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1話 就職しました。

帝国基地からちょっと離れた路地裏。

街灯が照らしてるのに薄暗い道だ。たぶんガレキに埋もれて通りからは見えないんじゃないかな。

そもそも、ほとんど誰も通らないけど。


餓死は行く当てもなく基地を飛び出した当然の結果だった。


占領の日から3日たってる。何も口にしていない。あー、彼のタグ以外。処理に困って仕方なく。いやお腹が空きすぎて間違えちゃった。


死体で見つかったらタグをスキャンするだろうな。過去の任務記録も調べるかもしれない。脱走兵のぼくじゃなくて今や死人の彼の過去をね。


それにしてもよく冷える。バラバラの建材と触れ合うまつげが凍りそうなくらい。これはあれだ。餓えるより凍死が先か。

体勢を変えてみる。真っ黒に塗りつぶされた天井がぼんやりした目でぼくを眺めていた。実際、目立ちまくりの灰色のお洋服は捨てたので不審者の一人として監視されてるかもしれない。


きれいな星空とかないのか? 愚痴をつぶやこうとした矢先白い点が視界にちらちらと現れた。暗くて気付かなかったが曇天だったらしい。


ドームの景色は真っ白だ。雪化粧風のドーム。雪自体は一切降ってないけど。降水と連動していないという事は、軍の誰かのおふざけって可能性が高いね。粋な馬鹿がいると思えば愉快だ。本当に、愉快だ。


あれ? せっかくの雪がぼやけて見えないじゃないか。

 

「そろそろ死ぬのかな」


「あなた、しんじゃうの?」


かすれきった声に思わぬ返事があった。頭の上から、つまり通りの奧から来た声だ。幼げな女声。ぼくはこのとき天使を想像していたと思う。死の間際に現れたらきっと誰でもそう見える。


「死んじゃったの?」


いや発言への返答じゃなくて、質問か。今度は意識的に発音してみる。少し痛いな。

音節ごとに区切って途切れ途切れに、

「ま、だ、いきて、る」

と答えた。

 しかし、天使は取り合ってくれなかった。どうも天使っぽくない天使だと思い始めたはずだ。天使は高貴で自分の声も聞き取ってくれないのかと、恨みがましい考えを持ったりもしただろう。


「そっかしんじゃうのね」


今度は質問でもなかった、独り言だ。はじめからこの嗄声を聞き取れるはずがなかったんだ。看取ってくれる人が来たと思えば、なんと幸せだろう。


「お水飲みたいの?」

パックの蓋を開く音が迫ってくる。足音は意外と重く、小さくはない。身長体重年齢は……そんなこと考えてどうする。バカバカしい。

口が無理矢理開かれた。押し込まれたノズルを押し返す気力もなくぼくは水を与えられた。

喉にしみる。あー生き返るー。気道がつまらないように嚥下し、


激痛。


ぼくの消化系が悲鳴を上げる。一気に覚醒してうつぶせになってのどを詰まらせないように気道確保という名の嘔吐。胃液も出ないのに横隔膜は胃を締め付けてくる。

無様にもそいつは意識を手放しかけていた事も忘れ生にしがみついていた。


「生きてた」


ぼくを殺しかけた下手人は華やかに笑った。多分口から体液を垂らして酷い様だったはずだ。何でうれしそうなのか、いまだに僕にも分からないことだ。本人だって分かってはいまい。


「あなたは誰の?」

ぼくはこの時、だれ? と聞かれたと勘違いして名前を答えかけたっけ。最終的には首を横に振った気がする。ぼくも何が表したかったのか、伝わったのか分からないけど。満足げだった。


「なんであなたここに倒れてるの?」


普通の質問がなんかつまらなくって、ふざけて答えた。タグを借りた彼の名を知らないのは少し残念なことに思える。


「設定では、今の僕は右腕がないからね」


吃驚した顔で視界から消える。右手に走る鈍い痛覚があって最後に困惑顔がぼくの視界に帰ってくる。困惑、今思うと失望だったのかもしれない。兄とノームの関係に憧れてたとしたらと思うと、ね。


「じゃあ、あなたはわたしのね」


これがぼくの面接だったって事になるのかな。えっと、あれの一年前のことになるね。


そして

僕は『彼女の会社』に就職したらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



―――『旧都』陥落。『旧都』陥落! 我らが帝国軍の 快進撃は続きます! 対して共和国は連敗を重ねました。

この星を落とした事は、大変に意味深い成果であります。

共和国は独立制が高いので決着は間近ながら、制圧戦に移りますが前線は常に前進を続け、次はドーム型『……


ガチャガチャ


―――帝国暦197年、共和国は帝国に対し無謀にも宣戦布告。

帝国の『首都』近郊の委任統治領だった星を奇襲。

軍備縮小義務を放棄し拡大した共和国軍は電撃戦を繰り返し資源豊富な天体を集中的に攻撃した。しかしこれはただ彼らの弱差の証明でしかなく! いたずらに自軍を疲弊させ、ついに大半を占領されるに至った。

我らが帝国軍に被害少なく、共和国軍を一方的に平定してみせたその姿は鮮やかであり……


ガチャガチャ


帝国のラジオってのはやかましい。

僕が聞きたいのは言い訳がましい戦線の状況解説でも、共和国叩きでも、軍部への美辞麗句でも、なくて今日の天気だってのに。


―――日、7時ジャストをお伝えいたします。 7時00分15秒をお伝え……。


カチッ


つまみで合わせるタイプのラジオは―――ラジオの時点で察するべきだが――古いので慎重にスイッチを切る。


だんだんと明るくなりつつある大通りで、僕はある列に並んでいた。

高い建物はもちろん低いのも少なく、斜めの日がよく入る。

水平線の向こうから太陽が昇るのを見たばかり、まだ寒い季節の朝だ。


正しく言うと、そういう映像が写ったばかりのそんな温度設定の区画にいる。

町中にある気候調整用設備は常にがんばってる。

道は舗装されておらず、ガレキは道沿いに残っているがこんな状況でも復興は進んでいた。


調節設備に向けて顔をあげると、近くの家にて洗濯物を掛けている人と目が合う。

集合団地化しているようでよく見るとどこも干し始めている様子だった。


会釈してやおら目線を前に戻す。

小春日和の予感と鮮やかなのぼりがたっていた。


最近は雨が多かったからなあ。

アンテナを取り外し腰のポケットに収める。

今日の洗濯は外に干すことに決まった。


帝国軍の占領からもうすぐ一年

本国の息がかかった傀儡政権がとりあえず今の元首である。

委任統治領として帝国本国が功績のあった企業に土地・交通の権利を貸出し見返りとしてまた出資し、という暫定統治は安定してきている。


たしかにおかげで街はにわかに活気づいた。

今は戦時下という事で配給制だがドーム型特有の豊かな収穫に支えられて復興は早い。


そういえばこの配給所は『潮汐亭』の管轄だった。今のぼりの文字が見えた。

自由競争に切り替わった時の事を考えているのかもしれない。独特な服装と少し激しいくらいの主張でなかなか好ましい強かさだと思う。


居住スペースに近い配給所のチケットが配られるから比較のしようもないけれど、今のところ不満もない品質だ。


 ゆくゆくは食堂になるのだろう建物の前。

何本かの鉄骨でテントを張った何の変哲もない配給所がある。


底面が長方形の四角錐を形作り、その下に1列の台で管理している。隣に長方形の猶予が

あるから、人が多くなってきたらこちらにもテントもたてるのだろう。


道沿いがガレキの山であるだけに周囲と比べれば目立っているかもしれない。


前に顔を戻すと列が進んでいた。

配給権を思い浮かべながら、パンを物色するべく歩みを進める。



人はパンのみに生きるにあらず、だっけ。

教科書で昔読んだ気がする。

こんないい香りの中でソレは無理だ。


 「おはよう、お兄さん。いくつだい?」


 透明なガラスの上に手を置いて記録してもらう。自分のデータが読み込まれていく。


「えっと、みっつ、ください」


柔らかな白パンを三つ、うすい紙で覆い紙袋に入れてくれる。


あれ、そういえば経費ってあるのかな。

よく聞かなかったけど大丈夫か、僕。


「どうした、浮かない顔しなさんな。この残高で貿易商勤めが懐に不安があるのかい」


なんだこの初めてのお使い。


「あ、いえ、そういうわけでは」


初対面にしては馴れ馴れしい。苦手な人だ。

そそくさと荷物を腰付けに入れてその場を離れる。


「ほな、今後ともごひいきにー」


終始笑顔の狐だった。赤と白の幅広の布が緋色の糸で縫いとめられた独特の格好で、つい目で追いそうになってしまう。ここで初めて見る人だと思う。


さて、お使い完了。


出てくるときついでになんて言われてこっちもつい安請け合いしてしまった。

うむ。

ちょっと嫌な汗が服の下にじわりと意識される。そもそもこれも会社の財産だし。


いや大丈夫さ、あのお姉さんの言うとおりだ。あんな会社がそこを渋る訳がない。


所属は警備部だから正直細かいところはよくわからないけど、

少なくとも副社長は気前がいい。


それにそろそろ商機らしいし。

いまは好機だとか何とか。


本来街を歩いていたはずの人々は兵士に怯え、

新参者同士のさや当てが雑多な空気を醸造している。

街頭では怪しげな宗教を流布したり企業批判があったり。

通りをかける子らは混血でよりいっそう様々の容貌だ。

おお、角はシンメトリィじゃない方が意外といいな。


何かを始めるのはきっとこんな時がふさわしいのだろう。

ほらたぶん大丈夫だ。


あれ? 僕、配給所で務めの話なんてしたっけ。


ドンッ


止まりそこねて子供とぶつかってしまった。正面衝突だ。

手には売り物と見える、小さな、刃物が、


「――あのガキども、どこいきやがった!」


首に伸ばしかけていた右手を咄嗟に背中へ回し抱き上げた。

突然のことに反応しきれないでいる小さな泥棒を荷物のように抱え、その手から包丁を抜き取って道を逸れる。


「よくあんなとこから盗ろうと思ったな。おまえ、呆れるを通り越して感心だ」


 通りでよく見かけた光景でこそあれ、関わりたいと望んだ事はない。通りを静かに右に折れる。集合住宅に紛れる形だ。

 

 もう持っちゃったし放り出せない。


諦めて持ち直すと、左手に違和感を覚えた。何か巻いてあるようだ。


……。

…………。

「ああこれ女の子?」 





右頬の二三本の傷を手でおさえながら走り去る少女の背中を眺める。

最初に爪を切れば良かった。

結局、彼女は包丁をおいて、一目散ににげていった。


「なんだったんだ?」

腹立ち紛れに包丁を投げ捨てる。お、キレーにガレキに紛れた。


はあ。


ちょっと遠回りすることになってしまった。

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