たぶん数時間前①
主人公の生活環境の説明みたいな内容。
異世界に行くのは、もう少し後からです。
「あ~、つっかれたぁ」
私、天久春は、背伸びをしながら帰路についていた。
片手には、数学Ⅱの教科書を持って。
「はぁ、今学期で数ⅡB終わらせて数Ⅲやるとか鬼畜かよ。
鬼だよ。もー…今でも意味わからんのに」
高2の2学期半ばにも関わらず、ほぼ終わりに近づいている数Ⅱの教科書。
本来なら、高2の1年かけて終わらせるものだ。同じく数Bの教科書も。
だが、私が通っている高校は進学校のため、普通校より学習ペースがはやいほうなのだ。
自分の趣味を守るため、親に言われた通りに進学したが、そろそろ限界。
やりたいこと、やりたい。
いや、もう、ほんとに。
小学5年生のころ、数少ない友達の導きで
オタクの沼に両足つっこんでからは、私はその道まっしぐらだった。
マンガ読みたい
服作りたい
小説漁りたい
アニメみたい
本屋行きたい
なんなら、最近は舞台だって行きたい
いや、一応ある程度時間はあるけど。
でも普通校に行っていれば、今の倍以上は確実に時間をとれたハズだ。
ぎりっ
行き場をなくした怒りを、自身にぶつけるようになったのはいつからだっただろうか。
長袖の制服の下で、茶色く色づいているだろう左腕をみて、ため息をつく。
良い学歴、良い肩書ばっかり求めてくる私の親は、
昔から私の趣味にいい顔などしなかった。
「そんなことに時間を割かずに勉強なさい」
それが、私を想って言ってくれているのであればどれほどよかったか。
もしくは、結果を重視していたとか。
両親は違う。そんなんじゃない。
自分たちが楽したいだけだ。
自分たちがいい職に就けなかったから、私をたくさん働かせるつもりなのだ。
金蔓として。
はじめてその欲を覗き見たときは、ゾワリとした。
この人たちは、私を道具としてしか見ていないとわかったときは、
吐き気さえおぼえた。
「春がお医者さんになったら、パパとママも安泰ねぇ」
「弁護士でもいいかもな。はやく親孝行してくれよ?」
いや、ね?
親孝行って、そんなふうに頼むものなの?
濁った瞳に迫られて、幼ながらよく耐えた!
と、あのころの私を褒め称えたい。
そんなわけで、家にいるのが嫌すぎて、1年ほど前からは護身術を習い始めた。
初めはあの人たちに渋られたが、勉強で学校に残り
夜道を独りで帰るリスクを話せば、了承してくれた。
まぁ、私になにかあれば、あの人たちは困るのだ。
当然だろう。
体を動かす事が少なかった私にとって、体育の授業以外での唯一の運動の場だ。
強制される体育は好きではないが、自主的に体を動かすのは嫌いではない。
習いたての頃は、連日バッキバキの筋肉痛つづきで辛かったが、
筋がいいと言われてからは、嬉しくてどんどん上達した。
ぶっちゃけ、バトルマンガの主人公の動きできたらいいなぁ~って
理由で頑張ってるのだが。
今では先生を負かすことが増えたので、よく先生を悔しがらせている。
だって、1年ぐらいで年下の女に負けるようになったんだもんね。
もちろん、先生も私の動きを学習して封じにかかるわけで、
私もどんどん新しい動きをしていく。
もはや護身術じゃない。最近は格闘になってきてる(笑)
「次は何の動き真似してみよっかな~」
もはや、数学の教科書なんて持つだけにして、
脳内で次はどうやって先生を倒そうか妄想していたら…
「なにあれ!?」
……魔法陣があった。
うん。なに言ってんだろ、私。
いや、今まで現実でそんなもんみたことないから、
あれを魔法陣と呼んでいいのか…。
とりあえず、5~6メートル先の路上に、
アニメとかラノベにでてくるような淡い光を放った円形のそれがあった。
ほぼ日が傾いている今、その光は存在をかなり主張していた。
「ふわぁぁぁあ…。すごい…」
教科書をパタンと閉じ、ふらふらと吸い寄せられるように近づく私。
「す、すごい…!
どうなってるのコレ…何かの撮影?にしては誰も何もいないな」
周囲を見渡すが、人という人は全くいない。
もっとも、暗くてあまり離れた所は見えないのだが。
「あ…、あ、やばい。触っていい?いいかな?
少しくらいならいいよね、よし、触りますっ!」
オタクにこんなもの見せておいて興奮しないわけがない。
しゃがみこんで魔法陣の端に遠慮がちに触れてみる。
――瞬間
カッ!!
まばゆい光が私を襲った!!