私はもうずっと話している
私はもうずっと、彼とここで話している、このオレンジ色の照明が店内にともって、人々の話声の錯綜するうちで。店の出口を背後に向かいの席に座っている彼は、緊張はしていない様子だけれど、私をおいそれと近づけようとしない空気を出していて、人間はこうして他者との関係を統制するのだな、と思う。言葉にしなくとも、しぐさや空気、まばたきひとつですら、ひとはひとがどうふるまうべきかをさとらせる事が出来る。
私「つまり、あなたは最初からなにも私にもだれにも求めていなかったんだね」
彼「そうだね」
私「たとえば、一緒に美術館に行った時、あなたは急にいなくなって、私がそれに対して『やめてほしい』と言っても、あなたは反省のそぶりすら見せなかったけど、私が自分の部屋であなたと食事をし終えて席を立つ事を、あなたは『急にどこかにいこうとしないでほしい』と私に言った事があったね。あれはじゃあ、愛情でもなく?」
彼「そう、愛情でもなく」
私「・・・・・・」
彼「・・・・・・」
私「嫉妬?」
彼「・・・・・・」
私「私はね、あなたのそういうことにとても苦しんできたの、自分だけが不利にあなたを愛するよう、あなたから強いられていると思うように、いつのまにかなっていった。あなたは、私があなたを求めるようには、私を求めなかったから」
彼「あなたの望みはなんだったのか、俺にはわからない。あなたの10にはなれない、ただそれだけだ」
私「私は、ただ、『お互いに求めあえたらいいな』と願っていただけなんだ。けど、あなたはそれにはちっとも関心を持たなかったし、気付きすらしなかった」
彼「あなたは10か0だ。そういう無限の要求に俺は答えられない。俺はなにも求めてないから」
私「あなたはそうして『なにも求めない』ということを相手に求めていたんだよ」
彼「・・・・・・」
私「無限の要求を相手にしたのは、あなたじゃない」
彼「俺もやり方によっては、あなたの思い通りだったんだよ」
私「そうだろうと思って、私なりに頑張ってあなたを求めてきたんです、あなたに負けないように。けど、最初から、あなたは私をなんだと思っていたのかというつかのまの疑問にいつしか負けるようになりました」
彼「そんな弱い人間はいらないんだよ、俺は強くないから」
私「そういうときだけ、自分が弱い事を告白してくる。弱いなら、求めたらいいじゃない。なのに求めない。私はずっとあなたに放棄されていた、待っていたのに。それでもずっと、待っていたのに。求めないなら、最初からひとを好きだと言って、恋人になんてなろうとしないでよ」
彼「それはあなたには関係のないことだね。俺が誰を好きになろうと」
私「そうやって、これまでもひとを好きになっては、消耗品みたいに捨ててきたんでしょ、どれも2年くらいで実りもなく終わっているのは、なにもあなたの若さだけによるものじゃないと思うよ」
彼「あなたには関係ない!」
私「じゃあ、なぜ、・・・・・・私に嫉妬なさったんですか、求めないのを徹底したのは、嫉妬からだったんじゃないんですか、女性というもの一般に対する嫉妬心。ルサンチマンと言ってもいい。あなたは好きになった相手をそうして殺してきたんでしょう、そういう生き方をこれからもするんでしょう、『無関心な所作で男を惹きつけることが全然足りない、女に所作はほとんどいらない』って私に言ったのだって」
彼「あなたが『悪いところはどこだったか』って聞いてきたから、虚心坦懐答えただけだ」
私「そう、相手が自分の罠にひっかかって殺されにきたから、絶好の機会を得て虚心坦懐殺した」
彼「やれやれ、もう済んだ事なのに。だからあなたに会いたくなかったんだよ」