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〈Langue de chat〉の特別な冬の日

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

〈Langue de chat〉のクリスマスイブ。


400〈Langueラング de() chat(シャ)〉の特別な冬の日


 黒森之國くろもりのくににはクリスマスはない。神様が違うからだ。しかし、〈Langueラング de() chat(シャ)〉では十二の月の二十四日の夜には、一寸ちょっとしたご馳走を食べる習慣がある。当然それは孝宏たかひろが始めた。何故かといえば、家の中に子供のルッツが居たからだ。

 自分だけに向けられる愛情に飢えていた幼いケットシーを喜ばせるのにいいなと思ったし、その頃はまだリグハーヴスに妖精フェアリーの数も少なく、エンデュミオンの温室もなくて、雪に閉じ込められる生活に、ルッツがつまらなそうにしていたのだ。

 孝宏はまず大工のクルトに組立式のもみの木を作ってもらった。艶やかな焦げ茶の幹に、それほど濃くない緑色に染めてもらった枝葉を組んでいけば、孝宏の腰くらいの高さのあるツリーが出来る。

 天辺の黄色い星は一番小さな子が付けるんだよと、ルッツに付けさせてあげた。

 枝には硝子で出来た氷柱や、飾り玉をぶら下げた。そしてツリーの根本には各々家族分のプレゼントを置いた。

 孝宏はヴァルブルガに少し大きめの毛糸の靴下も頼んだ。片方だけの靴下を何に使うのか首を傾げた三毛のケットシーに、『二十四日の夜にルッツが使うんだよ』と使用方法を説明した。

『これを吊るして寝ると、いい子はお菓子が貰えるんだよ』と言うと、ヴァルブルガは楽しそうにトナカイとケットシー、雪の結晶の柄を編み込んだ、赤と白の毛糸の靴下を作ってくれた。

 その年、ルッツがベッドの柱に吊るした靴下には、はみ出す程のお菓子が詰め込まれていた。ルッツが大喜びしたのは勿論の事、翌年からも十二の月になると、ルッツはその靴下をベッドの柱に忘れずに吊るすようになった。


 今年も〈Langue de chat〉居間にはツリーが飾られている。十二の月になるとルッツがツリーを飾るのを楽しみにしているからだ。天辺の星は小さい子が付ける、というのをちゃんと覚えていて、シュネーバルを呼んで付けさせてあげていた。

 ツリーの根本にはプレゼントの包みが幾つも置いてある。先日プラネルトとエアネストが来た時、不思議そうにしていたので、孝宏はツリーが何なのかを教えてあげた。帰りがけにプラネルトはクルトのところにツリーを頼みに行ったらしい。靴下はヴァルブルガに頼んでいた。

 靴下に入れるお菓子は孝宏が作る。飴類はエンデュミオンと〈薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉に協力してもらい、杖型の飴や星の形の飴を特別に作ってもらっている。食べやすいように綺麗な色の蝋紙に一つずつ包むのだ。蝋紙にはエンデュミオンが魔法陣マギラッドを施して、開くまで保存出来るようになっている。

 ココアのフィナンシェを蝋紙の小袋に入れながら、孝宏が呟く。

「テオとルッツがお仕事行っている間に作業出来て良かったね」

 エンデュミオンも頷いた。

「そうだな。テオにベルンへの靴下とお菓子を、こっそりイェンシュに持っていってもらえたしな」

 テオとルッツは今年最後の配達に、ハイエルンとの境の谷底に暮らす鍛冶屋まで行っているのだ。

 実は靴下に入れるお菓子は、〈Langue de chat〉と懇意にしている子供と妖精のいる家庭からも頼まれている。領主館でもコボルト達が靴下を準備したらしく、エンデュミオン経由でアルフォンス・リグハーヴス公爵から、コボルト達と鷹獅子グリフォンとキメラ、領主家子息ヴォルフラムの分を頼まれた。マヌエルからもシュトラールの分を頼まれている。どう考えても、〈Langue de chat〉の妖精からツリーと靴下の話を聞いたに違いない。

 フィリップとモーリッツも、ゲルトとイグナーツの子供達の分を頼んできた。

(新しい風習を作っちゃった気がする)

 孝宏はせっせとお菓子の詰め合わせを作り、エンデュミオンに届けて貰ったのだった。


 夕御飯もちょっぴり豪華に詰め物をした鶏を一匹丸ごとオーブンで焼く。玉葱と人参も大きめに切って一緒に焼く。馬鈴薯は沢山櫛型に切って、油でほくほくに揚げる。

 旬の季節にシロップ煮した果物でゼリーを作り、南瓜のポタージュも作る。この日の料理はルッツとシュネーバルとヨナタンが好きなものを作ると決めているので、海老と玉蜀黍の入ったクリームコロッケも揚げた。ケットシーの里のケットシー達が作った野菜のサラダと、シンプルな苺とクリームのケーキも。

 海産物はフィッツェンドルフから定期便が来るので有難い。エンデュミオンの〈蘇生薬〉の代金代わりとはいえ、孝宏はお返しとして領主宛にお菓子の詰め合わせを送っている。

「旨そうな匂いだな」

 台所にひょっこりとフィリップが顔を出した。領主館から帰宅したらしい。

「お帰りなさい。今日は一寸ご馳走なんだ。少し摘まむ?」

 孝宏は小皿に揚げ芋を一掬い乗せて粗挽きの黒胡椒を振り、フォークと一緒にフィリップに渡した。

「おお、有難う(ダンケ)

 フィリップは嬉しそうに小皿を持って居間に行った。すぐに「モー! フォークを使え!」と聞こえたので、モーリッツが素手で揚げ芋を取っていったのだろう。

 仕事を終えたイシュカとカチヤに大きいテーブルを居間に用意してもらい、皿やカトラリーを並べる。手が空いている妖精達がフォークやスプーンを並べていく姿は、何度見ても可愛いと、孝宏は密かに思っている。

「わああ、ごちそうだあ」

 早い日没に合せるように帰って来るなり、ルッツが琥珀色の目を輝かせて嬉しそうな声で言った。

「テオ、ルッツお帰り、手洗っておいで」

「あーい」

「ルッツ、走ったら転ぶぞ」

 外套を脱がせて貰ったルッツが、バスルームへと小走りで消えていく。その後をテオが追い掛けていった。

 全員が揃ったら、夕食だ。

 丸ごとの鶏は一家の長が切り分けるので、いつもイシュカがナイフで器用に切り分けてくれる。こればかりはイシュカの方が自分より上手いと孝宏は思う。

「お代わりあるからね」

「あいっ」

「う!」

「……」

 ルッツとシュネーバルが返事をし、ヨナタンが右前肢を上げる。寡黙なヨナタンは今でも返事は前肢を上げる事が多い。

「苺のケーキもあるけど、お腹いっぱいだったら明日食べればいいから無理しないでね」

「あい」

 口の中のものを飲み込んでいたルッツが、揚げ芋を握ったフォークで刺しながら答える。

「ヒロ、いつもこの日はご馳走なの?」

 尻尾を振りながら鶏のオーブン焼きに齧り付いているニコの隣から、リクが孝宏に囁いた。

「リク達の家もやってない?」

「実はやってる。きっと兄さん達も今日は鶏のオーブン焼きだよ」

「だよね」

 やるよね、と孝宏とリクは二人で頷いた。ターキーじゃなくても鶏は焼くだろう。とう()もり家ならば。

 たっぷりと晩御飯を食べて、案の定ケーキは食べられなかった年少組は、お風呂に入れられるとあっという間に寝てしまった。それぞれの枕元の靴下に、皆で手分けしてお菓子をこっそりと詰め込む。

 実はフィリップとモーリッツのテントにもエンデュミオンに頼んでお菓子入りの靴下を置いて貰っているし、ニコの分もある。

 エンデュミオンとヴァルブルガは、おやつ入り靴下は貰わないが、おやつに好きな物を作ってもらえる権利があって、時々孝宏にリクエスト出来るのだ。

「ヒロ、有難う。毎年ルッツはこの日を楽しみにしているんだ」

 テオが部屋から戻って来て孝宏に言った。孝宏は緩く首を横に振る。

「ううん。俺も楽しみにしているんだ。ルッツが凄く喜んでくれるしね」

 ルッツは大人にならない個体だ。何年経っても子供のままだ。回りがルッツに成長を促そうとも、それは意味がないし、ルッツを困惑させるだろう。

 年末に近いこの日は、永遠の幼児の為の特別な日なのだ。

 そんな日が一日くらいあってもいいと思う。

「今年も明日の朝御飯は苺のケーキだね」

「それも楽しみにしているからいいのかな」

 窓の外ではしんしんと雪が降っている。明日雪が止んでいたら、ルッツ達は雪遊びに精を出すのかもしれない。

 廊下の方からテントに戻った筈のフィリップとモーリッツが、エンデュミオンを呼ぶ声が聞こえて来た。お菓子入りの靴下を発見したのだろう。

「ああもう、子供達が起きるじゃないか」

 お腹を膨らませて眠りこける火蜥蜴サラマンダーミヒェルと木竜グリューネヴァルトを、寝床の籠に入れて布を掛けてやっていたエンデュミオンが、舌打ちしてフィリップとモーリッツのテントがある書斎に駆けていった。

(大人だって嬉しいよね)

 孝宏は笑って、フィリップ達にもみくちゃにされて戻って来るであろうエンデュミオンの為にお茶を淹れようと、台所に向かったのだった。


愛情に飢えていた寂しん坊のルッツのための、特別な日(月)です。

一緒にツリーを飾り、靴下をぶら下げて、皆で美味しいものを食べる。

当然ルッツは嬉しかったことを友達に話すので、「良い子にしていたら靴下にお菓子が入っている」という事実が伝わって行くという……。


アルスをコボルト部屋に送って行くクラウスが靴下に気が付いて、事なきを得るアルフォンス・リグハーヴスです。

ルッツがツリーと靴下を教えちゃったので、責任とってお菓子を渡す孝宏とエンデュミオンなのです。

ヴァルブルガが編む靴下は、サンタブーツサイズです(そこそこでかい)。お菓子、結構入ります。


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― 新着の感想 ―
[一言] わぁぁぁ、更新ありがとうございます!!! 寒い寒い冬にとっても暖かく幸せな気持ちになりましたー 永遠の幼児ルッツは永遠に可愛い・・・ しかし孝宏はすごい量のお菓子を作らなくちゃいけなくなりま…
[一言] 更新、ありがとうございます~ 祝400話★ しかも一日で2話も幸せになれるお話を。 私達にもクリスマスプレゼントです♪
[良い点] 2話目ありがとうございます! まさかあると思わなかったので、ちょっと早いクリスマスプレゼントに小躍りしました。 [気になる点] 〉サンタブーツサイズの靴下 毛糸の靴下って伸びますよね~? …
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