RPG世界でエロゲー主人公してたかと思えば、乙女ゲー世界の悪役令嬢だったようです?
「――私、ジークリット・ドラッカーは今日、この時をもってローゼンラブア・シュヴァイツとの婚約を破棄させてもらう!」
場所は、ドラッカー王国の王立魔法学園、講堂。本来であれば壇上に上がった王太子たる彼が、私たち卒業生のための最後の行事の開始を告げる、はずだったのですけどねぇ。
おかげで、この場に集められた生徒に教師たちはもちろん、今まさに異例の婚約破棄宣言をされた私までが乾杯のためのグラスを片手に、彼のことを見上げ続けるはめになっているわけで……。本来であれば、この暴挙に対して私は、いの一番に反応してしかるべき場面なんでしょうが…………うん。
私を睨む、もはや過去の婚約者となってしまった第一王子殿下と、あらかじめ示し合わせて待機していたのだろう、彼の取り巻きたちにピンクの髪の令嬢を見やり、しみじみ思う。
……なるほど、私ってば勘違いしてましたのね。
真紅の髪に瞳の、釣り目勝ちでキツイ美人顔にグラマラスな体型。そして、イケメン王太子の婚約者と突然の婚約破棄宣言とか――まさに、俗にいう『悪役令嬢』! つまり、ここは『乙女ゲーム』の世界だったのですね!
「皆の中にも気づいていた者が多くあったろうが……ここに居るアイシス・ブランケット子爵令嬢は、この学院に入学してから今日まで、第三皇女ローゼンラブア・シュヴァイツによって不当ないじめにあっていた」
「その内容は、謂れのない誹謗中傷に始まり、お茶会などでは故意に孤立させるように仕向け。私物を盗ませ、汚し、傷つけさせるなど多岐にわたり。先日なんて、ついに暗殺未遂まで……」
「許せねーよな、みんな! そこの性悪女はなぁ、そのどれもこれも自分の手を汚そうとしねーで『催眠魔法』で操った連中にやらせてやがったんだ!」
「だから、本来であれば、真犯人である皇女殿下のことが明るみにはならない――はずだったのに、残念でした♪ 何を隠そう、ここに居るアイシス嬢はレアスキル【光魔法】の保持者だったわけ」
「つまりは彼女こそが唯一、皇女の持つ【闇魔法】に対抗できる人間で。アイシスの協力で僕らは皇女殿下の『催眠魔法』にかからず――そして、真犯人の手口を明らかにできた」
発言順に『正義感の強い、爽やかイケメン王太子』、『王国宰相を父とする、侯爵家嫡男のインテリメガネ』、『脳筋巨漢の、騎士団団長の息子である子爵家三男』、『影のあるお色気担当だろう、王国の「裏」を担う伯爵家の次男坊』、『ショタ枠留学生だろう、小型犬の獣人で亜人連合国の第十三王子』の5人が『推定・乙女ゲーム世界』における攻略対象たちだとして。
彼らの中心に居て、王太子殿下の腕にすがりつく『王国では希少な【光魔法】のスキルを所持した元・平民で現・子爵家養女』が、この世界の主人公かしらね。
そして……これはあれね! いわゆる『悪役令嬢の断罪イベント』というやつね!
あらあら、どうしましょう? 本来であれば、即座に壇上にいる痴れ者どもを引きずり下ろしたうえで血祭にあげねばならないと言うのに、ちょっとワクワクしちゃって『最後まで見てみたい』なんて思ってしまうわ!
「ここに、アイシスの手を借りて催眠を解いた者の署名と、ローゼンラブア第三皇女が行わせた非道の数々について綴った調書がある! そして! そこにいる悪女の非道はそれだけではない!!」
ヒートアップする、私の元・婚約者の言葉に扇子を広げ、顔を半分隠して笑う。さぁさ、次はどんな死因をあげてくれるの?
……もはや、貴方たちに残された時間はそう長くは無いわよ? と、少し前まで近くにいた取り巻きの令嬢たちが離れていき、壁際の教師たちが戦々恐々とするなか、私だけは心底楽しそうに壇上を眺めていますと、
「うぅ……。ごめん、アイシス。今、『催眠魔法』を使われたっぽい」
「……僕もです。アイシス。申し訳ありませんが、今一度、僕らに『鎮静』の魔法をかけてくださいませんか?」
? 何やらヒロインの周りの推定・攻略キャラたちが顔を赤らめ、しかめながら、わけのわからないことを言い出した。
「はは。まさか、今さら僕らを惑わして『無かったことにする』つもり? ……でもね~、残念。僕らにはやっぱり『催眠魔法』が効きにくいようだよ」
「ちっ。本当に、何度も何度も『催眠魔法』をかけようとしやがって、往生際の悪い魔女が……!」
……いえ? それ以前に、私、『催眠魔法』なんて使ってないのですが???
「ふん。いよいよ、あとがないと見て、なりふり構わず、と言ったところだろうが――次期国王として、私はこの場で、きっちりとおまえの罪を明らかにさせてもらう!」
かくして、彼らは語る。
曰く、私がこの王国に来たのは、帝国の支配を強めるためで。その手段として、現在、この国では急速に淫魔の使い魔を所有するのが流行っている、と。……あらあら、どうしましょう? ここだけを聞けば、なんの間違いもないわ。
――淫魔とは、エロの権化である。
なるほど、それだけを見れば、忌避感をもっても仕方ない。
しかし、考えてほしい。貴族における『夜の公務』について、そのための手練手管を教わるのに淫魔以上の適任者が居ますか? 性病や妊娠の心配もなく、清いからだでいたいのであれば『夢の中で予行練習』できる淫魔たちの有用性が、わかりません?
元・平民で、推定・前世が日本人だろうヒロインちゃんの感覚的に、淫行に対する忌避感が拭えないというのは……うん。仕方ないのかしらね?
と言うより、ここまでの反応を見るに、彼女ってば確実に処女ね。てっきり、逆ハーレムルートをリアルで狙ってくるあたり、ビッチな下種ヒロインかと思っていたのだけど……中身はもしかしたら私などよりずっと乙女だった?
「いくら耳障りの良いことを口にしようと、私には通じない! おまえの魂胆はわかっているぞ、ローゼンラブア!!」
「そうです! 貴女の狙いは召喚した淫魔を使った王国貴族の掌握でしょう!?」
「それな~。淫魔の有用性や利点についてはさておき、『そっち関係』をあんたみたいな性悪女に掌握されるとか、ありえないっしょ?」
「……仮契約だと、そもそも召喚者と使い魔のラインはそのまま。だから、最悪、皇女の一存で寝首をかかれかねない」
う~ん……若いなぁ。
彼らはきっと、「早く子を成せ!」と言われ続けるプレッシャーや、『子供ができない女』なんてレッテルを貼られた女性の気持ちがわからないのでしょうし、『妊婦や赤子を守ることができる』淫魔を使い魔とすることの安心感を想像できないのでしょうね。
そして、淫魔の体液は『精力』と『魅力』をわずかに上昇させる、と。シミやそばかすに小じわを無くすことができて、生理痛や便秘に、お肌や髪の艶などはもちろん、バストやヒップアップなどの体型の改善まで可能、と知った女の欲望も。
下世話な話だけど……下手に使用人や領民、奴隷などに手を出すことなく、秘密裏に、そして安全に『性欲処理としても使える』というだけでも十分有用で。内緒ではあるが、私の、前世で言えば常識レベルとは言え『現世では十分に進んだ医療知識』を有し、闇属性の魔物ゆえに効力こそ低いが『回復魔法が使える淫魔』は産婆としても優秀ですし。
私の『プロ・アマ問わず、性的な意味で1000人斬りを成す直前で死んだ男の知識と経験』を引き継いで召喚される淫魔たちの性技は、AVは当然としてエロ本すら希少で拙い現世では比類なきもので。それでなくとも、私の召喚した『女性淫魔』ないし『男性淫魔』の有用性は、国王ほか有力貴族たちが保証し、推奨している――んですけどねぇ。
それも、彼らに曰く、「『催眠魔法』によって、国王陛下を含めて貴族たちは思いのまま」で。私は「王国を堕落させようとしている!」なんて言われては、さすがに眉をしかめざるをえませんが。
「……教えてください、皇女さま。貴女はどうして、こんなひどいことを」
現段階では、辛うじてまだ私の婚約者にして王太子である男の腕にすがり、『怯えながらも必死に善行を』的なヒロインムーブをかましているピンクのちんちくりんに対して、『あらあら、ようやく悪役令嬢のターンかしら?』と。内心では今生における最高のときめきを胸に、
「知れたこと」
ことさら慌てず、騒がず。優雅に、一歩、二歩。
果たして、彼ら彼女らに対峙するように、私は笑みを浮かべて壇上へとあがる。
「無知で蒙昧な貴方たちの勘違いを正すためにも――『黙っていなさい』」
声に、言霊に、魔力を乗せて命令する。
……ふふふ。さぁ、ここからは『ずっと私のターン』! もはや、彼ら彼女らに発言権はありませんわ。
「冥途の土産に、覚えておきなさい。【闇魔法】などで使える『催眠魔法』はね、基本的に『言葉に魔力を乗せて命令する』ものなのよ」
つまりは、私の声を――命令を聞き取り、理解できないと『催眠』にかからないの、と。それはそれは馬鹿を見る目でもって告げれば、『なん……だと……!?』と。揃いも揃って目を丸くし、声が出せず慌てふためく6人の姿に……淑女として鍛えられた腹筋にダメージが。
くっ! だ、ダメよ、ローゼンラブア! ここで爆笑するのは私の描く皇女像と違ってしまうわ! 平常心、平常心よ。……ふぅ。
「……さて、聡明なる生徒諸君に教師陣のなかには気づかれた方もいらっしゃることと思いますが」
とりあえず、視線を壇上から下へ。講堂に集い、ただただ私たちのやり取りを聞いているしかない観客へと向け、「そも、『催眠魔法』とは、その名の通り『催眠』という『状態異常を付与する魔法』ですわ」と。だから当然、『精神状態を正常に戻す魔法』である『鎮静』では解けず。『催眠魔法』を解呪したければ、『状態異常を快復させる魔法』ないし『効果時間の経過』を待てば良い、と。
ここまで言えば、ようやく。ヒロインちゃんと攻略キャラだろうメンズは勘違いに気づいたようで。
そこに、オーディエンスによる「え? じゃ、じゃあ、皇女殿下を見たり、匂いを感じたりしたときに顔が熱くなったり、鼓動が早くなって息苦しくなったのは……?」と。おそらくはヒロインと愉快な仲間たちも勘違いした、ショタ犬王子の従者だろう獣人の症状に「単に、私に対して発情してただけじゃありません?」と、あえて呆れ交じりに返す。
……ええ、ええ。たしかに、私のような色っぽい女を目にしては、健全な男性諸氏がムラムラしちゃうのもわかりますし。内緒ですけど、乳母がサキュバスで、【闇魔法】ではないスキルを有している私は、そりゃあもうフェロモン全開。同じ女性でもドキリとしそうなドエロイ肢体をしているから、匂いに特に弱いのだろう獣人の方々には効果覿面だったでしょうね。
「そんな!? そ、それじゃあ、まさか――」
恐る恐るこちらを見やって問いかけてくる教師の一人に、にっこり。あえて笑顔でもって「ええ。完全に冤罪ですね」と告げる。
「ゆえに――そこの、愚かなる王太子、ジークリット・ドラッカーよ」
ため息を、一つ。こちらを睨みつける王子くんへと視線を向け、普段は抑えている魔力を全開。威圧し、観客一同にもわかりやすいよう、あらためて、しっかりとどちらが『上』かを示す。
「……もはや、廃嫡確実だろう第一王子よ。そも、おまえごとき若造が、何を勝手に、帝国の第三皇女たるこの私、ローゼンラブア・シュヴァイツとの婚約破棄などとのたまった?」
恐れ多くも我が父――偉大なるシュヴァイツ帝国皇帝と、この国を任されているに過ぎぬ王との契約を、何の権利があって反故にすると言うのか。
おまえの軽挙妄動が、下手をすればこの国が『帝国への叛意あり』として滅びることになると分らんかったか? なんて叩きつけるように告げれば、彼らが反応するより先に、聞いていただけの生徒や教師たちから絶叫があがった。
……うん、うん。みんなは正しく、王国と帝国との国力の差を理解しているようで良かったわ。
私もね、ステータスにスキル、レベルなんてものがある世界だって生まれた直後に教わってから今日まで、RPGの世界だと思っていたのもあってレベル上げに奔走してきたのよ。
それこそ、産声をあげた直後に、皇族兄妹の一人に『使い魔の淫魔を憑依させられ、そのまま操り人形に』されかけてから、こっち。そりゃあもう、毎日が綱渡り状態で。大っぴらにレベル上げをすることもできず、かと言って弱いままではほかの兄妹たちに殺されるとあっては必死も必死。
助平男としての人格と経験をもって生まれ変わったおかげで『赤子の人格を乗っ取ろうと夢に入ってきた淫魔』を返り討ちにし。これによって前世から『通算1000人斬り』が成ったおかげか、それとも『エロ勝負において淫魔を圧倒した』ことがキーになってか、本来であれば私のスキルとして周知されたろう、生まれつき有していた【闇魔法】が上位化。
かくして、大罪系ユニークスキル【淫蕩】を取得した私は、プレゼントの淫魔と転生直後からずっと夢の中で『にゃんにゃん』し続け。調教しした結果、密かに私の使い魔へとすることに成功。以後、【闇魔法】で使えた魔法に加え、淫魔たちの特殊な魔法まで使えるようになった私は、所持スキルを【闇魔法】と偽り。同時に、『夢の中の最初の淫魔』に続いて『乳母件見張り役の淫魔』ほか兄妹が召喚・使役していた淫魔をことごとくNTR。
えっちぃことしてレベルアップする淫魔たち同様、【淫蕩】のスキルのおかげか私まで『夢の中での性戦』でも経験値を得られるようになり。使い魔たちからの徴収経験値も併せて余人に気づかれることなくレベル上げし続けられたわけで。……王国に送り込まれる際、うっかり、本来の召喚者である兄妹たちにバレそうになったのでサクッと『おやすみなさい』を何度か告げたりもした――けど、そんな私だって皇帝陛下は無理。
魔法学園に入学してからも『淫魔の使い魔』の有用性を語って広め、数百匹もの淫魔たちを使って密かにレベル上げをし続けた私ですが……さすがに『種族:半神』なんて相手にできません。
それこそ、属国である王国民なら子供ですら知っている皇帝陛下に逆らうことの愚かさを――まさか、ヒロインちゃんたちは知らなかった?
先にも述べたが、第三皇女を王妃にするための婚約は、皇帝陛下の意向で。大陸統一を掲げる帝国が属国に強いた『安全策の提案』だったのだけど……原作となる『乙女ゲーム』を熟知し、効率的に『逆ハー』ルートを攻略してみせた主人公さまは、本当に正しく現状を把握しているのかしら?
「まぁ、でも。喜びなさい? おまえが何を血迷ってか宣言してしまった、私との婚約破棄は、叶うわ」
……じつのところ、ジークリット第一王子が『王太子』でなければいけない理由は無い。
それこそ、帝国からすれば『王国の王太子など、所詮は属国の一つにおける次代の傀儡の王候補』でしかなく。皇帝陛下に逆らわない『私の夫』であれば彼でなくともいいわけで。
私も私で、相手が男という時点で『夜の公務』をする気が無く。使い魔に『種を回収させてスキルで妊娠する』予定だから、見目さえ良ければ誰でも――それこそ、女でも問題ないわけで。むしろ、女の子の方が良いんだけど!
とりま、ここが真に『乙女ゲーム』の世界だったとして。ヒロインちゃんが原作知識として、私が【闇魔法】を有しており、『催眠魔法』を使えると思っていて。誰かに『淫魔による支配強化を進めている』なんて聞かされれば――……うん。私ってば、主人公視点だとどこまでも悪役ね。
そりゃあ、『未来の自分の国のため』にも今日動きますわ、と。そうは思っても、当然、許す気はない。
「……あの~。すみません、ローゼンラブア第三皇女殿下」
幾つか質問をよろしいでしょうか? と、学園長。もはや、ここまでくれば真相を暴いたうえで進退を決めたいのだろう老人は、本来であれば些か以上に無礼なものではあったが、「貴女は【光魔法】のスキルを有するアイシス嬢を疎み、殺そうとしたのですか?」と。私が質疑応答を許可したから、としても信じられないほどの直球で訊いてきた。
……そして、それこそ、私の答え如何によっては刺し違えてでも殺す、とでも言いたげな表情と気迫でもって睨んでくる攻略キャラたちは、本当に、どこまで考えが足りないのかしら? と、思わず鼻で笑って。「ありえませんわ」と学園長に返す。
「そも、何故、私が【光魔法】のスキルを有するというだけの小娘を疎むと? どうして、わざわざ『催眠魔法』で間接的な手段をとると言うの?」
――あるいは、私が本当に『悪役令嬢』であったなら。
「ただ『黙って、死ね』と命じるだけで済む『羽虫』を、私が本気で相手にすると思うのかしら?」
――あるいは、私のスキルが【闇魔法】で。【光魔法】のスキルを有する彼女には『催眠魔法』が通じない、とかであったのなら。
今日まで私自身のレベルが彼らより低いままであったのなら……『催眠魔法』はもちろん、私の魔法に対する抵抗力が高かったのかも知れないが、残念。彼女が『乙女ゲーム』よろしく、男性キャラたちの攻略に勤しんでいる間も私はせっせとレベル上げをし続けていたわけで。
だから、
「学園長。そして、私の成績をわずかにでもご存知な方々であれば、わかりますでしょう?」
仮に、そこの愚か者たちが本当に『催眠魔法』が効きにくかったのだとして。たとえ6人がかりであっても歯牙にもかけない実力差がある、と。あえて挑発するように告げる。
「……そも、彼女が誹謗中傷なり何なりをされるのは、貴方たちにも原因がある、ということにはお気づきで?」
もはや完全に敵意を隠すつもりもない視線と態度でもって立つ彼ら彼女らをまえに、ため息を一つ。
前世の日本人の感覚からすれば、『いじめ問題』で『被害者にも過失はある』なんて言いたくはない……が、今回に限っては別。
推定『乙女ゲームの主人公』こと、アイシス嬢は……元・平民の孤児で。ある日、希少な【光魔法】のスキルを有していたことが領主にバレて子爵家に引き取られ、最終的には王家ないし高位貴族に取り込むものとして魔法学園に通わされることになった――というのはオフレコだったとして。それでも、貴族の養子となってから学園に入学するまでの間にも必要最低限の教育は受けさせられたはずで。
それなのに、今思えば「どうして気づかなかった」と首を傾げるほどあからさまに『日本人だった頃の感覚』のまま、学園では【光魔法】保持者の護衛として傍にいることの多かった『王太子と、その取り巻きたち』ほか、攻略にばかりかまけていて。
王命として、ヒロインちゃんが【光魔法】のスキルを有することは一部の人間以外には口外禁止とされ。私が【闇魔法】のスキルを有している、なんて誤情報も含めて『今日まで彼らが傍近くにいる理由』を大多数の学生は知らず。『スキルを勝手に教えてはいけない』という常識はさておき、傍目には婚約者の居るイケメンたちとばかり一緒にいる、マナー知らずで常識知らずの元・平民とか……そりゃあ、いじめられる。
それこそ、私が指示ないし『催眠魔法』を使うまでもなく。『乙女ゲームの主人公』とか『悪役令嬢』という役柄も関係なく。後の社交の練習場として『多少の失敗は許される』学園でも度が過ぎた彼女の立ち振る舞いや言動は、その生い立ちだけを見た場合、有象無象に攻撃されるのは完全に自業自得。
それも、貴族の常識からすれば、そうした『攻撃しても良い理由』は極力、作らないよう努めるもので。女の社交で殿方に助けられるだけ、というのは恥……なんですけどねぇ。
いやはや、常識が違うというのは怖いですね。
なにせ、『学生は、その生まれに関係なく平等』という教師陣のための校則を盾に、爵位も貴族のマナーも無視し。遠回しな言い回しは通じず、嫌味を言えば幼子のように喚き。挙句、王太子たちを使ってマウントをとりに行く彼女が、好かれるはずもなく。関わりたくない、と敬遠されるのは必定で。
はなっから貴人の考えに迎合する気もない、前世・日本人の感覚のまま学習しない問題児の自爆だろうに……それを、どうして、彼ら彼女らは私のせいなどとのたまうのか。
原作での『悪役令嬢』がどうだったのかは知りませんが、前世で男であった記憶をもって生まれた私の場合、男という時点で婚約者に恋愛感情を抱けず。王太子が私のことを内心どう思っていようと、学園で誰とどう過ごそうと、公共の場で帝国の皇女としての扱いを間違わなければ良い、と。だから、ヒロインちゃんとのことにしたってどうでも良かった――ん、だけど。ほかの、攻略キャラたちの婚約者は違うわけで。
実際、私も何度か相談を受けましたし。ヒロインちゃんや婚約者に対して、僻んで、妬んで、嫌って、涙した少女たちを見てきた私は……うん。内心、むしろもっとやれ、と。悲しむ婚約者ちゃんたちを慰めて好感度を上げ、いつの日か私が『ぺろり』と食べちゃおうかな、なんて思っていたからこそ、今日までヒロインちゃんたちに対して『何もしない』をし続けたわけで。
だから、彼女たちが直接、今日のようにぶつかって来なければ――あるいは、ヒロインちゃんによる逆ハーレムエンドの未来があったかも知れない。
だから……うん。本当に、馬鹿な人たち。
もはや、ヒロインちゃんと愉快な仲間たちの死罪は確実――と言うより、ここで判断を間違えれば私までお父様に首チョンパされかねないわけで。ついでに、王国まで攻め滅ぼされかねないとあって、容赦することもできないのよ。悪しからず。
「つまりは、この先の未来はあなた方が選んだもので――そこの侯爵子息は、さっさと『その手に持つ調書を渡しなさい』」
ため息を、また一つ。とりあえず、この私に冤罪をかぶせてくれた愚物の名前でもあらためよう、と『催眠魔法』でもって命令すれば――短気な筋肉ダルマが暴発。
ははっ! まさか、このタイミングで剣を抜いて斬りかかるとか、本当に愚か!
「「――――ッ!?」」
果たして、息を飲んだのは誰と誰だったのか。
女性にしては長身だろう私と比べても頭一つ分以上は高い位置から、丸太を思わせる腕でもって思い切り振るわれた剣撃は――私の人差し指と中指に挟まれ、停止。
傍目には、軽々と2本の指だけで受け止めたように見えるでしょうが……じつのところ、黒い手袋をしていたせいで勢いを殺すには至らず。指の間に切っ先が触れて、ちょっとだけ手袋が切れてしまったみたいだけど……うん。パワーだけが取り柄だったのだろう、筋肉ダルマの攻撃力では私の皮膚を傷つけるには至らなかったようす。
とりま、前世で憧れた強キャラムーブを披露するチャンスとあって、内心ではウキウキしつつも『大した事ないですね』という余裕の笑みと態度に努め。血管を浮き出させ、私に止められた剣を動かそうとする子爵家三男を全力で煽っていくスタイル。
その膠着状態に、駆け寄るワンコ王子。それこそ、学園でも屈指だろう、弾丸のごとき速度でもって私の死角へと周り、魔力で強化しているのだろう爪を「――と。あらあら、まぁまぁ。随分と躾のなっていない犬畜生ですこと」振るってきたところを空気投げのようりょうで、空いた片手でもって軽々と投げ飛ばす私は、ここでも『あくまで余裕です』という態度を崩しません。
そして、ちらり。『催眠魔法』のせいで表情を無くし、ただただこちらへと近づこうしているインケンメガネと、それを羽交い締めにして抑えるロン毛のチャラ男に、今さらながらに私の戦闘力の高さに目を剥く爽やか王子とピンクのちんちくりんを確認。
なかでも原作知識として『悪役令嬢』の実力を把握していたのだろうヒロインちゃんの顔色が『ありえない』と全力で叫んでいるようなのに対し……ほんのちょっぴり、罪悪感。
ごめんなさいねぇ。私も貴女と同じ、転生者で――貴女とは違って、今日までここが『乙女ゲーム』の世界だなんて知らなかったのよ。
だから――残念。いくら才能があり、今日まで真面目に鍛練し続けたのだろう騎士団の団長を父に持つ子爵家三男でも届きえない。
それこそ、瞬時に剣から手を離し、殴りかかられたところで対処は簡単。筋肉ダルマの拳をあえて人差しだけで受け止めて見せ。傍目には退屈そうに見える余裕面で、巨漢脳筋のラッシュを指先一つでさばき続けるの、超楽しい♪
……ふふふ。この、筋肉だけが自慢の男は『あえて圧倒的な身体能力だけで』凹ませてあげましょうね。
それで、またも不意打ちを仕掛けてくるワンコは、首を狙って掴み止め。目を白黒するショタっ子留学生の耳元に口を寄せ、「『おすわり』」と命令。これにて、忠犬王子は最後まで守りたいヒロインちゃんのために何もすることができなくなった、と。
あとは――密かに魔法を発動。
筋肉ダルマの振るった拳に合わせ、影を介して転移させたインテリメガネを掴んで盾にすれば、哀れ、彼はアイデンティティたる眼鏡ごと顔面を物理的に凹ませられ、ぶっ飛ばされることに。
「「――――ッ!?」」
それを目にして息を飲み、停止する周りを無視して散らばってしまった『調書』とやらを拾い上げ、「! ……あらあら、まぁまぁ!」思わず笑ってしまった。
「誰でもいいわ。ちょっと、ここに書かれた名前を確認してもらえないかしら?」
てっきり、今日、欠席している数人の貴族子女の名前が記入されているのかと思えば……なかなかどうして、面白いことになったわね。
「ふふふ。まさか、まさか、王太子ほか次代を担うべき取り巻きが幾人もいて気づかなかったの?」
返せ、とばかりに手を伸ばす脳筋とチャラ男を優雅にかわし。床に散らばった『調書』を一枚、二枚と拾い上げて確認したが……ふふふ。やっぱり、ね。
嘆かわしいことに、私が手渡した教師陣含め、誰一人、気づけなかったことに、やれやれ、と。ため息をこれ見よがしに吐いて見せながら、ついには暗器をもって飛び掛かってきた伯爵家子息の攻撃を華麗に避け――ホストもどきの背後に回って、股間を蹴り上げて『くるみ割り』。
それに顔を青ざめさせ、腰を引いている男性教師に「ここに署名された子たちの姓。どれもこれも、この国の貴族名鑑には無かったはずよ」と。在学生の名簿ともども確認するよう命じながら、目を丸くするヒロインちゃんと駄メンズを半目で見回し。
自国の、それも同じ学園に通っている貴族の名前すら把握していないとか……そんなことでよく『王太子』を名乗れたものね、と。よく、こんなものを証拠として公の場に出せたものね、と。
そんなことで満足に内政ができると? 外交ができると?
私を蹴落として自国の代表たらんとするのなら、せめて6人がかりでも私以上に自国や近隣諸国に対する知識と教養を身に着けてくださる? と、呆れ顔でもって告げれば、王子くんは羞恥に顔を赤くし。
果たして、こんなタイミングで彼が手袋を私に投げて寄越すのを見て、ため息をまた一つ。
おそらくは、私に『決闘を挑む』のは、かねてから狙っていたのだろう、と。実力至上主義のお父様を一時的にでも納得させるには、私を直接、魔法ないし武力でもって排除するしか無く。ヒロインちゃんと第一王子殿下が結婚するには、国民に『いかに皇女が悪逆非道か』を説いて婚約破棄宣言を納得させ、決闘裁判にて可決するしかないわけで。
将来的には、大陸統一を掲げるお父様に攻め込まれるのは確定でも、近隣諸国との外交如何では、いわゆる『乙女ゲーム』のエンディング――結婚式をあげることぐらいはできるでしょうし。主人公的には、そこまでしか見ていなかったのだとしても……攻略キャラたちェ。
もはや、遠慮も容赦も不要。すっかりオーディエンスを味方につけた私は、それはそれは良い笑顔を浮かべて――王子くんが投げた手袋をヒールで踏み嬲ってあげました。
ふふふふふふ。残念でした~♪
もはや、彼らに『名誉ある最期』など許すつもりはない、と。そう態度と行動で示す私を見て、逆上して殴りかかってきた筋肉ダルマの拳に対し、泡を吹いて気絶していた元・お色気担当のモテ男くんの頭髪を掴み上げ、しっかり彼の顔面でもって防ぐ。
……うん。じつは彼らの中で最も嫌っていたロン毛くん。それが、ブチブチーっと掴んでいた髪を残して飛んでいき。鼻の骨が折れたのだろう、前歯が欠けた残念顔になったのを見て、心の底からにっこり。
次いで、仲間を2人も殴ってしまった巨漢が声なき咆哮を上げている間に、瞬時に移動。彼がまったく反応できない速度でもって血の涙でも流しそうな顔をビンタし。あえて、頬に綺麗な紅葉を描いてノックアウト、と。
これで残るは第一王子とヒロインちゃんだけだけど、と。そちらに向けば、決死の覚悟でもって刺突を放ってきた王子を見つけ。私は、未だかつてないほど頑張って『突き出された剣の上』に乗り、優雅にカーテシーを披露。
目を剥く爽やかイケメンに微笑を見せ――彼の足下に『異次元へと通じる穴』をあけ、ボッシュート。さらには、気絶した攻略キャラたちも順々に、私が支配する『淫魔が多く住まう虚構世界』へと落としていく。
……ふふふ。王子2人は見せしめとして公開処刑をしなくちゃだから『綺麗な外見』だけは保つとして。ヒロインちゃん含め、ほかの駄メンズは私のレベル上げに使いきってしまいましょう、そうしましょう♪
だ・か・ら。頭を抱え、腰を抜かして逃げられないのだろう、泣きながらドレスのスカートを濡らして震えてるヒロインちゃんのもとに歩みよって、にっこり。
彼女の耳元に顔を近づけ、
「乙女ゲーの主人公に転生したと思いましたか? ……残念、貴女はエロゲーの攻略対象でした♪」
もろもろのお礼として、あえて日本語でもって教えてあげる私ってば、最高に『悪役令嬢』してますでしょう?
‐fin‐
乙女ゲームのヒロインは攻略できないと思った? ……残念、むしろノリノリで攻略しますが何か?
悪役令嬢による攻略キャラ(ヒロイン含む)への断罪シーンはノクターンで掲載――しませんので悪しからず。




