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蚊遣りの香

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

蚊遣り香をゴリゴリ。

377蚊遣りの香


 ゴリゴリと擂り鉢で薬草を擂り潰すと、部屋の中に青臭い匂いが広がった。

 蚊遣りの香が足りないのだ、とロルツィングに打ち明けられたフィリップは、その日の内にリグハーヴスに居るエンデュミオンに、蚊遣り草が沢山欲しいと手紙を送った。翌日には一定量ずつ束ねられた蚊遣り草が山ほど届き、フィリップはロルツィングに頼んで各オアシスに居る薬草師に配分して貰った。

 族長のオアシスの分は、手が空いているフィリップが作る事にしたので、こうして刻んだ蚊遣り草や虫よけ効果のある薬草を擂り潰していると言う訳だ。

 モーリッツは同じ部屋の中で魔道具修理用の敷布を広げ、集めて貰った魔道具の確認しをしている。

「優先するのは蚊遣り香炉かなー」

 年中使う蚊遣り香炉の故障が多いらしく、モーリッツが呟きながら早速解体している。

 蚊遣り香炉は魔道具だ。蚊遣り香を一晩もたせられるように、熱鉱石の温度を一定にする魔法陣が刻まれている。

 羊樹バロメッツのジルヴィアは薬草を扱う以上同じ部屋の中に置いておけないので、ロルツィングの妻グートルーンに預けてある。美味しい薬草や果物を食べさせれば、毛を紡いでもジルヴィアは怒らないので、ご自由にどうぞと言ってある。

 朝晩の気温の差が大きい〈暁の砂漠〉では、羊樹の毛で織られた暖かい毛布は必需品だが、羊樹の毛は他領でしか手に入らない素材なのだ。

 リグハーヴス種の羊樹は野生種とはいえ、食べれば食べるだけ毛が増えるので、毛玉になる前に紡いで貰った方がいい。ジルヴィアはモーリッツが甘やかしているので、良く食べる。毛の手入れもモーリッツがしているので、いつでもモーリッツの時空鞄には袋詰めのジルヴィアの抜け毛が山ほど入っていた。今回は滞在費の代わりにその毛もそっくり提供している。

 糸紡ぎは友人同士数人で集まってお喋りしながら行う楽しみがあるらしく、グートルーンは嬉しそうに精霊ジンニー便を書いていた。

「よしユストゥス、これを三角錐に丸めてくれ。普段使っている蚊遣り香の大きさは解るな?」

「うん」

 フィリップは隣で見ていたロルツィングの息子のユストゥスに、擂り鉢を渡した。ケットシーの前肢で蚊遣り香を丸めるよりも、人族の手でやった方が早いので、助手に来て貰ったのだ。

 蚊遣り草以外の素材も練り合わせた物は、濃い緑色の粘度のようなものになる。それを練香と同じ大きさの三角錐にして乾燥させれば、蚊遣り香の完成だ。

 蚊遣り香は作っている時は青臭いが、乾燥させて蚊遣り香炉で熱すれば、お茶を焙じたような香ばしい香りが立つ。

「ぴぎゃ」

「ヤンティス、悪戯しないでね。これ美味しくないよ」

 擂り鉢を覗き込む薄紫色の雷竜に、ユストゥスが注意する。

「ヤンティスはまだ子供だな?」

「うん。この間卵が孵ったんだ」

 いつも通りの言葉遣いで良い、とフィリップが言ったので、ユストゥスが子供らしい話し方で答える。

 〈暁の砂漠〉には砂竜と雷竜が生息している。〈暁の砂漠〉の民は彼らと交流を持ち、竜騎士団も作っているし、こうして卵を預けられるほどの信頼を得ているのだろう。

「ヤンティス、おやつをやろう」

 フィリップは良い子にしているヤンティスに、苺味のメレンゲを〈時空鞄〉から出して口に入れてやった。これなら口の中ですぐに溶ける。

「ぎゃっぎゃ」

 ヤンティスがパタパタと背中の羽を羽ばたかせる。気に入ったらしい。

「ほい」

 両手が汚れているユストゥスの口にもメレンゲを入れてやる。

「あ、美味しい」

孝宏たかひろがおやつに送ってくれたんだ。作業が終わったら、お茶にしようか。モーの分もあるから」

 じっとこちらを見ている幼馴染みに、たっぷりメレンゲの入った袋を見せる。湿気りやすいので、さっさと〈時空鞄〉にしまったが。

 ユストゥスが板の上に綺麗に並べてくれた蚊遣り香を、フィリップは〈乾燥〉で乾かした。まだまだ作らねばならないが、まずは蚊遣り香が既にない家に届ける分は出来ただろう。

 グートルーンがお茶の道具を置いていってくれていたので、フィリップは湯沸かしポットに〈時空鞄〉から取り出した〈精霊水〉を注ぎ入れて沸かした。フィリップの〈時空鞄〉の中には、〈精霊水〉も聖水も入っている。どこに行くか解らない為、エンデュミオンに色々持たされているのである。魔法陣マギラッドが刻まれた水差しなので、水は尽きる事がない。

 急須の中に茶葉と沸いたお湯を入れ、暫し待つ。その間に、これまた置いていってくれた蓋付きの菓子鉢のお菓子に、メレンゲを追加した。

 湯呑に薄い茶色のお茶を注ぐと、金木犀の香りがした。ユストゥス以外の湯呑のお茶は、フィリップが少し冷ました。

「お茶にしよう。ユストゥス、手を洗おう」

 ユストゥスの両手を、フィリップは〈洗浄〉で綺麗にしてやった。ついでに自分とモーリッツの前肢も〈洗浄〉する。モーリッツは毛も肉球も黒いから解り難いが、どう考えても蚊遣り香炉にこびりついた煤で汚れていただろう。

「でも凄いね、フィリップ。魔法使い (ウィザード)なのに薬草師なんだよね?」

「錬金術も出来るぞ。フィリップの主だった男が、薬を作る錬金術師アルケミストだったんだ」

 ケットシーは基本的に魔法使いの素質がある。それ以外に個体別の特殊技能を覚えたりするのだ。エンデュミオンも薬草師と錬金術師と魔女ウィッチの側面があるので、珍しくもないだろうと思う。ただ、エンデュミオンは料理の素質はないようだ。ボンボンしか作れないと言っていた。

「モーも一応魔法使いと魔道具師だな」

「一応ねー。モーリッツは魔力が少ない方だから」

 自分で言いつつ、モーが菓子鉢に前肢を伸ばす。さっそくピンク色のメレンゲを掴んで口に放り込んだ。

 モーリッツはケットシーとしては魔力が少ない。どの位少ないかと言うと、〈転移〉を一度したら殆ど魔力を使い切る位には少ない。その為、普段から殆どモーリッツは魔法を使わない。何かあった時の脱出用に魔力を温存する為だ。フィリップは逆にやたらと魔力が多いので、適度に使って消費する位が丁度いい。恐らくエンデュミオンを除けば、王様ケットシーの次に魔力が多いのはフィリップだろう。

「そういえば」

 フィリップは干したデーツにアーモンドを挟んだ物を摘まみながら、ユストゥスに訊ねる。

「先代の族長はまだ生きているのか?」

「お祖父ちゃん? 元気だよ。いつも〈王と騎士〉の相手探しているよ」

「そういや前に来た時、散々相手したな」

 過酷な環境の〈暁の砂漠〉では、族長は存命中に次代に譲渡する事が多い。族長の兄弟姉妹達も、族長を補佐する。〈暁の砂漠〉の民は黒森之國くろもりのくにの原住民だが、現在〈暁の砂漠〉は黒森之國の属国扱いに近い。

 陽気で温厚な気質の〈暁の砂漠〉の民だが、戦闘能力は人狼並みである。脅威ととられるのは仕方がないとはいえ、平穏な生活をしたい。それには王宮との交渉役がいる。ようは族長とは、王との交渉役なのである。

「〈暁の砂漠〉の民全員出かかれば、王都落とせるけど……後始末面倒だよね?」と、昔前族長ドゥアムがフィリップに言っていた。

 〈女神の貢ぎ物〉はまさしく女神シルヴァーナへの貢ぎ物であり、彼らを大切に扱わない事には忸怩たる思いがある。だがそれはいつか彼らに天罰として返るだろう。

 そう笑うドゥアムは結構怖いよな、とフィリップは思ったものである。

 〈暁の砂漠〉の民は、いつでも復讐する理由があるのだ。その思いを抱えながら、日々平穏に暮らしている。

 今代の聖人は〈女神の貢ぎ物〉と出会えたのだと、フィリップはエンデュミオンに聞いている。〈柱の神殿〉の管理も頼んだらしく、いつになくこの大陸は安定している。

「お祖父ちゃんに父さんがフィリップとモーリッツの事教えたと思うから、会いに行かなかったらその内探しに来るんじゃないかなあ。強い指し手欲しがってたから」

「蚊遣り香がひと段落着いたら会いに行こうかと思ったんだがな。このあと少し顔を出すか。夜に〈王と騎士〉の相手をすると伝えに」

「その方がいいかも」

「暇しているなら、ドゥアムにも蚊遣り香作りを手伝わせよう」

「フィリップ……」

 〈王と騎士〉の相手をする代わりに、手伝いを増やせそうだ。にやりと笑ったフィリップに、ユストゥスは呆れた顔をしたが今は人手が欲しい。

 いつの間にかヤンティスを膝に乗せてメレンゲを食べさせているモーリッツに「食べさせ過ぎるなよ」と注意しつつ、フィリップは尻尾をぴんと立ててご機嫌に揺らしたのだった。


蚊遣り香をゴリゴリするフィリップ。

フィリップもエンデュミオンと同じで、意外と大抵の事ができちゃうタイプ。

モーリッツの方は、結構ポンコツ。しかし憎めない性格なので、可愛がられるタイプ。


ユストゥスが雷竜を育て始め、なんとなく周りから囲まれ始めているテオですが、

例え族長になってもルッツと旅に出そうです。代官と言う手があるので。


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