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1話 甲斐とは何ぞや

「こんの、無しがあ~!」

「ひい。おっ、お助け。是が非でもご勘弁ござれえ~」


 杉森 次郎吉という名の少年がきょうさく――坊さんが座禅で煩悩がちな人を叩く、あの板切れ――を振り回され、あたふたと地べたを転がっていた。

 甲斐無し。それは他でもない、その少年のことだ。強いていうなら、周囲が彼に付けた正統なあだ名は「甲斐なしジョロ」。ジロではなく、ジョロである。

 しかし歴史に残る近松門左衛門こそ、実は彼である。そうは思えないのは単に今はまだ次郎吉がほんの子どもで甲斐無しで、近松門左衛門と名乗る未来を思い描いてもいないだけである。


「お~い。長屋泣かせの甲斐無しよ」

「うわあああ。よ、よ、余計なことを言うなよお~」

「はん、何を抜かしやがらあ。このまるサマがわざわざウヌを訪ねて来てやってんだ。また便べんされちゃあ、隣住まいのワッシが困るのじゃ」

「やめろって。余計なことを言うなよお」

「ウヌこそ、バカみたいに同じことばっかりメソメソとほざくなってばよ」


 坊さんの警策に加えて賀郎丸と名乗る少年に手を出され足を出され、伸盛はいささかうんざりした。


「甲斐無し、甲斐無し。根性無し」

「班仁お尚。お尚様。やめてくだせえ。賀郎丸もやめてよ!」


 はんじんというのは、越前国にあるきゅう寺という曹洞宗の寺の僧侶だ。

 大抵は温厚な人柄なのだが、問題児だったり情けない子どもだったりすると実によく怒った。

 そして、そう。えち前国ぜんのくにこそ次郎吉の生まれた国である。


「お尚はいつも正しくお怒りにおなりだに。ウヌをここでバッチバチ蹴倒すのが義理人情のあるべき形と相場は決まってんのよ」

「お母様に言いつけるぞ!」

「うるせえ、うるせえ。こんな寒いだけの土地で医者ぶっちゅう腐れバアバの言い訳説教なぞワッシにゃ効かんっち」


 賀郎丸と言い争いになりかけるも、班仁に仲裁された。班仁は次郎吉の顔を見ながら言った。


「はあ。ま、ガロよ。こんくらいにしくさろが」

「これくらいにしておいてやるってよ。ほれ、心から嬉しがれじぇ」

「賀郎丸。性格悪いよ!」

「んだと。ジョロの癖に。下痢の癖に」

「やめろよ」


 坊さん班仁の仲裁もむなしく今度は掴み合いの喧嘩が始まろうかという、その時であった。


「ヌシら、何しくさるや」

「あ、お侍さま。お侍さまでねえですか」

「ふん、そうとも。おっ、そこなるは杉森どのの家の子どもかべや」

「……」


 武士に話しかけられるも、次郎吉は無視した。

 福居藩。――目の前の武士も次郎吉の父も、共に藩仕えの武士である。


「下痢便こそ放っておくんなせえ。ワッシが育てば、こんな甲斐無しよりお役に立ちましる」

「杉森の子。挨拶せよ」

「……」

「挨拶せよ!」

「うっ」


 どっかりと蹴倒され、立ち上がったばかりの次郎吉はどたっと仰向けに転んだ。

 その直後、武士は次郎吉に馬乗りになるように飛び込むと同時に彼の着物のえりを、ぐうっと掴み寄せた。


「挨拶も出来んほうを子に持つ恥は、ヌシの父ばかりでなく我らの恥ぞ。その旨しかと、尚且つ深々と心得よ」

「……」

「なんと」

「もうよい、たけのり


 無言の次郎吉に殴りかかろうとする武士を、その名前を呼びながら止めた者がいた。


まさあきさまのお顔にまで、泥を塗る真似をよしとはせん。そのくらいで勘弁しよりな」

「はは。仰せのままに」

「ふむ、しかし剛典。天下分け目も昔話の今、そう堅苦しくしよりとてえきぞなもん」

「はあ、ようでありますか」


 剛典という名の武士の他に、彼に注意した高齢の武士、そして剛典と年が似たような若い武士が二人と、壮齢の武士が一人。

 それがその場にいた武士の全てだ。


のぶよしの子よ。くれぐれも武士の名を汚すような振る舞いだけは、よしてこじ。さて寄り道はほどほどにしじんどころに帰るぞ、皆の衆」

「「「はっ!」」」


 勇ましく声を上げた武士たちはリーダー格らしき老武士に追従していった。

 ところで武士が口にした昌明とは、現(よし)藩主松平昌明のことだ。また、陣所とは吉江館と呼ばれる吉江(じん)を意味する。


「散り散りの二万五千(ごく)に、いつまであやかり倒すじゃ」

「ガロや。甲斐無しのことはともかく、お侍がたを悪く言うのはよしなもれ」

「はあ。お尚がそう言うってなら、そうでげんながよ」


 道端に横になったままの次郎吉は涙を流していたが、そんな彼をよそに班仁と賀郎丸は会話を交わした。

 そしてそのまま他愛ない世間話を続けた。もちろん次郎吉など蚊帳の外という格好だ。


「寺で湯でも飲むに」

「ええ。ささ、参りまっしが」


 要領の良さそうな賀郎丸はいよいよ次郎吉など放っておきながら、班仁お尚と共に風級寺に戻った。


「うう。ううう……」


 次郎吉はただただ泣きじゃくった。

 彼にとって武士とは暴力と恐怖を司る存在だった。父もまた次郎吉にとってはそうした人種に他ならない。

 しかし家に戻らねば飯はない。

 腹が減るのは避けたいというだけの気持ちで、次郎吉は帰路に着いた。


「寒い」


 越前国は海沿いなためか、夜に近付くと大変に冷えた。

 天下分け目の関ヶ原の戦いについてこそ、昌明の父にして大阪冬の陣で活躍した福居藩――かつての北の庄ないし松代藩――の主を務めた豪将・松平(ただ)まさの存在により知られていたものの、それも過去の話となりつつあった。

 そんな越前国は福居藩もかつての面影を残さず、領地争いのために武士たちは殺伐とし、気温が低く過ごしづらいだけの土地へとへんぼうしつつあった。


「たでえま」

「おう、次郎け。今日はどこで特訓したんさ?」

「お母様。今日は……えっと、近所の川原で足踏みを七百ほどと、岩つつきを三百ほどでごぜます」

「へえ。ようやく武士らしくなってきたんねえ!」

「はい!」


 いけしゃあしゃあと、次郎吉は母にウソをついた。

 彼の母・喜里は松平忠昌の侍医・岡本(ため)たけほうげんの娘だ。だが人がよい彼女、そしてその子どもである次郎吉は肉体的にひ弱であった。

 せっせいと病のために視力が低くなり始めていた母の背中を、次郎吉はそっとさすった。


「すまないねえ。次郎や」

「いんえ、とんでも。おーい、兄上、かぜ。何してんだな?」

「飯に決まってら。風呂も炊かんとりいね」

「ボッチンがお風呂に薪ィくべてんっち」

「ヒカゼ、偉いじぇ~。偉い!」


 今度はたった一人の妹である陽風子の頭を撫でるためと、足取り軽く次郎吉は長屋の室内を動き出した。


「父上みてえに、立派な武士になるんだもんなあ」

「へへっ、へへへ。兄さま、くすぐってっしに」

「偉い偉い~。はっはは!」


 次郎吉が陽風子とじゃれ合うのを、やや冷ややかに見ていたのは彼の兄であるくろまるだ。


「帰ったぞ」

「お帰りなさいまし」

「「「お帰りなさいまし」」』


 次郎吉の父・信義が藩勤めから帰った。

 信義は最近、疲れたような顔を多くしていたがその日も同様であった。


「ふうむ。まっこと、福居藩にまつわるとくの話でまた一日が過ぎてしまったよ。近頃は、ろくに剣のけいが出来ぬ」

「安心ひじ。次郎は立派に特訓しておりゃき。くろかぜもこうして家事手伝い。黒なんて今日、ついに大工の仕事を少し任されにんしゃいたぎ」

「苦労をかける。さて、ではありがたく食事を頂こう。明日も早いから夜に出ることになるが……」


 家族揃って食卓を囲んだ。

 武士にしては珍しく、信義は早くに家に帰ることで武士仲間たちに知られていた。そして、その埋め合わせにと夜に藩へ出向くという点も含めて彼は風変わりな生活をしていると見なされていた。


「甲斐無しと、また呼ばれたのか」

「はい。恥ずかしいです」

「次郎吉。甲斐とは何ぞや」


 甲斐無しと言われていることについては、ちょくちょく家族にも正直な次郎吉。

 そんな彼に父は、そのように尋ねた。

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