王都の森の地下墓所4
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助っ人召喚。
407王都の森の地下墓所4
あおおおーん。
遠吠えが聞こえて来た途端、エンデュミオンをはじめとした妖精達が一斉に顔を上げた。
「これリット?」
配膳の準備をしていた孝宏も、エンデュミオンを振り返る。フリューゲル以外で、ここに居るコボルトはリット位だ。
「リットだ。恐らく誰かが死者の王と接触したんだ」
「フォルクハルトなの」
ヴァルブルガがイシュカに緑色の目を向けて、真顔で言った。フリューゲルもこくりと頷く。
「は!?」
「ヴァルブルガとフリューゲルはフォルクハルトに加護を与えている。何かあれば解るんだ。フォンゼルの所に行くぞ。トーマ、ヒルデベルト、ここは頼む」
「はい」
妖精達と孝宏、イシュカの足元に銀色の魔法陣が浮かび上がり、問答無用で〈転移〉する。
「うわ」
「気を付けて、孝宏」
〈転移〉先でよろけた孝宏の薄い腰を掴んで支え、イシュカは辺りを見回す。野営訓練場の大きなテントの前だった。司教フォンゼルとイージドール、猟師コボルトのリットの他に、テオとプラネルト、ルッツが居た。
「きゅっきゅー」
エンデュミオンの頭の上に居た木竜グリューネヴァルトは、プラネルトの肩に居る雷竜レーニシュを見て尻尾をゆらりと動かした。
「エンデュミオン、死者の王が出ました」
「接触したのはフォルクハルト達だな?」
「はい。間も無く帰還します」
イージドールの報告に、エンデュミオンは細く長く息を吐いた。
「確実に瘴気に中っているぞ。エンデュミオンが最初に〈浄化〉するから、その後の処置を頼む。聖水は惜しみなく使え」
「解りました」
「来ました!」
空を見上げていた聖騎士がふらつきながら飛んで来る木竜を指差した。
「エンディ、竜も瘴気に中るのか?」
「そりゃあ、騎乗している奴が瘴気に中っているからな」
イシュカの呟きに、エンデュミオンが答えた。そして、グリューネヴァルトとレーニシュに指示を出す。
「グリューネヴァルト、レーニシュ、上に行ってフォルクハルトと竜騎士を下に落とせ」
「きゅっ」
─はーい。
とんでもない指示に聞こえたが、グリューネヴァルトとレーニシュはすぐに上空に近付いている木竜に向かって飛んで行った。グリューネヴァルトが木竜に話し掛けている鳴き声が聞こえる。年長者であるグリューネヴァルトは、他の竜に指示を出せるのだ。
木竜の上まで飛んだグリューネヴァルトとレーニシュの姿が一瞬揺らいで消える。木竜の翼で死角に入ったのかと、イシュカは首を傾げた。
「消えた……?」
「人型になったんだ。ベルトが外せないから」
「え、俺グリューネヴァルトの人型見た事ないんだけど」
「エンデュミオンも随分見ていないな」
孝宏にあっさりとエンデュミオンが言う。そんなものなのだろうか。グリューネヴァルトは頑固な木竜で、思念もエンデュミオン以外に飛ばさないし、人型にもならないのだ。
よろよろしている木竜から再びグリューネヴァルトとレーニシュの幼竜姿が離れる頃には、丁度イシュカ達のいる場所の真上に来ていた。
「落とせ!」
エンデュミオンの指示で木竜が身体を傾ける。竜の背中に乗っていた二人が、抵抗なく地表に向かって落ちて来るのが見えた。
「ルッツ、〈浮遊〉! ヴァルブルガ、〈蔦網〉!」
ルッツとヴァルブルガに指示を出し、エンデュミオン自身は〈浄化〉の魔法陣を落下して来る二人の真下に飛ばす。連続して魔法陣が三つ重なった場所に、フォルクハルトと竜騎士が落ちて来た。
「よし」
音もなく二人を受け止めた魔法陣は〈浄化〉の強い光を放ち、イシュカは思わず目を細めた。ぶわりと二人の身体から黒い靄が噴き出すが、銀色の光に絡めとられて消える。
ゆっくりと地面に横たわったフォルクハルト達に、イシュカとフリューゲルは駆け寄った。
「フォルクハルト!」
「わうう!」
「イシュカ、フリューゲル、揺するなよ。瘴気で悪酔いしている状態だから」
背後からのエンデュミオンの声を聞いて、イシュカはフォルクハルトの青白い頬を指先で軽く叩いた。フリューゲルも濡れた鼻をフォルクハルトに押し付ける。
「フォルクハルト。俺だ、イシュカだ。フリューゲルもいる」
「……イシュカ? フリューゲル……」
瞼は閉じたままだが、返事が戻って来たので安堵する。イシュカはフォルクハルトの頭を撫でた。
「すぐに〈治癒〉して貰えるからな」
「テオ、イージドール。二人を診療用天幕に運んでくれ。話を聞くには治療をしてからだ」
エンデュミオンが、抱えても落とす心配のない体力のある二人に運搬を頼む。
「ラウクは……?」
フォルクハルトと同様に地面に転がっている竜騎士が、自分の竜の名前を呼んだ。
「大丈夫だぞ」
エンデュミオンが顔を向けた先には、幼竜化して地面にぺたりとへばりついた木竜が居た。
「おあ」
そこにエアネストが近付いていき、ラウクと呼ばれた木竜を拾い上げて抱きかかえた。その瞬間、ぶわっと木竜から黒い煙が噴き出して消し飛んだ。
「おっおー」
機嫌よくエアネストは木竜に頬ずりしている。普段レーニシュと居るので、幼竜の扱いに慣れているのだ。おまけに瘴気を全く気にしていない。
エンデュミオンが鼻を鳴らした。
「エアネストは聖属性の塊だからな。瘴気の方が消し飛ぶ」
「反則みたいだなあ」
テオが苦笑いをしながら、地面からフォルクハルトを抱き上げた。隣でプラネルトも竜騎士を抱えて「エアはすぐに腹を減らすと思うよ」と笑った。
「エア、付いて来て。その子を優しく運んでね」
「おー」
木竜を四本の腕でぬいぐるみのように抱いたエアネストが、テオとプラネルトの後ろをよちよちと追い掛けて、診療用の天幕に向かった。フォンゼルとイージドール、フリューゲルとヴァルブルガも天幕に入る。イシュカが行っても邪魔になるだけだろう。呼ばれるまで待とうと、イシュカはその場に留まった。
「イシュカ、大丈夫?」
孝宏がイシュカの腕を軽く叩いて、顔を見上げて来る。
「ああ。なんとなく胸騒ぎがしていたし。命に別状がないみたいで良かった。ルッツ達は死者の王に会わなかったのか?」
イシュカの足元に残っていたルッツにしゃがんで問い掛ける。
「ルッツたちいたばしょより、おくにでたからだいじょぶ」
「そうか。お腹空いただろう」
「あい」
ぐうーとルッツのお腹が鳴った。
「どれ、先に食わせてやろう」
エンデュミオンが〈時空鞄〉から野外用のテーブルと椅子を出す。ついでに風除けの魔法陣も周りに張ってから、取り置いていたらしい鍋に入った粥と油条を取り出した。孝宏が早速スープボウルに粥を注いでルッツの前に置く。
ルッツは幼児なので、腹が減りすぎると具合が悪くなるし、悲しそうな顔になるのだ。
「聖水で作ったから、瘴気が残っていても消し飛ぶかな」
孝宏が油条に練乳を掛けてやりながら呟く。鍋に聖水を入れたのはイシュカである。
「おいしーねー」
食べ頃の温度にした粥をルッツが食べ始め、尻尾をピンと立てた。レーニシュとグリューネヴァルトもテーブルの上で、千切って貰った油条を抱えて齧り付く。
「グリューネヴァルト達も粥を食べておけよ」
「きゅっ」
─はーい。
テオとプラネルトもすぐに天幕から出て来たので、エンデュミオンが追加のスープボウルを取り出した。エアネストは木竜ラウクをそのまま抱えているのか出てこない。
「二人とも、まずは食え」
「有難う」
他の戻って来た竜騎士達は、聖騎士の〈浄化〉を受けて、調理用テントへと案内されているのだが、当然エンデュミオンはそれを無視し、キロリとテオとプラネルトに視線を向けた。
「で?」
「死者の王の事だよね? 俺達は直接見てないんだ。レーニシュは見たんだよな?」
テオが湯気の立つ粥を匙で軽く混ぜながら、レーニシュに話を振る。
─見たよ~。黒いの。王冠被って大鎌持ってた。
レーニシュがグリューネヴァルトと一緒に粥のボウルに顔を突っ込みながら、器用に思念を飛ばして来る。
『死神スタイル?』
孝宏が倭之國語で呟いた。
「死者の王の姿は色々あるんだがな、記録によると北の森の死者の王は、王冠と大鎌だな」
黒い肉球で顎を擦りながら、エンデュミオンが答える。
プラネルトが油条を千切って言った。
「死者の王とやれるのは俺達だと思うんだけど、〈浄化〉をどうするかなんだよ。エンデュミオン、前線に来られるか?」
「エンデュミオンは戦闘系じゃないからなあ。まあ結界を張って待ち構えた所に誘い出してもらえればやれるが。イージドールもどちらかと言えば、戦闘に参加する方だろう?」
「そうだね。聖属性を鍛えてあるから、あの人瘴気には強いし」
死者の王は〈暁の旅団〉三人でなんとか押さえられる強さらしい。かなり強い。
孝宏がルッツのスープボウルにお代わりを注いであげながら、「ゲームだとありなんだけど」と口を開いた。
「エンディ、闇属性に相対するのが聖属性なんだよね? じゃあさ、闇属性強い人が死者の王と対峙したらどうなるの?」
「穢れのない闇属性の者なら、瘴気に中ったりしないぞ? でもそこらへんに闇属性の奴はそうそう居ない……いや、居たな」
エンデュミオンの黄緑色の瞳が、キラリと好奇に輝いた。
「やたらと強い闇属性の奴が居るな。一寸貸し出してもらえるか聞いて来る」
聞き返す間もなく、エンデュミオンが〈転移〉で姿を消した。相変わらず行動が早い。
「闇属性の人……三頭魔犬?」
「孝宏、三頭魔犬は人じゃないだろ。それにホーンに召喚して貰わないといけない」
「ヒロ、イシュカ、三頭魔犬をここで召喚したら誤魔化せないと思うぞ。司教フォンゼルもいるんだし」
三頭魔犬の召喚は、本来一大事だった。テオの突っ込みに、孝宏とイシュカは「確かに」と同時に頷いた。うっかりすると三頭魔犬はコカトリスも連れて来てしまうかもしれない。それは困る。
お粥を食べ終えたルッツに、おやつの桃のシロップ煮で作ったゼリーを孝宏が食べさせている頃になって、エンデュミオンが〈転移〉で戻って来た。
「ただいま。助っ人を連れて来たぞ」
「仕方ありませんからね。王都に死霊が溢れたら、結局私が呼ばれますし」
エンデュミオンを片腕に抱え、肩に白虎のキメラをしがみ付かせた濃青色の騎士服を着た濃い灰色の髪の男が、溜め息まじりに言う。
リグハーヴス領主でもないのに濃青色が着られるのは、領主の特別な騎士だけだ。
「ヘア・クラウス!?」
「はい。エンデュミオンに「たまには魔剣ココシュカを思い切り振ってみないか」と誘われまして」
表情に乏しい灰色の瞳を一堂に向け、クラウスが孝宏にエンデュミオンを渡す。
「ぎゃう! ヒロ、おやつ!」
「ココシュカ、桃のゼリーあるよ」
「ぎゃう、ココシュカ食べる」
クラウスの背中から離れ、ココシュカが孝宏について行く。白虎の身体に白い翼、蛇の尻尾を持つ魔物だが、基本人懐こいのだ。会う度に美味しいものをくれる孝宏を気に入っている。
「ヘア・クラウス。その、リグハーヴス公爵の守りは大丈夫なんですか?」
「それなら父さんに頼んで来た」
イシュカが恐る恐る訊いた質問に、エンデュミオンから返事がある。イシュカの脳裏に、執務室のソファーでアルフォンスとお茶を飲んでいるフィリップの姿が浮かんだ。フィリップは常識的な性格なので、結構仲良くしてそうな気がする。
クラウスが腰のポーチに手を入れ、ずるりと大剣を引っ張りだす。どう見ても中肉中背のクラウスの体格では片腕で持てなさそうな大きさなのに、軽々と持っている姿が無表情さも相まって空恐ろしい。
背中に背負う形の剣帯を着けて魔剣を収め、クラウスは「司教フォンゼルに御挨拶を」と、天幕に入って行った。今ならフォルクハルトたちの〈治癒〉も一段落しているだろう。
「エンディ、確かに魔物憑きなら闇属性だけど、ヘア・クラウスを連れてくるとは思わなかったよ」
「人間の闇属性の知り合いがクラウスしか居なかったんだ。三頭魔犬の姐さん達だと、多分マクシミリアンに怒られそうな気がする」
「各地の騎士に見られちゃうしね」
ココシュカに桃のゼリーを用意しながら孝宏が納得しているが、地下の門番を簡単に召喚してしまう方が問題だろう。三頭魔犬を呼んでと頼めば、二つ返事で呼んでしまうホーンが孝宏と仲が良いのが知られてしまう。
「ヘア・イシュカ、中にどうぞ」
天幕から出て来たクラウスがイシュカを呼んだ。フォルクハルト達が面会出来るまで回復したのだろう。
この後、天幕の中に入ったイシュカは、フォンゼルに「白翼の殺戮者を呼んで来るとは思いもしませんでした」と言われて、クラウスの二つ名を初めて知る事になるのだった。
ご心配をおかけしましたが、ログイン出来るようになりましたー!
ほぼ毎日ログインしているのに、いきなりログイン出来なくなる事例にひっかっかりました。
パスワード再設定を2回して復活しましたー! 何故なのー! でもよかったー!
本当は前回の祝日に更新予定だった、助っ人召喚のお話です。
闇属性が強い人、クラウス位なんですよね。魔物憑きなので、人なんだけど一寸ばかし人じゃないんです。
どうして「白翼の殺戮者」(白翼)と呼ばれるのかは、次回で。
ココシュカはまずは孝宏におやつを貰いに行く安定の仕様です。
木竜グリューネヴァルトは人型になれたの!? なんですが、なれます。
外見年齢はイシュカ位です。人型になっても無口だけど。
幼竜姿なのは、孝宏の美味しいごはんを沢山食べた気になれるから。あとエンデュミオンの頭に乗れるからです。
エンデュミオンはグリューネヴァルトが好きな姿でいればいいと思っているので、そのあたり気にしません。




