王都の森の地下墓所2
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
王都に到着です。
405王都の森の地下墓所2
陸路を行くのに比べると空路は圧倒的に速い。竜と妖精達が吹き寄せる風と気温を調整してくれるので、高所に居る事に耐えられさえすれば快適だ。
「素晴らしい景色だな」
イシュカは高い所が平気で、騎乗練習の時から空の上の景色を楽しんでいた。ヴァルブルガの方が高い所が苦手らしく、先程から全く口を開かない。外套のフードをぎゅっと前肢で握って引き下ろし、何も見ないようにしていた。
「ヴァルブルガ、あと三十分くらいで着くからな」
「うん。大丈夫」
エンデュミオンがヴァルブルガに声を掛けると返事が来た。大丈夫そうだ。
森と草原が多いリグハーヴス方面から王都へ向かうと、次第に集落の数が増えて来るのが解る。そして王都は上から見ると人口が増えるにつれて増やされた囲壁が、同心円状に広がっていた。
王城を回り込み、正面から見て左側にある騎士団本部と竜騎士隊の建物の上空に辿り着くと、次々と各領からの竜騎士が王都方面に飛んで来るのが小さく見えた。
発着場上空は丁度空いていて、先にレーニシュが降下する。地面に下りたレーニシュからプラネルトとテオが下り、レーニシュが幼竜化してプラネルトにくっつき発着場の端に駆けていく。流石に速い。
発着場にいる従騎士が、降下許可の合図に黄色い旗を振るのが見えた。
「グリューネヴァルト、降下」
「きゅっ」
すーっと揺れる事無くグリューネヴァルトが地表に向かって下りていく。砂埃も上げずにグリューネヴァルトが地面に着陸した。ベルトを外したイシュカが、鞍にある足場を頼りにグリューネヴァルトの背中から下りていく。孝宏もそのあとに続いて地面に下りた。
「有難う、グリューネヴァルト」
「きゅっ」
グリューネヴァルトの腕を孝宏が軽く叩くと、軽く鳴いて大きな成龍から幼竜に変化して孝宏の肩にとまった。上空には次の竜が見えたので、孝宏とイシュカはテオ達が待っている場所へと小走りで移動した。
「所属と正式職種、騎乗者と騎乗竜をお願いします」
受付の従騎士が、名簿と赤鉛筆を片手に待ち構えていた。
「リグハーヴス公爵領所属、ルリユール〈Langue de chat〉店員、準竜騎士、塔ノ守孝宏。騎乗竜は木竜グリューネヴァルト」
「同じくルリユール〈Langue de chat〉店員、準竜騎士、大魔法使いエンデュミオン」
「同じくルリユール〈Langue de chat〉親方、イシュカ・ヴァイツェア」
「同じくルリユール〈Langue de chat〉店員、魔女ヴァルブルガ」
「確認致しました。リグハーヴスと〈暁の砂漠〉は同じ天幕となっています。天幕の上の旗色をご確認ください」
「有難うございます」
孝宏は礼を言いイシュカは会釈をして、少し離れた場所でひらひらと手を振っているテオとプラネルトの元に行く。
「同じ天幕なんだね」
「リグハーヴスと〈暁の砂漠〉は俺達しかいないからね」
プラネルトが笑って「あそこだよ」と運動場に張られた赤と青の旗が付いている天幕を指差した。
他の領地の天幕には既に到着している竜騎士がいるようで、出入りしている姿も見えるし、話し声も聞こえている。
「お、これは中々良い天幕だな。空間魔法が刻んであるやつだぞ」
エンデュミオンが楽しそうに黄緑色の目を輝かせた。プラネルトが笑いながら言った。
「死霊退治をさせる分、待遇が良いのかな」
「エンデュミオン、俺聞き忘れていたんだけど、死霊って潔いやつ? それとも潔くない奴?」
孝宏は大事な事を確認する。
「潔い奴だな、基本骸骨だ」
「良かった~」
孝宏とエンデュミオンの会話に、イシュカとテオ、プラネルトが同時に吹き出した。
「それを潔いって言うのか? 孝宏」
「いや、はっきり言わないように気を遣ったんだけど、イシュカ」
肉が付いているか付いていないかとは聞き難いではないか。孝宏なりに気を遣ったのに。
「隣はヴァイツェアか」
エンデュミオンが呟くとほぼ同時に、ヴァイツェアの天幕から南方コボルトが一人飛び出して来た。濃緑色の騎士服を着たコボルトは、孝宏達を見るなり満面の笑顔になった。
「イシュカー!」と駆けて来て、イシュカの脚に抱き着く。
「フリューゲル!?」
イシュカの顔が引きつった。フリューゲルが居るのならば、当然その主もここに居る。
「フリューゲル! どこ行った!?」
ヴァイツェアの天幕から黒髪の森林族の青年が出て来て、こちらを見るなりカッと目を見開く。イシュカの赤毛は独特の色なので、知っている人にはすぐに解る。
「イシュカ!?」
「っあーもう、なんでフォルクハルトが居るんだ!?」
イシュカが思わず額を抑えて呻いた。イシュカのこんな姿は珍しく、孝宏は掌で口を押えて笑いを堪えた。
「それはこっちの台詞だろ! なんでイシュカが居るんだ!」
突進して来るなりフォルクハルトがイシュカの肩を掴む。片や平原族、片や森林族だが、れっきとした兄弟だ。濃い緑色の目が二人の父親のハルトヴィヒ譲りでそっくりだ。
「安全地帯の支えを手伝いに来たんだ。竜騎士じゃないが、俺は孝宏と条件は同じだ」
「イシュカは非戦闘員だろ!」
イシュカは腰から二本の棒のうちの片方を引き抜いて、フォルクハルトの肩に押し当てた。
「……ヴァイツェア流棒術?」
「〈暁の旅団〉の二人に及第点は貰った」
「前線には出せないし、出さない条件だ」
テオがイシュカの隣に並んで言った。フォルクハルトがテオの顔をじっと見詰め溜め息を吐いた。
「……解った。イシュカ、安全地帯から出ないと約束してくれ」
「フォルクハルト、俺は流石にそこまで無謀じゃない。魔法が使えないんだぞ」
「自覚しているならいい。また後で」
フォルクハルトはフリューゲルを抱き上げて、ヴァイツェアの天幕へ戻っていった。
「……フォルクハルトだって竜騎士じゃないのに何で居るんだ」
「貴族で聖魔法が使えるからじゃないか?」
エンデュミオンがなんでもなさげに呟いた。
「きちんと礼拝をしていれば聖属性は生えるが、浄化まで使えるようになるのは別だからな」
素質があるか、きちんと訓練しているかのどちらからしい。例え礼拝していても、エンデュミオンのように聖属性が生えない者も居るが、魔法陣を使えるので無問題なのだ。
「イシュカと孝宏みたいに、全属性があるのに内包魔力のみで出力出来ないほうが珍しいんだぞ。内包魔力は結構あるのに」
そんな事を言われても使えないものは使えない。
天幕の中は、テーブルや椅子が置いてあり、きちんとした仕切りで個室のようになった場所には、簡易寝台も置いてあった。
「エンディ、ここってどういう使い方されるの?」
「基地本部だな。ここから交代で北の森に行くんだ。流石に北の森でしっかりとした休息は取れないだろう」
「確かに」
周りに死霊がいるのだ。一寸落ち着いて寝られない。悪夢を見そうだ。
「全員が来たら呼ばれるだろう。それまでゆっくりしていよう」
「そうだね」
妖精達をハーネスから外し、孝宏は〈魔法鞄〉からお茶の入った水筒とコップを取り出した。クッキー入りの箱も取り出してテーブルに置く。
「よいしょ」
エンデュミオンは、〈時空鞄〉から王都周辺の地図を引っ張りだした。詳細な地図は通常手に入らないので、白地図に近いものだ。
孝宏の太腿の上に立ちあがってテーブルに乗り出し、地図に色鉛筆で書き込みを始める。
「孝宏とプラネルトは竜騎士訓練で上空を飛んだから覚えていると思うが、ここが王城だ」
白地図にデフォルメされた城のマークを書き込む。そして緑色の色鉛筆で周辺にある王領の森を書いていく。
「ここが野外演習場のある森だな。そしてこの辺りが北の森と呼ばれていて、地下墓所がある」
「テオ、ルッツあかいみのクッキーほしい」
「はい。潔い死霊が出るって事は、随分前の地下墓所なんだよね?」
ルッツに干しクランベリーが入ったクッキーを取ってやりながらテオが言った。
「エンデュミオンが森林族だった頃に大きな派閥争いがあって、一人ずつの墓を作っている状況じゃなかったんだ。それで地下墓所が幾つか作られた。そのうちの一つだ。ほかの地下墓所はもう少し規模が小さくて解りやすい場所にあるから、それぞれの領主が管理している筈だ。ヴァイツェアだと公爵直轄の森の中にある。フォルクハルトなら知っているだろう」
「ここは王領直轄地だから、王族関係者か委託された教会しか知らないのか。〈暁の旅団〉は族長のオアシスにあるけど、族長一族の墓と隣接しているからなあ」
テオの言葉にプラネルトも頷く。つまり細かく祭祀が行われているのだろう。
「お」
「きゅ」
─ありがとー。
エアネストがクッキーをグリューネヴァルトとレーニシュに差し出して、楽しそうに食べさせている。あれは多分幼竜の身体にクッキーが消えていくのが面白いのだろう。
「アルフォンスからの知らせだと、まだ演習場まで死霊が来ていないそうだ。演習場には弱いがそういったモノを遮る魔法陣を刻んだ魔石が周囲に埋めてあるからだろう」
「つまり、死霊は森の中に散っている可能性があると?」
プラネルトが地図に緑色の色鉛筆で描かれた森の部分をくるりと指先でなぞった。
「おそらくは」
「森の中だから、人狼の方が狩りが上手いんだけどな……」
テオが唇を親指の腹で撫でながら呟く。
「うーん、リグハーヴスのゲルトは竜騎士だが出場はさせられないからなあ」
エンデュミオンは色鉛筆の尻で耳の下を掻いた。ゲルトはイグナーツの監視者であり、伴侶でもある。そのイグナーツはまだ完全に体調が戻っていないので、人狼のゲルトは決して伴侶の側を離れない。それならばいっその事エンデュミオンの父親のフィリップを召喚した方がいいだろう。
「……父さんを呼ぶか?」
「え、フィリップ?」
「上級魔法使いだぞ。聖魔法も使える」
「でもその間モーリッツ一人で大丈夫かな」
モーリッツは自由な性格をした魔道具師ケットシーだ。今はイグナーツと子供達の世話をしに領主館に通っているので、ふらりと何処かにいったりしないとは思うのだが。あの二人は二人で行動させないと心配なのだ。主にモーリッツが。
「……無理か」
「まあ、奇襲や隠密行動は〈暁の旅団〉も得意だから。ヴァイツェアも森の中の行動は得意だよ」
プラネルトはコップを手に取り、お茶を飲んだ。クッキーを齧っていたレーニシュが顔を上げる。
─何か来た~。
ひゅっと天幕の中に風の精霊が飛び込んで来た。簡単に折り畳んだ紙をテーブルにぽとりと落とす。
「有難う。はいクッキーだよ」
孝宏が大体の位置にクッキーを掌に乗せて一枚差し出すと、ふわりとクッキーが浮かんで飛んで行った。
イシュカが紙を取り上げて広げ、テーブルに置く。それは集合連絡だった。
「全員揃ったみたいだな。外に出よう」
それぞれ妖精を抱き上げ、竜を肩に乗せて天幕の外に出る。天幕で囲まれた真ん中の空間に、各天幕から騎士達が出て来る。地面にはそれぞれの寮地名が書かれた札が立ててあった。
テオとプラネルトは〈暁の砂漠〉の札の場所へ。孝宏とイシュカはその隣のリグハーヴスの札の前へ行った。一瞬他の騎士達がざわついたが、孝宏とイシュカは顔を見合わせて首を傾げた。
エンデュミオンが孝宏とイシュカの顔を見上げる。そして頷いた。
「ああ、そう言えばリグハーヴスの領主色の騎士服が居ないのか」
孝宏は〈異界渡り〉なので黒だし、イシュカはヴァイツェアの濃緑だ。
「気にしてもしょうがないよね。俺もイシュカもリグハーヴスとして来ているし」
孝宏の所属がリグハーヴスで、イシュカは正式にはヴァイツェアの人間だが、所在地はリグハーヴスだ。
「集まったな」
並ぶ騎士達の前に王弟であり、王都竜騎士隊の隊長でもあるダーニエルと、人型になった闇竜ヴェヒテリンが現れた。
「今回の招集は王都の北の森にある、地下墓所から発生している死霊の浄化の為だ。聖属性持ちを招集したのはその為だ」
騎士達が大きくどよめく。知っていた孝宏達は驚かなかったが、他の領地の騎士達は詳しく知らされていなかったらしい。
「死霊に相対する事による霊障を軽減するために、護符と聖水の用意はしてある。聖属性の安全地帯も設置する。司教フォンゼルをはじめとする聖職者も参加されるので心配は無用だ。これから配置の振り分けを行う」
次々と配置と名前が読み上げられていく。テオとプラネルトは実働班であり、孝宏とイシュカは安全地帯班だ。魔女のニコと薬草師のリクも安全地帯班だった。ニコとリクが孝宏を見て手を振って来る。
全員の振り分けが終わったところで、ダーニエルがこちらを見た。
「エンデュミオン」
「ん、護符か? 持って来たぞ」
エンデュミオンが〈時空鞄〉開き、孝宏が中から護符がパンパンに入った布袋を引っ張りだす。孝宏は受け取りに来た王都竜騎士隊の騎士に袋を渡した。
「これは聖属性の護符だ。必ず身に着けているように。一寸死霊に触られたくらいでは霊障は起きない。何度も死霊にぶつかっていると効力が薄れてくるから、身体の怠さや悪寒を感じ始めたら、安全地帯に撤退しろ。武器の聖属性効果が薄れてきたと感じた時も、無理をせず安全地帯に撤退しろ。再付与してやる」
エンデュミオンが全員に聞こえるように言った。
「エンデュミオン、聖水は? ここに入れてほしいんだが」
ダーニエルの指示で、騎士によって大きな横長の木桶が運ばれてくる。
「孝宏、イシュカ。聖水を入れてくれ」
「うん」
「解った」
孝宏とイシュカは〈魔法鞄〉から陶器の水差しをそれぞれ取り出した。そこから木桶に聖水を注ぐ。どぼどぼと途切れる事無く水差しから注がれる異様な状況に、辺りが静まり返った。ダーニエルが真顔で微笑むという器用な表情になる。
「エンデュミオン?」
「ダーニエル、考えてみろ。大量に聖水を運ぶ方が大変だろうが。だから地底湖と水差しを繋いだんだ。管理者権限だ」
もの言いたげなダーニエルにそれ以上言わせず、エンデュミオンは木桶に聖属性付与の魔法陣を描いた。
「エアネスト、ここに〈浄化〉の魔法を押し込んでくれ」
「おあ」
プラネルトの足元に居たエアネストがとことこ出て来て、二対の前肢で宙に簡略化された魔法陣を描き、肉球でエンデュミオンの描いた魔法陣に押し付けた。二段構えの魔法陣が銀色に光る。あっさりと一人で重複魔法をやりとげた小さな魔熊に、何とも言えない空気が漂う。
「流石マヌエル仕込みだな。良く出来ている」
「おっおー」
嬉しそう声を上げ、エアネストはエンデュミオンに頭を擦り付ける。
「こんなもんかな?」
木桶の七分目まで聖水を入れて、孝宏とイシュカは水差しを戻した。
「よし、ではこれに各自武器を浸すように。各領の天幕に聖水の入った木樽も配るから、特に実働班はちゃんと飲んでおけよ。沸かしてお茶にしても効果は変わらん」
「相変わらず非常識だな、エンデュミオン」
「やれる事をやろうとしたらこうなるだろうが、ヴェヒテリン」
「備えよ常にって言うしね」
孝宏の言葉に「主もか」とヴェヒテリンが呟いた。
「ダーニエル、安全地帯に転移陣を組み込んでもいいか? 怪我人や霊障が酷いやつは、安全地帯からこちらに送り返すから、司祭に聖魔法で〈治癒〉させてくれ」
「解った、好きにしてくれ」
「あの、俺は炊飯係も兼ねると思うので、材料があるならください」
孝宏も手を上げて言った。
「ある程度の材料はもう向こうに送ってあるが、タカヒロも安全地帯まで出るのか?」
ダーニエルが軽く紫色の目を瞠る。もしかして基地本部に留まると思っていたのだろうか。竜騎士の人数も限られているのに、それはないだろう。
「班分けではそうなっていますよね?」
「孝宏の安全地帯での守りは俺がします」
イシュカが手を上げる。
「君達に従騎士は?」
「平民に従騎士はいません」
「君ら、平民だけど平民じゃないから」
隣からプラネルトが突っ込みを入れて来たが、本業はルリユールの親方と店員の二人である。
「俺達ルリユールだから!」
孝宏とイシュカは二人同時に返答してしまった。ダーニエルが一瞬遠い目をした。そして吐息交じりに指示を出す。
「あー、二人には従騎士のトーマを付ける。孝宏、エンデュミオン、顔馴染みだな?」
「はい」
茶色い騎士服の青年が、従騎士が整列していた場所から一歩前に出る。トーマは竜騎士訓練の時に知り合っている従騎士だった。
「すみません、ヴァイツェアからも従騎士を一人出します」
フォルクハルトが手を上げて言った。
「いや、要らな──」
「従騎士を兄に付けます」
断ろうとしたイシュカを睨み付け、フォルクハルトが断言した。
「そこのヴァイツェア兄弟、喧嘩はするなよ」
ダーニエルがやんわりと窘めたので、イシュカもフォルクハルトも言葉を飲み込んだ。
「安全地帯班は野営訓練場に向かってくれ。フォンゼル司教達が先行して結界を張ってくれている」
「解った。エンデュミオンの仕事だな。皆、武器は忘れずに聖属性付与してから動けよ」
孝宏達の武器になるものは既に付与済みだ。
「イシュカ、待って」
発着場に向かおうとしたイシュカを、フォルクハルトが呼び止めた。従騎士を一人連れている。
「彼はヒルデベルト。イシュカに付けるヴァイツェアの従騎士だ」
「フォルクハルト、俺は……」
「駄目だ。ここにはヴァイツェア公爵の長子として来ているだろう。体裁と言うものがある」
「解ったよ」
イシュカは両手を上げて降参した。そしてヒルデベルトに右手を差し出した。
「よろしく、ヒルデベルト」
「よろしくお願いします、ヘア・イシュカ。従騎士は陸路で向かいます。野営訓練場で合流しましょう」
「解った」
「それならこれをどうぞ」
孝宏は予備の護符をヒルデベルトに渡した。持っていて貰わないと、道中何かあると困る。
「エンデュミオン!」
プラネルトがエアネストを抱いて駆けて来た。
「どうした? プラネルト」
「ごめん、エアをそっちに連れて行ってもらえないかな。ルッツと違って戦闘中に連れていけないのを忘れていた」
「ぶー」
エアネストが不満げに鳴いた。それでも預けられる先がエンデュミオンなので、それに対しての不満はなさそうだ。
「うっかりしていたな、どうやって運ぼうか」
顎を肉球で擦ったエンデュミオンに、イシュカがエアネストを抱き取りながら言った。
「俺が背負えば良いだろう。エアは自分でくっついていてくれるし。孝宏、なんか布はないかな」
「一寸待って」
孝宏は〈時空鞄〉の中に手を突っ込んだ。エンデュミオン程ではないが、色々入っているのだ。中からスリングを取り出す。
「エア、いい子にしているんだぞ」
「おう」
スリングにエアネストを入れて、イシュカが背負う。もそもそと自分で居心地のいい顔の角度を決めて、エアネストは目を閉じた。背負われて温かいし、昼寝をするつもりのようだ。
「プラネルト達も気を付けて」
「うん。久し振りに全力で行けるかな」
笑いながら手を振り、プラネルトがテオとルッツの元へ戻って行く。歩きながらプラネルトは、ポーチ型の〈時空鞄〉からもう一振り大振りのナイフを取り出した。慣れた手付きで、ベルトに付いている金具に鞘を差し込む。本来は二刀流なのかもしれない。
「テオとルッツもやる気だな。二人の周りに風と水、木の精霊がぐるぐると回っているぞ。一体どんな戦闘をする気だ」
「あれは死霊に同情したくなるかもなの」
どうやって戦うのか予測がついているのか、エンデュミオンの呟きがぽつりと聞こえた。それにヴァルブルガが同情の声を上げたのだった。
平民だけど平民じゃないイシュカと孝宏です。
イシュカは準貴族と同じ待遇を受けられるし、孝宏も王族に近い対応を本来受けられます。
でも二人共平民だと思っているので、こんな感じに。
フリューゲルが匂いでイシュカに気が付いて会いに来ちゃったので、あっさりばれています。
イシュカ達が王都についた頃に、ハルトヴィヒもイシュカが出場した事を知って「は!?」ってなっていると思います。