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召喚師とエンデュミオン

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

ケットシーは夜行性ではありませんので、ご用の際は日昼にお願い致します。


61召喚師サモナーとエンデュミオン


 黒森之國くろもりのくにには召喚師サモナーが居る。魔法使い(ウィザード)と同様に精霊ジンニーから力を借り術を行使出来るが、大きく異なるのは、魔法陣マギラッドが無ければ精霊を召喚出来ない事だ。

 正確に言えば召喚するのは精霊の他に妖精フェアリー魔物トイフェルも可能だが、魔物の召喚は法律で禁止されている。

 黒森之國では魔法使いの方が召喚師より上位とされている。辺りに飛び回っている精霊の力を借りられないが、彼らとの親和性が高い者が召喚師として、学院の召喚師科に入学を許されるのだ。

 スヴェンの両親も兄も姉も魔法使いだった。だがスヴェンは精霊の姿は見られるが、力を借りる事は出来なかった。幸いな事に家族はスヴェンを見離したりはせず、学院の予備試験を受けさせ、召喚師としての素質があると解るや入学させてくれた。

「手順は違えど、やれる事は同じ」と言うのが、家族揃っての考えだった。召喚師として契約した精霊は、呼び出したままにも出来るので、そうなれば魔法使いと殆ど変わらない。

 しかし、魔法使い一家から出た召喚師見習いには、周りの目の方が煩かった。彼らにしてみれば、スヴェンは<出来損ない>だったのだ。

 憐れまれたり、蔑まれたりするのもしょっちゅうだったが、家族はスヴェンが召喚師になるのを楽しみにしていてくれたので、本人としては大して傷付かなかったのだが、一つだけ困った事もあった。

 教官の一人がやたらとスヴェンを目の敵にするのだ。仲良くなった同級生のザシャが噂を拾って来たところによると、教官のウッツは魔法使いになりたかったがなれなかったので、魔法使い一家生まれのスヴェンに八つ当たりしているのだろうと言う。

 スヴェンだって魔法使いにはなれなくて、召喚師の道に入ったと言うのに、何故八つ当たりされなければならないのかと思うのだが、人の気持ちは複雑なのだろう。

 まだ習っていない事を質問される為、スヴェンはザシャと一緒に勉強しまくった。お陰でウッツの質問には大概答えられ、彼を悔しがらせた。

(だからって、こんな時まで嫌がらせって無いよな)

 現在、スヴェンは卒業試験の真っ最中だった。

 召喚師科の卒業試験は、他の学科の迷惑にならない様に、満月の夜中に行われる。

 学院の地下訓練場で教官が指定する精霊や妖精を召喚するのだ。召喚出来れば卒業試験は合格になる。契約していない種類の精霊や妖精であれば、契約しても構わないとされる。

 そして、スヴェンがウッツに呼び出す様に指定されたのは、妖精猫ケットシーだった。その妖精の名前を告げられた途端、地下訓練場にいた同級生達がざわめいた。

 ケットシーは黒森之國では高位の妖精だ。おまけに夜行性では無い。つまり、深夜に召喚に応じて貰い難い。そもそも、ケットシーは<黒き森>に行かないと、憑いて貰えないとさえ言われている個体だ。

 ウッツはスヴェンを本気で落第させたいらしい。限りなく呼び出せない妖精を指定したのだから。

「お前の他にもまだ試験を受ける者がいるのだ。さっさと魔法陣を描け」

 顔色が悪くいつも半分閉じている様な眼をしているウッツを一瞥し、スヴェンはツーベァシュタープ石突いしづきで床の上に魔法陣を描き始めた。

 召喚師の杖は鈍器にもなるが、魔法陣を描く為の物だ。魔法陣は地面に描かれる事が多いので、自分の背と同じ位ある物も多い。杖で召喚師の能力には差は出ないので、材質は召喚師の好みによる。スヴェンの杖は飴色の木で出来た真っ直ぐな物で、頂点に小鳥と蔦の葉が絡む彫刻が施されている。杖をくれた母と姉が選んだ物なので、少し可愛い。

 魔法陣は正確に書かなければならない。特に初めて召喚する場合は。

 杖の石突を床に滑らせると、銀色の光が描き出される。ケットシーは小さいので大きな魔法陣は要らない。スヴェンは召喚用の魔法陣を描き上げ、中心に<ケットシー>と精霊文字で書き込んだ。

「来たれ、ケットシー!」

 限られた光源で薄暗い真夜中の地下訓練場に、魔法陣から強い銀色の光が立ち上る。

(魔法陣自体は成功だけど……)

 これでケットシー達に召喚依頼が出ている筈だ。だが、来るとは限らないのだ。なにしろ精霊や妖精は気紛れで、召喚師が気に入らなければ呼び掛けには応じない。

(特に夜行性じゃないケットシーだものな)

 寝ているところに呼び掛けられて、果たして来るのか。

 じりじりと時間が経過して行く。五分が過ぎた所で、ウッツが懐中時計にちらりと目を落とした。

「失敗だな。スヴェン、魔法陣を解除しろ」

「ウッツ教官!まだ呼び掛けている最中ですよ!」

 他の生徒の場合は十分でも待っていたウッツに、ザシャが噛み付く。

「ふん、どうせ出て来やしな──」

 鼻で笑うウッツを見返す様に、スヴェンの魔法陣がカッっと一層強く輝いた。魔法陣の中心に影が現れ、その姿が鮮明になって行く。

「真夜中にケットシーを召喚するなんて、馬鹿じゃないのか?」

 憎まれ口を叩きながら魔法陣の中心に現れたのは、鯖虎柄さばとらがらのケットシーだった。


 孝宏の隣で眠っていたエンデュミオンが、召喚魔法が触れて来たのに気が付いたのは、偶然眠りが浅くなっていたからだ。そうでなければ夜中には熟睡しているケットシーは、召喚になど気が付かない。

 気が付いたとしていても、ヴァルブルガなどは怖がりなので、召喚には応じないだろう。そもそも、ケットシーは普通召喚しないものだ。

 エンデュミオンも寝直そうとしたのだが、わざわざ夜中にケットシーを召喚している行為が気になった。だから気紛れで覗きに来たのだ。

 魔法陣の中心に浮かびながら、エンデュミオンは辺りをぐるりと見回した。

 正面にいる栗色の髪に金色の筋が入っている少年が、召喚した張本人だろう。

(ここは学院の地下訓練場か。ならばこれは召喚師の卒業試験なのか?)

 広い部屋の端には少年と同じ年頃の子供達が成り行きを見ているし、中年の顔色の悪い男は教官だろう。

「おい少年。これは召喚師の卒業試験か?」

「そうだよ。来てくれて有難う」

「気紛れでな。全く何故ケットシーを夜中に召喚などする?普通に精霊を召喚すれば、お前なら高位精霊でも喚べるだろうに」

「試験だから、ウッツ教官に指定されたものを召喚しなければならないんだ。眠いのにごめんね」

 エンデュミオンは少年を大きな黄緑色の瞳でじっと見詰めた。

(この子は良い子だな)

 召喚に応じたエンデュミオンに礼を言い、寝ている筈だときちんと知っていて謝った。

(ならば)

 キロリと教官らしき男を睨む。

「お前は教官でありながら、夜中にケットシーを召喚させたのか?卒業試験で?教官が不正を行うとは、学院も召喚師ギルドも何をやっているのだ。フィリーネに抗議をさせるから覚悟しておけ」

「な……」

 ウッツの顔に赤みが差す。エンデュミオンはウッツに構わず、少年の顔と同じ高さに浮かび上がった。

「少年、名前は何と言う?」

「スヴェン」

「既にあるじに憑いているから契約は出来ないが、お前は気に入った」

 ぺろりと右の前肢を舐め、スヴェンの額に押し付ける。

「<ケットシーの祝福を>」

 一瞬スヴェンの額に、肉球印が銀色に光った。

「スヴェンが合格した事は、エンデュミオンが証明する。卒業したらリグハーヴスに来い。召喚師はまだ居ないのだ」

 どこからともなく取り出した紙片を、エンデュミオンはスヴェンの手の中に押し込んだ。

「じゃあ、エンデュミオンは帰って寝る。又会おう、スヴェン」

 エンデュミオンは軽く前肢を振り、帰還した。


 ケットシーが帰還するなり、魔法陣が床から掻き消える。正常な終了だ。

(ちゃんと召喚出来たんだ、ケットシー)

 実は心臓がドキドキ鳴りっぱなしで、口から出るかと思った。

「何だろ、これ?」

 最後に渡された紙片を見て、スヴェンは首を傾げた。それはショップカードだった。住所がリグハーヴスだ。黒森之國の北東、リグハーヴスの街にあるルリユールのショップカードだった。

(勧誘されたし)

 リグハーヴスに来たらここに寄れ、と言うのだろうか。ショップカードには<本を読むケットシー>のシルエットが刷られている。ここにあのケットシーが居るのだろう。そんな気がした。

「スヴェン!」

「ザシャ」

 召喚が無事終わったのを見て、離れて見ていたザシャが駆け寄って来る。エンデュミオンとのやり取りは皆に聞こえていただろう。

「あのケットシー、エンデュミオンって名乗ったよな!?」

「うん。大魔法使い(マイスター)エンデュミオンと同じ名前だったな」

「大魔法使いフィリーネの師匠って、大魔法使いエンデュミオンじゃなかったか?」

「そうだけど?」

「さっき、フィリーネに抗議させるって言っていただろ?まさかとは思うんだけど」

「……ケットシーだぞ?」

 スヴェンとザシャは思わずウッツを見てしまった。それに気付いたウッツが杖を振り回す。

「終了したのなら、次の者に変われ!」

「はい」

 言い返しても面倒なので、スヴェンとザシャはさっさと壁際に下がった。次に呼ばれた少女は、中級の水の精霊(マイム)を指定され危なげなく呼び出した。

 それを眺めながら、ザシャがスヴェンに囁く。

「お前、卒業したらどうするの?」

「んー、一度実家に帰ろうかと思って居たけど……」

「けど?」

「リグハーヴスに行こうと思う。召喚師が居ないって言うし、エンデュミオンに誘われたし」

 地下迷宮ダンジョンがあり、拡張されたばかりの街だと聞くリグハーヴス。雪が多いと言うから、ヴァイツェア生まれのスヴェンとしては寒さが気になるが。

「ザシャは?」

「どうしようかなあ」

 ザシャの家は召喚師一家なのだ。兄が二人いるので、ザシャは家を継ぐ事は考えなくて良い。

「俺も行こうかな、リグハーヴスに。何だか面白そうだ」

「まずは卒業出来るかだけどね」

 ウッツがスヴェンを合格にするかは解らないのだ。先程からチラチラとこちらを睨んでいる。

「全員がお前が召喚成功したのを見ているのに?ま、やりかねないけれどな」

「洒落にならないんだよ、卒業出来ないと」

 リグハーヴスにも行けなくなってしまう。スヴェンは杖の小鳥を撫でて、溜息を吐いた。


 スヴェンの心配は杞憂に終わる。翌日召喚師ギルドと学院宛に、大魔法使いフィリーネから極秘に抗議文が届いたからだ。その内容に、彼らは震え上がった。教官の不正をエンデュミオンが知り、フィリーネに伝えたと言う一文が。

 大魔法使いエンデュミオンは王家と契約し、半ば幽閉されていた。しかし、現在のエンデュミオンはあるじに憑いているとはいえ自由に行動出来るのだ。の者が本気を出せば、それは災厄でしかない。

 スヴェンは無事卒業資格を得られた上、何故か学院長にリグハーヴス公爵宛の紹介状まで渡されたのだった。

 誰に、とは言わないが「粗相の無い様に」と言い含められて。

 そうして二人の召喚師が、リグハーヴスの土を踏む。




召喚師スヴェンとザシャ登場。

召喚師が居なかったリグハーヴス、ここぞとばかりに勧誘するエンデュミオンです。

自分が災厄レベルの妖精だと、魔法使い&召喚師達に認識されているとは全く自覚していません。

不正をしている奴を見付けたから、フィリーネに「監査してね」と精霊便を送っただけなのです。

次回はスヴェンとザシャがリグハーヴスにやって来ます。

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