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リュディガーのお客様

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

<針と紡糸>にハルトヴィヒがやって来ます。


92リュディガーのお客様


 店のドアが叩かれ、マリアンはカウンターの後ろにある扉付きの棚から振り返った。

 この棚は開店している時は折り畳む様に扉を開けておけ、棚板に並ぶ毛糸や編み針、布見本の束が客に見せられる。閉店している時は扉を閉じ、中に何があるのか解らなく出来る。

 カウンターで見えない下の段には、木箱に入れた毛糸や、コサージュに使う糸の束を置いていた。

 年末年始の休みでも、何かと手を動かしてしまうマリアンは、既製品として売る手袋や靴下を編もうと、毛糸を物色中だった。

「はーい」

 棚の扉を閉め、出した毛糸をカウンターに載せ、マリアンはドアに向かった。

「どちら様?」

 閉店中は相手を確かめる。ここは女所帯なのだ。

「ハルトヴィヒ・ヴァイツェアだ」

「は!?」

 何故ヴァイツェア公爵がリグハーヴスに居るのだと思い掛けたマリアンだったが、リュディガーの兄がハルトヴィヒだった。

 妾になるのを断った手前、余り会いたくは無いが仕方がない。マリアンは掛け金を上げて、ドアを開けた。

「……どうぞ」

「事前に連絡せずに済まない」

「いえ」

 ハルトヴィヒはマリアンを見て、眩しそうに目を細めた。

 休みの日のマリアンは癖の無い長い白金髪プラチナブロンドを緩く三つ編みにして、左肩から胸に垂らしていた。着ている物も襟元の釦を1つ開けた白いシャツの上に、太股の半ばまで長さがある細い毛糸で編んだ深い緑色(グリューン)のセーターだ。細い脚には、四領では人気のデニムで作られた細身のズボンを履いている。マリアンは白い生地を使っていた。他で見た事が無いので、自分で作ったのだろう。冒険者なら、汚れが目立つ白ではズボンは作らない。

 ぱっと見、それなりに身長はあるが華奢なマリアンは、充分女性に見えた。うっすらと匂い立つ色気がある。

 髪を編んでいるので露になっている耳朶には、魔銀性の金具に澄んだ緑色の魔石が嵌まった、ピアスが小さく光っていた。

「ヘア・リュディガーは二階です。こちらに」

 カウンターの客からは見えない角度にあるドアを開けて支えるマリアンの左手薬指には、木製の指輪があった。

 木製の指輪は、森林族が大切な人に贈る物だ。おもに恋人に。

(随分護りの力が強い指輪だな……)

 一体誰がどこの木を使ったのか。ハルトヴィヒは疑問に思いながら、階段を上がった。

「げ、兄さん」

 二階の居間で、ソファー前のラグマットの上に胡座あぐらをかき、紙を広げて木工細工をしていたリュディガーは、ハルトヴィヒの顔を見るなりナイフを細長い木箱の中に入れ、慌てて立ち上がった。

「うわ……」

 立ち眩みを起こしふらつき、マリアンに支えられる。

「リュディガー。急に立ち上がるなって、ドクトリンデ・グレーテルに言われているでしょ」

「だって驚いちゃって。何で居るの、兄さん」

「弟が怪我で寝込んだと聞けば、普通は見舞い位来るだろう。帰ろうと思えば魔法使いギルドの転移陣マギラッドで帰って来られるのに、帰って来ないのだから」

 ぐしゃぐしゃとハルトヴィヒに髪を掻き回され、リュディガーは面倒臭げに答える。

「帰ったら余計具合が悪くなるよ」

「当たっていると言えなくもないな。ローレンツがお前の見合いを企んでいるからな」

「やっぱりね」

 リュディガーはラグマットに座り直し、木の削りカスを集めて紙を畳んだ。ナイフや彫刻刀の入った木箱や、彫り掛けの細工と一緒に、テーブルの下の籠に入れる。

「どうぞ、お掛け下さい」

 マリアンはハルトヴィヒにソファーを薦めた。台所からアデリナがお茶を運んで来る。

「身体の具合はどうなんだ?」

「雪解けまでは療養しろって、姉さんに言われてる。それからはリグハーヴスを拠点にするつもり」

「何だと?どういう事だ?」

 リュディガーは隣に居るマリアンにチラリと視線を移す。

「マリアンと婚約したから。昨日女神教会に届け出を出して来た」

 月の女神シルヴァーナ教会は年中開かれているのだ。元日はお参りに来る住民が居るので、当然開いている。

「……先に私に知らせ様と思わなかったのか?」

「だって手続き前に知らせたら、知らない誰かと勝手に婚約させられるかもしれないもの。ローレンツならやりそうだからね」

「それは……」

 否定出来ない。ハルトヴィヒは膝の上で、両手の指を組んだ。

「リュディガー、お前は知ってるのか?その、マリアンは私の妾候補だったと」

「そして兄さんがマリアンにフラれたのは聞いているよ」

「やれやれ、ローレンツなら大反対するだろうな」

 言わば、ローレンツはハルトヴィヒ達兄弟のお目付け役と言った所なのだ。

「兄さんは反対するの?」

「いいや。お前の人生だからな。私達森林族は寿命が長い。共に居るなら好きな相手と居るのが幸福だろう」

 リュディガーがホッとした顔になる。

「良かった。反対されたら絶縁しようと思ってたから」

「とんでもない事を言うな、お前は」

「割り切りすぎよ、リュディガー。そこまでしなくて良いのよ」

 ハルトヴィヒだけではなくマリアンも溜め息を吐く。

「では、フラウ・マリアンの指輪はお前が贈ったのか」

「そうだよ。王様ケットシーに木の枝貰ったから、それで作った」

「王様ケットシー?」

「あれ?話してなかった?俺、王様ケットシーに<祝福>貰っているんだ。次代に王位を譲った後は、俺の所に来るみたい」

 それは、王様ケットシーに憑かれているのではないのか。

「……ローレンツがそれを聞いていなくて良かったな」

 聞いていたら、既に何処かの準貴族と婚約させられていたかもしれない。ローレンツは木の精霊(エルム)と親和性の高いリュディガーを、ヴァイツェアに留めるべきだと、ハルトヴィヒに何度も進言していたからだ。

 これで、王様ケットシー憑きだと知ったら、領地の準貴族と共に更に色めき立つだろう。

「マリアンは王様ケットシーが来ても平気だった?」

「ええ、勿論よ」

 マリアンはケットシーが好きだ。王様ケットシーが王座を譲るのはいつか解らないが、楽しみだ。

「来てくれたら、服を作ってあげなくちゃね」

「王様は俺の腰丈だから、大きいよ」

「あら、そうなの?」

 じゃあ肉球も大きいのかしら、とマリアンはわくわくしてしまった。

「所で……」

 ハルトヴィヒは咳払いした。

「リュディガー、お前には先に教えておこう。エデルガルトの息子が見付かったのだ」

「エデルガルト義姉(ねえ)さんの?え、だって産まれて直ぐに亡くなったんじゃないの?」

「誘拐されていたんだよ」

「まあ、何て事」

 マリアンは口元を手で覆った。

「お前も長い事エデルガルトに会っていないから気付かなかったのだろうな。<Langueラング de chatシャ>のイシュカ、あの子が私とエデルガルトの長男だよ。エデルガルトの容姿と私の目を継いでいたよ」

「確かに平原族にしては鮮やかな緑色だったけど……」

 混血の場合、産まれる子供は必ず母方の種族になるが、目の色は父方に似る事が多い。

 イシュカの目が森林族の父方から受け継いだと言われれば、納得だ。

「イシュカが俺の甥なのかー」

 歳上の甥が増えた。実はリュディガーは余りハルトヴィヒの正妃の息子と折り合いが良くない。数歳上の甥は、リュディガーを子供扱いするからだ。年齢が若かろうとも、本来は許されないのに。

 だが、イシュカは歳下であろうとも、リュディガーに敬称を付けて呼んでくれる。

(でもイシュカになら敬称を外して貰おう)

「マリアンは叔母さんになるのかな」

「う……、叔母さん呼びは辛いわね」

 イシュカなら今まで通りにフラウ・マリアンと呼びそうな気がする。

「イシュカに継承権を与えるし、お前の婚約報告もあるしで、私がヴァイツェアに戻ったら暫く領地はごたつくだろう。落ち着くまではこちらでゆっくりしていろ」

「うん。兄さん、イシュカを誘拐したのって……」

「間違いなくローレンツだろう。父上にも報告してどうするかは決めるが、私はもうローレンツを信じる事は出来ん」

「うん……」

 ハルトヴィヒの気持ちは、リュディガーにも痛い程解る。子供の頃から近くに居た執事だが、だからこそ許せない。

「フラウ・マリアン。リュディガーを宜しく頼む」

「はい。ふつつかではございますが、弟君と共にある事をお許し下さい」

「まだ子供だ。手綱を握っていてくれ」

「承知致しました」

 笑い合う二人に、リュディガーは少しむくれてしまった。

「子供扱いするし」

「仕方があるまい。幾つになってもお前は私の可愛い弟だ」

 再びリュディガーの髪をぐしゃぐしゃと乱して、ハルトヴィヒは帰って行った。


 年始の休みが開けたヴァイツェア公爵領に激震が走る。

 二十余年余り前に死んだ筈のハルトヴィヒ・ヴァイツェア公爵の長子が生存の報と、その誘拐犯として領主の執事ローレンツの名が挙げられたからだ。

 ローレンツは先代公爵の元で、監視幽閉される事となり、協力者の元侍女も捜し出された。

 側妃エデルガルトの息子イシュカには、長子であるがこれからもヴァイツェア公爵領には居住しない事から、第二位の継承権が与えられた。

 そして、ハルトヴィヒの末弟リュディガーの、マリアンとの婚約が発表された。

 ヴァイツェアの準貴族からは平民のマリアンをリュディガーの正妃とするのに不満の声も上がったが、ハルトヴィヒは頑として受け付けなかった。

 幽閉を解かれたエデルガルトは、時々魔法使いギルドの転移陣を利用し、リグハーヴスの<Langue de chat>に遊びに来る様になった。

 エデルガルトは泊まり掛けで訪れる時もあり、執務でヴァイツェア公爵領を中々離れられず、イシュカに会えないハルトヴィヒを悔しがらせるのだった。



リュディガーは暫くヴァイツェアに帰っていなかったので、ハルトヴィヒに王様ケットシーの事は内緒にしていました。

女神に聖約で婚約をすると、第三者は解約出来ません。

リュディガーはイシュカの年下の叔父になります。

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