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隣に立つ男

作者: とろろ昆布2

日常の中での、非日常。

明日はあなたの隣に…。


その日朝出がけのちょっとした手違いで、何時もの電車をホームで見送ってしまった。勤め始めてから数年経つが、こんな手違いは初めてだと意気消沈しつゝホームのアスファルトの上に記された乗車位置につく。そこにはすでに数人の乗車客が列を作り、次の電車を待っていた。

会話など交わしたことなど無いのだが、朝のローテンションをかろうじて保ってくれていた顔見知りは既にホームにはいるわけも無く。芳しい香水を全身に振りまけてきたのではと思うケバいおばさんや、死んだ魚の目をしたネズミ入りの背広を着込むリーマンやら、いつもの面々は既に数キロ先をターミナルに向かって移動中なのであろう。

まあラッシュ時なので、登りの電車は次々とやって来る。5分とかからずホームに滑り込んできた電車に乗り込むとほぼ満員であるのに係わらず、乗車した人々が目の前の空間を避け、あえて人が密に存在する空間に分け入って行く。

「?」

疑問を持ちつゝ疎の空間に進むと、瘴気を孕むような空気が身体にまとわりついた。

「!」

そこには厳つい騎士が居たのだ。

あゝそうか、こいつのせいで…。そう思った時にはもう、吊り輪を掴んで黒光りする巨体の隣に立っていた。

成る程、今日はどうかしている。こんなのが目に入らず、こんなヤバそうな場所に身を置くなんて。何時もの習慣が崩れると言う事は、こうも立て続けに、日常のルーチンから離れて行くものなのだろうか。

先ずは状況を把握しなlければと思い、横目で観察すると、残念ながら相手は確かに騎士であった。

『全身黒尽くめで…。こいつは黒騎士って奴か…。』

騎士は腰には剣が収められてるであろうメートルサイズの黒い鞘を差し、左腕には傷が無数に着いたやはり黒い盾を装備している。よく見ると、本体の鎧にも刀傷やら弾痕やら内部に達しているのではないかと思うような深い傷が着いている。しかし、傷の位置は致命傷を避けるように付いており、中身の人間の運動能力の高さを暗示していた。また傷からのぞく鎧の内面は表面の物質と同一で、中空性の紛い物ではなく、オリハルコンで錬成したのだろうか、重量級の逸品のようだ。

伝説の魔装か、放たれる禍々しさに規則的に訪れる電車の揺れに乗じて身体を少しずつ捻り、相手が悟る前に防御の姿勢をとる。これで一息つくかと思った時、私達は次の駅に滑り込んだ。

ターミナル駅はまだ幾つか先にあるので、ほとんど降車する乗客はなく、車内の密度は増すばかりであった。しかし、私らの側には斥力でも働いいるように、人々は避けて行った。その中で突如として自分の名前を呼ばれた。

「おう、シラキおはよう!」

歪んだ空間になだれ込む乗客の最後尾から、馴染みのやつが乗ってきたのだ。そいつとは腐れ縁で、前に仕事からつるむ事が事が多い。まあ、同じ釜の飯を何度もつつき合っている、という具合の仲なのだ。

「おはよう、アオキ。お前はコレを使うのか?」

「そうだよ、お前は?」

「いつもはもう一つ前のを使うんだが、チョイとしくじってね。」

「まあ、遅れるわけじゃないのだからいいんじゃない。」

私らは大声で話さないと言う社会人のマナーを遵守していたつもりであったが、隣の黒いやつが鎧の可動部から重々しい音をさせてこちらを向いた。奴の腰にさしてある「ダンビラ」とでも形容しようか、自重で火龍の鱗ですら砕けそうな逸品の鞘が鳴った。

仕事がらの反射神経というか、元々ビビリであるので私はユニフォームの肩当てをずらすと身体を半身の構え、完全防御姿勢をとった。加えられるであろう打撃の衝撃を受け流すために、多層セラミックの表層二層目に仕込まれた圧接信管を黒ヤツに向けた。本来ならば、剣筋に対して接線方向に向けるのがセオリーなのだが、こんな狭いところで立ち回りを演じるのだから、爆風を黒い奴に向けようと考えたからだ。そうでないと、剣撃以外でも死人が出ないとも限らないからだ。

純白の装甲が車窓から差し込む日差しに、眩く光る。緊張が頂点を迎えようとした時。

「アオキか?」

黒い鎧に奴は、相棒の名を親しげに呼んだ。

「なんだ、クロキ。いたのか。」

「乗ってたよ。でも、強そうな人が横に立つからさ。ビビっていたんだ。」

「あゝ、シロキは見るからに派手で、デカイからな。」

クロキと名乗る奴は面当てをずらし、笑顔でアオキとハイタッチをした。二人の装甲板が火花を散らし、金属音が車内に響いた。すぐ側の乗客は迷惑そうであったが、肩をすくめる程度で私たちの存在そのものを見ようとしなかった…。

「 お前ら知り合いか。」

拍子抜けした声で私が言うと、電車がレールとの間で軋み音を盛大に上げつつ急停車をした。


よろける乗客の頭上から、スピーカー越しに上ずった運転手のアナウンスが事態を告げた。

「 土色の竜が現れました!乗客の皆さま、直ちに車外へと…。」

「ウワァ!こっちに向かってきます!お乗りになられている騎士さま、助けてください!奴は、ヤツは、わぁぁぁ!」

黒白青の鎧を着込んでいる私らは、いつも自分の職分に忠実である。

騎士たる者、如何なる時も冷静に。

自ら持てる全ての能力を発揮すること、其れが騎士たる由縁。

我らは初見であろうとなかろうと、騎士が為すべきことはただひとつ。

お互いの顔を見合わせた時には、フォーメーションが決まっていた。

「 土竜に相剋はクロキ、お前がフロントだな。」

「任しておけ。あいつは、狩り時だな。」

非常コックを開け車外に出ると、身体の色とは真反対の鮮やかな赤色をしたデカイ口を開け威嚇しくる魔界の生き物が向かってきた。

「さあ、行くぞ!」

黒騎士は大きな剣を鞘から抜くと、黒き疾風と化し異形の物に進んでいく。

「我らも遅れるものか、行くぞ!」

青い閃光と真白き幻影が続く、人々の窮地を救うために。


おわり





オクラ入りしていた原稿です。。。

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