第31.5話 勇者サイドストーリーその4
勇者サイドの話になります。勇者サイドの話は基本的に伊藤視点での話になります。
俺は屋上へとやってくる。そこには誰の姿もないが、だからこそ俺にとっては心地良かった。
俺はいつもの定位置になりつつある場所に移動し柵に体を預け、そして空を眺める。こうして空を眺めている時間が最近好きになった。たまにアニメとかでこんな風に黄昏ているキャラがいるがこんな感じなのかもしれないな…
「やっぱりここだ…」
ドアの開く音が聞こえだと思ったらそんな声が聞こえてくる。その声の主が誰なのか顔は見なくても声でわかった。
前までは1人だった筈なのに最近よくこの場所にいるようになった少女…白波 愛好だ。
「俺がクラスに居ても…いや、正確にはまだ居ない方がいいからな…」
俺は自分への中傷を交えてそう言う。白波だったらなんて言うだろうか?優しい彼女のことだからきっと最初は言葉に詰まる…かな?
「それは…」
やっぱりかと俺は頭の中で苦笑する。だったらと俺は考えていた言葉を口に出そうとするが…
「そんなことないですわ!」
「おわっ!?」
予想していない人物の声が聞こえ思わず変な声を出してそちらを見てしまう。
「ウ、ウェルナも…いたのか」
「いましたわよ!」
俺の言葉に対して不機嫌そうな顔で彼女は答える。
彼女の名はウェルナ・ボーシュリクス。肩ぐらいまでに伸びた髪と頭の片側につけられた花飾りが似合う可愛い女の娘である。つーか美少女。
俺や白波と同じクラスに在籍しており、ボーシュリクスという国の…まぁ王女様である。
「人と話す時は相手の目を見て話しなさい…つまり悪いのは伊藤…」
そして追い討ちをかけるように白波の言葉が放たれる。
「あぁそうだよ、俺が気がつかなかったのが悪かった!だからウェルナも機嫌を直してくれ…」
俺は自分の非を認めウェルナにそう言うが…依然ウェルナは不機嫌そうな顔をしている。
「イトウ、私は別に私の存在に気づかなかったから怒ってませんのよ?貴方がクラスに居ない方がいいとそう言ったことに対して怒ってますの!」
どうやら俺は謝るポイントを間違えたらしい…というかウェルナは俺の皮肉を本気で考えていたのだろう。
だとしたら…本当に悪いことをしたな…
「すまん、ウェルナ!俺が悪かった!」
俺は頭を下げ素直に謝罪する。
「わかればいいですわ!」
どうやらウェルナは許してくれたようだ。
「それで?どうしてウェルナもここに??」
俺がウェルナにそう尋ねるとウェルナはそうでしたわ!と本来の目的を思い出したようで俺の質問に対しての理由を述べる。
「私…本日から一度、ボーシュリクスへと帰らねばなりませんので…イトウに挨拶をしにきたのですわ」
「あー…父さんが国王に即位するための即位式だっけ?」
俺がウェルナの言葉を聞き、それから記憶を探り言うとウェルナはそうですわ!と答えてくれた。
「ですから…帰る前に皆さんに挨拶をして回っていたのに…」
「伊藤がクラスからいなくなるから…」
「おい白波。いや、そうだな聞いてる限りじゃ俺が悪いな…」
「いいんですの…こうして挨拶できたのですから問題ありませんわ」
そうか…ウェルナには心配かけさせてばっかだな俺。
それにしても…
「ボーシュリクスかぁ…」
俺は思わずそう呟く。すると俺の言葉に白波が反応する。
「確か…それっぽい人ならいたって…でも…」
「勇者の職業を持ってない、ただのシュナスティーブの出身者…だったんだよな…」
そう、この世界ははるか昔にも日本人の召喚を行っているのだ。そしてその召喚された日本人はたくさんの功績を残し、英雄や勇者として人々に語り継がれた。
そしてその英雄の血族が多いのがシュナスティーブという国だ。人口の3割近くが少なからずそのの血を引き継いでおり、特徴は名前が日本人っぽい名前であることと普通の人より優れたステータスを持っていること。
つまり、この世界では珍しい部類ではあるが貴重とまではいかない存在でもある。
実際この学校にもシュナスティーブ出身者で英雄の血を引き継いでいる者が知ってる限りで2人いる。
会おうと思えば会える存在という、少し昔に流行った某アイドルグループみたいな存在なのだ。
「しかもすぐに姿を消したっていうのが…シュナスティーブ出身者の特徴らしいしな…」
「その…すみませんですわ…」
しまった!愚痴り過ぎた!
「い、いやウェルナが謝ることじゃないし!」
「そうだよウェルナ、悪いのは全部伊藤だから…」
「それはちょっと違う気がするんですけどねぇ!!」
俺は白波の言葉に対してツッコむが…それが良かったのかウェルナは笑いだす。
「アハッアハハッ!やっぱりお二人はとてもおもしろいですわ!イトウとアイスのおかげで私、復活しましたわ!」
そう言ってウェルナは腰に手を当てて胸をはる。シュピーンという効果音が鳴りそうなほどで、見るだけで元気さを取り戻したのがわかった。
ただウェルナは顔の表情を暗くし、でも…と呟く。
「だからこそ赤乱祭に出れないのは残念ですわ…」
「事前に学園にいない者は赤乱戦の参加資格なし…だもんね…」
赤乱戦、または赤乱祭というのは…このジョーダー学園のイベントの1つである。初等部、中等部、高等部、一般参加者に別れランダムに選ばれる競技・ルールの中で誰が1番かを競い合うものだ。
基本的に学園に在籍している者は参加権が得られるのだが…事前演習があり、それに必要最低数参加しなければならない。
ウェルナがボーシュリクスに向かい即位式を終え帰ってくる期間、これがその事前演習と被ってしまうのである。
ちなみに…これは昔からの規則であり過去一度も例外が認められなかったものなので、どう頑張っても無理なものなのである。
「在籍してるから一般の参加もできないしな…」
「できたとしても、さすがに参加しませんわよ。イトウやアイスのような勇者でもないですし、そんな学生と一般なんて差がありすぎますわ…」
「正直…私達でも無理…」
白波の言葉に俺も苦笑して肯定する。一般参加者、つまりは制限がないのである。誰でも参加ができるということはどれだけ強い者でも参加ができるということだ。
それこそSランクの冒険者だって少なからず参加するのにどうしろというんだ…っていうのが現状だ。
「それに…前回の優勝者ってSSランクの冒険者なんだろ…?」
「そうですわ!明水のアルカディネと呼ばれる方で、水魔法を得意とするお方ですわ!」
「Sランクでも勝てないのに…その上なんて鬼畜…」
「そうだな…でも…」
白波の言葉に同意するが、笑いながら俺は思っていることを口に出す。
「いつの日か勝てる存在になりたいな…つーか、なる!」
俺の言葉に白波とウェルナはキョトンとした顔をするがすぐに2人とも顔を綻ばせる。
「そうだね…私もそうなりたい…」
「イトウさんとアイスさんなら絶対なれますわよ!そして私も目指しますわ!」
俺達は笑い合いながらそんな願望を屋上で言い合う。
そして俺は気づく、この世界に来てからセンヤ関係でない目標を立てていることに…だから同時に理解する。
俺はやっぱり異世界に憧れていたんだなぁ…と、そしてそれはセンヤがいるからとかじゃなくて純粋な本心から思っていることなのだと…だとしたら…
俺は俺でこの世界を楽しむことにしよう!
そう、センヤのことを探すには探す。だけどそれは楽しみながらだと俺は決めたのだ。
そして、思い返せば転移された頃はそう考えていたはずだったのにな…ということを思い出す。
俺は後ろを向き屋上からの景色を眺める。そこには日本では見ることのできない景色が広がっていた。それを実感し考えると心の底からテンションが上がっているのがわかった。
伊藤 秀馬はこの日、この世界のことを心の底からおもしろいと思えたのだった。
あれ?もうボーシュリクスに行っちゃうの?出会っちゃうよ?と思った方がいるかもしれませんが…基本的に私はすれ違いなようなものがあまり好きではなくて…会えるならさっさと会えや!と考えるタイプの人ですので…こういう展開になってしまいました。




