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アーデルハイドと星祭(前)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

アーデルハイド、デートをする。


66アーデルハイドと星祭シュテルンカァネヴァル(前)


 〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉は地下迷宮ダンジョンに一、二ヶ月潜ると、半月から一ヶ月リグハーヴスの街で過ごす。以前はもっと長い間地下迷宮ダンジョンに潜っていた事もあるが、リグハーヴスに部屋を借りてからは、二ヶ月以上潜る事は無くなった。

 〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉は階層踏破順位の上位パーティーだが、本人達はその辺りにしがらみはない。地下迷宮ダンジョンに潜るついでに、冒険者ギルドの依頼を受ける時もあるが、基本は自分達の好きな様に行動しているだけだからだ。

 騎士でもない〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉は、強制依頼が出れば別として、何者にも縛られないのだ。

 その筈だったのだが。


「ただいま帰ったぞ。聞いてくれ、私のつがいが見付かったぞ」

 買い物から帰って来るなりそう言ったアーデルハイドに、〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉のメンバーであるマルコ、モーリッツ、パスカルは居間で磨いていた得物を持ったまま硬直した。

「ここの二階に住んでいる召喚師サモナーのスヴェンだ。お友達から始める事にした」

「あ、姉御に春!?」

「アーデルハイド、その子幾つぅ?」

「人狼に〈お友達から〉ってなぁ、凄い度胸だな」

 マルコ達はメンバーが誰と付き合おうと文句は言わない。全員が既に成人しているからだ。それに、人狼のつがい探しに口出しなどしたら、うっかり襲撃されるだろう。

 アーデルハイドは買い物籠から、林檎アプフェルや肉の包みを取り出した。

「十六だと言っていたな。学院を出たばかりだと」

「若っ」

 アーデルハイドより十歳程年下なのでは無かろうか。

「姉御から言ったんすか?」

「そうだが?」

「なら大丈夫だねぇ」

 アーデルハイドは美人だ。外見だけを見る男達に良く声を掛けられるのだが、人狼はつがい以外には殆どなびかないので、バッサリと断り続けていた。

 人狼というものは、自分からつがい相手を探すらしい。マルコ達にはさっぱり解らないが、〈匂い〉があるらしい。

「断られなかったのなら、脈はあるのか?」

「これが人狼のさとなら、すぐにでも押し倒しているのだがな」

 パスカルの呟きに、チッと台所でアーデルハイドが舌打ちするのを三人は聞いた。

「いやいやいや!その子平原族でしょう?襲っちゃ駄目っすからね!」

「街でそんな事したら捕まるよぅ!」

「お友達からって言われたんだろうが!」

「解っている」

 ロース肉を切り、肉叩きで薄く叩き伸ばしているアーデルハイドの後ろ姿に、マルコ達は「頼むから犯罪はしないで!」と懇願したのだった。


 黒森之國くろもりのくにの主な人種として、平原族、森林族、採掘族、人狼が居る。

 それぞれの種族と婚姻が可能であり、子が成せるが、必ず母方の種族で産まれると言う法則がある。

 黒森之國は平民は一夫一妻制である。パートナーの性別は問わないが、側室を持てるのは王族か公爵だけである。準貴族や平民は妾と言う形でしか、妻以外の愛人を持てない。

 ただし、人狼だけはこれに当てはまらず、群れを作る習性から正式な妻が幾人か居る場合もあった。

 アーデルハイドも故郷の人狼の郷に居れば、すでに結婚していたかもしれないが、生憎彼女は強かった。結婚を誰かに申し込まれるより先に郷を出て、冒険者になってしまったのだ。自分より強い人狼を嫁にしようとする人狼は居ない。おかげでこの歳までアーデルハイドは独身でいたのだ。


 アーデルハイドは休暇中だが、スヴェンは依頼があれば日昼は召喚師サモナーの仕事をしている。

「今日は魚屋さんに、氷を頼まれて作って来たんだ。これ、お礼に貰った海老で作ったフリットなんだ。皆さんで食べて」

 付き合い初めて数日後、スヴェンはお裾分けを持って、〈紅水晶〉の部屋にやって来た。

 〈水晶窟〉の三階は階段を上がった踊り場にすぐに玄関のドアがある。玄関ドアを入ると、四つの個室と中心に台所付きの居間があるフラットになっている。

 敬語は要らないとアーデルハイドが頼んで、スヴェンには気取らない言葉使いにして貰っている。

「有難う、スヴェン。リヒトとナハトも来てくれたんだな」

「アーデルハイド」

「アーデルハイド」

 頭を撫でて貰って、スリングから顔を出していた双頭妖精犬ジェミニが、嬉しそうに笑う。

「今週末は星祭シュテルンカァネヴァルがあるんだって。アーデルハイド、一緒に出掛けない?」

星祭シュテルンカァネヴァルか、久し振りだな」

 星祭シュテルンカァネヴァルは夏の季節祭の一つだ。春の春光祭フルューリングカァネヴァルと同様に、街と周辺の集落の年頃の男女の出逢いの場である。星を象った菓子などの屋台も出るので、子供にも人気がある。

 地下迷宮ダンジョンに潜ってしまうと、外の季節を忘れてしまうので、祭には大分ご無沙汰だった、アーデルハイドである。

 今のところ、夕方の買い物を一緒に行く位の仲なので、デートらしきものは初めてだ。アーデルハイドの深紅の尻尾がぱさぱさと振られる。

「リヒトもいっていい?」

「ナハトもいっていい?」

 リヒトとナハトがスヴェンとアーデルハイドを見上げる。

「勿論。一緒に行こう」

 召喚師サモナー妖精フェアリー無しで出歩く事はないのだし、リヒトとナハトは可愛い。

「楽しみにしている。誘ってくれて有難う」

 殆ど身長の変わらないスヴェンにキスをする。正確に言えばアーデルハイドの方が僅かに高いのだが、きっとスヴェンはまだ背が伸びるだろう。

 真っ赤になって階段を下りて行くスヴェンを見送り、何を着たら良いのかと悩むアーデルハイドだった。


 星祭シュテルンカァネヴァル当日、結局アーデルハイドはいつもと変わらない服にしていた。年中地下迷宮(ダンジョン)に潜っている様な冒険者が、気の利いた服など持っている筈がない。

 それでも前立てに大人しめのフリルの付いた白い夏生地のシャツに、赤みのある葡萄色のズボンにした。腰には剣帯を着け、アーデルハイドの得物である朱鞘の刀を挿す。

「刀を持って行くんすか?」

「落ち着かなくてな」

 呆れた顔のマルコに、仕方ないじゃないかと口を尖らす。

 地下迷宮ダンジョンに居る時は、肌見離さず身に付けている刀だ。重さに身体が慣れていて、刀を外していると、落ち着かない。

「人が多いし、何かあっても困るだろう?」

「そうっすけどね」

 素手でもアーデルハイドに勝てる人間は少ないと思うマルコだったが、あえてそこは何も言わない。

「マルコ達も星祭シュテルンカァネヴァルに行くのだろう?」

「行くっすよー。屋台が楽しみで」

「何があるかなぁ」

「珍しい酒があると良いな」

 彼らは食い気優先の様だ。そして彼らもやはりいつもよりは小振りの武器を持っていた。人混みで弓を使うのは危険だからだろう、モーリッツも投げナイフをベルトに挿している。名の売れている冒険者パーティーに、絡んで来る者も居ない訳では無いからだ。一般住人に被害を出さずに沈静化させるのも、絡まれた冒険者の役目だ。

「飲み過ぎるなよ」

「アーデルハイドもねぇ」

 ひらひらとモーリッツが手を振る。

 アーデルハイドは〈紅水晶〉を出て、一階下の階に下りた。

(手前の右だな)

 スヴェンの部屋は〈碧水晶〉だ。ドアをノックしようとした時、背後の〈紫水晶〉のドアが開いた。

「あら、アーデルハイド」

「ツェツィーリア」

 部屋から出て来たのは、胸ぐりの広いワンピースを着た若い女性、ツェツィーリアだ。彼女は〈紫水晶〉に暮らしている踊り子(デンサー)だ。リグハーヴスの街にある酒場で、歌と踊りを披露している。ライアと言う小さな竪琴も弾ける、才媛だ。

 ツェツィーリアの豊かな胸がワンピースの生地を押し上げ、谷間を作っている。緩やかに波打ち腰まである蜂蜜色の髪や、明るい緑色の瞳と相まって、リグハーヴスの恋人にしたい女性順位一位だとマルコが言っていた筈だ。誰がそんな統計を取ったのか知らないが。

「ツェツィーリアはこれから仕事か?」

 踊り子(デンサー)の仕事は夕方から店の閉店までだ。

「ええ。星祭シュテルンカァネヴァルでお店が混みそうよ。アーデルハイドは星祭シュテルンカァネヴァルかしら?」

「ああ」

「楽しんできてね」

 ツェツィーリアはアーデルハイドに笑い掛け、透ける様に薄いショールで胸元を覆って、階段を下りていった。王都で流行っていると言う、踵の高い靴を危なげなく履きこなすツェツィーリアの、独特の靴音が遠ざかって行く。

「……」

 アーデルハイドは自分の胸を見下ろした。小さくもなければ大きくもない……筈だ。武器を振るうのに邪魔で無ければ良いと、今まで思っていたのたが。女性らしいツェツィーリアの豊かな胸や腰を見ると、少し考えてしまう。

(無い物ねだりをしても仕方あるまい)

 気持ちを切り替え、〈碧水晶〉のドアをノックする。

「はーい」

「はーい」

「はーい」

 スヴェンとリヒトとナハトの返事が聞こえ、ドアが開いた。

「いらっしゃい、アーデルハイド。すぐに用意するから中に入って」

「うむ」

 部屋の中は緑色のカーテンやラグマットで、落ち着いた印象だ。〈紅水晶〉には元々赤いラグマットが居間に敷いてあったが、これも備え付けの物だろう。

(おや)

 居間のソファーに、小さな老人が座っていた。その隣には緋色の身体に橙色の水玉模様の蜥蜴が居る。

地下小人ノームのグエンと、火蜥蜴サラマンダーのルー・フェイ。僕の契約妖精(フェアリー)だよ」

 ベルトに通したツーベァシュタープを背負いながら、スヴェンが紹介してくれる。

「初めまして。私はアーデルハイドだ」

「宜しく頼むのじゃ」

「〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉の女傑か。ふふ、スヴェンも大したものだな」

 グエンとルー・フェイの反応は悪くなかった。と言うか、面白そうにニコニコしている。

(結構歳経ている妖精フェアリーなのか?)

 多分そうだろう。高位の妖精フェアリーに違いない。

 学院で学ばなければきちんとした魔法使い(ウィザード)になれない普通の平原族と違い、森林族、採掘族、人狼は種族が集まる集落の中で魔法を覚えてしまう。アーデルハイドも魔法を使える。

 三種族の中でも学院に入る者もいるが、それは卒業試験だけを受けて、公に魔法使いや騎士の位階を得る為だ。

 そんな人狼のアーデルハイドだから、精霊ジンニー妖精フェアリーの力量は判断出来た。

(もしかしたらスヴェンは優れた召喚師サモナーなのか?)

 人狼は番の職業には頓着しないので、今更ながらアーデルハイドはそんな事を思ってしまった。

「お待たせ」

 〈召喚書(サモンブック)〉の入った鞄を斜め掛けし、リヒトとナハトの入ったスリングを首から掛けた、いつもの格好のスヴェンが居た。しかし、今日は召喚師サモナーのローブは脱いでいる。白いシャツに青い夏生地のベスト、紺色のデニム地のズボンだ。作業現場に行く仕事が多い召喚師サモナーは、丈夫なデニム地のズボンを愛用するのだ。

「闇属性の妖精フェアリーと契約すれば、〈召喚書サモンブック〉を空間の狭間にしまえるんだけどね」

 生憎、まだスヴェンは闇属性の妖精フェアリーと契約していないので、〈召喚書サモンブック〉や荷物は普通に持ち歩かなければならない。

「じゃあ行ってくるね」

「気を付けてな。何かあれば喚べ」

 グエンとルー・フェイに見送られ、部屋を出る。〈水晶窟クリスタルケーフ〉の共同玄関から外に出ると、昼の名残の暑さが残っていた。残照が消えれば、もっと涼しくなる筈だ。

 リグハーヴスは陽が落ちてしまうと、夏でも大分涼しい。

 祭の間は、家々の玄関には光鉱石ランプが提げられる。お陰で祭に繰り出す人々は、ランプを持たずに出歩けるのだ。

 アーデルハイドの迷子防止にスヴェンが手を繋ぐ。自分が激しい方向音痴だと自覚していアーデルハイドにとっては実に有難い。

 どんどん暗くなって来るリグハーヴスの街は、光鉱石ランプで照らされ、路地を散歩するだけでも楽しめる。家によってランプの形が違ったり、火屋ほやに色硝子を使っていたりするのだ。

 アーデルハイド達の他にも、路地を散策する恋人達や家族連れが居る。

「きれい」

「きれい」

 リヒトとナハトも色違いの眼に、光鉱石ランプの光を映し、キラキラさせながら辺りを見ている。

 市場マルクト広場に近付いて行くと、音楽の音色と沢山の人のざわめきが聞こえて来た。

 春光祭フルューリングカァネヴァルの時と同じく市場マルクト広場はダンス場となっていた。中心のダンス場を大きく囲んで、屋台とテーブル席が並べてある。

 市場マルクト広場の一角に作られた台の上で、弦楽器とアコーディオンなどでダンス曲が演奏されていた。

 出逢いの場である祭に出る為、街や集落の若者達は祭で踊るダンスを覚える。ダンス場で踊る姿を見て、お互いに声を掛ける寸法だ。

 しかし、アーデルハイドもスヴェンも、ダンスに造詣は無かった。人狼も準貴族の魔法使い一家も、祭りのダンスに参加しないからだ。

 そんな訳で、アーデルハイド達は視界の端で踊る人々の姿を楽しみつつ、屋台に向かった。

 星祭シュテルンカァネヴァルの時に売られる、星の形の型に流し固め細かな砂糖をまぶしつけたボンボンを、スヴェンは妖精フェアリー達のお土産に買った。リヒトとナハトの分は棒付きだ。

「フリット」

揚げ芋(ポムメス)

 昨日氷の依頼を受けた魚屋が、海鮮フリットの屋台を出していた。フリットの付け合わせに揚げ芋もある。

 昨日の夕食で海老のフリットを食べた双頭妖精犬ジェミニは、かなりお気に召したらしい。

「食べたいの?」

「たべたい」

「たべたい」

 油で揚げているので沢山は食べさせられないが、おやつ程度の量なら大丈夫だろう。

「一つ下さい」

 海老、イカ、白身魚のフリットと、揚げ芋が豪快に紙袋に詰められた物を一つ買う。

「おう、ヘア・スヴェンか。昨日はどうも」

 イカの皮を剥き、大きめの拍子切りに切っていた魚屋の店主が顔を上げた。

「昨日頂いた海老でフリットを作ったら、この子達が気に入ったみたいです」

「おいしかった」

「えびー」

「そりゃ良かった」

 店主の視線がスヴェンの隣に居るアーデルハイドに向かい、固まる。気が付けば、売り子の徒弟らしき少年の目も、アーデルハイドに釘付けになっていた。

「ちょ、一寸ヘア・スヴェン。その人は〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉のフラウ・アーデルハイドじゃないのかい!?」

「そうですよ?アーデルハイドもこちらで買い物しているよね?」

「ああ、新鮮で美味い魚を売っているからな」

「そ、そりゃあどうも。……お二人はもしかして、あれかい?」

 下世話な表現になりかねなかったのか、店主は言葉をぼやかす。

 アーデルハイドはスヴェンの腕に、自分の腕を絡ませた。

「ふふ。スヴェンは私のつがいだ。スヴェン、酒ならあの屋台のが美味しいぞ。春光祭フルューリングカァネヴァルの時にもあった店だ」

 お気に入りの店に気が付いたアーデルハイドが、奥にある屋台を指差す。それを潮にスヴェンは魚屋の店主に会釈をした。

「それでは、失礼します」

「じゃあね」

「またね」

 目の前に見えている物に向かうのは流石に迷わないアーデルハイドに手を引かれ、歩いていくスヴェンの後ろ姿を見て、魚屋の店主は一騒動の予感を覚えていたのだった。



スヴェンは魔力も高く、かなり有能な召喚師なのですが、新米なので無名です。

アーデルハイドは既に有名な冒険者で、憧れていたり、恋人にしたがっている人が多いのです。

ただし、人狼と言う人種が解っている人は、通常迂闊にナンパはしません。


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