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春光祭の家出人(前)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

<Langue de chat>は春光祭の間も、通常通り営業致します。


48春光祭フルューリングカァネヴァルの家出人(前)


 雪解けと春の訪れを祝う春光祭フルューリングカァネヴァルは、新年市場ノイヤアマルクト以来の大きな催しだ。

 リグハーヴスの街の市場マルクト広場には太い丸太が立てられ、大きな花輪が飾られる。花輪飾りを中心にダンス用の場所がぐるりと取られ、更にその外周に丸テーブルと椅子、そして屋台が並ぶのだ。

 屋台では一皿銅貨五枚で、腸詰肉ブルスト揚げ芋(ポムメス)の盛り合わせや、ビールをジョッキで一杯買える。

 これから忙しくなる夏へ向けての英気を養う。それが春光祭なのだ。

 もう一つ、春光祭は男女の出逢いの場でもある。

 楽器演奏の覚えがある住人が集まり奏でる曲に合わせて、誰もが自由に広場でダンスを踊って良い。

 街の住人だけではなく、リグハーヴス中の集落から年頃の男女が、出逢いを求めてやって来るのだ。

 リグハーヴスの街はいつになく人で溢れて、宿屋や食堂は満員御礼の悲鳴をあげていた。


 しかし何処にでも例外は居る。

Langueラング de chatシャ>は通常通りに営業していた。

 春光祭は言わば、お見合い一大イベントである。これが五日間続く。

 つまり、市場広場に集まっているのは、恋のお相手を見付け様としている、狩猟者の群れなのだ。うっかり近付けば巻き込まれかねない。

黒森之國くろもりのくにでは成人年齢だけどさ、俺の国だと未成年なんだよ。結婚も出来ない歳なの」と言う孝宏たかひろと、黒森之國でも未成年のカチヤは論外だし、イシュカとテオも興味がない。

 人混みで溢れる広場にケットシー達も出て行ける訳も無く、「ならば通常営業していよう」となったのだった。

 市場広場から右区レヒツに一本内側に入った路地には、常よりは人通りがあるものの、喧騒は殆ど聞こえてこなかった。


「あんた達は若いのに枯れてるねえ」

 孝宏が新たに書いたミステリ〈蝋涙ろうるい〉を借り、閲覧スペースの隅の席に腰を下ろした魔女ウィッチグレーテルがくつくつと笑う。イシュカは肩を竦める。

「ドクトリンデだって良いんですか?診療所を空けて」

「喧嘩ならあれだけ人が居りゃあ止められるだろうし、倒れる位の酔っ払いや急病人が出たら、精霊ジンニーで知らせて来るよ」

 <Langue de chat>から走れば、五分も掛からず診療所に戻れるのだ。

「何しろうちは市場広場に面しているからね、中々賑やか過ぎるのさ」

「じゃあ、ゆっくりして行って下さい」

 孝宏はティーポットからカップに紅茶シュヴァルツテーを注いた。テーブルに置いたティーポットにはティーコージーを被せる。

 グレーテルは暫く腰を落ち着ける気らしく、ポットで希望したからだ。

 今日のクッキーはラムレーズンクリームチーズを挟んだラング・ド・シャだ。ラムレーズンが苦手な人にはガナッシュを挟む。

 お祭りなのでラング・ド・シャを作ってみたのだが、残った卵黄でカスタードクリームを作った。

 朝食に薄く切ったパンに塗ってトーストしてやったら、ケットシー達が固まっていた。

 カスタードクリームを使ったおやつも作ったので、喜ぶだろう。


 孝宏が流されそうな人混みで、ルッツを肩車して買い物に行くのはテオである。

 馬鹿正直に混んでいる市場広場には出ずに、路地を抜けて目的の場所まで行く。方向感覚に優れているテオとルッツなら迷ったりしない。

 今日は店の手伝いをしているので、二人とも白いシャツに黒地に白のピンストライプのベスト、黒いズボンと言った出で立ちだ。テオは深い緑色のタイ、ルッツは細いリボンを首元に結んでいる。

 二人はカールのパン屋〈(ヴァイツェン)(スフィアーツ)〉に行って、いつもの黒パンシュヴァルツブロェートゥ白パン(ヴァイスブロェートゥ)を買って来たのだ。

 春光祭の間は店に来ないエッダとカミルのおやつに、ラング・ド・シャも孝宏に頼まれて置いて来た。

「路地も人が多いなあ」

「おおい」

 街の住人出はなく、集落からや普段地下迷宮(ダンジョン)に潜っている冒険者なども、出てきている様だ。

 胸飾りを付けた女性達で、街中は華やかだ。男性も金属の胸飾りを着けている者が多い。

<Langue de chat>では、ヴァルブルガがレース細工で作った、〈本を読むケットシー〉のブローチを着けている。ケットシーが読んでいる本の色が違う細かさだ。

 テオは若草色で、ルッツは蜂蜜色の本を読んでいる黒いケットシーだった。

「テオか?」

「はい?」

 名前を呼ばれ振り返ったテオを、擦れ違ったばかりの旅装の女性が立ち止まって見詰めていた。燃える様な赤毛を腰まで伸ばしている、長身の二十代半ばの美人だ。

「アーデルハイド?」

「やっぱり、テオか!その格好はなんだ?冒険者は辞めたのか?それに肩に乗っているケットシーは?」

 矢継ぎ早に質問し、アーデルハイドは髪と同じ色の獣耳をピンと立て、毛並みの良い尻尾をぱさぱさと忙しく振った。彼女は人狼なのだ。

「いや、まだ冒険者だけど。今日は下宿先の手伝い」

「テオ」

 ぎゅっとルッツがテオの後頭部にしがみ付いて来た。服地を通してふかふかとした感触がする。

「ルッツ?」

「おうち、かえろ」

 気が付けば路地に居る人達にじろじろと見られていた。アーデルハイドは目立つ事この上ない。

「店に戻る。話があるなら付いて来てくれ。どうせ、はぐれたんだろ?」

「う……」

 <紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング>の代表アーデルハイド。彼女は人狼にしては珍しく、方向音痴だった。

 テオが<紅蓮の蝶>の地図担当兼料理担当をしていた時は、彼女を迷子にさせた事など無かったのだが。まあ、迷子になっていても迷子に見えない貫禄があるので困りものなのだが。

 <Langue de chat>にアーデルハイドを連れて行くまでに、ちらちらと好奇の視線を感じ続けたので、すっかりルッツの機嫌が悪くなってしまった。ぺしぺしと尻尾で背中を叩かれながら、店のドアを開ける。

 ちりりん。

「ただいま。知り合いに会ったんだけど、良いかな」

「一階の居間を使って良いぞ」

 あっさりとイシュカに許可を貰えた。野次馬が窓から店の中を覗いていたからだろう。エンデュミオンが黄緑色の目を、ぎらりと光らせるなり逃げて行ったが。

 テオはアーデルハイドを連れて、カウンターの奥に入った。居間の奥の台所には、孝宏が居た。ルッツを肩車したままのテオとアーデルハイドを見て、首を傾げる。

「お客様?」

「<紅蓮の蝶>の代表アーデルハイド。迷子になっていたから回収して来た」

「くっ、本当の事を言わなくても良いだろうっ」

 アーデルハイドが赤面する。一応本人には迷子の自覚はあるのだ。

「<紅蓮の蝶>と言うと、テオが所属していた?」

「そう。地下迷宮から出て来ていたみたいで。ほら、ルッツ降りて」

いや(ナイン)

「せめて抱っこにしないかな?」

あい(ヤー)

 妥協すると、ルッツは肩から素直に下ろされ、テオのお腹にくっついた。

「お茶、どうぞ」

 ソファーに座ったテオとアーデルハイドに、孝宏が紅茶シュヴァルツテーと朝作っていた菓子(クーヘン)を皿に盛り運んで来た。確かこの菓子はトライフルと言う名前だった。

 作り方はかなり大胆で、琺瑯の容器の底に切ったスポンジを入れ、オレンジリキュールで香りを付けて酒精を飛ばしたシロップで湿らせ、その上に苺ジャムを塗り、カスタードクリームを重ね、白い生クリームで覆う。そのまま保冷庫で冷やしていたが、食べる時はざっくりと大きなスプーンで掬い摂り、硝子の器に盛って、ブルーベリーや切った苺が散らされていた。

 ケットシー達がこの黄色いクリームが好きだと知った孝宏が、今ある材料で作ってくれたのだ。

「孝宏が作る物は、それ程甘くないから食べやすいよ」

「ほう。それは有難い」

 アーデルハイドは甘さが強い菓子が苦手なのだ。食前の祈りを唱え、おしぼりで手を拭ってから、アーデルハイドは木匙を持った。クリームとスポンジを掬い取り、口に運ぶ。

 ぱあっとアーデルハイドが笑顔になる。

「美味しい……。久し振りに美味しい物を食べた気分だ。少年、私の嫁に来ないか?」

「へ!?」

「アーデルハイド、孝宏持って行かれたら、イシュカが飢え死にするから駄目」

「ぬう、旦那様がいるのか。それでは仕方がない」

 一瞬ぎょっとした孝宏だったが、アーデルハイドはあっさりと諦めた。解釈が微妙にずれている気もしたが、テオが訂正しないのでこのままで良いのだろう。

(人狼はフリーの人しか相手にしないんだっけ)

 だからテオはアーデルハイドが誤解する言い方をしたのだろう。

「ところでテオはいつその子にあったのだ?」

 アーデルハイドが柔らかな眼差しをルッツに向ける。

「去年の秋だよ。<紅蓮の蝶>を抜けて一年目位かな」

 テオの膝に座り、雛鳥の様に口を開けるルッツに、テオはトライフルを木匙で掬って入れてやる。いつもは自分で食べるのに、少し甘えている。

「おいしー」

 両前肢で頬を押さえる仕草が可愛い。少し機嫌が回復して来た様だ。アーデルハイドが指先で耳の付け根を掻いてやっても大人しくしている。

「この子はまだ幼いケットシーだな?」

「うん。エンディやヴァルに比べるとね」

「あの鯖虎さばとらのケットシーは特別だろう。……テオを<紅蓮の蝶>に戻って来ないかと勧誘するのは諦めた方が良さそうだな」

「はあ?俺が抜けた後、地図担当も料理担当も入ったんだろ?別に困る事ないんじゃないか?」

 テオが一人でやっていた事を、二人追加でこなしていた筈だ。「それがだな」とアーデルハイドは空になった器に木匙を戻し、溜め息を吐いた。

「お前の様に罠を避けて普通に歩いて行ける奴は居ないし、保存食で上手い料理を作る奴も少ないと解った」

「俺が作っていたのだって、シチューばっかりだったけど?」

「美味ければそれでも良い」

 アーデルハイドは大概の物は文句を言わずに食べる。一体どれだけ不味いのだ。

「乾燥肉を削って入れれば、それで出汁が出ると思うんだけどなあ。一般的な家庭料理のシチューの作り方だけど、レシピやろうか?アーデルハイドもレシピがあれば作れるんだろ?」

「頼む。切実なのだ」

「もしかして、まともな食事が食べたくて、地下迷宮から出て来たんじゃあないよね?」

「……」

 そっとアーデルハイドが目を逸らす。事実だったらしい。

「一人で来たんじゃないよね?」

「あいつらは安全地帯オアシスに居る。書置きは残して来た」

「家出かよ!何やってんの!」

 階層踏破順位上位パーティーの代表が。冒険者ギルドが知ったら何と言うか。台所でお茶のお代りを用意してくれていた孝宏も、「うわあ……」と言う顔をしている。

「食事が不味いと、やる気がなくなる。人狼にとって食事は大事だ」

「ああ、結構食べるもんね……」

 人狼の女性でもテオの二倍は食べられるだろう。燃費が悪いのだ。テオが料理担当をしていた時も、いかに腹に溜まる物を作るか考えていたものだ。人狼には三食の他におやつが必要なのだ。乾燥果物や加圧して膨らませた麦などを飴で絡めた携帯食を、アーデルハイドには持たせていた。

 そこでふと、重要な事に気が付く。

「待ってよ?家出してして来たって事は、何処に泊まっているの?今、春光祭だよ?宿屋どこか空いていたの?」

「今日出て来て春光祭だと気付いたからな。まあ、野宿でも死なん」

「うん、外見女性(フラウ)なんだから、気を使おうか」

 中身は結構おっさんかもしれなくてもだ。

 テオはへばり付いて離れないルッツを抱いたまま、ソファーから立ち上った。

「イシュカに泊めて貰えるか聞いて来るよ」

「かたじけない」

 こうしてアーデルハイドは、<Langue de chat>に逗留する事になった。



<紅蓮の蝶>の人狼アーデルハイドが登場です。

とっても強いのですが、強烈な方向音痴です。そして中身は漢前……。

次回はアーデルハイド以外のメンバーが登場です。

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