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「ご随意にどうぞ」


 ホールがしん、と静まる。誰もが彼女の答えが意外だったのだ。




 今宵は王家主催の夜会が王城広間で行われていた。開始を告げる王を待つ間、銘々親しい友人と歓談していた最中、突如壇上へと上がる一団が居た。中心に居たのはこの国の第二王子。その隣には見知らぬ少女が肩を抱かれる様に立っている。ほとんどの参加者が少女が誰なのかわからないという事は、普段こういった場に招待される高位貴族の令嬢でない事は確かだが、明らかに婚約者の居る男性との距離ではない。参加者達の間でざわめきが広がる。


「エルメラーダ・グリズワルド!!」


「お呼びでしょうか?」


 壇上の王子は何かを探すようにホールを見渡すと、ある一点に目を止め、己の婚約者の名を叫んだ。すると人波が割れそこから一人の女性が進み出てきた。第二王子の婚約者、グリズワルド侯爵令嬢エルメラーダである。


 静かに壇の下まで進むと、エルメラーダは一礼した。誰もが見惚れる完璧な礼だ。ーーいや、誰もがは言い過ぎか。少なくとも壇上の一団は、彼女の姿を苦々しい目で見ていたのだから。


「よくもその顔を俺の前に出せたな。恥知らずめ」


 呼ばれたからやって来たのに、来たら来たで恥知らず呼ばわりとは。一体どういう事かと周りが困惑する中、閉じた扇を口許に当てエルメラーダは壇上の婚約者を、冷めた目で見上げる。


「ご用件はなんでしょう、バーニス第二王子殿下」


 端的に、そして慇懃無礼に問うと、壇上のバーニスはその端正な顔を怒りに歪めた。


「エルメラーダ・グリズワルド!! 貴様との婚約を破棄する!!」


 瞬間、周囲のざわめきがどよめきに変わる。この様な場所で婚約破棄を叫ぶ。それも自国の王子が、だ。王はこの事をご存じなのか。王子の隣の女は誰なのか。等々、愉悦に浸った顔の者、青褪める者、反応は様々だ。


 だが、ホールはその後一瞬で静まり返った。侯爵令嬢の返答に。如何にも興味の無さそうな素振りに。


「な、なんだその言い草は!?」


「言葉遣いが気に障ったのでしたらその点については謝罪致しますわ。でも、仕方ありません。破棄でも継続でもどちらでも構いませんもの」


 流石に驚くだろうと思っていたのだ。貴族令嬢であるがゆえに、泣いて縋るとまでは思っていなかったものの、驚き声を震わせ何故、と問うてくるだろうと思っていた。それなのに冷めた目で、返答が『ご随意に』だ。


「わたくしと殿下の間に恋愛感情が無い以上、婚約の意義は政略結婚の為のものとしてのみ。政略結婚とは、本来縁を結ぶことによって二家どちらにもメリットがある場合に行われます。……ですが、わたくしと殿下の婚約は、当家にはなんのメリットもありませんが、王からの命により家臣として受けたに過ぎません。ですので殿下が破棄なさるというのならお好きにどうぞと言う以外に返事のしようがありませんわ。理由すら気になりませんもの」


 まあ、十中八九隣の少女が原因であろう。そう思いながら答えると、馬鹿にされた様に感じたのかバーニスがいきりたった。



「ば、バカなっ!! 王家と縁を結べるのだぞ!? メリットがないなどということがあるか!?」


「では、どんなメリットがありますの? 第二王子を婿として受け入れるメリットとは? 具体的にお願いしますわ」


「お、王家との縁だぞ!? 栄誉な事じゃないか!!」


 パチン、と扇を鳴らす音が静まり返ったホールに響く。


「栄誉? 栄誉ですって? 栄誉で領民を養えるとお思いで? 栄誉だけでは腹は満たせませんわ。他にはありませんの? ちなみに殿下が婿入りするに当たっての支度金などは全く頂いてはおりません。その程度の金銭で当家を動かしたと思われては困りますもの」


「ほ、他だと……!?」


 答えを促され、バーニスが口ごもる。何も思い付かなかったからだ。王家と縁を結べるのはこれ以上はない誉。だから、その栄誉を失うとなれば、社交界で笑い者にされる。それを恐れいつも澄ました彼女も流石に取り乱すと思っていた。


「あえていうなら当家の王家に対する忠誠心を示せる、くらいですわね。わたくしと殿下を犠牲にしておりますけれど」


 まさにバーニスの不満はその点だった。いつの間にか決まっていた自分の婚約者。バーニスはエルメラーダの様にツンと取り澄ました貴族令嬢ではなく、もっと朗らかな柔らかい笑顔が似合う可愛らしい少女を妻としたかった、と常日頃零していた。その話を聞かされた周りが、いささか現実味の薄い考えに内心苦笑しているのには全く気付かずに。


「ですが、経緯はともかく……どうやら殿下はわたくしとの婚約がどういう契約の元にあるのかご存じない様なので、この際はっきりしておきますわ。本来はこの様な場で口にする事ではありませんが、これ以上当家に悪影響があっては困りますので」


「契約?」


 エルメラーダの物言いに物々しさを感じ、バーニスが眉をひそめる。二人の婚約はただの口約束だと思っていたのだ。


「まずひとつ。わたくしエルメラーダとバーニス殿下が婚姻を結ぶにあたり、バーニス殿下は当グリズワルド家に婿として入ること」


 これは周知の事実だ。王家には王子が三人居る。王太子である第一王子ディーン、第二王子バーニス、そして第三王子クラウスだ。ディーンが立太子すると同時にバーニスがグリズワルド家へ婿として入ると発表された。第三王子クラウスに関してはまだ七歳なので現在婚約者を選定中であろうと言われている。


「ふたつ。グリズワルド家次期当主をわたくしエルメラーダとすること」


「な、なんだと!?」


 バーニスが目を見開き驚く。もし婿入りしたとしても、元王子の自分が当然当主になるものだと思っていたからだ。血統を重視するこの国では、女性にも爵位を継ぐ権利はあるというのにだ。王家の血は何よりも尊ばれると思っていた。しかし、次に告げたエルメラーダの契約内容に、バーニスは更に驚愕する事になる。


「みっつ。わたくしエルメラーダには王家の血を引く子を産む義務は無いものとする」


 再びホールにどよめきがおこる。一侯爵家が、王家の血を拒否したのだ。そして、それが婚約に際しての条件に含まれているということは、王家がそれを認めたという事だ。それ程までに王家はグリズワルドとの結び付きを重視したのか?と。


「ど、どういう事だ!?」


「どういう事、と問われるという事は、元来グリズワルドが『王家の影』の役目を負う一族であることを御存知無いのですね」

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