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408/447

王都の森の地下墓所5

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

 死者の王にカチコミます。


 408王都の森の地下墓所カタコンベ


「失礼します」

 イシュカが診療用の天幕に頭を入れると、すぐに白い騎士服の司祭プファラーイージドールと目が合ってにこりと微笑まれた。イージドールの肩にはシュヴァルツシルトが座って、前肢を振っている。この小さな黒いケットシーは一端いっぱしの聖職者だったりする。

「こちらにどうぞ、ヘア・イシュカ」

「はい」

 イージドールに手招きされ、イシュカはフォルクハルトと竜騎士のベッドに近付いた。竜騎士のいるベッドの端にはエアネストが木竜ラウクを抱いて座っている。ラウクはゆるゆると羽根を動かしているので、具合が良くなったようだ。

 天幕の中にあるお茶道具が乗ったテーブルでは、フリューゲルがティーポットに硝子瓶からスプーンで妖精鈴花フェアリーベルとミントの葉を掬って入れ、湯沸かしポットからお湯を注いでいる。

「気分はどうだ? フォルクハルト」

「随分楽になったよ」

 ベッドに横になったまま、フォルクハルトがイシュカにひらひらと手を振ってみせた。隣のベッドで寝ていた竜騎士が、イシュカを見て慌てて起き上がろうとする。

「そのままで。ちゃんと休んでください」

「私は竜騎士ドゥアムです。ヘア・イシュカには初めてお目に掛かります。それから私に丁寧な言葉遣いは必要ありません」

 イシュカは微笑んで、ただ頷いた。確かにイシュカはヴァイツェア公爵の長子だが、貴族としての教育を受けた事もなければ、学院も卒業していない。孤児院を出た後ルリユールの徒弟に入り、職人として成長し独立した。

 ルリユールの職人である事を決して恥じてはいないが、ヴァイツェア公爵領の人々にイシュカを貴族の家族扱いされるのは、どうにも尻の座りが悪いのだ。今まで享受されるべき立場に戻っただけだとも言われるが、慣れないものは慣れない。

「もう大丈夫。あとは気分が良くなるまで、薬草茶を飲んで安静にしていてくれればいいの」

 二人のベッドの間に並べて置いた椅子に立っていたヴァルブルガが、エアネストの抱いた木竜ラウクを撫でながら言った。ふんふんと鼻を鳴らしている木竜は、意外と若そうだ。

「おちゃできたよ~」

「俺が運ぼう」

 フリューゲルが淹れた青いお茶が注がれたマグカップを、イシュカはフォルクハルトとドゥアムに渡した。

「それは聖水で淹れた妖精鈴花とミントのお茶なの。妖精鈴花の蜂蜜ホーニックも入れてあるし、お腹の中から〈浄化〉してくれるの。ラウクにはこれね」

 ヴァルブルガは〈時空鞄〉から、細かい砂糖がまぶされた青いグミの入った硝子瓶を取り出した。コルクの蓋を開けて一粒取り出し、「口開けて」とラウクの口に入れてやる。

「あ」

「エアネストも? はい」

 口を開けたエアネストにもヴァルブルガはグミを食べさせる。聖水と妖精鈴花とミントで作った薬用のグミなのだろう。〈薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉のラルスに頼めば、色々と作ってもらえる。

 起き上がり薬草茶を啜るフォルクハルトとドゥアムの顔色が良くなったのを確認し、イシュカはフォルクハルトの頭に手を伸ばして撫でた。癖のない黒髪が滑らかだ。

「イシュカ、俺は子供じゃないぞ」

「お前は俺の血の繋がった、たった一人の弟なんだぞ」

 口を尖らすフォルクハルトの額を、イシュカは軽く小突く。どれだけ彼の事を大切に思っているか口に出した事はないが、血を分けた唯一の兄弟なのだ。

「大人しく寝ていろよ」

「解ったよ、兄さん」

 お互いに顔を合わせて吹き出す。本当に無事でよかった。

「ヘア・イシュカ」

司教ビショフフォンゼル」

 天幕を出ようとしたイシュカは、フォンゼルに呼び止められ立ち止まる。いつも穏やかな笑顔を浮かべているフォンゼルが、何故か困惑とも諦観ともつかない微苦笑をしている。

「私はエンデュミオンが白翼の殺戮者を呼んで来るとは思いませんでしたよ」

「はい?」

 なんだその物騒な呼び名は。

「ヘア・クラウスの二つ名です。略称として白翼とも呼ばれます」

「初めて聞きました」

「学院時代、魔剣憑きになったヘア・クラウスを何処の領地でも欲しがったのですが、彼は最初からリグハーヴス公爵の専属騎士でした。エンデュミオンの交友関係は随分と広がったようですね」

 真偽官だったフォンゼルの情報量は馬鹿にならない筈だ。その彼をしても、現在のエンデュミオンの交友関係の深さは計り知れなかったらしい。

 確かに「一寸ちょっと借りてくる」といって、領主の特別な騎士を借りては来られないだろう。


 天幕を出たイシュカに目敏く気が付いたエンデュミオンが手招きするのが見えて、食事の後のおやつを広げているテーブルに近付く。

「イシュカ、フォルクハルト達はどう?」

 孝宏たかひろが桃のゼリーの入った器を渡してくれながら言う。

「フォルクハルトも竜騎士ドゥアムも、木竜のラウクも回復していたよ。安静にしていれば大丈夫だそうだ」

 テオが引いてくれた椅子に腰を下ろし、イシュカは桃のゼリーを匙で掬った。こんなところに来てまでおやつを用意している孝宏は相変わらずだ。

 ルッツはココシュカと一緒に、馬鈴薯を薄く切って油で揚げて、塩を振ったものをパリパリ音を立てながら食べている。

 テーブルの上には北の森の地下墓所カタコンベ周辺を拡大した地図が置いてあった。墓の絵の横に王冠を被って大鎌を持った死者の王(トーテンケーニヒ)の絵が描いてある。絵自体は可愛いが、多分本物は可愛くないだろう。

「エンディ、これ地下墓所周辺の地図?」

「うん。もうすぐダーニエルと闇竜ヴェヒテリンがこっちに来るんだ。ダーニエルもセーマ性質がそれなりに強いからな。最高指揮権はダーニエルが持っているし」

 ダーニエルが来るまで、司教フォンゼルが代理なのだという。

 安全地帯に竜騎士達の出入りはあるものの、死者の王が出た一帯は進入禁止にしたようだ。何故それが解るかと言えば、通信用の風の精霊(ウィンディ)が通りがかりにエンデュミオンに教えていくからだ。

「盗聴しまくりだよね」と孝宏が呟いているが、クラウスも素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。

 そのクラウスだが王都に居た頃は一寸した有名人だったのか、帰還して来た竜騎士達は大剣を脇に置いたクラウスの姿を見るなり、全員が目を剥いていた。よもや彼の膝の上に座って、菓子を食べているのが魔剣の中身だとは思うまい。

「お、来たな」

 エンデュミオンの呟きに視線を上げれば、王城方面から一際大きい黒い竜が飛んで来るのが見えた。マクシミリアン王に報告を終えたダーニエルがやって来たのだ。暫くして、ダーニエルと人型のヴェヒテリンが発着場から野営地に歩いて来た。

 孝宏は早速焼き菓子を山盛りにした皿とお茶のカップを二人の前に置く。浅黒い肌の女性姿のヴェヒテリンが嬉しそうに菓子に手を伸ばす。ダーニエルも紅茶を一口飲んで息を吐いた。

「負傷者の容体は?」

「〈浄化〉は済んだ。安静にしていれば、明日には回復する」

「それは良かった」

 エンデュミオンの答えに、ダーニエルは安堵の表情を見せた。

「これが地下墓所周辺の地図だ。エンデュミオンが覚えている時点のものだが」

「ああ、今も殆ど変わりがない筈だ」

「レーニシュが見たのがこの辺り。地下墓所から少し離れている」

 エンデュミオンが先の黒っぽい前肢で地図を示す。

「作戦としては、面倒臭い死者の王を先に片付けようかと思う。エンデュミオンが魔法陣マギラッドを張った場所に追い込んでもらえれば片付けられる。追い込むのは〈暁の旅団 (モルゲンロート)〉の三人とルッツ、クラウスとココシュカとダーニエルとヴェヒテリン」

「俊敏性とセーマ属性か」

「そう言う事だ。魔法陣を張るのはこの辺り。レーニシュが空き地があると教えてくれた」

 地図にエンデュミオンが赤い色鉛筆で丸印を書く。

「魔法陣の中にはエンデュミオンと孝宏とイシュカ。来る気があるならエアネストも。セント魔法の練習にはなるだろう」

「タカヒロとイシュカを連れて行っても大丈夫なのか?」

「魔法陣の要になって貰うと助かるんだ」

 孝宏が頷いているので行く気なのだろう。イシュカも軽く挙手した。

「俺も行きますよ。エンデュミオンの結界の中なら安全でしょうし、俺の可愛い弟を傷付けた奴を殴りたいので」

「そうなるよね、イシュカ。俺も聖属性の魔石投げつけたいもん」

 孝宏が声を立てて笑う。

「実際、イシュカの武器には先端に聖属性の魔石が付いているから使えるんだ」

 エンデュミオンが撫で肩を竦めた。その頭の上にいるグリューネヴァルトも、プラネルトの肩にだらりと腹這いで乗っているレーニシュも、何も言わないので行く気なのだろう。

「エアネストは何もしなくても、死霊に触れたら死霊が消し飛ぶでしょうから……大丈夫でしょうね」

 プラネルトが苦笑して言った。あの魔熊まゆうの赤ん坊は、楽しそうに死霊アンデットを消し飛ばしそうな気がする。元々野生なのだし、強いのだ。

「順番としては死者の王を消滅させてから、森の中に居る死霊を片付けつつ、地下墓所の中も確認といったところか? ダーニエル」

「ああ、それが一番危険が少ないだろう」

 通常の死霊なら、竜騎士たちでもどうにか出来るからだ。

「よし、夜になると死霊は強くなる。準備が出来たら魔法陣を張る空き地に行こう」

「解った。私は司教フォンゼルと話して来る」

 ダーニエルがヴェヒテリンと天幕に向かうのを見て、イシュカ達はテーブルや椅子を片付けた。ヴェヒテリンはしっかりと焼き菓子の入った紙袋を孝宏から受け取っていた。孝宏の焼き菓子は彼女の大好物なのだ。

「おっおー」

 ダーニエルとヴェヒテリンと入れ替わりで、エアネストが天幕から出て来た。

「ひろ」

 とてとてとやってきたエアネストは孝宏の脚に抱き着いた。ぐうーと小さなお腹が鳴る。

「やっぱり腹を空かせてきたか」

 プラネルトが笑ってポーチ型の〈魔法鞄〉から紙袋を出し、中から細長い貝の形のマドレーヌを取り出した。真ん中に苺のジャムを落としてから焼いているので、中心がほんのりと赤い。エアネストの前に片膝を付き、口の前にマドレーヌを差し出す。

「ほら、おやつだ」

「おー」

 あむ、とマドレーヌに齧り付き、エアネストが円らな茶色い目を細める。マドレーヌを一つ食べ終えたエアネストは、プラネルトの〈魔法鞄〉に前肢を突っ込んだ。中から醤油味のおかきの瓶を引っ張りだす。プラネルトの〈魔法鞄〉の中にも、孝宏が渡した菓子が幾つも入っているのだ。

「おお、甘い物の後にしょっぱいものを選ぶとは解ってるな、エア」

 孝宏が笑って持ち手が二つあるマグカップに、ミルク玉と蜂蜜玉を一つずつ落とし、魔法瓶から焙じ茶を注いだ。

 地面にぺたりと尻を付けて、エアネストが後肢と下の前肢で瓶を抱え、上の前肢で蓋を開ける。魔熊だけに力が強いのだ。

「んっんー」

 瓶の中に前肢を突っ込み、エアネストがおかきを掴みだす。最初の一つはプラネルトに突き出した。

「俺にくれるの? 有難う」

「お」

 プラネルトが受け取ると、エアネストはもう一度瓶に前肢を入れておかきを掴み口に入れた。カリポリといい音を立てて咀嚼する。

「エア、お茶だよ」

「おう」

 孝宏からマグカップを受け取り、エアネストがお茶を舐める。

「んま」

 おやつを堪能するエアネストは、かなり自由だ。しかし赤ん坊としては落ち着いているだろう。エアネストの腹が満足したのを見計らったかのように、ダーニエルとヴェヒテリン、頭巾の中にシュヴァルツシルトを入れたイージドールが天幕から出てきた。

「行こうか。司祭イージドール達は私とヴェヒテリンに乗せてもらいましょう」

有難うございます(ダンケシェン)

 残るはクラウスとココシュカだ。

「ココシュカ、行くぞ」

「ぎゃう」

 クラウスに名前を呼ばれ、ココシュカがあるじの胸に飛び込んだ。そしてそのままクラウスの身体の中に消える。

「ほう? 同化出来るのか」

 エンデュミオンの興味深げな声とほぼ同時に、クラウスの背中から真っ白な翼が現れた。ばさりと一度羽ばたくだけで、クラウスの身体は軽々と宙に浮かんだ。竜と同じでココシュカも魔力で空を飛ぶからだろう。

「ヘア・クラウス、自力で飛べるんだ。凄い、格好いいね!」

 孝宏が上空を旋回するクラウスを見上げる。

「憑いている魔物に翼があって、主と同調率が高いと協力して飛べるんだ」

 エンデュミオンが解説してくれる。ココシュカはクラウスが大好きなので可能なのだろう。白翼の殺戮者の意味が解った。実際に白い羽が生えるのだ。魔物付きであり、魔物と同化して翼で飛ぶ事も出来る。そりゃあ各方面から勧誘が多かっただろう。

 発着場に移動し、レーニシュが成竜になりプラネルトとテオ、ルッツとエアネストが乗り飛び立つ。次にヴェヒテリンが成竜になり、ダーニエルとイージドール、シュヴァルツシルトが出発する。最後にグリューネヴァルトが成竜になって、孝宏とエンデュミオン、イシュカが乗り込み離陸した。

 春の近さを感じさせる薄青い空には雲は殆どなく、森の中の出来事とは無関係に気持ち良く晴れている。

「おっおー!」

 レーニシュの上でご機嫌な声を上げるエアネストの声が聞こえて来た。相変わらず空を飛ぶのが好きらしい。

 地下墓所の場所を見付けているのはレーニシュなので、レーニシュが先頭になって飛んで行く。

 ─この辺だよ~。

 先行するレーニシュののんびりとした口調の思念が飛んで来る。レーニシュの先にはその部分だけどよんとした黒い靄が漂っていた。あそこに地下墓所の入口があるのだろう。つまりレーニシュが居るのは、魔法陣を張る空き地がある場所の真上に違いない。

 レーニシュ、ヴェヒテリン、グリューネヴァルトの順番で地表に下りる。クラウスも危なげなく着地した。

「よし、魔法陣を張るぞ」

 エンデュミオンが身体の前に魔法陣を描き、地面に飛ばす。動き回るのに十分な広さをした、銀色に輝く魔法陣が空き地に刻まれた。

「ここが安全地帯だ。それで、〈浄化〉の為の魔法陣がこれだ」

 エンデュミオンが再び目の前に魔法陣を描く。描き終えてから、エンデュミオンはイージドールを見上げた。身体に前にある魔法陣をイージドールに前肢で示す。

「聖職者から見て足りないものはないか?」

「そうですね、外周に祈りの聖句を足しましょう」

「書いてくれ」

「はい」

 イージドールが魔法陣にすらすらと聖句を描き足していく。魔法陣が完成すると、エンデュミオンは、安全地帯の前にその魔法陣を固定した。

「つまり私達はここに死者の王を追い込むんだな?」

 ダーニエルが腰に佩いた剣を軽く叩く。

「ああ。宜しく頼む。安全地帯に近付いて来る死霊はこっちで片付けるから」

 エンデュミオンは腰から棒を引き抜いて組み立てていたイシュカと、二対の腕を振ってルッツとココシュカと踊っているエアネストを一瞥した。踊る幼い妖精フェアリー達は可愛い。

「じゃあ行きますか」

 テオとプラネルト、イージドールが得物である大振りのナイフを取り出す。うっすらと光って見えるのは、聖属性を付与しているからだ。ダーニエルとヴェヒテリンも剣を鞘から引き抜いた。

「ルッツ、行くよ」

「あいっ。いってくるねー」

「おー」

 ルッツはエアネストに頬を擦り付け、テオの背中に飛びついた。

 追い込み組が次々と安全地帯から飛び出していく。イシュカは孝宏達から距離を取り、棒を軽く振った。ヒュヒュン、と風を切る音が鳴る。

「あれ? シュヴァルツシルトも行っちゃったんだ」

 グリューネヴァルトとレーニシュに干したオレンジにチョコ―レートを掛けたものを与えていた孝宏が、エンデュミオンを振り返って言った。エンデュミオンが前肢で頭を掻く。

「いつもイージドールにくっついているから慣れているだろ。あの子も聖魔法の使い手だしな」

 ケットシーなので司祭格の能力があり、いつも法具の鈴を持ち歩いている。それにラルスの弟で、モーリッツの息子である。シュヴァルツシルトは中々度胸が良かった。

「ぶー」

 エアネストが不満げな声で鳴いた。

「あー。死霊が近付いてきたんだろう。安全地帯には入って来ないから、内側から攻撃していいぞ。エアネストも魔法陣の外に行くなよ」

「お」

 ふすと鼻を鳴らし、エアネストが茶色の瞳を輝かせる。二対の前肢をきゅっと握り、何故かやる気だ。

「うわあ、本当に潔い死霊だ」

 孝宏の声にイシュカが魔法陣の外に目を凝らすと、彼が言うところの潔い死霊──骸骨がこちらに向かってぞろぞろと歩いて来るのが見えた。

 死霊は何も考えずに移動しているようで、〈浄化〉用の結界に進んで消し飛ぶモノも居た。それ以外の死霊は安全地帯の魔法陣をぐるりと囲む。

「おっおー!」

 大喜びでエアネストは魔法陣の端まで駆けていき、聖属性の光の球を投げ付けた。光の球が当たった瞬間、死霊がざらりと崩れる。

「……あの子楽しそうだね」

 呆気に取られた孝宏が呟き、イシュカは激しく頷いた。

「魔熊だが聖属性だからな、本能的な行動だろう」

 エンデュミオンが、聖属性の小さな魔法陣を飛ばして死霊を消し飛ばしながら言った。その隣で、きゃっきゃと楽しそうにエアネストが死霊を消している。あれを後でプラネルトに報告すべきだろうか。

『シューティングゲームじゃない筈なんだけどなあ』

 孝宏が倭之國語で独りごちながら、ポーチから聖属性の白い魔石を取り出してスリングで死霊に投げつける。パキンと死霊の頭蓋骨に穴が開き、骸骨が崩れていく。

「よし、潔い死霊なら戦える」

 孝宏が拳を握りしめる姿を見て、イシュカは微笑んだ。つまり潔くない死霊は苦手なのだと解ったからだ。

 イシュカも手指を保護する手袋をはめ直し、棒を軽く握った。棒を回す時には軽く、打撃を与える瞬間にはしっかりと握る。

 ヒュヒュッっと鋭い音を立てて棒を回転させ勢いを付けて、魔法陣の内側から死霊の頭蓋骨を突く。何故頭蓋骨狙いかと言えば、肋骨を狙うより標的が大きいからだ。

「まあ肋骨なら上から叩き折ればいいか」

 実行すれば、呆気なくぽきぽきと肋骨が折れた。エンデュミオンが棒の端に付けた聖属性の魔石は中々に強烈のようだ。

 暫く周りに集まって来る死霊と戦っている内に、イシュカは辺りの空気が重くなって来たのに気が付いた。

「エンディ?」

「近付いてきたな」

 遠くから金属がぶつかり合う硬い音が聞こえて来た。イシュカも孝宏も手を止め、音のする方を眺める。

「うわ、凄い」

 木の枝をぽんぽんと飛んで移動して来るルッツが見えた。時々「にゃっはー!」と楽しげな声がするのは空耳だろうか。ルッツの背後には死霊御一行が大勢ついて来ているのが見えるが、その死霊御一行を上からクラウスが大剣でバッサバッサと切り捨てている。同じ闇属性でも、魔剣ココシュカの方が格上なのだろう、あっさりと死霊が崩れていく。

 さらに後方から、黒い頭巾付きのボロボロのローブを着て、頭に古色蒼然とした王冠を被った死者の王とテオ達が、死者の王が振り回す大鎌とやり合っている。金属同士がぶつかり合う度に火花が散っているので、随分と力強く打ち合っているのだろう。

「確かにあれば人狼か、〈暁の旅団〉じゃないときついな」

 イシュカがもしあの大鎌を棒で受けたら、後方に飛ばされそうだ。

 平原族であるダーニエルは体格と技量が良いのもあって、大鎌を剣で上手く受け流している。力の強いヴェヒテリンがその隙に背後から切りつける戦法だ。〈暁の旅団〉の三人がどこか楽しそうな気がする。イージドールの頭巾に入っているシュヴァルツシルトも、シャンシャンと法具の鈴を鳴らして場を浄めている。こちらも楽しそうだ。

「〈浄化〉の魔法陣の上を通っても大丈夫だから、そのまま追い込め!」

 エンデュミオンの指示に、ニヤリと笑った〈暁の旅団〉の三人が、〈浄化〉用魔法陣の手前で脚を振り上げた。同時にイシュカも白く光る聖属性の魔石の付いた棒を構える。

「シッ」

 三人揃って一斉に死者の王を背後から蹴り飛ばす。〈暁の旅団〉の三人の脚力で、死者の王が吹っ飛び〈浄化〉用の魔法陣の上にボトリと落ちた。その死者の王の頭目掛けて、イシュカが棒を突き出す。魔石付きの棒の先端が、紫色に光る死者の王の眼窩を通り抜けたあと、ガツンと強い衝撃が棒を握る腕に伝わってきて、イシュカは顔を顰めた。頭蓋骨が死霊に比べるとかなり硬かった。

 ─オオオオオ!

 怖気の走る叫び声を上げながら、死者の王が崩れていく。

 ガランと音を立てて転がった、大鎌と王冠だけが魔法陣の上に残った。

「一寸イーズ! 聖職者が足蹴にするってどうなの!」

「いやあの状態だと僕だって足が出るよ!」

「あははははは!」

 テオの突っ込みにイージドールが反論し、プラネルトが腹を抱えて大笑いしている。

「いや流石戦闘民族だな。素晴らしい」

 ダーニエルとヴェヒテリンが、〈暁の旅団〉の三人に拍手を送る。

「にゃあん」

 チリーンとシュヴァルツシルトが鈴を振る。

「シュヴァルツシルトも有難う。場を浄めてくれたから、戦いやすかったよ」

「あいっ」

 ダーニエルに褒められて、イージドールの頭巾の中で、シュヴァルツシルトがぐねぐねして喜ぶ。

「よし、明日は森の中の死霊を竜騎士達に任せて、エンデュミオン達が地下墓所に入ろう。今日は陽が暮れる前に戻ろうか」

 エンデュミオンがポンと肉球を打ち合わせる。

「賛成!」

 暮れ始めた森の中に、全員の声が揃った。


最強集団で死者の王をぶっ叩く、というさっさと片付けようぜ!な人達。

前線出ないはずなんだけど、結局前線に来ちゃってるイシュカです。

育てているのがプラネルトだからなのか、がんがんいこうぜ!という感じのエアネスト。

ルッツも「にゃっはー」言いながら囮になっているのを孝宏に見られています。

ルッツは死霊の囮、ココシュカinクラウスは死者の王の囮だったりします。

イージドールは当然聖騎士としては破格の強さです。それについていけるシュヴァルツシルトなんですが、楽しんでいる気がします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご確認下さい。 最新話 エンディと孝宏達はそれぞれ、ドラゴンに乗って移動していますが、クラウスとココシュカはどうやって移動したのでしょうか?
[一言] 更新、ありがとうございますー クラウスに白い羽が生えるんですねーーー なるほどっ 白翼がココシュカの物であっても「殺戮者」になるのに納得です。 戦闘シーンのはずなのに、あちこちに和みが混…
[一言] イシュカの戦闘ご馳走様です(о´∀`о) やっぱり孝宏の周りはガチガチに守られていた… 普段の皆も好きですが戦闘でハイになってる皆も好きです
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