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エッダとカミルとピザトースト

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

黒森之國ではパン屋以外はパンを売ってはいけません。パン屋は誇りを持って、パンを焼いています。


56エッダとカミルとピザトースト


 教会で行われる子供向けのつきの日学校は、朝の礼拝の後で行われる。

 月の日学校は、聖書ビーブル説話集せつわしゅうの教えを学ぶもので、黒森之國くろもりのくにの子供達は基本的に通わされる。

 覚える気があれば、司祭プファラーに文字を習う事も出来る。将来学院に子供を入学させようと考えている親なら、ここで学ばせる。

 文字が読めて入学金があれば、学院に入れるからだ。

 エッダとカミルの場合は、エンデュミオンのお陰で、読み書きと簡単な計算まで出来る様になった。

 以前は苦痛だった月の日学校も、カミルは文字が読める様になってからは、それ程辛くない。

 今では恐らく父親のカールより、文字が読めると思う。カールの場合は、本を読んだりはせず、材料の名前を主に覚えている感じだ。

「今日はここまでにしましょう」

 司祭ベネディクトの声に、子供達は聖書を鞄や袋にしまう。洗礼式の時に貰うので、黒森之國では一人一冊聖書を持っている事が多い。

 エッダとカミルも布製の肩掛け鞄に聖書を入れて、礼拝堂の硬い椅子から立ち上がる。

「お腹空いた」

「うん」

 カミルにエッダが同意する。月の日学校が終わる頃には昼になっているのだ。

 黒森之國の職人の家の子である二人の朝は早い。つまり、朝御飯も早い時間に済ませてしまう。お昼になる頃には、腹の虫も鳴く。

「<Langueラング de chatシャ>寄って帰るんだよな?」

「うん、本返すから」

 二人は並んでベネディクト司祭に挨拶し、教会の外に出た。

 初夏になり、大分暖かい日が続いている。陽射しも強くなって来た。

 市場マルクト広場に出てから右区レヒツに入り、一本目の路地を曲がる。少し歩いて青銅の〈本を読むケットシー〉の吊り看板が出て来たら、それが<Langue de chat>だ。

 ちりりん、りん。

「こんにちはー」

「こんにちは」

「いらっしゃい。エッダ、カミル」

 カウンターには孝宏たかひろが居た。

 きょろり、と店の中を見回すと、昼時だからか客の姿は無かった。<Langue de chat>は食事処ではないからだろう。ここで出るのは焼き菓子(プレッツヒェン)なので、食事をするなら食堂に行く。

(お腹空いた)

 本を返すエッダが新しい本を借りるのを待っている間、カミルのお腹がぐうーっと鳴った。かなり切ない腹具合だ。

 カミルはまだ読み掛けなので、本を持って来ていなかった。

「お昼ご飯まだなの?」

「月の日学校行ってたから」

「そうなんだ。家までお腹がもたないなら、軽く食べて行く?」

「え、良いの?」

 思わずカミルはその誘いに飛び付いてしまった。

「育ち盛りなら、食べても食べても足りないでしょ?」

 孝宏はドアの硝子窓に〈準備中〉の札を掛けた。飲食屋以外が昼時に休憩を入れても、別段文句は言われない。一時間程度で開くのが解っているからだ。

「二人ともおいで」

 エッダとカミルはカウンターの奥にある居間に、初めて通された。

 居間では、イシュカと徒弟のカチヤ、ケットシーのエンデュミオンとヴァルブルガが居た。

「お腹空いて青い顔してたから、お昼ご飯に誘ったんだ」

「こんにちは」

「いらっしゃい」

 イシュカ達はもう昼食を済ませていたらしく、紅茶シュヴァルツテーを飲んで食休みをしていたところだったらしい。

 ラグマットの上に転がっているケットシー二人は膝掛けを被って昼寝中で、カチヤは革見本を眺めていた。

「適当に座ってね」

 孝宏は台所のテーブルのまわりにある椅子に二人を座らせた。小振りの座面が高い椅子は、ケットシー用だろう。

「すぐ出来るのは……あれかな」

 水を入れた薬缶を焜炉に掛け、孝宏は白パン(ヴァイスブロェートゥ)の塊を取り出し、2センチの幅で切った。厚目に切った白パンの真ん中に切れ込みを軽く入れる。

腸詰肉ブルストチーズ(ケーゼ)とバジル……」

 呟きながら保冷庫から、広口瓶に入った赤い物を取り出す。

(ジャム?)

 カミルが疑問に思った物を、孝宏は白パンに塗った。その上に斜め切りにした腸詰肉や、バジル、削ったチーズを重ね、天板に載せてオーブンに入れた。

 腸詰肉の種類によっては甘いジャムで食べる事もあるが、孝宏が使ったのは、それとは違う腸詰肉だった。

 パンがオーブンにある間に、孝宏は手際良く紅茶を入れる。

「よし」

 金具を掴み、孝宏はオーブンからパンを取り出した。溶けたチーズの香りが、空腹を煽る。

 二人分のパンがそれぞれ皿に載せられ、エッダとカミルの前に置かれる。

「はい、どうぞ。ピザトーストだよ」

 ごくり、と唾を飲み込み、エッダとカミルは視線を交わした。

「今日の恵みに。月の女神シルヴァーナに感謝を」

 二人で早口に食前の祈りを唱え、おしぼりで手を拭く。

 熱々のパンを手に取り、切れ込みから半分に割ると、溶けたチーズがとろりと糸を引いた。

(あれ?)

 がぶりと齧りついたパンは甘くなかった。白パン自体は、カミルの父親カールが焼いた物だった。

 溶けたチーズ、プリプリとした腸詰肉、バジルの香気、そして酸味のある味。

「美味しいー」

 エッダはにこにこして食べているが、カミルには衝撃的だった。

「ヘア・ヒロ。この、赤いソースは何?」

「ケチャップだよ」

 二人の前に紅茶のカップを置き、孝宏が何でもない事の様に言う。

「ケチャップって、何?」

トマト(トマーテ)を煮詰めたソースだね。黒森之國に無かったのかな?」

「無いよ」

 トマトのスープ等はある。だが、ここまで煮詰めた物は無かった。恐らく、トマト以外の物も入っている筈だ。

「トマトは旨味成分があるからね、煮詰めるとシチューの隠し味にも使えるよ」

「つ、作り方とか知りたいんだけど」

 どきどきしながら、カミルは思い切って言った。孝宏はカミルの後方に視線を向けた。

「エンディ、どう思う?」

「そうだな」

 いつの間にか鯖虎柄さばとらがらのケットシーが目を覚ましていた。とことこと歩いて来て、ケットシー用の椅子によじ登って座る。後頭部の毛が少し跳ねていた。

「カミルの味覚は優れている様だしなあ。良いのでは無いか?」

「カミル、これお店で使うつもり?」

「駄目かな。父さんだったらパンに使えると思うんだけど」

 孝宏は頷いた。

「そうだね。ちなみにこのピザトーストの白パンの部分をパン生地で作ると、ピザって料理になるんだよ。トマトソースとバジルとチーズだけなら、ピザの〈マルゲリータ〉って名前になる」

「あ、あるの?そんなパンが!」

「あるよ。黒森之國には無いと思うけど」

 もしイタリアっぽい國があるのなら、そこにはありそうだが。

「まずは、冷めちゃうから食べちゃいなよ」

「う、うん」

 エッダは既にピザトーストを半分平らげていた。慌ててカミルもチーズが固まり始めたピザトーストに意識を戻す。

(やっぱりヒロは、パンの事をいっぱい知ってるんだ)

 パン屋でなければパンは売れないから、その知識を広めないだけなのだろうか。

(勿体無いなあ)

 カミルはカールの作る伝統的なパンも勿論好きだ。しかし、孝宏のシナモンロールパンの様なパンも食べたいのだった。


 エッダとカミルが食事をしている間に、孝宏はイシュカとカチヤにも話を聞いた。

「カミルにレシピを渡すの、どう思う?ケチャップだけじゃなくて、パンのレシピも渡しても良いと思う?」

「あくまでカミルが作るんだろう?」

「そう。作って教えないと駄目だから、カールの許可もいるよね」

 カミルの親方マイスターには、父親のカールがなるだろう。パン屋の親方でもない孝宏にパン作りを教わるなど、誇りが許さないかもしれない。

「それはカミルが許可を貰ってくるしかないな」

「あの」とカチヤが控え目に言った。

「ヒロのパンは美味しいですから、街の人達にも食べてみて欲しいとは思います」

「俺はパンは売れないからねえ」

 孝宏がパン作製の技術があるのが、既に黒森之國としてはおかしいのだ。

 そうなると、パン屋に頼むしか無く、顔見知りなのは〈(ヴァイツェン)(スフィアーツ)〉なのだ。

「カミル、お父さんとお母さんに、俺にパン作りを教わっても良いか聞いておいで。勿論、黒森之國風のパンは俺は教えないよ。ヘア・カールの方が美味しいからね」

「良いの!?」

 食事を終えたカミルに孝宏が伝えるなり、少年の眼が輝く。

「お父さんのお許しが出たらね。はい、これはあげるよ」

 孝宏はケチャップが入った小瓶をエッダとカミルに渡した。

「カミルと一緒に私も来て良い?」

「エッダはパン作りを覚えても仕方無いだろ」

「カミルと一緒に作るよ」

「お前んち大工じゃん」

「女の子は大工にさせないって、お父さん言ってるから、カミルとパン屋さんするよ」

 にこにこしているエッダに、カミルは真っ赤になった。

(おお、カミルよ。嫁がもう決まったのか)

 などと、思わず心の中で突っ込みを入れた孝宏である。

 黒森之國では、この位の歳から許嫁がいるのは、別段おかしな事ではない。

「じゃあ、ヘア・カールにお許しを貰ったら、二人でおいで」

「うん」

 赤い顔をしたまま、カミルはエッダと帰って行った。今日もきちんとエッダを家まで送り届けるのだろう。

 最初に会った時はエッダに悪戯していたが、カールの息子だけあって、性根が生真面目なのだ。

「どうなるかなあ」

 もし、カールがカミルの修行を許せば、リグハーヴスのパン事情は変化するだろう。

 左区リンクスにもパン屋〈(ヴァイツェン)(ブルーメン)〉があるから、売り方には制約をつける予定だ。

 〈麦と花〉には教えないのかと言われれば、職人の人となりも知らないのに出来る訳が無い。

 カールの息子だからであり、カミルだから教えるのだ。

「ま、なるようになるだろう。午後の開店と行こうか」

「そうだね」

 イシュカに背中を軽く叩かれ、孝宏はドアの硝子窓に掛けてある札を〈開店中〉に替えた。




孝宏が漸く製菓・製パン作りの弟子を取ります。

とはいっても、孝宏も本職では無いので、基本を教えて後はカミルとエッダが自分で発展させていく感じ。

カミルもこれから父カールの徒弟になるのです。

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