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ルリユールの徒弟

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

住人がまた一人増えます。


45ルリユールの徒弟


 カチヤは針仕事が壊滅的に苦手だ。真っ直ぐに縫ったり、繕い物は出来るが、刺繍や編み物となると、さっぱり出来ない。

 カチヤは元冒険者で現在は猟師をしている父親と、リグハーヴスの街にある<ナーデル紡糸スピン>のレース編みを請け負っている母親と、父親似で猟の腕の良い兄と、母親似で裁縫が上手な姉と暮らしている。

 兄はこのまま嫁を貰って家を継ぐだろうし、姉は良い婿を見付けて嫁ぐだろう。それだけの器量がある。

 カチヤは背は父親に似て高かった。顔は母方の祖父に似たらしい。美形だったと言う祖父に似たカチヤは、子供の頃から美少年と言われて来た。生まれて来た性別としては女なのだが。

 見た目は美少年だが、女物の服を着ると女装している様に見えるので、家族は皆諦め、カチヤは男物の服を子供の頃から着ている。その為、近所でもカチヤを少年だと思って居る者も多かった。

 カチヤは無理をして少年の格好をしている訳では無いので、気にもしなかったが。男の子の格好をしている方が、カチヤには自然なのだった。

 そろそろカチヤは十五になるので、何処かの徒弟に入らなければならない。カチヤを男だと思って居る人達から、鍛冶師や大工の誘いがあるが、流石に両親は断っている。

 母親と姉はカチヤに仕立ての技術を覚えさせ様としているが、人間得手不得手があるのだ。

「こんな子ですもの、手に技術を覚えさせないと」と言うのが、母と姉の口癖だった。女の子としてカチヤが結婚出来るとは、流石にこの二人も思って居ないらしい。カチヤだってそう思うし、自分が婚礼衣装のドレスを着ると想像すると、ぞっとした。


「カチヤ、街まで買い物に行くから、一緒に行こう」

 春のある日、カチヤは兄に誘われ馬で街まで出掛けた。そして、何故か兄が食料品店で買い物をする間、<針と紡糸>に置いて行かれた。

「全然話を聞かされていなかったって顔ね」

 客の採寸などもすると言う応接室に通されたカチヤの顔を見て、森林族の親方マイスターマリアンが苦笑した。カチヤはげんなりした。

「はあ、家族にはかられました」

「お母さんに、うちの徒弟になれるかどうか面接して下さいって、頼まれたのよ」

「無理です」

 店に飾ってある服やコサージュを、何年修行しようが出来るという想像すらつかない。きっとカチヤの指は穴だらけになるだろう。

「そうね、うちもやる気のない子を無理矢理徒弟にするなんて出来ないわ。あなたには別のお仕事の方が向いていそうね」

「はあ……」

 いっその事男仕事と言われる物から選んだ方が良いのかもしれないと、カチヤは溜め息を吐いた。

「お兄さんがあなたを街に連れて来たのは、色々なお仕事を見てみなさいって言うのもあるのよ?これから街を案内してあげるわ」

 マリアンは職人のアデリナに留守を頼み、カチヤを連れて店を出た。それから鍛冶師やパン屋、細工屋、肉屋、チーズ屋、醸造屋、機屋などを見せてくれた。

「疲れたでしょう」

「はい」

 街の隅から隅まで歩いたので、流石に喉が渇いていた。<針と紡糸>の近くまで戻って来ていたので、店に戻るのかと思いきや、マリアンは<本を読むケットシー>の青銅の吊り看板のある店のドアを開けた。 

 ちりりりん。

 涼やかなドアベルが鳴って、革と甘い香りのする風がカチヤの鼻先をくすぐった。

「いらっしゃいませ。フラウ・マリアン」

「こんにちは。ヘア・イシュカ、ヴァル」

 マリアンが挨拶をしたのはカウンターに居る赤毛の青年と、三毛のハチワレケットシーだった。

「え、ケットシー!?」

「うふふ。ここには三人居るのよ。皆可愛いわよお。お二人さん、この子はカチヤよ」

 カウンターに前肢の端を掛けてじっとカチヤを見ていたヴァルブルガは、ふいっとカウンターから姿を消した。

(あれ?)

 何処に行ったんだろうと思って居ると、カウンターの横から出て来て、カチヤの足元まで歩いて来ていた。カウンターには踏み台か何かを使って立っていた様だ。カチヤの膝位までしか背が無い。カチヤは床にしゃがんで、ヴァルブルガと目線を合わせた。

 子供の声で、ケットシーが喋った。

「カチヤ」

「ヴァル?」

「ヴァルブルガ」

女の子(フロイライン)?」

「ヴァルブルガは男の子(ボイ)。カチヤと同じ」

 カチヤはヴァルブルガの耳の間を撫でた。

「違うんだよ」

「違うけど、そう。だから良いの」

「珍しいな、ヴァルが初対面の人に撫でさせるなんて。フラウ・マリアンの連れて来たお客さんだからかな?」

 カチヤが顔を上げると、イシュカが立っていた。近くで見ると鮮やかな濃い緑色(グリューン)の目をしていた。

「イシュカ」

 ヴァルブルガがイシュカの脚にしがみ付く。ヴァルブルガの主はイシュカなのだろう。

「カチヤ、こっちおいでなさい」

「はい」

 マリアンに呼ばれ、棚で遮られた奥のスペースにカチヤは向かった。

「ヴァルは凄く恥ずかしがり屋なの。最初から撫でさせてくれるなんて、珍しいのよ」

「そうなんですか……?」

「いらっしゃいませ」

 二人の元に珍しい黒髪黒目の少年がお茶を運んで来た。少年の足元には鯖虎柄さばとらがらのケットシーが居る。先程の個体より気が強そうな顔だ。

孝宏たかひろとエンディよ。こちらはカチヤ。徒弟先を募集中の子なの。うちのレース編みを請け負っている方のお子さん」

「ほう?」

 きらりとエンデュミオンの黄緑色の目が光った。

「マリアンの徒弟になるのか?」

「いいえ。不器用な子じゃないけれど、お裁縫は別なの」

「ふうん?孝宏、イシュカと交代だ」

「え?うん」

 お茶(シュヴァルツテー)焼き菓子(プレッツヒェン)をテーブルに置き、孝宏とエンデュミオンはカウンターをイシュカとヴァルブルガと交代した。

「何か俺にご用ですか?」

 ヴァルブルガを抱いたイシュカが、マリアンとカチヤのテーブルにやって来る。

「真面目な話なの。座って貰って良いかしら?」

「何でしょう」

 二人の前に、イシュカはヴァルブルガを膝に乗せて座った。今の所閲覧スペースに他の客は居ない。

「<Langueラング de chatシャ>に徒弟を取らないかしら?」

「はい?」

 イシュカとカチヤの声が重なった。

「あなた、まだ徒弟が居ないわよね?」

「いませんけど、まだまだ未熟者ですよ」

「でも、親方マイスターでしょう?徒弟は取れるのよね?」

 親方は技術の継承の為、最低一人は徒弟を取る義務がある。

「それはそうですけれど。訳ありですか?」

「訳ありって程じゃないけれど、<私と逆>って感じかしら」

 つまりカチヤは女の子だけれど、<男の子>なのだ。男の子であれば、男所帯の<Langue de chat>でも問題は無い。

「その前に、その子がやる気があるのかどうかですよ」

 イシュカはカチヤに、ルリユールの親方としての顔を向けた。

「うちは本の製本や修復をするルリユールだ。地味だし根気がいる作業が多い。やってみる気はあるか?」

「ヘア・イシュカがどんな本を作るかは、あそこの棚の本を御覧なさいな。本の中に刷られている版画もこの人が描いているのよ」

「見て来て良いですか?」

「どうぞ」

 カチヤは席を立ち、棚の前に立った。綺麗な色の革装の本が棚に幾冊も並んでいた。

「字、読める?」

 足元にヴァルブルガがついて来ていた。

「教会の司祭様に習ったよ。簡単な文章なら読める」

「じゃあね、若草色の<少年と癒しの草>が良いの」

「これ?」

 カチヤはヴァルブルガに言われるまま、本を棚から取った。

「綺麗な本……」

 さらりとしていて、それでいてしっとりとしている革。表紙の箔押しもくっきりとしていて美しい。表紙を開き、頁を捲って行くと、タイプライターで打たれた文章が現れた。視線で追って行くと、月の女神シルヴァーナや、聖女の奇跡を書いた説話集せつわしゅうとは違うと気付いた。

「これ、説話集じゃないの?」

「違うの。孝宏が書いた物語で、冒険者フリッツとケットシーのヴィムのお話なの」

「え!?」

 孝宏と言えば、先程の少年だ。思わずカウンターを見れば、照れたような笑みを返された。

(私と変わらない年齢なのに……)

 そこでふと思う。徒弟は居ないと言ったのに、孝宏はなんなのだろう。

「読みたかったら、借りられるの。一回一冊銅貨三枚で二週間借りられるの」

「良いの?」

「うん。エンデュミオン、カチヤ借りるって」

「ああ」

 カチヤがカウンターに本を持って行く前に、エンデュミオンは会員カードを作っていた。孝宏が返却日の書いた短冊を挟み、本の背表紙の内側にあるポケットに会員カードを差し込む。

 一通りの説明を受けて、カチヤは<少年と癒しの草>を抱いたまま、マリアンとイシュカの待つテーブルに戻った。

「あの、私もこんな本が作れるようになりますか」

「それは、カチヤの努力次第だな。何事もやってみなければ解らないだろう?」

「はい」

「でもまあ」

 イシュカは隣の椅子によじ登ってきた、ヴァルブルガの頭にてのひらを乗せた。ハチワレのケットシーがきゅうっと主に似た色の目を細める。

「ヴァルもエンディもカチヤを気に入った様だから、うちの徒弟になる気があるならご家族を説得しておいで」

「はいっ」

 カチヤは元気よく返事をした。


 夕方<針と紡糸>に迎えに来た兄と、カチヤは馬に相乗りして家に帰った。

 両親は<針と紡糸>が駄目なら、他の職業の徒弟の当てがないかをマリアンに頼んでいたのだが、カチヤがルリユールの面接を受けるとは思っても居なかったらしい。

 しかも男所帯だと聞いて家族は反対したが、マリアンが<Langue de chat>の住人について説明をした手紙をカチヤは携えており、ケットシー憑きが三人居ると知って目が零れ落ちそうになっていた。

 ケットシー憑きに不誠実な人間は居ないのだ。それが三人も居ると言う。それであっさりと、カチヤの<Langue de chat>徒弟入りが決まった。


 人が増える春光祭フルューリングカァネヴァルよりも前にカチヤは<Langue de chat>に来ることが決まり、こうしてまた一人住人が増えたのだった。


徒弟カチヤ登場です。親方は技術を継承させるために、徒弟を引き受けなければいけないのです。

お裁縫が苦手なカチヤですが、本作りも糸や針を使うので、頑張らなければなりません。

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