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大魔法使いと弟子

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

お時間がございましたら、どうぞ一休みしていかれませんか?


9大魔法使いと弟子


 黒森之國くろもりのくにでは魔法使いと呼ばれる者達が居る。

 精霊ジンニーに愛され、彼等から力を借りられる能力を生まれつき持つものだ。

 生活魔法だけを修め、魔法使いにならずに生涯を終えるものも多いが、魔法使いの徒弟となり修行をする者も少なくない。

 魔法使いは総じて魔法使いギルドに所属する。各街にギルドの支部が置かれ、本部は南西の街ヴァイツェアにある湖の中の小島に建つトラムにあった。

 北東の街リグハーヴスの魔法使いギルドは、冒険者ギルドの別棟にある。リグハーヴスには〈黒き森〉の地下迷宮ダンジョンがあり、魔法使いの出入りは多いものの、定住者は少なかった。

 リグハーヴスの街には、地下迷宮からもたらされる素材の加工をする職人や、商店の支部が多いのだ。ダンジョンへの最後の装備を整えられる場所として、武器や防具を扱う店や薬屋も多い。リグハーヴスのものは質が良いと、多方面から買いに来る冒険者も居た。


「クロエ、久し振りね」

「マイスター・フィリーネ。お久し振りです」

 森林族のフィリーネは魔法使いギルド本部のギルド長であり、現在の黒森之國唯一の大魔法使マイスターいだった。精霊から負担なく力を借りられる森林族は長命種で、魔法使いの素質がある者が産まれやすい。

 森林族は明るいプラチナブロンドが多く、耳が尖っているのが特徴だ。

 いつもは魔法使いギルド本部に籠っている事が多いフィリーネだが、時々は支部の視察に出掛ける。今回は弟子のクロエがギルド長をしている、リグハーヴス支部の番だった。クロエも森林族だ。

「最近何か問題は無かったかしら?」

 クロエの執務室のソファーに腰を下ろし、フィリーネは弟子に問い掛けた。

「そうですねえ、この一ヶ月程度〈黒き森〉で迷子は出ていませんね」

「あら、珍しいわね」

「ケットシー憑きの冒険者が出たそうですよ。普段は配達屋をしている方みたいなんで、先日強制依頼は解除になりましたから、また迷子が増えそうですわ」

 迷子を捜すのは、魔法使いに来る依頼なのだ。

「ケットシー憑き?久し振りねえ。それに良く強制依頼撤回出来たわね」

 そんな便利な人材をギルドが手放すとは。

「ケットシーが、撤回しないとギルド長と依頼者を呪うって脅したらしいですよ」

「……仕方ないわね」

 ケットシーは憑いている主を守る。かなり無理をさせられていたのだろう。ギルド長の自業自得だ。

「マイスター・フィリーネ、リグハーヴスには今ケットシーは二人いるんですよ」

 部屋についている簡易台所でハーブティーを淹れて来たクロエは、フィリーネの前のテーブルにカップを置いた。薔薇ローザの香りがふわりと上る。

「二人ですって?」

「はい。片方が先程の配達屋のケットシー、もう片方がルリユールのケットシーです。正確にはルリユールの店員のケットシーですね」

「リグハーヴスにもルリユールが出来たのね」

 二人のケットシーも気になったが、ルリユールも気になった。研究成果を綴るため、魔法使い達はルリユールを比較的使うのだ。

「腕の良いルリユールですよ。手帳も売っていて、私つい買ってしまいましたわ」

 ローブの内ポケットから一般的な本の半分の大きさの手帳を取り出し、クロエはフィリーネに見せた。

「これで半銀貨一枚なんです」

「半銀貨一枚ですって?」

 クロエの名前が飾り文字で銀箔押しされた水色の革が張られた手帳は、しっかりとした作りだった。試しに開いてみるが、綺麗に開ける。

「なんでも少し革に傷があるんだそうですけど、全然解らないんです。私、今度の研究書の装丁は<Langueラング de chatシャ>に頼むつもりです」

「<Langue de chat>?それが店の名前なの?」

「はい。〈本を読むケットシー〉の看板が下がっているんですよ。丁度返しに行く本があるんですが、マイスター・フィリーネもご一緒しませんか?」

「どういう事?」

 何故ルリユールに本を返しに行くのだ。

「<Langue de chat>では貸本をしているんです。一回一冊銅貨三枚で、二週間借りられます」

「一体どんな本を貸しているのよ。あなたが読むような本なんでしょう?」

 ルリユールにそんな高尚な代物があると言うのか。フィリーネの反応に、クロエは笑って手を振った。

「息抜きに丁度良いんですよ。……これですよ」

 クロエは執務机の端に載っていた薔薇色の本を手に取り、フィリーネに渡した。〈ハリエニシダの小路を抜けて〉と言うタイトルだ。

「……開けないわよ?」

「又貸しされて紛失しかけた事があったらしくて、借り主以外は開けなくなったんですよ。一寸お貸しくださいね」

 クロエは本を受け取り、裏表紙を開いてポケットから水晶雲母すいしょううんもで作られた会員証を取り出した。〈本を読むケットシー〉のシルエットとクロエの名前が刻印されている。

「これが鍵になっているんです。試した事はないですが、返却滞納すると自動的に店に本が戻るそうです」

「……それがどれだけとんでもない魔法か解るわよね?クロエ」

「勿論です。これ、ケットシーが組み込んだ魔法だそうですよ」

 フィリーネはハーブティーを飲み干して立ち上がった。

「会いに行くわよ!案内して頂戴!」

「そう仰ると思いました」

 魔法使いは研究者だ。未知の魔法を見れば、気にならない訳がない。

 クロエは苦笑して、ショールを手に取った。


 ちりりりん。

「いらっしゃいませ。フラウ・クロエ」

「こんにちは、マイスター・イシュカ、ヒロ」

 クロエは慣れた様子で本を返却し、イシュカが裏表紙のポケットから抜いた会員証を手渡して貰う。イシュカはカウンターの内側から革袋を取り出した。

「こちら、ご予約していた本です」

「やったわ!漸く順番が来たのね!」

 濃い青の表紙の〈月下げっか(つるぎ)〉の一冊目が、カウンターの上の革袋からチラリと現れ、クロエがはしゃいだ声を上げた。

 <Langue de chat>では、予約本は一冊で回し、もう一冊は棚に置いているのだ。予約者だけで本が埋まらない為の配慮だ。

 銅貨三枚と会員証を渡し、クロエは本が入ったベルト付きの革袋を抱き締めた。

「クロエ」

「あ、ごめんなさい。マイスター・フィリーネ」

 クロエは棚の前に居たフィリーネに歩み寄り、説明する。

「こちらの棚が先程の手帳です。一番上の棚は銀貨一枚で、他の棚は半銀貨一枚ですよ。好みのものを選べて、文字を無料で入れて貰えますわ」

「やだ、迷うわ……」

 外見は乙女だが中身はそれなりに年を重ねているフィリーネは、思わず少女めいた発言をしてしまう。

 悩みつつ二冊選び、それから隣の棚を見る。

「こちらが物語の棚ですわ。若草色が子供でも読める物語で、薔薇色が成人女性向け、宵闇色も成人向けですね」

「へえ……種類があるのね」

「どれも面白いですよ、マイスター・フィリーネ。もし借りられるのでしたら、会員証を作らなければなりませんわ」

 会員証は無料だとクロエに言われ、何度目かの驚きに見舞われたフィリーネだった。

 水晶雲母自体は安い鉱石だが、加工している魔法が稀少なのだ。

「予め事情を説明すれば、塔に持って行っても平気ですよ」

「ああ、自動的に返却されるのね?」

「はい」

 結局好奇心に負けて、フィリーネは手帳を二冊買って名前を箔押しして貰い、先程クロエが返した〈ハリエニシダの小路を抜けて〉を借りた。居住地が遠いのだ、と言えばやはり自動的に返却されるから大丈夫だと言われた。

(ケットシーは居ないのね)

「お待ちください、マイスター・フィリーネ」

 仕方なく帰ろうとしたフィリーネのローブの袖を、クロエが掴んだ。

「折角ですから、一休み致しましょう」

「え?」

 クロエに手を引かれるまま、本が入った棚の後ろに回ると、そこはテーブルと椅子が置かれた空間になっていた。

 そして、そこにケットシーが居た。棚の真裏の緑色の布張りのソファーに、七つ位の少女と座って居た。少女に読めない単語と意味を教えているらしい。

 実はエッダは母親の手伝いが終わると毎日借りた本を持って<Langue de chat>に来て、エンデュミオンに読めない単語を教えて貰っていた。やる気のある生徒に、エンデュミオンは億劫がらずに先生をしていたのだ。

「いらっしゃいませ」

 鯖虎柄さばとらがらのケットシーは澄んだ黄緑色の瞳で、フィリーネを見た。その目がきゅっと笑う様に細められる。

「お待たせ致しました」

 席に着いた二人の元に、<ヒロ>とクロエが呼んでいた黒髪の少年が、紅茶(シュヴァルツテー)焼き菓子(プレッツヒェン)を持って来た。

「あら、頼んでないわよ?」

「マイスター・フィリーネ、これはサービスなんですよ。有難う、ヒロ」

 孝宏はにこりと笑って、戻って行った。

「何だか色々凄いわね……」

 おしぼりで手を拭い、ミルクを入れた熱い紅茶を飲み、フィリーネは梁が剥き出しの天井を見上げてしまった。


「じゃあ又明日ね、エンディ」

「ああ。次のお話まで読んで来ると良い」

 暫くすると少女がケットシーに手を振り帰って行った。

 孝宏が少女が居たテーブルを片付けるのを手伝った後、灰色のケットシーはフィリーネ達の元に来た。テーブルの空いていた椅子によじ登って座る。そして、にやりと笑った。

「魔法使いが来るのは二人目だ。大魔法使いフィリーネ」

「どうして私だと?」

「さっきマイスター・フィリーネと、クロエが呼んでいただろう。魔法使いでマイスターと呼ばれるのは大魔法使いだけだろう?」

「……あなたの名前は?」

「エンデュミオン」

「は!?」

 あっさりと答えられた名前の大きさに、フィリーネは驚愕した。

「かの有名な大魔法使いの名前さ。また遊びに来ると良い」

 椅子から飛び下り、エンデュミオンは振り返る事なくカウンターの奥に消えて行った。

「あの子のフルネーム初めて聞きました。マイスター・エンデュミオンと同じ名前なんですね」

師匠せんせいだわ……」

 エンデュミオンの背中を見送っているクロエに、フィリーネは呻いた。


 大魔法使マイスターいエンデュミオン。

 森林族出身の魔法使いで、高度な魔法を駆使したと伝えられる。

 歴代の王に「彼程の大魔法使いは居ない」と言わしめ、長年國家魔法使いとして仕えた。

 弟子は現在の大魔法使いフィリーネのみである。



大魔法使いフィリーネと、魔法使いクロエ登場。

森林族は数百年生き、外見年齢がかなり長く若いままです。

<Langue de chat>の顧客となった二人。

クロエは宵闇の書を、閲覧スペースで読める猛者もさです。

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