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〈紅蓮の蝶〉の襲撃(中)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

地下迷宮から<紅蓮の蝶>が帰還します。


69〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉の襲撃(中)


 通りすがりの冒険者に石を投げ付けられてから、スヴェンはリヒトとナハトの他に、火蜥蜴サラマンダーのルー・フェイを肩に載せて出掛ける様になった。

「怪我をした」と言ったところ、「何故喚ばなかった、燃やしたのに」「埋めたのに」とルー・フェイとグエンに怒られたのだ。

 実行されたらそれはそれで困るのだが、心配されてるんだなあと解った。

 グエンには〈水晶窟〉の警備を頼んでいるので、ルー・フェイがスヴェンに付いてくる事になったのだ。

 噂話は冒険者を中心に広がっているらしく、召喚師サモナーであるスヴェンやザシャに依頼して来る大工や土木業の親方は知らないのか、仕事は途切れずにあった。

 ザシャと妖精フェアリー達と気を付けて移動し始めたからか、あれ以降襲われる事はないが、冒険者のスヴェンを責める視線は感じていた。

「はあー」

 スヴェンはソファーに寝転がった。気疲れして、身体が怠い。

「スヴェン」

「だいじょうぶ?」

 ふんふんと鼻を鳴らしながら、ソファーから落ちているスヴェンの脚にリヒトとナハトが前肢を掛けた。

「大丈夫だよ。ご飯作らなきゃね」

 窓からは夕方の光が見えている。そろそろ夕食の仕度を始めなければ。

 今は妖精フェアリー四人と食事をする事が多い。帰って来てからオーブンの中に入っているルー・フェイも、熱鉱石が熱せられるのを待っているだろう。

 トントントン。

 部屋のドアがノックされた。

「誰だろ、ザシャかな?」

 スヴェンはソファーから起き上がった。

 トントントン。

「はーい」

 催促するノックに、ドアに駆け寄る。後ろからリヒトとナハトもよちよち付いてくる。

「どなたですか?」

「私だ。アーデルハイドだ」

「アーデルハイド!?」

 急いでスヴェンは掛け金を上げて、ドアを開けた。

「お帰り……ふわっ」

 目の前が深紅に覆われる。アーデルハイドに抱き締められていた。ぎゅうぎゅうと背中に回された腕が絞められ、スヴェンはアーデルハイドの背中をぺしぺし叩いた。肺が膨らまず、息が出来ない。人狼は力が強い。

「む、すまん」

 アーデルハイドの腕が緩む。スヴェンはアーデルハイドの、土埃の匂いがする頬にキスをした。

「真っ直ぐに帰って来たの?」

「ああ、スヴェンの顔が見たかったからな。……もしかして臭うのか?」

「土埃の匂いがするだけだけど。疲れているんじゃないの?マルコ達は?」

「マルコ達は少し調べ物だ。私は目立つから帰れと言われた」

 少し不満そうに口を尖らす。

「アーデルハイド、おかえり」

「アーデルハイド、おかえり」

「ただいま。リヒト、ナハト」

 アーデルハイドはしゃがんで、双頭妖精犬ジェミニの頭を撫でた。

「これからご飯作るんだ。アーデルハイドも一緒に食べない?」

「喜んで」

「じゃあ、お風呂入って来たら良いよ。バスローブ貸すから」

 魔法を使えるアーデルハイドは、水の精霊(マイム)魔法で洗濯が出来る。今着ている服を洗っている間着るのに、バスローブなのだ。

「そうするかな」

 三階に行けばアーデルハイドの部屋があるのだが、何となく戻るのが億劫だった。

 肩から掛けていた鞄や腰に着けていた剣帯やポーチをソファーの横に置き、アーデルハイドがバスルームに行く。

「おふろー」

「おふろー」

「二人ともおいで」

「あーれー」

「あーれー」

「良いではないか」

 後を付いていったリヒトとナハトが、どうやらアーデルハイドに捕獲されたらしい。そのままバスルームのドアが閉まる。

(んー、元気出たかも)

 アーデルハイドの顔が見られただけで、気分が浮上するとは。

「良し、ご飯作ろう」

 スヴェンは腕捲りをして、戸棚の取っ手に引っ掛けていたエプロンを手に取った。

 絶叫鶏のモモ肉があったのでオーブンで香草焼きにする。火加減は火蜥蜴サラマンダーのルー・フェイが見てくれるので、絶妙な焼き加減で教えて貰える。

 トマトやセロリ、玉葱をざく切りにしたスープを作り、黒パンシュヴァルツブロェートゥを切れ込みを入れつつ切り、塊から薄く切り出したチーズ(ケーゼ)を挟む。

 サラダはレタスを千切り、胡瓜と人参を薄くピーラーで削った物にした。ドレッシングを作っている最中に、アーデルハイドがリヒトとナハトを連れて、バスルームから出てきた。片手に洗い終えた服を抱えている。

「着替えるのに寝室使って良いよ」

「ああ、助かる」

 アーデルハイドは床にリヒトとナハトを放し、着替えに行った。

「リヒト、きれいになった」

「ナハトもきれいになった」

「どれ」

 よちよち近付いて来た二人を撫でる。乾き立てでふかふかしていた。石鹸の良い香りがする。

「うん、良い匂いがするよ」

「ごはんー」

「ごはんー」

 風呂に入っても食欲が減退したりはしないらしい。

「スヴェン、取り出して良いぞ」

 オーブンからルー・フェイがスヴェンを呼ぶ。

「有難う」

 耐火布の鍋掴みで、スヴェンは香草焼きの入った容器を取り出した。

「ルー・フェイとグエンは台所で食べよう」

「うん。用意するね」

 ルー・フェイが来てから、グエンも夕食を食べる様になった。とは言え、二人合わせても大した量ではない。

 スヴェンは料理を皿に盛り、ショットグラスに林檎酒シードルを注いでやる。

「グエン」

「夕食かのう」

 名前を呼べば、三本足の椅子の上に地下小人のグエンが現れた。

「林檎酒置いておくね」

「すまんのう」

 グエンであれば、林檎酒の瓶が持てる。お代わりは自分達で注いで貰うのだ。

 スヴェン達の分の夕食は、居間のラグマットの上に低いテーブルを出し、皿を並べる。

 リヒトとナハトは床の上に皿を置いて食べるが、椅子にスヴェンが座ると二人と距離があるので、ラグマットに座って食べていた。

「すまん、待たせた」

「ううん。丁度用意出来たところ」

 寝室から着替えて出て来たアーデルハイドに笑い掛け、スヴェンは床の上にランチョンマットを敷き、スープに賽子に切った黒パンを入れた深皿を二つ置く。

「ごはんー」

「ごはんー」

 直ぐ様リヒトとナハトが皿の前に座った。

「今日の恵みに。月の女神シルヴァーナに感謝を」

「きょうのめぐみに」

 食前の祈りを唱え、夕食を始める。

 時々絶叫鶏の香草焼きをリヒトとナハトの皿に分けてやりつつ、スヴェンはアーデルハイドの今回の強制依頼について話を聞いた。

「年明けに階層踏破順位の高いパーティが解散してな。魔石の回収率が減った皺寄せが来たのだ。しかし今回会ったパーティの中には、新たに深部まで来ていた者達もいたから、回収率は上がってくるだろう」

「そうなんだ」

 アーデルハイドは林檎酒のグラスをテーブルに置き、スヴェンを見た。

「スヴェン、怪我をさせられたと聞いたのだが」

「えっ、誰から?」

「エンデュミオンから精霊便で手紙が届いたのだ」

「大した事は無かったんだよ。こめかみが少し切れた位で。調書も取り終わったから、ラーレに痕も消して貰ったし」

「怪我をさせられたのだから、大した事だろう。心配で即行で強制依頼を片付けて来たのだ」

(即行でって……)

 魔石は魔物トイフェルから取れる訳で、つまり魔物を倒さなければならない筈で。

「無茶しないでよ、アーデルハイド」

「無茶をしたつもりはない。皆怪我もしていないしな」

「それなら良いけど」

 〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉が強いのは知っているが、潜っている階層が深い分魔物も狂暴だ。

「アーデルハイド、つよい」

「アーデルハイド、かっこいい」

「ふふ。そうか」

 キラキラした眼差しで見上げている双頭妖精犬ジェミニに、アーデルハイドが微笑む。

 食事を終えた後、グエンは警備に戻り、ルー・フェイはオーブンに戻った。

 茶碗を洗うスヴェンの隣で皿を拭きながら、アーデルハイドは「泊まっていっても良いか?」と自然な口調で言った。

「え!?」

 ごとりとスヴェンの手から泡だらけの深皿がシンクに落ちる。丈夫な皿は割れなかったので、慎重に掴み直す。

星祭シュテルンカァネヴァルの夜は強制依頼の精霊便で邪魔されたからな」

「あ……うん」

 あの時、アーテルハイドは精霊ジンニーの持って来た手紙を握り潰していたのだった。深紅の毛で覆われた獣耳が、臨戦態勢の如くピンと立っていた。かなり、腹を立てていたに違いない。

「でも、強制依頼終わった事、冒険者ギルドに知らせに行ったの?」

「まだだ。達成証明書は管理小屋の職員に貰っているからな。いつでも良いのだ」

「邪魔されるのは敵わん」と、アーデルハイドはぴしりと尾を振った。

 スヴェンはシンクの皿を全て洗い終え、自分も布巾を取って拭き始める。

「……そうだね、泊まって行って」

「良いのか?」

「うん」

 せっせと皿を拭くスヴェンは、耳の先まで赤くなっている。その耳朶をアーデルハイドが身体を寄せて甘噛みした。

「スヴェンは可愛いな」

「可愛いのはアーデルハイドだと思うけど」

 ぶんぶんと尻尾を振って、感情が丸解りだ。

「ふむ。私は可愛いげがないと自負しているのだが……。スヴェンが可愛いと言ってくれるなら、気恥ずかしいが嬉しいな」

 台所を片付けて、スヴェンとアーデルハイドは居間に戻る。

「あ、寝ちゃってる」

 リヒトとナハトは居間に置いてある、昼寝用のクッションで眠り込んでいた。夕食後ここで寝ると、大概朝までこのままだ。スヴェンは俯せで寝ている双頭妖精犬ジェミニに膝掛けを掛けてやった。

「良いのか?」

「うん。目が覚めて来たかったら寝室に来るから」

 ドアを掻いてスヴェンを呼ぶだろう。

「おやすみ。リヒト、ナハト」

 二人の額に軽くキスをして、スヴェンとアーデルハイドは寝室に引き上げたのだった。


 リヒトの朝は早い。大抵毎朝同じ時間に起きる。だが、ナハトは朝に弱いので、リヒトは相棒が起きなければ動けない。寝ているナハトをそのままに歩き出したら、鼻先を削りそうだ。

「んにゃ……」

 ケットシーの様な声を上げて、ナハトが目を開けた。まだ寝惚けているが、珍しく早起きだ。昨日は早目に寝たからだろう。

「スヴェンー?」

「スヴェンはしんしつ。アーデルハイドも」

 昨日は居間で寝たのだ。スヴェンは寝ている二人に膝掛けを掛けて、寝室に引き上げたのだろう。

 ソファーの横に、刀以外のアーデルハイドの荷物もある。

 リヒトとナハトは膝掛けの下から抜け出し、クッションから降りて、寝室までよちよち歩いた。閉じているドアを前肢でかりかりと掻く。

「スヴェーン、おはよー」

「あさだよー」

 リヒトとナハトの大きな耳に、室内でベッドが軋む物音が聞こえた。間も無くスヴェンがドアを開ける。

「おはよう。リヒト、ナハト」

 双頭妖精犬ジェミニを抱き上げ、スヴェンはベッドの上に下ろした。シーツの上ではまだアーデルハイドが眠っていた。

「アーデルハイド、おはよー」

「あさだよー」

 リヒトとナハトが鼻先を頬に押し付けると、アーデルハイドは笑いながら目を開けた。

「良い目覚ましだな」

「腹時計で動いてるけどね」

「おなかすいたー」

「ごはんー」

 ベッドの端に座ったスヴェンにじゃれつく双頭妖精犬ジェミニの背中を、アーデルハイドが撫でる。

「シャワー浴びて着替えるから、もう少し待ってね」

「あい」

「あい」

 床に下ろされたリヒトとナハトは、丸い尻と尻尾を振りながら居間に戻って行った。

「リヒトとナハトに先越されちゃったけど、おはようアーデルハイド」

「おはよう、旦那様」

 スヴェンの肩を引き寄せ、アーデルハイドがキスをする。

「一緒にバスルームに行かないか?」

 そっと耳元で囁かれ、耳から煙が出そうな程赤面するスヴェンだった。


 スヴェンとアーデルハイドが妖精フェアリー達と朝食中に、部屋のドアがノックされた。

「はーい」

「マルコとモーリッツとパスカルっす」

「どうぞー」

 ドアを開け、三人を居間に通す。

「姉御、やっぱりこっちに居たっすね」

「皆さん、朝御飯は?」

「これから食べに行くっす」

「簡単な物で良ければ食べて行きますか?」

「良いっすか?」

 三人は目を輝かせた。

 スヴェンは丁度食べ終わった所だったので、自分の皿をシンクに下げるついでに、保冷庫から卵を取り出し、ハムエッグを三人分フライパンで作る。薄めに切った黒パンはオーブンでカリッとルー・フェイに焼いて貰う。

 スープは昨日の残りを温め直し、玉葱と腸詰肉を追加した。

 後は、チーズを切ったり、林檎を剥いて櫛形にした物を皿に盛った。

「美味しいっす」

「温かいご飯は良いよねぇ」

「この腸詰肉とハム美味いな」

 現役冒険者なので、沢山食べるだろうと台所にあった黒パンを全部切って出したが、綺麗に食べてくれた。

 パンは残していても硬くなってしまうので助かった。今日は新しいパンを買いに行けそうだ。

「皆さんお揃いって事は、冒険者ギルドに行かれるんですか?」

 食べ終わった皿を下げ、紅茶シュヴァルツテーのカップを配りながらスヴェンはマルコに話し掛けた。〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉の交渉役は主に彼なのだ。

「そうすっね、魔石集めの報告と、野暮用があるんで」

 紅茶のカップを口に運んでいたアーデルハイドの獣耳が、聞き咎める様にピクリと動いた。

「マルコ、掴んだのか?」

「ええ。噂の出所を追っ掛けて行ったら、最終的に冒険者ギルドに辿り着くんすよ」

地下迷宮ダンジョンで会った冒険者達が聞いた噂を、別々に辿ったんだけどねぇ」

「だから、報告ついでにギルド職員に聞いた方が早いだろうってな。フラウ・トルデリーゼは人狼だし、嘘は吐かないからな」

 人狼は基本的に嘘は吐かない民族なのだ。回りくどい事はせず、拳で語る。

「成程。では食後の散歩に、冒険者ギルドに行ってくるか。さっさと片付けて、スヴェンと教会と鍛冶屋のエッカルトの所にも行きたいし」

 鍛冶屋、と聞いてマルコ達の視線がスヴェンに集中する。

「あの、ヘア・エッカルトとフラウ・アストリットは、指輪なんかの小物作ってると聞いたから」

 顔を赤らめながら説明するスヴェンに、マルコ達は目頭を押さえた。

「姉御を嫁にする勇者がいたっすよ」

「お祝いしなきゃ」

「今晩は酒が美味いな」

「その前に冒険者ギルドに行くぞ、お前達」

「はいはい」

 〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉の四人は手早く傍らに置いていた得物を身に付ける。

「スヴェンは出掛けるのか?」

「今日は仕事を入れてないから、買い物に行っていなければ、この部屋かザシャの部屋に居るよ」

「解った。行ってくる」

「気を付けてね」

「いってらっしゃーい」

「いってらっしゃーい」

 アーデルハイドはスヴェンとリヒトとナハトにキスをしてから、マルコ達と冒険者ギルドへと出掛けて行った。



目立つからと先に帰されるアーデルハイド。

暴走する前にスヴェンでガス抜きして来て!と他の三人は思っています。

彼らにしてみれば、アーデルハイドを鎮静化出来るスヴェンは女神様です。


<水晶窟>の大家さんも細工師なのですが、魔石を嵌め込んだブローチ等を主に作っています。

結婚指輪の様な日常的な物は、細工も請け負う鍛冶屋さんで。

石を嵌め込んだりした指輪は大家さんの所で、と言う感じ。

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