大嫌いな貴方
初投稿です。
至らない点が多いと思いますが、暇つぶしに読んでいただければ幸いです。
R15は保険です。
暖かい日差し。
囀る小鳥たち。
私の隣には笑顔が可愛い男の子。
「てぃなちゃん、おおきくなったらほんもののゆびわあげるからね。だからぼくのおよめさんになってね」
左の中指にシロツメクサの指輪がはめられる。
違うよ、本当は薬指だよ、なんて言わないのはそれ以上にその言葉が嬉しかったから。
『うん!わたし、ぜったいおよめさんになるわ!』
──ああ、これは夢ね。幸せな私と貴方の夢。
『 やくそくだよ!!』
だって────
今の貴方は私を嫌っているもの。
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「アル!私のドレスは何処にあるのですか!?」
もうすぐ行われる、成人した淑女をお披露目する為の夜会。
私、ティアナ・セクドールも16歳になったので、社交界デビューを果たす予定...なのですけれど......。
「誰がお前なんかのドレスを見るんだ?そこら辺の布切れでもいいだろう」
「鼻で笑いながら言わないでください!貧乏子爵家にはドレスの替えなんてないんですからね!」
この、私の家に上がり込んで嫌味ばかり言う人は、私の幼馴染であり伯爵家の跡取りであるアルバート・ラングロース。
周りのご令嬢方からは紳士的で素敵だと言われているけれど、私にとってはただの腹黒坊ちゃんです。
昔から、大きな虫を私のベッドに忍ばせたり、お気に入りの本を破いたり......
挙句の果てには私が素敵だと言った男性全員に他の女性を紹介したり!
三男で跡取りに選ばれたその実力は尊敬していますけれど、権力を盾に嫌いな私に意地悪ばかりしなくてもいいじゃないですか!
幼い頃は優しい子だったのに...!
ええ、本当は分かっているんです。アルと距離を置けばいいだけの話だってことくらい。
でも、それでも私が長年アルの傍にいるのは...
「おい、そこに捨てようと思ってた古いやつがある。それでも着てろ」
「......最新のやつじゃないですか」
ほら、意地悪してくるくせに気遣ってくれる。
アルは、根は優しいのです。それこそ、嫌いな私にさえこんな事をしてくれるのですから。
思わせ振りなことはしないで。
嫌いなら思い切り突き飛ばして。
そう思うけれど、どうしても言えない。
だって、貴方が私のことを嫌っていても、私は貴方が好きなのだから。
貴方の優しさに甘えて、本気で拒絶されるまでは傍にいたいと思ってしまう。
いつか、いつか貴方が本気で私を嫌いになったら......
その時は────。
******
「......え?」
それはある晴れた日のこと。
いつもはにこにことしているお父様が、神妙な面持ちで私を呼び出してきたときから感じていた嫌な予感。私は気付かないふりをして書斎へと向かいました。
「すまないティアナ。まさかこんな事になるなんて......」
「.........」
突然持ち込まれた支援の話。お金のない私達にとっては願ってもないことでした。
「資金援助をする代わりとして、お相手の男爵令息の方と私の結婚......なのですよね。お父様、私は以前から貴族として、政略結婚の覚悟はできていました。ですからお父様が気を病む必要はないのです」
「すまない...相手の顔も見ずに婚姻が決まるとは......。だが、男爵家とはいえ、相手のご子息はとてもできた方だと聞いているんだ。
きっとティアナを幸せにしてくれるだろう」
「...ありがとうございます」
男爵家の本当の狙いは、この家の爵位です。成金だと揶揄されている彼等には、少しでも高い地位が必要なのでしょう。
我が家は歴史だけはありますから、乗っ取るにはちょうど良かったのかもしれません。
それを分かっていても、家の為に、この領地のために嫁ぐのです。......きっと彼を諦める良いきっかけにもなるでしょうから。
「結婚の発表は明後日の夜会でするそうだ。......もう部屋に戻っていいよティアナ、休んだ方がいい」
「はい、失礼致しました」
にっこり微笑んでから退室する。
大丈夫、ちゃんと笑えていました。
「お嬢様!?いかがなさったのですか......!」
「え?」
我が家で唯一の使用人、マリーさんが駆け寄ってきます。何故でしょう?
「あれ......?どうして...」
視界が歪んでいます。目から温かいものが溢れて......
「お嬢様......」
「う......ひっく......うぅー......やっぱり嫌だよぉ」
嘘をついていました。
私は、やっぱりアルが好きです。そう簡単には諦められないほどに。
アルから貰ったドレスを着て、ほかの男性にエスコートされるなんて耐えられません。
お金がなくて、可愛くもなくて、好きな人には嫌われているけれど…...
ずっと好きなの。
理屈ではどうにも出来なくて。
胸が苦しくて泣きそうなの。
───だから、そろそろおしまいにしないと。
******
「おい、ティナ。お前、どうせ明日の夜会の相手は居ないんだろう?」
今日も相変わらずの意地悪発言をしつつ、アルは私の元を訪れました。
私の気持ちとは裏腹になんだか嬉しそうな様子です。
「し......失礼な人ですねっ!私にもエスコートしてくれる人くらいいるんですよ!」
「へぇー?そんな虚勢を張らないのだったら、俺の友人を紹介してやるんだけどなぁ?」
紹介してくれる気だったんですか。
相変わらず優しすぎますよ、もう。
「虚勢なんかじゃありません!私、結婚するんですから...!」
そう言うと、アルはちょっと驚いた顔をして。
それから、今まで絶対に私には向けてくれなかった、とても綺麗な笑顔を浮かべて言ったのです。
「あぁ、良かったじゃないか。お前を貰ってくれるような物好きもいたんだな。おめでとう」
その笑顔が見たかったはずなのに、どうしてこんなに辛いのでしょう。未練がましいですね。
逆に笑えてきてしまいました。
「貴方は......私のことが本当に嫌いなのですね」
これは、紛れもない本心でした。するとアルは、先程までの笑顔から一変、無表情になって言いました。
「...そうだよ。本当は、お前なんて大嫌いだった」
「......そうですか」
この時の私は冷静だったようで、泣きそうにはなりませんでした。
良かった。これなら大丈夫、ちゃんと言えますね。
「私も嫌いでした」
憎らしいほど好きだった貴方に、私の精一杯の笑顔を。
この想いを忘れられるように。
いつか、苦しかったこの恋が素敵な思い出に変わるように。
───夜会は、明日です。
━━━━━━━━
俺には、ずっと好きな子がいた。
傾国の美女というわけではないけれど、花のように可愛らしく笑う女の子。
母親同士の仲が良かったという理由で、その子とは毎日のように遊んだ。
今思うと恥ずかしくて死にそうだが、シロツメクサの指輪で婚約の真似事もした。
幸せだった。2人でなら何でもできる気がしていた。
─────だが、
それは泡沫の夢だったということを、その頃の俺はまだ知らなかったのだ。
******
「次期伯爵家当主をアルバートにしようと思う」
その言葉は、そのときの俺が一番欲しかったものだった。
ずっと初恋を引きずっていた俺は、将来的に彼女との結婚を認めさせるべく鍛錬と勉学に励んでいた。
とにかく、誰も俺の邪魔をできない程の力が必要だった。
「伯爵様!?お待ちください!確かにアルバート様は優秀でいらっしゃいますが、まだ成人前ではありませんか!それに、長男のランドルフ様や次男のジークベルト様はどうなさるおつもりですか!!」
「そうです。それに、このことを良く思わない貴族達も沢山います。今までにも、おふた方には沢山の縁談が......」
部下達が現伯爵に反論している。
まあ、まさか俺が継承するなんて誰も思ってなかったんだろう。
「黙れ。お前達は現当主である、私の決定に背くというのか?」
鶴の一声とはまさにこの事。当主の言葉に、うるさく喚いていた部下達も一瞬でも静かになった。
「この場で後継を拒否できるのはアルバートだけだ!......アルバート、お前はどうする?この家を継ぐということは、即ちお前の兄弟さえも敵に回すということである。お前にそれだけの覚悟はあるか?」
───試されている。
今の自分なら警戒しただろうが、幼かった当時の俺は単純だった。
「......はい!どんな苦難も乗り越えてみせるつもりです!是非、この家を継がせてください!!」
彼女と結ばれる為ならばなんだってする。全世界を敵に回したって、諦める訳にはいかない。
それ程に、彼女が好きだった。
「そうか......。ならば、これからはラングロース伯爵家の跡取りとしての自覚を持って生活するように」
そう言うと、彼は青ざめた顔をした部下達と俺を残して部屋を出ていった。
「ぼ...僕も失礼します!!」
唖然とする部下達を尻目に、勢いよく扉を開けて御者の元へと走る。
「お...お坊ちゃま!?そんなに急いで......」
「お願い!急いで僕をティナの所へ連れて行って!!」
嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい!!
真っ赤に頬を上気させ、御者を急かして彼女の屋敷へ。
やっと約束を果たせる。
彼女に伝えたらどんな表情をするんだろう。
驚く?それとも、嬉しくて泣いてしまうのだろうか。
でも、やっぱり、花が綻んだようないつもの笑顔でいて欲しいな。
「ふふ、待っててね、ティナ」
あの頃の俺は本当に愚かだった。
******
「......お前は、先日私が言ったことを覚えているか?」
「......」
俺が意気揚々と彼女の屋敷を訪れた翌日。彼女が賊に襲われたという報せが届いた。
幸い、彼女は無傷で済んだが、彼女を襲った者は、偶然にも兄のもとで働いていた男だった。
「後継者としての自覚というのは、己の行動が周囲にどのような影響を与えるのかをよく考えろということだ。ティアナ嬢がお前の弱点だと解れば、彼女を狙う者が現れる。......アルバート、全てのものを欺け。さもなくば、お前の大切なものは全て壊される。彼女のことを想うなら、もうセクドール子爵家には近づかないことだ。あちらには話をつけておいてやろう」
「はい......畏まりました」
俺は自分を過信しすぎていたのだと、この時になってやっと気づいた。後継者争いなど、己の実力を見せつけてやれば誰も文句は言えぬだろうと。
まさにこれは、身から出た錆というものだ。俺の軽率な判断がもたらした最悪な結果。
彼女の為だとのたまいながら、結局は彼女を傷つけてしまった。
「......ははっ」
彼女をこれ以上危険にさらす訳にはいかない。
愛しい彼女さえも欺いて。
自分の気持ちを偽って。
幸せな僕を捨ててしまおう。
彼女が幸せでないのなら、俺が生きる理由はなくなるのだから。
******
「ほーんと、君は馬鹿だよねぇ」
「うるさい」
令嬢達の成人を祝う夜会の2週間前。俺は友人のマルクスと共にセクドール子爵家を訪れていた。
「こんな回りくどい事しないで、直接ティナちゃんにドレスを贈ればよかったのに。子供の頃は仲良かったんでしょ?」
「何故俺が嫌いな奴にわざわざ渡しにいかなければならないんだ。あと、あいつをティナちゃんと呼ぶな。気色悪い」
「この呼び方は君のがうつったんだよ。......あの時の事件、まだ気にしてるの?」
そう、数年前に起こったあの事件の後、俺はセクドール家への立ち入りを禁止されていたのだ。それにも関わらず、今ここにいることが出来るのは、周囲に俺がティナを嫌っていると認識させたからである。
公の場で彼女が襲われたという報告を受けた時、密かに笑っていた兄達に向かって言ったのだ。『ざまあみろ、貧乏子爵家の娘のくせに俺に付き纏うからだ』と。
周囲の人間は唖然としていたが、これで俺がティナに好意を寄せていると思うものは誰も居なくなった。彼女と会う度に、嫌がらせをしていたことも要因の一つだろう。
「は?そんなの自業自得だろう。俺が気にする理由はない」
彼女への気持ちは、友人にもばれてはいけない。マルクスも貴族なので気を抜けないのだ。
「ふーん?なら、『ドレスの露出が激しすぎる』なんていって別のドレスを贈るのは、ティナちゃんのことを好きなんだと周りに誤解されるから気をつけた方がいいよ」
......ほとんどばれているだろうが。
「そんなことは言っていない。くだらないことを言っていないで帰るぞ」
そう言って、マルクスを残したままスタスタと馬車に向かった。
「......ほんと、君たちは二人とも馬鹿だよ」
だから、マルクスの呟きが俺の耳に入ることは無かった。
******
「私、結婚するんですから...!」
その一言で、目の前が真っ暗になった。
いつかそんな日が来る覚悟はしていたのだ。
彼女が幸せなら、なんて自分に言い聞かせながら。でも、そう言い放った彼女は今にも泣きそうな顔で。その顔を見た瞬間、今すぐ抱き締めてしまいたくなった。それが彼女を不幸にすることくらい分かっているのに。
だから───。
「本当は、お前なんて大嫌いだった」
顔が強ばってしまったが、なんとか言えたひと言。そう、これでお終い。今度こそ彼女は、俺のことを完全に嫌いになっただろう。
「......そうですか。私も嫌いでした」
俺が知らない、冷めたような彼女の微笑み。
いつの間にか彼女も変わってしまっていた。いや、俺が変えてしまったんだ。
「......こんな俺が一番嫌いだよ」
彼女が去った後、ひとり立ち尽くし呟く。
もし願いが叶うのならば、君が幸せでありますように。こんな事しか祈れないけれど──。
「アルバート!」
悲しみにくれる暇もなく、マルクスが駆け寄ってくる。相当急いでいるらしい。
「マルクス?どうしたんだ、こんな所で」
「僕は、君の顔の方がどうしたんだと言いたいけれど......今はそれどころじゃないからね。本当に君は幸運だ。友人として嬉しく思うよ」
この友人は何を言っているのだろうか。むしろ俺は、世界で一番不幸な自信があるというのに。
「......?話が見えないのだが?」
「取りあえず急いできて。明日までに間に合わせないとでしょ」
マルクスは笑っていた。
━━━━━━━━
「......本日は、よろしくお願いします」
そう言って私は淑女の礼をとる。
目の前には、にっこりと微笑む男性。
「こちらこそ、僕との婚姻に承諾して下さりありがとうございます」
──今日は夜会当日。それと同時に、男爵家令息との婚約発表も行われます。
「そのドレスとても似合っていますね。でも、僕にもドレスを贈らせていただきたいな。これよりも君に似合うドレスを選ぶから」
「......ええ、是非。嬉しいですわ」
私も笑って彼に応じる。
でも、アルから貰ったドレス以上に素敵なドレスなんてこの世にはないと思うなんて、まだ未練があるのでしょうね。......私はこの人と結婚するというのに。
「...ご歓談中に失礼します。そろそろ、婚約発表のお時間になるかと」
そう声を掛けられて、時計を見る。
「おや、もうそんな時間か。では行きましょうか、ティアナ嬢?」
「はい」
──そう、彼の手を取りかけたとき。
「ティナ」
思わず振り返る。そんなはずはない、そう思うのにどうしても探してしまうの。
どうして?忘れようとしていたのに、最後の最後までアルのことが頭から離れないなんて。
「ア......ル...?」
「ティナ、おいで」
なんでここにいるの。
なんでこんなに優しい声で呼ぶの。
貴方は私が嫌いなはずでしょう?
「でも私、婚約発表が......」
あるんです、と言いかけてアルに抱きすくめられる。
急なことで頭が追いつきません。
「きゃ......!アル、離して...」
「早く、取りあえず来い」
ずるい。耳元で囁かれては、何も言えなくなるに決まっているじゃないですか。
おずおずとアルに続いて会場の外に出る。
なんだか、会場内がざわつき始めました。
「何を言っている!我が家は不正などしていない!!」
「証拠があるんですよ。いい加減認めてはどうです?」
あの男爵令息の方と、アルの友人のマルクス様の声が聞こえます。何かあったのでしょうか?
「うるさい煩い!!伯爵家だからといっても、ただの後継者じゃないか!!僕達に口出しする権限はないだろう!?」
「いえ、彼──アルバート様は、本日付でラングロース伯爵家のご当主様になられました」
「え......」
あまりに急なことで、つい声に出てしまいました。アルが、当主?
「アル......本当なの?」
アルは真剣な顔で言いました。
「その事は後で言う。まずは会場から出よう」
******
バルコニーはひんやりとしていて、頭を冷やすには丁度良い場所でした。
「......寒いか?」
そう言って、アルは自分の上着を掛けてくれようとしてくれます。そんなに寒くはなかったけれど、アルがこんなことをしてくれるのは初めてで、つい受け取ってしまいました。
「...ありがとうございます。あの、アル......」
「俺は、お前のことが嫌いだ」
私を見据えて、真剣な瞳で何を言い出すかと思えばそんなことですか。
「分かっていますよ。アルが私を嫌っていることくらい」
何度も拒絶されてはさすがの私も泣いてしまうので、この会話を終わらせようと口を開く。
アルはわざわざ嫌いな私を呼び出して何がしたかったのでしょうか。......嫌がらせですね。
『今更自覚したのか?』と笑われるのかと思いきや、真剣な表情を崩さずにアルは言った。
「分かっているなら話は早い。だから俺は、お前を娶ることにした。」
「......へ?」
お...驚きすぎて変な声が出てしまいました。
冗談ですよね。一瞬でも本気にした私を今すぐ投げ飛ばしたいですよ、もう。
「あの、嫌いだから娶るって...。さすがの私でも嘘だって気づきますよ。」
「嘘じゃない」
「なんでそんな嘘......っ!」
アルの顔を見ていられなくて、その場を立ち去ろうとすると───。
「ティナ!」
アルに抱き上げられ、逃げられないようにしっかりと捕まえられてしまいました。
「......最後まで話を聞け」
そう言って左手の中指にはめられたのは、シロツメクサをかたどった指輪。
「え......」
アルはまだ覚えていたんですね。あの日の約束を。
「俺は...お前を幸せにすることが出来ない。俺の弱みに成りうるお前は、多くの人から狙われるからだ。......実際、危害を加えられそうになったこともあったしな」
苦しそうに語るアルの声。辛そうに顔を歪めながらも、彼は話すことをやめようとしない。
「でも...周りが反対するでしょう?」
「俺は本日付で伯爵家当主となった。俺に逆らう者は容赦なく切り捨てる」
「...そこまでして私を不幸にしたいのですか?」
「ああ」
ぎゅっと下唇を噛みながらアルは頷いた。
下唇を噛むのは、幼いときから変わらない癖。嘘が上手くつけなかった時にする、私のよく知る癖。
......アルは、あの頃と変わっていなかったのですね。そう思うと、安心したのか笑いがこみ上げてきました。
「ふふ...」
「...ティナ?」
「ふふふ...あはははっ!」
どうしましょう。淑女として如何なものかと思うのですが、どうしても笑いが止まりません。
「アルはシロツメクサの花言葉を知らないのですか?」
「花言葉?」
「シロツメクサの花言葉は『幸福』なんです。」
先程までの辛そうな顔が嘘のように、口を開けて呆気にとられているアルの首に腕を回して微笑む。
「貴方が私を不幸にするというのなら、私はこの花のように幸せになってみせます。......私も、貴方が嫌いなんですもの。アルの思い通りになるつもりはありませんよ?」
自信たっぷりにこう言えば、アルは私の中指にはめられた指輪を取ってしまった。
「じゃあ、指輪は薬指にはめておいてやろう。もう逃げられないようにな」
アルの顔が私の顔に近づいてくる。
私は泣いてしまわないように、そっと瞼を閉じたのでした。
───この数年後、ラングロース伯爵は国王の覚えもめでたく、他の貴族達から魔王と恐れられるほどにその手腕を発揮し、不動の地位を獲得しました。
しかし、そんな彼でも妻には甘い愛妻家だということは、周知の事実であったということです。