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地下迷宮の魔物(中)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

無害な魔物は保護します。


73地下迷宮ダンジョン魔物トイフェル(中)


 ルッツを孝宏たかひろとエンデュミオンに任せ、イシュカ達は店に降りた。店内を一通り点検し、拭き掃除する。

「昨日は雨だったからなあ」

 イシュカは窓から外を見た。まだ小雨が降っている。ドアを開けて外を覗き、イシュカは目を瞬かせた。

「ごみ?」

 何か黒い物が店の前に落ちていた。路地に出て拾い上げる。

「イシュカー?」

 ドアを支えたヴァルブルガがイシュカを呼ぶ。イシュカは自分のケットシーに拾った物を見せる。

「これ、何だ?」

「……エンデュミオン呼ぶの。待ってて」

 ヴァルブルガは慌てて店の中に入って行った。

「何を拾ったって?」

 エンデュミオンがヴァルブルガと戸口まで出て来る。

「これ」

 イシュカは拾った物を広げて見せた。それは黒い翼を持った蝙蝠だった。茶色みのある腹の毛が、びっしょりと濡れ細っている。

「蝙蝠だが、ただの蝙蝠ではないぞ。これは魔物トイフェルだな」

「え、そうなの!?」

「一寸死にそうだが」

「駄目だろう!」

 いくら魔物でもみすみす死なせるのは寝覚めが悪い。

「それは高位だが弱い魔物だ。襲われたりはしないだろう。微温湯ぬるまゆに浸けて暖めてくれ」

 仕方がないから<Langueラング de chatシャ>に入れてやる、とエンデュミオンは溜め息を吐いた。


 蝙蝠は洗面器に滑り止めの布を敷き、微温湯を注いだ中に浸けられた。温度が下がってくる度にお湯を足す。

「こりゃ腹が減ってるんだね」

 テオが急いで呼びに行った魔女ウィッチグレーテルは、蝙蝠を触診した後言った。

「……魔物がか?」

「人型と蝙蝠に変体出来る種だが、大きさからして弱い固体だね。食べ物を得るのが大変だったんだろう」

「何を食べるんだ?」

「肉かね。他にも食べられない訳ではないが、鉄分の多い物を好む」

「そうか。……お、起きたか?」

 もぞり、と蝙蝠が動いた。小さな目をぱちりと開ける。目の前に居たエンデュミオンを見るなり、翼をばたつかせてお湯を跳ねさせた。

「助けて!ケットシーに食われます!」

「食うか!食うところも無さそうなのに!」

「酷いのです!」

 思わず言い返したエンデュミオンは、びしびし尻尾で床を叩いた。

「大体何で地下迷宮ダンジョンから出て来たんだ?」

「……食べる物を獲れなくて……」

 つぶらな瞳を潤ませる蝙蝠に、魔物らしさは全く無い。地下迷宮での魔物社会の弱肉強食に完全に負けている様だ。ルッツが殴っても死にそうな魔物ではなかろうか。

 エンデュミオンは蝙蝠を連れ、グレーテルと二階に上がった。孝宏は着替えたルッツを膝に載せて、ソファーで若草色の本を読んでやっていた。

「孝宏」

「エンディ。いらっしゃいませ、ドクトリンデ・グレーテル」

 エンデュミオンは布にくるんだ蝙蝠を孝宏に差し出した。

「蝙蝠?」

「これが昨夜ルッツを驚かせた魔物だ。店先に落ちていて、飢え死にしそうなのだ。何か鉄分の多い物を頼む」

「吸血鬼みたいだな」

「良く解ったな、これは吸血鬼だ。人は襲わないがな」

「そうなの?」

 黒森之國くろもりのくにの吸血鬼は、狂暴牛や哀愁豚を狩って肉を食べるらしい。人を襲わないので、地下迷宮でも駆除対象にはならない。

「この子のご飯用意していいかな?ルッツ」

「いいよー」

 ルッツの頭を撫で、膝からソファーに下ろして、孝宏は立ち上がった。

「鉄分かー」

 まずは肉だろう。しかしその前にスープをあげよう。空腹にいきなり肉は無い。

 朝食の残りのクラムチャウダーを温め直し、別の鍋でお湯を沸かし、腸詰肉ブルストを茹でる。じゃがいもは良く洗って皮付きのまま腸詰肉と同じ鍋で下茹でしてから、大きく四つ割りしオーブンで焼く。

 クラムチャウダーをグレーテルに蝙蝠が飲ませて貰っている間に、熱々になった腸詰肉と切り出した生ハムを皿に載せて出す。じゃがいもも外側カリッと、内側ほっこりと焼けた物に、バターの欠片を載せハーブ塩を振る。

 これは多目に作ったので、大皿に盛って取り皿を用意する。薄く切った黒パンシュバルツブロェートゥも用意して、孝宏は居間に戻った。

「はい、お芋。ふーふーしてね」

 蝙蝠にまず取ってやり、それからエンデュミオンやルッツにも取ってやる。じゃがいもを半分に割って冷めやすくしておくのも忘れない。

「どうかな?蝙蝠さん」

「おいひいれす」

 口の中に食べ物が詰まっていて、発音が怪しい。

「後でチョコレート(ショコラード)もあげるね。鉄分あるから」

「ちょこれーと?」

「おいしいのー」

 チョコレートを知らないらしい蝙蝠に、ルッツが教える。

 暫くして一通りの物を食べ、蝙蝠の腹は見るからに膨れていた。

「お腹いっぱいです」

 身体を包んでいた布の上に仰向けに転がり、満足そうだ。

「随分冷えていたそうだから、これを持って来ておいたよ。飲ませてやると良い」

 グレーテルが孝宏に、籠から取り出した霊峰蜂蜜ハイリガーベァクホーニックの瓶を渡す。

「わぁー、妖精猫風邪ケットシーエッケルトンの時のが無くなりそうだったんですよ。有難うございます」

 ケットシーが元気が無い時は良く効くのだ。

「暖かくして寝かせてあげておくれ」

「はい」

 グレーテルは妖精フェアリーだろうと魔物だろうと、分け隔てなく診察する。勿論、襲ってくる魔物であれば、容赦なく叩くだろうが。

 グレーテルが帰って行く頃には熟睡していた蝙蝠を、孝宏は柔らかい布を敷いた籠に移し、上からも布を掛けてやる。

「夜行性なんだよな?」

「そうだな。腹が減ったら又起きるだろう」

 店はカチヤが入れば、客が来てもお茶は出せる。孝宏はルッツと様子を見ている事にした。


 カチャカチャと食器の擦れる音。そして鼻をくすぐる甘い香り。

 地下迷宮の安全地帯オアシス近くで、たまに似た匂いがしていた。同種の中でも弱い固体だったので、遠くからしか見られなかったが。

「……」

 柔らかな布に挟まれていた蝙蝠は、自分が何処に居るのか、暫し思い出すのに苦労した。

 行き倒れになりかかっていたのを拾われて、美味しいものを沢山食べさせて貰ったのだった。

(いつもは冒険者が捨て置いた魔物の生肉ですから)

 吸血鬼と言う種族は鉄分が必須だ。普段は狂暴牛や哀愁豚、絶叫鶏等を狩って肉を食べる。基本、生で。

 吸血鬼は人は襲わない。そんな事をしたら根絶やしになるまで狩られるのが解っているからだ。黒森之國の吸血鬼は、人と穏便な関係を求めているのだ。

 調理した肉や野菜は初めて食べたが、とても美味しかった。〈地下迷宮の底〉が開く日に合わせて、飛び出して来て良かった。

 好戦的な魔物達が騎士や傭兵を襲うのを見ているしか出来なかったが、下手に手を出せば蝙蝠の方が殺られてしまう。

 もそもそと入れられていた籠の端から部屋を見回す。すぐ横のラグマットの上で、錆柄さびがらのケットシーが布を掛けて寝ていた。昨夜は随分驚かせてしまった気がする。蝙蝠の方も驚いたのだが。

 あの後、人化が解けて落ちてしまったのだった。

「起きた?」

 先程料理を作ってくれた黒髪の平原族が、まくっていた袖を下ろしながら近くにやって来る。

「起きたです」

「無理しないでね。ゆっくり寝てて良いから」

「はいです」

「お昼はもう過ぎちゃったけど、ルッツが起きたらおやつにしようね」

「ルッツ?」

「ルッツはこの子。俺は孝宏だよ。さっきご飯食べさせてくれていたのが魔女グレーテル。鯖虎さばとらのケットシーがエンデュミオン」

「エンデュミオン!?」

 その名前は蝙蝠だって知っている。大魔法使い(マイスター)の名前だ。物凄く強くて、階層主でも一撃だとか噂になっていた。

 大魔法使いエンデュミオンに対する合言葉は、「見掛けたら逃げろ」だったのだ。

 魔物でも尻を捲って逃げる。それが大魔法使いエンデュミオンだ。

「エ、エンデュミオンは蝙蝠を食べるですか?」

「大丈夫、食べないよ」

「うー?」

 目を前肢で擦りながら、ルッツが起き上がった。大きな耳をぴるぴると動かす。

「ヒロー」

 前肢を伸ばして来たルッツを抱き取り、膝に載せる。

「おやつ食べる?」

「あい」

「じゃ、おやつにしようか」

 孝宏はルッツと蝙蝠を抱え、台所へ行った。

 ルッツをケットシー用の椅子に座らせ、蝙蝠をテーブルの上に置く。

「今日はね、カップケーキなんだよ」

「ケーキ」

「ケーキ?」

 シンク横の作業台の皿に載っていた白いクリームに包まれた小さなケーキを、一つずつ別の皿に載せ、孝宏は二人の前に置いた。白いクリームの上には、銀色のアラザンが幾つか散っている。

 本当は紙のカップに入れたまま上部にクリームを塗るのだが、今日は紙カップを外してクリームで包んでみた。クリームは甘さ控え目だ。

「きょうのめぐみに」

 ルッツと蝙蝠は食前の祈りを唱える。ルッツはフォークでケーキを切り、蝙蝠は齧りつく。

「わあー」

 二人は歓声を上げた。ココアチョコレート風味のケーキ生地が鮮やかな赤色だったのだ。

「レッドベルベットカップケーキって言うんだよ」

 霊峰蜂蜜を入れたミルクティーのコップをテーブルに載せ、孝宏は微笑む。

「おいしー」

「おいひいれすー」

 クリームを口の回りに付け、ルッツと蝙蝠が幸せそうにカップケーキを食べる。

 一寸どっきりする色なのだが、普段は生肉を食べていると言う吸血鬼の蝙蝠に、雰囲気だけでも赤身を食べている感じが出せればと思ったのだ。

 夜はローストビーフにするつもりだ。

「あ、おやつの時間?」

 店からテオが階段を上がって居間に顔を出した。台所まで来たテオにルッツが皿のカップケーキを見せる。

「テオー、おいしーよ」

「おー、凄い色だね」

ちょこ(ショコ)

「これでチョコレート味なの?」

「あい」

 ルッツの頭を撫で、テーブルの上で、カップケーキと格闘している蝙蝠をテオはじっと見る。

「何れすか?」

 自分が見られているのに気付いた蝙蝠が、鼻にクリームを付けたまま、テオを見上げた。

「元気になったと思ってね」

 テオは指先で蝙蝠の耳の間を掻いた。「きゅう」と蝙蝠が鳴く。

「さっき冒険者ギルドと魔法使いギルドに行って来たよ。吸血鬼は保護対象だから、暫く<Langue de chat>で預かる事にした」

「そうなの?良かった」

「他に魔物が地下迷宮から出て来ていないか、この子に聞いてみないといけないし……」

 はぐはぐと、再びカップケーキに夢中になっているルッツと蝙蝠をテオは見下ろす。

「まずは人化出来るまで元気にならないとね」

「あと名前無いとね」

 いつまでも蝙蝠と呼ぶのは如何なものか。

「蝙蝠さんは名前あるの?」

「無いですよう」

 ミルクティーを舐めながら、何でもない事の様に蝙蝠が言う。

「女の子?男の子?」

「女の子ですよう」

 孝宏とテオは顔を見合わせた。

<Langue de chat>は男の子ばかりである。長期に預かるのは、少々支障が出て来た。

(ドクトリンデに相談すれば良いかな)

 なんとかなるだろう。地下迷宮に戻せば飢え死にする魔物なのだから、結局保護対象だ。

「まあ、今は良く食べて良く眠るのが良いよ」

「はーい」

 皿に残ったクリームを舐めるルッツと蝙蝠に、恐らく子供なんだろうなあと予想する、孝宏とテオだった。


無害な吸血鬼の女の子を保護した<Langue de chat>の面々。

あれ?うち男の子ばっかだよね?どうしよう、と思ったりしています。

ルッツと歳が近いので、この後、年少組の妖精達と仲良しになります。

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