お宝茶碗蒸し
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
保育園〈Langue de chat〉。
401お宝茶碗蒸し
バスルームから年少組の賑やかな声が聞こえてくる。
今日はグラッフェンとフラウムヒェン遊びに来て、ルッツとヨナタン、シュネーバルと一緒に裏庭で雪遊びをしていたのだ。遊び終わりには毛先に雪玉を幾つもまとわりつかせていて、今は一緒に外に出て様子を見ていたテオとカチヤに風呂に入れられていた。
孝宏は本日のおやつ作りに台所に居た。椅子の上に立ったエンデュミオンが、テーブルの上のボウルに積まれた卵を前肢で突く。
「孝宏、卵を出してプリンでも作るのか?」
「今日は茶碗蒸しにしようかと思って」
器の底に色んな具材を入れて隠しておけば、子供達は面白がりそうだ。
「栗の甘露煮と、百合根の水煮、あとは玉蜀黍の粒と、枝豆の実も入れようかな。クコの実も」
スプーンで掬える大きさのものにする。エンデュミオンに頼んで、掴みやすいように持ち手のあるスープカップに具を入れてもらう。孝宏が作るのは、甘めで少し硬めの茶碗蒸しだ。
具材の入ったスープカップに出汁と溶き卵を混ぜ合わせた液を注ぎ、湯気の立つ蒸籠に入れる。蒸籠の上に陣取った火蜥蜴ミヒェルが分数を計ってくれるのが有難い。
「お、来たな」
エンデュミオンの言う通り、きゃっきゃと声が聞こえて来て、年少組の妖精達が居間に入って来た。お風呂上りなので裸族状態である。ふかふかの毛皮は着ているが。先に回収してエンデュミオンが洗濯しておいた服を、孝宏とテオ、カチヤで着せていくが、皆大人しく着させてくれるので楽だ。
「はい、これ飲んでね」
温めのアップルティーを子供用の低いテーブルに出し、水分を補給させる。
「今日は何を作ったの?」
「ウサギとヒヨコ!」
孝宏が問うと、ルッツがストローから口を離して、楽しそう言った。
「どれ」
孝宏は窓から裏庭を覗いた。かまくらや雪だるまの他に、孝宏の掌を広げた位の大きさの雪兎と雪ヒヨコが沢山並んでいた。これは本日グラッフェンが持って来た、大工のクルト作の兎とヒヨコの型の成果だろう。型に雪を詰めてはせっせと並べたらしい。
クルトは娘のエッダに憑いたグラッフェンを、自分の子供達と同様に育ててくれている。彼自身に憑いている大工コボルトのメテオールは大人なのだ。
「沢山作ったね」
「あいっ」
「うい」
フラウムヒェンも右前肢を上げた。南方コボルトのフラウムヒェンは人見知りが激しいが、年少組とは仲良く遊んでいる。ふわふわとした毛でぬいぐるみのように可愛い。最近は文字を覚えたので、エンデュミオンや魔法使いコボルトのクヌートとクーデルカに初歩魔法を教わり始めている。歳の近いグラッフェンと仲が良く、温室で一緒に遊んでいるのをよく見る。肉屋のアロイス夫妻の子供のように可愛がられており、肉屋のアイドルである。
ヨナタンとシュネーバルは織子と魔女見習いで仕事熱心なため、ヴァルブルガに「子供は遊ぶの」と本日は仕事禁止にされたのだ。
現在〈Langue de chat〉には、孝宏の遠い親戚のリクとニコがいるが、今日は領主館の離れの寮に住むプラネルトの所に行っている。
「もういーよー」
蒸籠の上のミヒェルがのんびりとした声で孝宏を呼んだ。
「有難う、ミヒェル」
ミトン型の鍋掴みで蒸籠の蓋を開ける。もわっと湯気の立つ蒸籠から、茶碗蒸しの入ったカップを木製のお盆の上に取り出していく。鬆も入っていないようだし、上出来だ。勿論このままでは年少組には熱すぎるので、エンデュミオンに適度に冷やして貰った。
「はい、おやつだよ」
子供用の持ち手が輪になったスプーンと一緒にテーブルに運ぶ。
「ぷりん?」
グラッフェンが首を傾げる。エンデュミオンよりも白い毛の部分が多いグラッフェンは、父のフィリップと兄のエンデュミオンに目付きの悪さが似なかったようで、そっくりなのに愛嬌がある表情をする。
「ルッツ、かつおぶしのにおいがする」
ふんふんとカップの近くにルッツが鼻を近付ける。そうすると全員が茶碗蒸しの匂いを嗅ぎ始めた。動物型の妖精は基本、匂いを嗅いでしまうのだ。
「これは茶碗蒸しだよ。それとこれもあるよ」
孝宏は籠に盛った団栗型のベビーカステラをテーブルの真ん中に置いた。鍛冶屋のエッカルトに作ってもらった型で焼いたもので、先日調子に乗って沢山焼いて、〈魔法箱〉に保管していたものだ。中にジャムが入っている物もある。
「どんぐり! おっきい!」
シュネーバルが嬉しそうに前肢を伸ばしてカステラを掴んだ。身体の小さなシュネーバルなら一つで満足してしまうかもしれない。実物の団栗の数倍の大きさがあるからだ。
「お祈りしてからね」
「きょうのめぐみに!」
テオに言われて、すぐさま年少組がお祈りを済ます。速い。
「えい」
ルッツが茶碗蒸しにスプーンを挿す。何度も茶碗蒸しを食べているルッツは器の底に何かがあると知っている。ルッツが掬い上げたのは栗の甘露煮だった。
「くり!」
「えだまめ」
隣のフラウムヒェンは枝豆を掬っていた。尻尾を振っているので楽しそうだ。
「おちゃから~」
シュネーバルも茶碗蒸しにスプーンを突っ込んで、玉蜀黍の粒を卵と一緒に口に入れている。
「でぃー、んまー」
「そうかそうか」
美味しい報告をするグラッフェンに、エンデュミオンが肉球で頭を撫でてやっている。
「……」
ヨナタンもせっせとスプーンを動かしているので、気に入ってくれたようだ。
「団栗のカステラは、おうちに持っていってもらう分もあるからね」
沢山作りすぎたので、孝宏としてはお土産に持っていってもらいたい。
いつの間にか、こうして保育園のような事になっているのだが、店主のイシュカは幼い妖精達を預かる事に対し、一言も文句を言わない。
〈Langue de chat〉はルリユールであり、基本的にはイシュカが本の製本や修理を請け負うのが本業である。副業のように貸本や、文房具も置いてあるので、それ目当てのお客や馴染みの客が休憩しにやってきたりするが、他の店に比べれば客の出入りは少ない。
イシュカはヴァイツェア公爵の長子でありながら、孤児院で育っている。刃物類があって危険なので工房には一切近付かせないが、休憩中は幼い妖精達に登られても笑っていた。
〈Langue de chat〉の土地はエンデュミオンや木竜グリューネヴァルト、火蜥蜴ミヒェルの守護があるので、何処よりも安全だ。そういう点でも安心しているのかもしれない。
おやつを食べ終わったルッツ達は、紙と色鉛筆を出してきて、絵を描き始めた。ぎゅっと色鉛筆を握りしめて書く姿が可愛い。
「みどりいろ、どこ?」
「あい、ルッツつかいおわった」
「あかいの、つぎかして」
「うい」
「きいろ。これきいろ?」
「それはだいだいいろ」
仲良くお絵かきしている。上から覗くと、画伯たちの絵は中々に味わい深い。
遊んでいる彼らを見ながら、孝宏はエンデュミオンとテオとカチヤと団栗カステラを摘まみながらお茶を飲む。ミヒェルはのんびりと小皿に取り分けた茶碗蒸しを食べている。
「平和だなあ。あ、エンディ開けるよ」
「うん」
孝宏はエンデュミオンが開けようとしていた、蜂蜜玉の小瓶を受け取り蓋を開ける。
「一つ?」
「うん」
蜂蜜玉を一つ摘まんで、エンデュミオンのミルクティーに落とす。エンデュミオンはスプーンでミルクティーをひと混ぜしてから、ピンク色の舌でぺろりと舐めた。きゅっと黄緑色の目が細くなる。
「そうだ。イーズに聞いたんだけど、近々フォンゼル司教がリグハーヴスに来られるらしいよ」
苺ジャムがうっすらと透けた団栗カステラを摘まみながら、テオが言った。エンデュミオンが肉球で髭を撫でる。
「フォンゼルか。フォンゼルに憑いているリットがカチヤに会いたがっていたな」
「私にですか?」
カチヤが首を傾げた。
「リットは猟師コボルトなんだ。罠が上手い。以前に会った時に、カチヤも漁師だったと伝えたら、興味がありそうだった。コボルト言語しか話さないが、カチヤなら大丈夫だろう?」
「はい」
コボルトと何故か親和性が高いカチヤは、コボルト言語でも大体話している意味が解るらしい。
「マヌエルの弟子で、長く真偽官をしていたが、コンクラーベで選出されたらしいんだ。女神の一票で」
「それ、欲がない人が選ばれたやつじゃないの?」
「多分な」
孝宏にエンデュミオンがニヤリと笑った。その背後を孝宏は指差した。
「ルッツ達が寝ちゃっている」
静かだと思ったら、皆色鉛筆を握ったまま紙に突っ伏していた。
「雪遊びしてお風呂に入っていますからね」
「どれ布団を出すか」
なんでも入っているエンデュミオンの〈魔法鞄〉から敷布団を取り出し、孝宏とカチヤが床に広げる。柔らかい敷布を敷いて、その上にテオがそっとルッツ達を移動させて毛布を掛けた。
「お昼寝から起きる頃にお迎えが来るかな」
少し離れた所に家があるグラッフェンはエンデュミオンが送って行く事が多いが、フラウムヒェンはアロイスか、ロータルが迎えに来る。
「可愛いなあ」
毛色も違えば、種族も違う妖精達が並んで寝ている姿に癒される。
「よいしょ」
孝宏は床に座り、エンデュミオンを抱き上げて膝の上に乗せた。先程頭でも掻いたのか、逆毛になっている部分を撫でつけて直す。
孝宏は日中はどうしても年少組のお世話をする事が多いが、こうして一日一回はエンデュミオンを膝に乗せて撫でる。やっぱりエンデュミオンは、孝宏に憑いているケットシーなので特別だ。
グルグルと小さな音でエンデュミオンが喉を鳴らし、縞々の尻尾を孝宏の腕に巻き付けて来る。
(うちの子が世界一可愛いよね)
おそらく誰でも自分に憑いている妖精が一番可愛いに違いない。
「エンデュミオン、明日のおやつ何が良い?」
「小豆の甘い汁物がいいな。白い団子の入った」
「白玉団子入りのお汁粉?」
「うん」
餡子は以前まとめて作って保存してあるので、白玉団子を作ればすぐ出来る。餅は毛に着くと取れなそうなので、いつも白玉団子なのだ。南瓜団子も一緒に入れたら、色が綺麗だし美味しいだろう。
「じゃあそうしようかな」
「やった」
ピンとエンデュミオンの尻尾が立つ。そんな姿も可愛いなあと、孝宏は艶々としたエンデュミオンの後頭部の毛を撫でるのだった。
あけましておめでとうございます。
年明け早々から、大雪の日に除雪で左手首を脱臼仕掛けました。
それ以外は元気にしております。
リグハーヴスも雪で、ルッツ達年少組が裏庭で遊んでいます。
すっかり保育園の保父さんをしている孝宏です。
イシュカは危ないので仕事中に工房に入らなければ、何も言いません(戸口から覗くのは可)。
来る来る詐欺をしていたフォンゼル司教をそろそろこさせなければなりませんね。
何も冬に来なくても……ねえ。