌だと拒否していた王妃を騙し討ちの様に身籠らせたからだ。この事が原因で王妃がクラウスを疎み、それまで以上にバーニスを甘やかすようになるのだが。


 ーー国王陛下もお可哀想に。自業自得と言えなくもないけれど。


 エルメラーダの『見限られた』とはこの事を指した。見限ったとはいえ、手元に置いておきたいと癇癪をおこす王妃の反対を押しきって一番苦労をしないで済む方法を選んだだけまだ国王の判断は甘いのだろうが、その親の温情はバーニスには全く伝わっていなかった様だ。


 ここまではっきりと夜会で宣言してしまっては、撤回は無理だろう。おそらく誰かが国王を呼びに行っているだろうが、騒ぎが起きてからでは何もかも遅いのだ。

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