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アインスの帰郷と静成草

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

アインスがハイエルンに帰ります。


391アインスの帰郷と静成草しずなりそう


 馬肥ゆる秋、吊るされた羊樹バロメッツあり。

「メエ~」

『風鈴みたいだな……』

 思わず日本語で孝宏たかひろは呟いた。

 コボルトのアインスが研修を終えてハイエルンに帰るので、皆で作ったスイートポテトを持って、セント魔法を教えてくれていた隠者マヌエルの庵に来てみれば、前庭の周りにある木に野性のバロメッツが吊るされていた。

「マヌエル師、このバロメッツはいつから?」

「今朝からですねえ」

 穏やかに微笑んでいるマヌエルは、面白がっているようだ。

「ンメエ~」

 ぶらんぶらんと揺れながら鳴いているバロメッツは、どう見てもマンドラゴラのレイクの仕業だろう。

「シュネー、レイク呼んでくれる?」

 孝宏はアインスと前肢を繋いでいるシュネーバルに頼んだ。レイクはシュネーバルの愛玩植物なのだ。シュネーバルが呼べば、必ず姿を現す。

「れいくー」

「キャン」

 木の影からコボルトの形に似たマンドラゴラが顔を出した。頭部にある緑色の葉と青い花がわさっと揺れる。

 孝宏はレイクの前にしゃがんだ。

「バロメッツを吊るしたのはレイクだよね?」

「キャウ……」

 レイクがさっと円らな黒い釦のような目を逸らす。

「レイクが食べられたくない植物を、バロメッツが食べようとしたんだろ?」

「キャン」

 エンデュミオンの温室と隠者の庵の周囲の管理をしているのは、レイクと領主館の庭師コボルトのカシュだ。エンデュミオンでも物によっては彼らに了承を取ってから採取する植物もあるのに、バロメッツは食欲に任せて食べてしまう。それがレイクの逆鱗に触れたのだろう。

「耳にタグが付いているのは、ケットシー達が管理しているバロメッツだけど、これは遊牧地の外の子かなあ」

 マヌエルの足元に居た聖職者コボルトのシュトラールも、ウィンプルを被った頭を傾げる。

「捕まえて遊牧地に入れるようにケットシーに頼もうか」

 今日はまだ隠者の庵の畑に、ケットシー達が来ていない。木から下ろして繋いで置けば連れていってくれるだろう。

 孝宏は立ち上がり、ぶらーんぶらーんと揺れるバロメッツを捕まえようと手を伸ばす。

「孝宏、気を付けろよ」

 そこに後からやって来たエンデュミオンが声を掛けてきた。

「え?」

 中途半端に手を上げたまま振り返った孝宏に、エンデュミオンが「孝宏、前を見ろ!」と叫ぶ。

「うわ!?」

 ぶらーんと振り子のように近付いてきたバロメッツが、余所見をする孝宏の手にバクリと食いついた。

「痛──くない?」

 もぐもぐとバロメッツの黒い口が孝宏の手を食んでいるが、全く痛くない。バロメッツはフェルトと綿で出来ている植物なのだ。

「野生のバロメッツは悪戯好きなんだ。体当たりするし、噛みつくぞ」

 溜め息を吐きながらエンデュミオンが孝宏の元へとやって来た。そして鮮やかな黄緑色の瞳で、じっとバロメッツを睨む。

「毟るぞ」

「メエ~」

 慌てて手から口を放すバロメッツを孝宏は捕まえた。また揺れられても面倒だ。

「俺を噛むのは良いけど、シュネーが噛まれると危ないかも。エンディ、リボンないかな」

「あるぞ」

 〈時空鞄〉から取り出したリボンをエンデュミオンから受け取り、孝宏はバロメッツの口を括った。

「ムームー」

「遊牧地行くまでごめんな。レイク、蔓を緩めて」

「キャン」

 孝宏はぶんぶん首を振るバロメッツを抱え、地面に下ろす。レイクがバロメッツの胴を巻いている蔓をくれたので、それで手近な木に結び付ける。

「マヌエル、後でケットシーに渡してやれ」

「解りました」

「今まではなかったのか?」

「最近になって何度か。里のケットシー達が回収していましたけど。レイクとカシュが管理するようになって、美味しい植物が増えたからでしょうかね」

「キャウ~キャウキャウ~」

 不満そうな声をレイクが出す。

「何だって?」

 エンデュミオンがシュネーバルに訊く。レイクが何を言っているのか、一番理解出来るのはシュネーバルだ。

「むこうのしずなりそう、たべようとしたっていってる」

「あー、それは駄目だ。あれはハシェの為にカシュと研究している奴だから。レイク、助かった」

「キャン」

 森番小屋のハシェは脚に麻痺がある人狼で、それを回復させる薬をエンデュミオンとカシュ、薬草師のラルスで作ろうとしていた。

「遊牧地に言ったら美味しい草を沢山食べさせてもらえるからな」

 孝宏はバロメッツの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 リグハーヴス産バロメッツから紡ぐ糸は、ケットシーの里のケットシーの内職の一つなのだ。常春の里でのんびりと暮らす彼らは、暇潰しに糸を紡いではエンデュミオンを通して服飾ギルドや錬金術師ギルドに売っている。ケットシーの体毛も混じるそれは、魔力の通りがよいので、冒険者の服に人気の素材なのだ。

「お芋のお菓子作ったんだよ」

 アインスがシュトラールにスイートポテトの入った籠を渡す。

「アインス、ハイエルンに戻るから。時々遊びに来てもいい?」

「ええ、待っていますよ」

 マヌエルがアインスの耳の間を撫でる。妖精フェアリーが好きなマヌエルは、隠者の庵に来てから余生を満喫しているとエンデュミオンは思う。司教ビショフをしていた頃より生き生きしている。

「今度はリクとニコが来るからね」

「リクが孝宏の親戚の人狼で、ニコが甥っ子のコボルトだ」

 エンデュミオンがアインスの言葉を補足する。

「そうですか。ラルスの調薬は本当に凄いんですねえ」

「効能もだが、ラルスは味にこだわるからな」

 ラルスは子供の頃から、まず薬草の味を確かめていた。危ない植物も口に入れるので、エンデュミオンがよく吐き出させていたものだ。

 黒森之國くろもりのくにで一番飲みやすい薬草茶を作るのはラルスだろう。それは間違いない。

 アインスはケットシーの里の王様ケットシーにも挨拶をしてから、シュネーバルと一緒にハイエルンに帰って行った。今晩のシュネーバルは実家にお泊りだ。

 家族の所在が解ってからは、シュネーバルは毎月お泊りに行っている。そのためアインスがハイエルンに戻っても、それほど寂しがらないだろう。

 シュネーバルはアインスが〈Langueラング de() chat(シャ)〉に居た時は兄弟仲良く寝ていたが、アインスが帰郷したとなると、再び孝宏かイシュカのベッドで寝る事になりそうだ。


 庭師コボルトのカシュは領主館に暮らしている。しかし領主館にある畑や庭は専属の庭師が居るのでカシュには物足りないらしく、年中土いじりが出来るエンデュミオンの温室や、ケットシーの里のエンデュミオンが管理している薬草園や花畑に毎日のように顔を出す。

 カシュは殆ど魔法を使えないコボルトなので、魔法使い(ウィザード)ギルドに出勤する魔法使いヨルンと魔法使いコボルトのクーデルカか、魔法使いコボルトのクヌートに送られてきていた。

「カシュ、来たよ~」

 毎朝裏庭まで送って貰うと、カシュは裏口のドアを開けて声を掛けて来る。

「おはよう、カシュ」

 待ち構えていたエンデュミオンはカシュと一緒に温室に入った。

 カシュは首に掛けていた豆絞りの手拭いで頬かむりをすると、のんびりした足取りで畑に向かう。カシュはエンデュミオンより若い個体なのだが、ハイエルンでは老人と過ごしていたらしく、どこか老成している。

「カシュ、昨日バロメッツが静成草を食べようとしていたらしい。聖水を掛けてからどんな具合だ?」

「んー、凄くなってるよ」

「凄い……?」

 凄いってなんだ。実験として先日から静成草を聖水で育てているのだが、カシュに任せてエンデュミオンは確認していなかった。

「薬効凄くなってると思う。どこまで凄くなるのか試してたんだけど、バロメッツには美味しく見えたのかな」

「あー、そこまでやっちゃったのか……」

 薬草畑の木陰にある静成草の群生地に辿りつく。陽の光が当たっていないにもかかわらず、きらきらと静成草が輝いていた。

「なあカシュ、静成草の葉の色って青緑色だったか?」

「ううん。聖水掛けたからだと思う」

「〈鑑定〉結果が酷い。薬効が異常に上がっているし聖属性が付いている。これはラルスに知らせないと拙いな」

「何が拙いんだ?」

 ひょいとカシュとエンデュミオンの間にラルスが顔を出した。

「わううううう!?」

「うわあああ!」

 カシュとエンデュミオンは二人揃って跳び退いてしまった。ラルスが耳を前肢で塞いで、左右色違いの目を細める。

「そんなに驚かなくても……ってなんだこれ。静成草か? なんでこんな色なんだ?」

「それは聖水で育ててみたんだ。薬効を上げたくてな」

「ふうん」

 ぷちりと葉を一枚千切り、ラルスが口に入れる。そして激しく噎せた。

「ラルス!?」

 慌ててエンデュミオンは〈時空鞄〉から水筒を取り出し、ラルスに口を漱がせた。

「こ、これ凄い聖属性なんだけど。セーマ属性の魔物に食べさせたら消し飛ぶ位だぞ」

「そんなにか。カシュが限界まで聖水で育てたんだ」

 じろりとラルスがエンデュミオンとカシュを見た。ぺしっぺしっと二人の額を肉球で叩く。

「二人共正座! こんなとんでもない物を誰でも入れる薬草園で育てるな!」

「いや、でもケットシーかコボルトしか来ないぞ」

「バロメッツが食べたら聖属性の糸が出来て大騒ぎだぞ! 司教ビショフか聖女の法衣素材だぞ」

「実は昨日バロメッツ食害未遂なら起きた。レイクに阻止されたけど」

「エンデュミオン!」

 正座したエンデュミオンとカシュの頭に、ラルスがぐりぐりと握った前肢の先を押し付ける。地味に痛い。

「わううう」

「痛い痛い、変な所に旋毛つむじが出来る」

「全くもう。大魔法使い(マイスター)なのに、変な所で常識がないんだから」

 もう一度二人の額を肉球で叩いてから、ラルスは輝く静成草の前にしゃがんだ。

「ハシェの為に研究したんだろ? これなら効きすぎる位の薬が作れると思うぞ。塗り薬でもいいかもな」

「そうか」

 ラルスは諦めたように溜め息を吐いた。

「ハシェの薬作るから、二人共必要な薬草集めてくれ」

「わう」

「解った」

 少し痺れた肢で、薬草園を回りエンデュミオンとカシュは薬草を集めて籠に入れてラルスに渡した。本来ラルスは足りない薬草を分けて貰いに来たらしく、その分の薬草も渡す。

「ハシェの薬が出来たら届けるからな」

「ああ、頼む」

薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉に戻るラルスを見送り、エンデュミオンとカシュは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。聖属性静成草はラルス以外には卸せない代物になったようだ。

「特定のバロメッツに静成草を食べさせて聖属性の糸を作って、ヨナタンに布を織って貰ったら、司祭プファラーベネディクト達の法衣を作って貰えるかな」

 リグハーヴス女神教会の主席司祭ベネディクトは聖属性の塊のような男だが、その分闇属性侵された時には弱いだろう。防具として普段着る法衣に良さそうだ。司教フォンゼルにも作って良いだろう。

「カシュ、この静成草をもう少し増やそうか」

「わう」

 静成草の群生地の回りにはバロメッツ避けの魔法陣マギラッドを組んだ柵を設けると決め、大工のクルトの工房に〈転移〉したエンデュミオンは、頭の変な所に渦巻いている毛を指摘され、慌てて直す羽目になったのだった。


アインスの研修が終わり、今度はリクとニコが来ます。

数話前の静成草の後日談も兼ねていますが、薬草の育成については結構ノリでやっているエンデュミオンなので、たまに変な物を爆誕させています。

基本的に、エンデュミオンの作る薬草は、私的に使うか、ラルスにのみ卸しています。あとはリグハーヴスに流行病が出た時の為の備蓄用です。


エンデュミオンとラルスは兄弟のように育っているので、叩き合える関係です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 待ってました。 更新ありがとうございます。 [一言] 毎回読むたびに思うのですが、みんなの姿、形を想像、妄想していますが私の頭では難しくアニメ、マンガ化して欲しいと思ってしまいます。
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 変なところにつむじが出来たエンデュミオン。 か、可愛いなぁ。 すかさずブラシを取り出してお直ししたいです。
[良い点] またやべー物を生み出したエンデュミオン。 ラルスに怒られても、それをヒントに更にやべー物を作ろうとする辺りがブレないですね。 [一言] 更新待ってました! リクとニコが来るのが楽しみです…
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