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王都の新年祝賀会

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

新年祝賀会の裏では王と四領公爵の密談中です。


90王都の新年祝賀会ノイヤァフレヤァ


 大晦日ズィルヴェスタァはひっそりと過ごす黒森之國くろもりのくにだが、年が明ければそれなりにお祝いをしたりする。

 その故に暮れ近くには酒を買い込む者も居る位だ。年末年始、店が開いていないので、自宅で友人を招いてお祝いをする為に。

 仲間内でお祝いをする平民達とは異なり、王都それも王宮の新年祝賀会ノイヤァフレヤァはれっきとした行事である。各地の公爵や上級準貴族、黒森之國に赴任している各國の大使が、王宮の大広間にて王に新年の挨拶をしに訪れるのだ。

 例年の如く午前中いっぱいを使い形式に則った新年の挨拶の儀の後は、舞踏室にて挨拶に来た準貴族達が同伴して来た家族も交えての、立食とダンスが催される。

 年頃の息子や娘を持つ者は、こう言った社交界で結婚相手を模索するのだ。勿論本人達も地位と人柄の好みを確認出来るまたとない機会でもある。

 そんな楽しげな宴の最中にも関わらず、王と王妃、四領の公爵は、防音された部屋に集まっていた。

「昨年末の〈黒き森〉密猟者の件だが、あの者の自白はそなた達にも同席して貰った通りだ」

 騎士の身分を持つ冒険者ロホスが、〈黒き森〉でケットシーを狙ったと思われる密猟をした事件だ。

 ロホスは王宮に連行され、自白剤による取り調べを受けた。

 驚いた事に、王妃のお茶会に居たカサンドラの侍女が、王妃とカサンドラの会話から「カサンドラがケットシーを所望だと」自分の親であるフィッツェンドルフの準貴族に伝え、その準貴族に〈木葉このは〉として仕えていたロホスが命じられて、〈黒き森〉に罠を仕掛けたと言う。

 カサンドラの侍女及びロホスは聖都の修道院送りに、侍女の親は免職の上で準貴族位剥奪になった。

 マクシミリアン王からその後の次第を聞かされた後、美麗な黒髪の森林族であるハルトヴィヒ・ヴァイツェア公爵が口を開いた。

「その事件の被害者ですが、私の末弟だと判明しました。弟から精霊ジンニー便が年末に届いたのです」

「弟君は雪解けまでリグハーヴスで療養した方が良いと、魔女ウィッチグレーテルが申しております。まだ完全に床上げはされておられぬ様です」

 アルフォンス・リグハーヴス公爵は年末にグレーテルから送られた精霊便で、リュディガーの状態と共にヴァイツェア公爵の弟だと聞かされていた。

「魔女グレーテルは私達の大叔母ですから、彼女の元に居るのなら安心ですが」

「いえ、ヘア・リュディガーが居られるのは〈(ナーデル)紡糸(スピン)〉ですよ。フラウ・マリアンの仕立屋です」

「フラウ・マリアン?それは……女性ですか?」

「ええ」

 リグハーヴスではマリアンは女性扱いなので、アルフォンスは他意無く肯定した。因みにマリアンと言う名前は男女で使える名前だ。

「しかしのう、フィッツェンドルフの。最近はそなたの領での不祥事が多過ぎやしませんかのう」

 採掘族にしては大柄のコンラート・ハイエルン公爵が、長い白髪混じりの眉毛の下から、じろりとヴィクトア・フィッツェンドルフ公爵を一瞥する。

「それは……」

 過重積載をしていたのはクラインシュミット商会だし、密猟を命じたのはフィッツェンドルフの準貴族であってヴィクトアではない。それで責められるのは不本意と言うものだった。

 しかし、領内での業者を管轄するのも、配下の準貴族の動きを知るのも、領主の務めだ。

「ヴィクトア、人の命はうしなえば取り戻せぬのだ。そなたの領地は領民が多い。だからこそ、取り締まりは厳重に行って貰わねばならぬ。賄賂の取り締まりもだ」

 フィッツェンドルフでは賄賂を渡して取り締まりを逃れようとしている業者もあると、王宮の〈木葉〉から報告が上がっている。

 賄賂の上前は上へ上へと手渡されるものだ。遠回しにヴィクトアも賄賂を受け取っていないか?と問われているのと同じだ。

 ヴィクトアは「御心のままに」に返答するしかなかった。

 冷たい水の注がれていたグラスから水滴が伝う頃、会議はお開きとなった。

「舞踏室にて楽しまれよ」と言うマクシミリアン王からの言葉に、コンラートとヴィクトアは先に部屋を出て行く。

 コンラートは供される酒が楽しみなのだろうし、ヴィクトアはまだ何か言われる前に退散したのだろう。

 ハルトヴィヒは温くなった水を飲み、コップの水滴で濡れた指をハンカチで拭いた。

「あら?その刺繍……」

 今まで黙って王の隣で会議の成り行きを眺めていた、王妃エレオノーラが声を上げた。

「どうかなさいましたか?王妃様」

「ハンカチをお見せ頂いても宜しくて?」

「構いませんが……?」

 侍女に手渡し、ハルトヴィヒのハンカチが王妃の手に渡る。エレオノーラは白いハンカチの刺繍をじっと見た。

 青い小鳥とピンクと白の特徴的なブルーメの刺繍だった。以前見た刺繍と刺し手が違うし、こちらの生地の方が上等だ。

(でも、同じ図柄だわ)

 自分も刺繍を刺す者として、見間違えたりはしない。

「ヘア・ハルトヴィヒの紋章は〈(アドラー)麦穂(ヴァイツェン)〉ですよね?こちらの図柄はどなたが刺されたのですか?」

「私の側妃です。彼女の家の柄で、好んで刺繍しています。平原族なのですが心を患っておりまして、この度も連れて来ておりません」

「そうですか……。彼女の親族は他にも居りまして?」

「いえ、彼女が最後の一人ですが、何かございましたか?」

 エレオノーラは束の間考える素振りを見せてから、ハルトヴィヒに目を戻す。

「わたくしはこの図柄を家の柄として持つ者を存じておりますから、もしやヘア・ハルトヴィヒの奥方様の親族かと思ったのですわ」

「まさか。同じ柄を持つ家は無い筈です」

「わたくしがこの柄を見たのは最近なのです。とあるケットシーがあるじの家の柄だと、ハンカチに刺繍をしていました」

「刺繍するケットシーと言うと、ヴァルブルガですか?」

 刺繍、と言う単語で思い付いたのか、アルフォンスが 首を捻る。

「そうです。あの子が持っていました」

「ヴァルブルガの主はイシュカですが、私はヴァイツェア公爵の奥方を存じ上げないので何とも……」

 双方を知っていれば、似ている箇所を見付けられるかもしれなかったが。

「年の頃は?髪や目の色は何色ですか?」

 ハルトヴィヒは椅子から立ち上がって身を乗り出した。

「イシュカの髪は赤みの強い栗色です。眼はヴァイツェア公爵位鮮やかな緑色グリューンですよ。歳は二十歳過ぎだと思います。リグハーヴスの街で<Langueラング de chatシャ>と言うルリユールをしています」

「何て事だ……」

 ハルトヴィヒは呆然と小さく呟いてから我に返り、エレオノーラからハンカチを受け取った。

 マクシミリアン王に向き直り頭を下げる。

「申し訳ございませんが、本日はこれで失礼致します。それと魔法使いのトラム転移陣マギラッドを使う事をお許し下さい」

「許す。塔には魔法使いジークヴァルトが居る筈だ。精霊便を送れば塔を開けよう」

有難うございます(ダンケシェン)

 ハルトヴィヒは姿勢を直し、アルフォンスの肩を叩いた。

「近い内にリグハーヴスに行きます」

「ええ、どうぞ」

 どうぞ、とは言ったが公爵自ら他領に来るのは珍しい。魔法使いギルドに特別に転移陣を使わせて貰えば、雪などは問題にならずに来られるだろうが。

 足早に部屋を出て行くハルトヴィヒを、気迫に押されたアルフォンスは見送るしか無かった。


御前ごぜん、お早いお帰りで。奥方様と若君はどうなさいました?」

「馬車で帰って来る」

 護衛騎士を二人だけ連れて邸に帰宅したハルトヴィヒを、執事ローレンツが迎える。ローレンツは先代の時からの執事だ。ハルトヴィヒの父親は引退した後、ヴァイツェアの森の中にある別邸で夫婦で暮らしている。

「ローレンツ。フラウ・マリアンと言う仕立屋に記憶はあるか?」

「フラウ……ではなく正確にはヘアでしょう。御前の妾にと候補になりましたが、候補から外れた後、リグハーヴスに移住していますよ」

「やはりそうだったか。どうやらリュディガーを預かっているのはマリアンの様だ」

「何ですと?リグハーヴス公爵も、何故あの様な者にヘア・リュディガーをお預けに……」

 ローレンツが眉を潜める。

「リグハーヴスでは、マリアンは女性として受け入れられているのだ。彼女はきちんとした人だよ、ローレンツ」

 自分が認められないからと言って、敵愾心を持つのはおかしい。

 マリアンは妾になるのを断ったが、公式には候補から外された事になっている。

 ヴァイツェア公爵はヴァイツェアの森の王であり、民は王の傷になる事象を認めたがらない頑固さがある。

「ヘア・リュディガーにも早くお帰り頂かないとなりません。お見合いの日取りの予定がありますから」

「それはリュディガーに聞いてからだ」

「良いお話ではありませんか」

 リュディガーにはヴァイツェアの準貴族の娘との縁談が持ち上がっている。しかし、本人が中々帰らないので、見合いが出来ないのだ。冬には帰るかと思えば、怪我で戻れないと連絡が来る始末だ。

「エデルガルトの離れに行って来る」

 ハルトヴィヒは外套をローレンツに押し付け、邸の奥にある離れに向かった。木々や清楚な花が年中咲く庭に面した離れは、ハルトヴィヒの側妃エデルガルトの居室だ。

「お帰りなさいませ、御前様」

 離れのドアを開けたハルトヴィヒに気が付いた、エデルガルトの侍女が軽く膝を曲げて頭を下げる。エデルガルトが嫁いで来てからずっと仕えている森林族の娘だ。家族の居なかったエデルガルトには、ハルトヴィヒの方で侍女を付けたのだ。

 エデルガルトは最初妾だったが、子を妊娠したので側妃になっていた。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 居間に入ったハルトヴィヒに、ソファーから立ち上がったエデルガルトが微笑む。

 平原族のエデルガルトは三十の半ばになるが、まだ二十代にも見える。森林族の家臣達が妾に認めただけに、美しい女だった。

 赤みの強い栗色の髪はきちんと結われ、まとめられている。ハルトヴィヒを見詰める瞳は茶色にも緑にも見えるヘイゼルだ。

「旦那様、わたくしの坊やは見付かりまして?」

 ハルトヴィヒに会って二言目には、エデルガルトは必ずこう言う。

 エデルガルトは正妃と同じ日に息子を産んでいたが、産まれてまもなく息子を亡くしていた。しかし、エデルガルトは頑として息子が死んだ事を認めず、心を病んだとして離れに追われる身になったのだ。

 息子達が産まれた時、ハルトヴィヒは王都に出掛けていた。ハルトヴィヒが邸に戻った時には、エデルガルトの息子はローレンツが教会キァヒェへと運び、荼毘に付されていた。

 エデルガルトの言い分も解る。彼女は死んだ息子を見る事無く、葬儀にも出られなかったのだ。息子の死を認めたく無いのだろうと思っていた。

 今までは。

「エデルガルト」

 ハルトヴィヒはエデルガルトの手を取った。

「はい、旦那様」

「旅行に行こうか。リグハーヴスの雪を見せてやろう」

「リグハーヴスは雪が深いと聞きますわ。寒いのでしょうね」

「暖かくして行けば良い。魔法使いギルドに転移陣を使わせて貰えば直ぐだ」

 リグハーヴスの街は地上に出て来ている冒険者で宿屋は一杯だろう。だが、改めてアルフォンス・リグハーヴス公爵に頼めば、邸に宿泊させてくれる筈だ。


 どうしても、確かめなければならなかった。



新年の王都では王公爵達で密談というか報告会です。

なにやらイシュカの刺繍について、思う所ありな人が……。

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