vsヤンデレ……?
放課後。
部活にも所属していない俺は、そそくさと帰る準備を進める。どうせ学校に居てもヒソヒソと陰口叩かれるだけだ。こんな場所、早めに去った方が賢明だと思う。
そう考えて、談笑しているクラスメイト達に気付かれぬようひっそりと教室を後にしようとしたが……。
「みーくん!一緒に帰ろ!」
毎度お馴染みトラブルメーカー、楓のご登場である。何ですぐ俺に寄ってくるんだ磁石かこいつは。
「えー、一人で帰りたい」
「ちょっと……そんな言い方なくない?」
俺が渋れば、頬を膨らまして言う。
教室だからこの塩対応でも優しく反応してくれるが。ここが人目につかない場所尚且つ二人きりであったならば、俺は速攻で楓に絞められていただろう。
「うーん……。楓、たまには別々に帰っても良いんじゃないか?」
そして俺も、二人きりの時より柔らかな物腰で彼女に接する。何故かって?周りを見てくれ。
噂の影響だろう。男子からは嫉妬、女子からは軽蔑の眼差しを向けられているのだ。生憎、こんな状況で普段の様に素っ気なく対応するメンタルは持ち合わせちゃいない。
……おかげで、さっきから胃がキリキリと痛む。もし胃潰瘍にでもなったら慰謝料と称してこいつらから金をぶん捕ろう。
そうやって俺が頭の中で下らない事を考えていると、
「ねぇ、ダメ?みーくん、一緒に帰っちゃ……ダメかな?」
正攻法では攻略出来ないと思ったのか。今度は、至近距離の上目遣いで聞いてきた。
その、あまりの可愛さに思わずドキッとして、
「……分かったよ」
ほぼ無意識のうちに許可してしまった……。どうやら楓は、俺の弱点を知り尽くしているようだ。
「やった!」
……何だかんだ言って、俺は楓に甘いのかもしれない。自分の本当の気持ちがどんどん分からなくなっていった。
「みーくん、放課後デートだよ!どこ行く?」
「だから嫌だったんだよ……」
校門を出て、生徒も疎らになった頃。
俺の予想通り楓が切り出してきた。彼女と一緒に帰りたくない理由。それは、かなりの高確率で放課後デートとやらに付き合わされるからである。
「ねぇ聞いてる?で、どこ行きたい?」
こうなった楓は中々止めることが難しい。彼女が満足するまで、何時間もあちこち連れ回されるだけだ。
……とは言っても。
毎日あの地獄が続くのは死ぬほど面倒なので、断れたらラッキー程度で抵抗だけしてみる。
「待て。俺はお前の"放課後デート"とやらに付き合うとは一言も喋ってないぞ」
「ケチ!ちょっとぐらい良いじゃん!」
「ちょっと……。お前、そうやって昨日みたいに何時間も連れ回すつもりだろ」
「あ、バレた?」
「バレた?じゃねぇよ!それが嫌なんだよ!」
俺が怒鳴るように反対すると、
「ごめんね。じゃあ、放課後デート"は"いいや」
楓は以外にもすぐ折れてくれた。
「え?そ、そうか」
もう少し粘ることになるかと思ったが……そして何故か一部言葉を強調しているが、どうしたのだろうか。
釈然としないが、まあ好都合な事には変わりない。
「ヨシッ、じゃあここで別れ道だな。バイバイ、楓。また明日」
久しぶりの自由な放課後だ……!帰って何をしようか。ウキウキ気分で帰路につく。
「……」
楓のせいで、自分の趣味に全く手がつけられてなかった。アニメなんて溜めに溜めてるし、まずはそこから消化していこう。
「……みーっくん!」
……雑音が聞こえたが気のせいだと思う。アニメも良いが、久々に読書なんてのも風情があって良い。いやぁ、時間があるって素晴らしいな。
「みーくん、聞こえてますかぁ~!!!!」
……雑音は気のせいじゃなかった。というか、ここまでされたら流石に無視できないよ……。先程別れたはずなのに。
何故か平然としてについてくる彼女に、俺はツッコミを入れる。
「おい」
「何か?」
「何か?じゃねぇよ!お前ん家の方向、真逆だろうが!!」
そう、こいつはナチュラルに俺の家に来ようとしていたのだ。全く油断も隙もない奴だ。
「えー、私みーくんの家に行こうと思ってたんだけどなぁ。放課後デートの代わりだよ?」
やけに、素直に聞いてくれたと思ったら……そういうことか。何度も言うが楓は狡猾だ。
今回は、放課後デートの対価としてお家デートを提示してきた。
「帰ってくれ。今日はダメだ」
不満そうに文句垂れる楓に、俺は素っ気なく言うが。
「……ねぇ、何で彼女の事をそんなに拒絶するの?」
これは少し失敗であった。明らかに楓の、ヤンデレの片鱗がチラついたからだ。
「は?いや、拒絶とかではなくてだな」
「何か隠したい事でもあるんだよね?まさか浮気?ねぇ浮気なんでしょ?もし本当にそうだったらみーくんの大事な部分、切り落とすことになるかもね?」
楓が迫ってくる。目の光と全ての感情を消した顔で。
狂気だ。あまりの迫力に怖じ気付いた俺は、慌てて否定する。
「待て楓!話が飛躍しすぎだ!俺は浮気なんて一切していない!」
「ふーん、でも口じゃ何とでも言えるよね?じゃあ、確認の為に訪問するけど」
「はぁ……分かったよ」
彼女の狂気を目の当たりにして、また俺は屈してしまった……。だって滅茶苦茶怖いんだ。あの美貌の裏には般若が暮らしている。
「やった♪お義母さんに挨拶に行かなくちゃ!」
また馬鹿げたことをほざいていたが、もう反論する気も起きない。
ここでも俺は楓の思惑通りに動いてしまっているんだろうな。そう考えると、気分は沈んでいくばかりだった。
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