5話人事
今思うに、確かにあれは帝国の戦法ではなかった。
ちょっと昔を思い出していたのは偶然じゃない。パンのにおいが文章題を思い出させるように、戦法は不自然だった。
今回は結果だけ言えば、敵主力を無傷で撃破。完膚なきまでの勝利。
「説明してちょうだい!」
その功労者は何で会議室で諮問のまねごとをされてるのでしょうか。
「な、何をです?私はただ勝利に尽力したまでで……」
「旗艦を敵主砲に突っ込ませておいて、何言ってるの」
「ごめんなさい」
しらばっくれる作戦、失敗。どうも僕はジト目に弱い。
「まずは、なぜ敵の隠れてること気づいたの?」
会議室にはミナトと二人きり。通常と逆に座っているからか、少し居心地が悪かった。
良い椅子っぽいのに。
「じゃあ。なぜ敵は五機編隊だったのでしょう。対して我々は一機です」
「なぜって、駆逐艦五機が一個小隊で五小隊。何も変じゃないわ。私たち中小の規模ならこんな物よ。三分の一は防衛、ちょうど良いバランスの勝負になると向こうは思ったはず」
「でも、結果は負けた」
「私たちがでっかいの持ってったからだわ。共和国との戦いでは投入してないんだから、味方も知らないのよ。『シープドッグ』が知るわけないわ」
「なんで、投入しなかったんですか」
「序盤ではそもそも持ってなかったし、戦後覇権を握るために使えると思ったからよ」
「そこです」
びしっと人差し指を上に指した。ちょっとキザかな。恥ずかしい。
「なにがよ」
「ここは準備していた。彼らだって準備してたんです」
ぼくはミナトをやり込めた事で少し得意な気分だった。
「囮をおいて後ろから狙う。共和国の人海戦術です。ほんとにやるわけじゃないですよ。さすがにもったいない、教科書用の、たしか、リスクマネジメントの類題みたいな問題です」
今思い出したことも一つ。
「そういえば艦隊保有数に応じて課税があるんじゃありませんでしたか」
調子付いておしゃべりだったのかもしれない。
ミナトが息を呑んだかと思えば急に首をかしげつつ僕の話を食い気味に遮った。
「少し待って、レオ。じゃあ! なんで!」
ミナトが椅子を叩いた。泣き出しそうな表情だ。
固定された足はびくともしないが、音が反響してちょっと耳にいたい。
アレ?突然言葉が荒い。怒らせてしまったか。どうもこういう状況は慣れていなくて苦手だ。
とっさに謝ろうと思ったが、怒号が続かないのを不思議に思い、顔を少し上げた。
見上げると何か考え込む様子のミナト。
やっぱり調子に乗りすぎた。ここで処遇を決められるんだ。監禁はできれば嫌だなあ。船倉でさっき回収した残骸と戯れることになる。
判決を待つ間、会議室の一つだけ上質な椅子さえ酷い座り心地に思われた。
真剣な顔でこちらを見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「レオ、あなた護衛よね?」
「そうありたいですね」
「護衛はいつも対象の傍に、はべるものだわ。
近くにいる者が私に作戦を進言しても良いんじゃないかしら」
目線はほとんど動かず、僕の顔を虚ろに視界に収めているようだった。
口調はだんだん早くなり、表情は声と同じくらい硬く、心ここにあらずといった様子だ。
ぼんやりした夢でも見ている感じは僕を拾った夜を思い出させる。こちらの声も聞こえてなさそうだ。これもあのとき通り。
再度、姿勢を正す。
真意は分からないが僕はどうも懐かしさを感じていた。
あのときはどうしたんだっけ。僕はミナトに何でもしてあげたい。あの日拾われた恩返しになるなら願ってもない機会だ。
「手柄も立てられるわよ。えっと、そのうちNo.2とかにしてあげるわ。
なにもきかないから、ゆうこときくから」
小さいとはいえ会社を構えた立場からは予想できない必死さ。だんだん話し方が幼くなっている。声色も幼く感じるから不思議だ。
どうやらこの方は口説き文句を忘れたらしい。そこまでする必要があるのだろうか、部下一人に。あなたのものに。
「いい……ですね。ミナト様。やります。よろこんで」
きっとこの人は、こんなことを言ってみたかっただけだ。誰かに特別扱いを施したかっただけだ。
指令管風に飽きただけなのだ。自分が操作しないミニゲームをずっと見て来たんだ。
そりゃ、誰でも飽きるさ。
これも所詮お遊びだけど。
「そう、じゃあ、おねがい。参謀さん」
そういうことに、しておこう。
頭上をノイズが走る。放送の直前に入るあれだ。
二人の目線が頭上に向く。
「社長、社長。休戦です。休戦協定です。指令室まで来てください。
社長。休戦協定が申し入れられました。指令室までお越しください」
と言うわけで。
どうやら、『ハーバートレード』の社長の護衛兼参謀初仕事は代わり映えしない護衛のようだ。
どうせ同じさ。
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