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フィッツェンドルフからの訪問者(前)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

フィッツェンドルフのクラインシュミット商会は船主で、黒森之國の大手魚屋です。


80フィッツェンドルフからの訪問者(前)


 黒森之國くろもりのくにの各ギルドには連絡網がある。ギルド員に何かあった場合、速やかに各地のギルド本部及び支部に精霊ジンニー便が飛ぶのだ。

 特に商業ギルドの場合は、商売に影響する場合も多々あるので、連絡は密にしていた。

 その日飛んで来た精霊便に目を通し、リグハーヴス公爵領商業ギルド長トビアスは顔をしかめた。

「フィッツェンドルフにあるクラインシュミット商会の御曹司が事故にあったそうだ。馬車の積み荷崩れに巻き込まれたらしい」

「あそこはギルド本部から過重積載について注意を受けていませんでしたか?」

 ギルド職員のインゴが、決裁の終わった書類を揃えながら、首を傾げた。

「ああ。改善していなかった様だな。御曹司は重症で、後遺症が残ったそうだ」

「お気の毒に」

 魔法での〈治癒〉がある黒森之國では、大概の怪我は完治する。ただし、余りにも酷い怪我となると、やはり後遺症が残ってしまう時もある。

「クラインシュミット商会と言えば、一人息子だろう。まだ結婚前だった筈だし、店が荒れそうだな」

 クラインシュミット商会はフィッツェンドルフでも大きな商家だ。港町フィッツェンドルフで上がる海産物を加工したり、黒森之國各地へと流通させている店の一つだ。

「いえ、もう一人子供がいるかもしれません」

「ん?」

「僕もフィッツェンドルフ生まれですが、母があそこの若旦那は使用人を孕ませて追い出したろくでなしだって言ってましたから。追い出された後、母子二人で暮らしていたそうですよ」

 トビアスは机に身を乗り出した。

「その親子はどうしたんだ?」

「何年も前に母親が病気で亡くなったそうです。その頃息子さんは学院に入っていた筈ですよ」

「学院か……」

 既に騎士か魔法使い、もしくは文官になっている可能性があると言う訳だ。

「御曹司が不遇となれば、クラインシュミット商会がその子供を探し出すかもしれんな」

「どちらにせよ、店は荒れますね」

「今日の商業ギルド会合で、議題に載せておこう」

「承知致しました」

 インゴは書類を入れた箱を持ち、ギルド長室を出て行った。

「公爵にも知らせておくか……」

 トビアスは紙とペンを取り上げ、手紙を書き始めたのだった。


「……ただいま」

 遅くなってから帰って来たイシュカは、二階の居間に入って来るなりソファーに転がった。酒の臭いが服に染み付いている。

 孝宏たかひろはイシュカに水の入ったコップを差し出した。

「大丈夫?はい、お水」

「有難う。殆ど飲んでいないんだが、酒の匂いでも酔うな」

 <Langueラング de chatシャ>の面々は、余り酒に強くない。普段から飲まないので、慣れてもいない。

 起き上がってコップの水を飲んだイシュカを、心配そうにヴァルブルガが見上げている。エンデュミオンがヴァルブルガの頭を撫でた。

「ヴァルブルガ、〈解毒〉してやれ」

「うん」

 ソファーの上によじ登り、ヴァルブルガはイシュカに抱き着いた。ふわりとイシュカが緑色の光で包まれる。

「あー、少し楽になったかも。顔洗って着替えて来るよ」

「お茶淹れるね」

「頼む」

 顔を洗ってパジャマに着替えて来たイシュカは、ヴァルブルガを膝に載せてソファーに凭れた。

「はい。夜のお茶にしたよ」

「ああ」

 夜のお茶、とはカフェインレスのルイボスティーだ。飲みやすくミルクティー(ミルヒテー)にしてある。

「お帰りなさい、親方マイスター

 一階のバスルームを使っていたカチヤも、パジャマにロングカーディガンを羽織って居間に戻って来た。

 カチヤにもお茶のカップを渡し、孝宏はラグマットの上に座る。エンデュミオンも孝宏の膝の上に乗った。集中暖房はあるが、人の温度が恋しい季節なのだ。特にケットシーには。

「会合、どうだったの?」

「前半は会合なんだが、後半は食事会と言う名の飲み会なのはいつもの事だな」

 今晩イシュカは加入している商業ギルドの会合に出席していた。月一回ある真面目な話し合いの後は、決まって懇親会なのだ。多分、理由をつけて飲みたい親方が多いのだろう。イシュカも一次会までは付き合う。二次会までは付き合わず、失礼してくるのだが。何故ならヴァルブルガが心配して、いつまでも起きているからだ。

「会合の中でフィッツェンドルフのクラインシュミット商会の話があった」

「魚屋さんだっけ?」

「大きな魚屋の様なものかな」

 どんな大商会でも、孝宏の黒森之國語の前では簡略化される。

「その魚屋クラインシュミット商会の御曹司が事故にあったと言う話だった。どうやら後遺症が残ったらしい」

「〈治癒〉でも完治しないものあるんだ?」

「あるぞ。勿論、治療する者の技能や魔力、精霊の位にもよるが、完全に神経が断裂してしまっていれば、治せない時もある」

 綺麗な切断面ならくっ付けられるが、断面が酷く荒れている怪我ならば予後が悪い。

(外科手術を魔法でやる感じなのかな?)

 恐らくそうなのだろう。回復可能なものは〈治癒〉で治せるが、組織が破壊されまくったものは、〈治癒〉でも完全には治せないのだ。

「ならば、クラインシュミット商会は今頃大童(おおわらわ)だろうな」

「何で?」

 エンデュミオンの言葉に孝宏は疑問顔になる。

「後遺症の程度は解らないが、御曹司だからな。未婚だったと言うし、後継ぎ問題だ。しかも一人息子らしいから」

 説明し、イシュカがお茶を飲む。

「そっかー。確かヘア・ディルクがフィッツェンドルフの出身だっけ?ヘア・ザシャもか」

「そう聞いたな」

 しかし平民とはいえ、豪商は準貴族並みの威勢を誇る。今は位階五等の準貴族だが、元は親も平民だと言うディルクや、同じく準貴族だが軽く見られがちな召還師サモナー一族のザシャがクラインシュミット商会と知り合いとは考え難い。

「ふぁ……」

 口元を手で覆い、イシュカが欠伸をする。

「もう寝ようか」

「明日も仕事だしね」

 そうして、ソファーで寝込む前にベッドへと潜り込んだ、<Langue de chat>の面々だった。


 鞍の腹前に座らせたルッツが、可愛らしい声で精霊言語を用いて歌うのを聞きながら、テオはポクポクと馬を歩かせていた。

 春の如き陽気に加え、配達も済ませてしまっている。後は森を拓いた道の先に小さく見えて来たリグハーヴスの街に帰るだけだ。

「ん?」

 ガラガラと馬車の車輪が奏でる音を後方から聞き取り、テオは道の端に馬を寄せた。

「良い子だ。少し待って居てくれな」

 愛馬の首筋を軽く叩き、馬車を遣り過ごす事にする。道幅はそれ程狭くはないが、急いでいる馬車は道の真ん中を通り抜けるだろう。

 案の定、馬車は勢いを緩める事無く通り抜けていった。御者も会釈すらしなかった。

(これは又随分お高くとまってるなあ)

 通常道を譲って貰ったら、御者なり乗っている者が車内から会釈位はするものだ。

(それともそんなに急いでたのかね)

 馬車のドアに描かれていたのは〈鯨と白花〉だった。鯨は巨大な魚だ。大きさ故にこの世界では、捕獲対象にはしていないくにが殆どだ。魚を家の柄にするのはフィッツェンドルフの人間に多い。それに、配達屋にとって〈鯨と白花〉は有名だ。

(クラインシュミット商会か。何だってフィッツェンドルフの商人がリグハーヴスに?)

「テオー」

「うん。行こうか」

 一先ず疑問を横に置き、テオは手綱を鳴らしたのだった。

 リグハーヴスの街に着き、共同馬小屋で馬の世話をしてから、一ヶ月分の利用料を払って預ける。常時利用しているので、テオは料金切れにならない様に、定期的に支払うのだ。催促されてから支払うより、管理人からの印象も良くなる。拠点を移してから日が浅いテオにとっては重要だ。

「さっきフィッツェンドルフの馬車が来ませんでしたか?」

「ここには預けずに行ったね。街の中にそのまま行ったよ」

「そうですか。では、お願いします」

「ああ、御苦労様」

 肩掛け鞄を斜め掛にして、ルッツを肩車する。ルッツは高い場所が好きだ。ふかふかとした感触を首や後頭部に感じながら、テオはまず冒険者ギルドに向かった。

こんにちは(グーテンターク)

「こんちはー」

 ギッとドアを開けて挨拶する。何だか来る度音が大きくなるので、ここの蝶番ちょうつがいに油をさしても良いのかもしれないと思わないでもない。

「こんにちは。テオ、ルッツ」

 小麦色の髪をした人狼の受付嬢トルデリーゼが、カウンターから二人を迎えてくれる。

「はい、受領証」

 肩掛け鞄から出した、客の受け取りサインが入った書類をトルデリーゼに渡す。ギルド確認後に、口座に代金が振り込まれるのだ。

「御苦労様。何か変わった事は無かったかしら?」

 こうした情報を収集したり、提供したりするのも、ギルドと会員の日常だ。

「今戻って来る途中でフィッツェンドルフのクラインシュミット商会の馬車を見たよ。街に来なかった?」

「その馬車なら領主邸がある丘を登って行ったみたいよ?でも何処の馬車か知っていたのはテオだけよ。流石ね」

「直接取引はないけど、配達屋をしていると名前は聞くから」

 軽量配達屋のテオとルッツは関わり合いはないが、重量配達屋はクラインシュミット商会とも仕事をするらしい。宿屋でたまにそんな冒険者や業者と一緒になった時に、噂話が耳に入ったりもした。「規定重量以上運ばせようとする」と言う、余り良い噂ではなかった。

「昼に商業ギルドから回って来たんだけど、クラインシュミット商会の御曹司が荷崩れに巻き込まれて大怪我をしたらしいの」

「へぇ……」

 しかしそれとクラインシュミット商会の人間がリグハーヴスに来るのとは、どう関係があるのだろう。

「近い内に何か解ると思うわ」

「うん。じゃあ宜しく、フラウ・トルデリーゼ」

「ええ。今日はゆっくり休んでね」

じゃあねー(チュス)

 二人のやり取りが終わるまで大人しく待っていたルッツが、トルデリーゼに前肢を振る。

「またね、ルッツ」

「あい」

 トルデリーゼに手を振り返して貰い、ルッツはご機嫌でテオの後頭部にしがみつく。

 ギイッと音を立ててドアを開け、冒険者ギルドの外に出る。本当にこのドアに油をさした方が良い。

「おやつの時間に間に合うぞ、ルッツ。今日のおやつは何だろうな?」

「おやつー」

「うわ、落ちるなよ?」

 肩の上で跳ねるさび柄のケットシーを片手でそれとなく支えつつ、テオは<Langue de chat>へと速足で向かうのだった。



全編でクラインシュミット商会が誰を訪ねて来るのかまで書けなかった……。

後編へ引っ張ります。

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