vsヤンデレ①
はい、ということで。今俺は楓と嫌々登校中だ。
本当に、何でこいつと一緒に行かなきゃならんのだ。楓の家はお金持ちだし、どうせなら車で彼女と一緒に送り迎えされた方がまだマシだ。
心の中で一人愚痴っていると、
「……ほら、あいつだよ。2年3組の」
「うっわホントだ。冴えない顔した上に"犯罪者"。アレが西園寺さんの彼氏とかありえないだろ」
陰口だろうか。近くからチャラそうな男二人に、ギリギリ聞こえるような声で言われた。
楓は、学校では才色兼備の完璧美少女として、その名を轟かせている。彼女を知らない生徒なんてこの学校にはいないだろう。……故に、
俺みたいな冴えない、それも悪評がついて回っている奴と一緒にいることが皆理解できないのだ。何なら俺にも分からない。
そして。
その感情はやがて、俺という存在の否定に繋がり……。
こうして悪口を言われることなど毎日だ。今となっては慣れてきたものだが、やっぱりどこか心苦しい。俺がそんな事を考えていると、
「2年1組工藤龍太、2年2組藤木隼人……鼻につくゴミ野郎共が。一週間以内に処分予定っと」
楓が何か良からぬ事を呟いていた。てか、処分ってなんだよ!まさか殺すつもりだろうか。俺は彼女の恐ろしさを改めて感じ、戦慄しながらもなんとか宥めようとする。
「おいおい!……今考えてること、絶対に実行するなよ!」
「は?私はみーくんの為を想って行動しようとしただけなんだけど?」
すると、今度は俺にその牙を向けてきた。これだよ、ホント怖いです。
「いや、それは……」
俺の為を想って、それ一番返答に困るやつだ。どう答えるべきか分からず、俺が固まっていると。
「西園寺さん!元気?」
「西園寺さん!おはよう!」
先程楓に処分されそうだった男子生徒二人が、そんな事も知らず呑気に話し掛けてきた。
「おはようございます」
その瞬間、楓は、表情を余所行きスマイルに切り替える。おお……!こいつら、俺にとっての救世主だ!
あのまま話し続けていれば、間違いなく楓の機嫌を損なう結果となっていたはずだ。謀らずも俺を危機から救ってくれた二人に、心の中で感謝を告げようと思ったが。
「そんな奴ほっといて、俺達と登校しません?」
「そうですよ、そんな"浮気性の犯罪者"に肩入れする必要なんてないんですよ?」
前言撤回、いきなり"そんな奴"呼ばわりされた。こんな俺でも、少しぐらいプライドだってあるのだ。っていうか!俺だって、さっき楓の魔の手から救ってやったのに何て恩知らずなやつだ!
「みーくん!」
すると、それを聞いた楓は、何故か俺に抱き着いてきた。止めてくれ……周りの男子生徒、特に目の前の二人から殺気の込もった視線が送られているぞ……!
ちなみに。女子からも微笑ましそうな視線などは一切なく、ただ白い目で見られている。
「お二人ともごめんなさい。私は大好きな彼氏と一緒に登校したいので。貴方達の気持ちに答えることは出来ません。」
俺の腕に抱きついたままの楓が、彼等にキッパリと言うと、
「くそっ、何でそいつなんだよ……」
「まあまあ、早く行こうぜ」
二人組は悔しそうにしながらも、大人しく俺達の前から立ち去った。
「最後まで生意気な人達だったね……。私のみーくんに、あんな舐めた態度で接するなんて許せない」
しかし、どうやらそれも楓の癪に触ったようで。これ以上彼女の不興を買いたくない俺は、もう宥めることもしない。
俺は、心の中で彼等の無事を祈ることしか出来なかった。
それから十数分後、学校にもそろそろ到着する頃だ。楓と駄弁っていた俺は、ここで一つハッキリ言うことにした。
「なあ、楓。学校で俺の"悪い噂"を流すの止めてくれない?」
「……何言ってるの?」
「え?いや、えーと。ほら、さっきの奴らが言ってたような、質の悪い噂だよ」
楓は、どうも俺が他の人間。特に女子と接触することを嫌っていて。
"向こうから寄ってくるなら、みーくんに近付きたくなくなる様な噂を流せば良いじゃない!"ってことで周りがドン引きするような噂を吹いて回っているのだ。
まあつまり、この出回っている悪評の元凶は……。楓だ。
「だってさ。ああでもしないと、みーくんは近付いてきたメス犬と浮気するでしょ?いや、みーくんが優しいから断れないんだろうけどね?」
すると彼女は、あり得ないような事を口にした。
「はぁ!?お前、いつ俺が浮気したんだよ!他の女子と話すことを浮気とでも言うのかよ!」
「え、当たり前じゃん」
当然だ、と言わんばかりに楓は真顔で答える。
「いや、だって……」
俺が尚も粘ろうとすれば、
「ねぇ……、そんなに周囲の目が大事?私よりもそんな下らないものが大切なの?」
ザ・ヤンデレみたいな答えが返ってきた。しかし、ここだけは譲りたくない。
噂の撤回は、俺が平穏に暮らすための大前提でもあるのだ。
もうこれ以上噂が流行らない為に、勇気を振り絞って抗議する。
「幾らなんでも限度があるだろ!俺が"楓のパンツを盗んだ"、とか"性癖が歪んでいる"。"美少女と付き合っているくせに浮気性"!言い出したらキリがないぐらいあるぞ!?」
「そんなの別に良いじゃん。そうすれば、みーくんに虫けらもついて来ないでしょ?」
しかし、そんな答えはことごとく楓に切り捨てられた。……やっぱり、正当法で勝つのは不可能か。純粋な、正面からの抵抗では彼女の心を揺さぶることすら出来ない。
少し罪悪感が湧くが……。ここは彼女の恋心を利用することにした。これは初めての試みだ。
「……だって、そしたら楓まで悪く見られるだろ。もっと自分を大切にしてくれ。俺は"大好きな人"が誰かに悪口を言われたり、軽蔑されたりするのは耐えられないよ。」
俺は、心の底からそう心配しているような表情を作って言ってみせる。超絶ヤンデレ、楓と真っ向から戦うためには、道徳心・倫理観をある程度捨てなければならないのだ。彼女を欺くのも作戦の内である。
さあ果たしてこれは楓に効くのだろうか、若干緊張しながら反応を待っていると、
「あ……みーくん。そこまで考えてくれてたんだね……。ごめん、これからは気を付けるよ」
俺が描いた、理想的な返事をくれた。
「……っ!そうか、分かってくれたようで助かる」
俺は楓に気付かれぬよう、含み笑いする。意外とチョロいな、こいつ。
最初からこうすれば良かったのだ。僅かながらではあるが、勝利の糸口が見えてきた。
楓から独立するための。平穏な学校生活を送るための。真っ暗闇だった絶望に、ようやく一筋の光が射し込んだ。
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