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フィリップとモーリッツ、〈暁の砂漠〉へ

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

漸く〈暁の砂漠〉へ行きます。


376フィリップとモーリッツ、〈暁の砂漠〉へ


 冬の間すっかりヴァイツェア公爵家にお世話になったフィリップとモーリッツだが、ヴァイツェア公爵領は本格的な夏の前にそれほど長くはないが雨季があるのをすっかり忘れていた。

 長雨になると体調を崩すモーリッツに雨季は辛くないか? と二人がお世話になっている側妃エデルガルトの邸に遊びに来たフォルクハルトとフリューゲルが訊ね、雨季の存在を思い出したのだ。

「雨季はモーが死ぬなあ」

 長雨にはモーリッツがほぼ毎回寝込むので、一週間も二週間もぐずついた天気が続くのは非常にまずい。フィリップはヴァイツェア公爵領から旅に出る決断をした。

 旅に出ると言っても、次の行き先は隣にある〈暁の砂漠〉である。暑いがとりあえず、長雨は無い土地だ。

「フィリップ、移動はどうするんだ?」

「前に行った時は、街に居た砂竜に送って貰ったんだ。屋台をしていたな」

「……今も居るよ、その砂竜」

 フォルクハルトも会った事があるらしく、何とも言えない顔になる。人化した砂竜が暇潰しに屋台をしているなどと誰も思わないだろう。

「一度行った場所には〈転移〉出来るから、今回は〈転移〉かな。族長のオアシスの場所は変わっていないとエンデュミオンが言っていたし。ジルヴィアや砂馬でのんびり異動したら、フィリップ達は煮上がってしまうだろう」

「二人共毛色が濃いしね」

 身体の周りを涼しくするにはウィンディ氷の精霊(アイス)の力を借りれば良いが、流石に砂漠では氷の精霊の力は弱まるし、そもそも数が少ない。その少ない精霊ジンニーもオアシスに固まっている筈だ。

 上級魔法使い(ウィザード)のフィリップにはそれなりに長年契約している精霊がいるが、相性の悪い土地で彼らに無理はさせられない。

「この間エンデュミオンが送ってくれた荷物に、砂漠蚕の上着が入っていて良かった。ついでにまた紹介状もくれたしな。前に世話になったのは恐らく前族長だったと思うから」

「今の族長はヘア・ロルツィングだね。前の族長の長子だよ」

 〈暁の砂漠〉の民は家族数が多いが、族長の家族も同じだ。その中で族長を継げるのは、族長に憑く妖精フェアリー達に気に入られた者であり、長子相続と決まっている訳ではないらしい。過酷な砂漠に暮らす民族の為、人格・能力ともに優れた物が選ばれる。なにしろ妖精達に気に入られなければ、オアシスは枯れてしまうからだ。

 現在の継承第一位はロルツィングの亡き妹の子供である養子のテオフィルだが、それ以前はロルツィングの末弟イージドールだった。

 以前〈暁の砂漠〉に行った時、フィリップとモーリッツは族長に歓待された。そして、現在の族長ロルツィング一家と、フィリップの息子であるエンデュミオンは顔見知りである。

「だからまあ、直接族長のオアシスに〈転移〉すれば大丈夫だろう」

 そんな風に話していたのだが。


「うおお、どこだここ!?」

「フィル、ここ森だよ?」

 天気が良い日を選び、長らく世話になったお礼をハルトヴィヒ一家とコボルト達に伝え、〈転移〉したのだが。

 フィリップが以前の族長のオアシスの端だと覚えていた地点に〈転移〉すれば、そこは森の中だった。

「ンメエー」

 目についた野草を羊樹バロメッツのジルヴィアが早速口に入れる。毒草以外は見付けたら口に入れるのがジルヴィアである。

「おいジルヴィア勝手に食うな! それ薬草だぞ!」

「メッ」

 嫌だ、とばかりにジルヴィアが新鮮な薬草をもぐもぐする。だからそれは南方にしかない薬草だというのに。

「フィルが間違う気がしないから、オアシスが広がったんじゃない? ジルヴィア、食べるのは薬草以外にして」

 砂漠蚕のフード付きの上着と、木陰の涼しさで元気なモーリッツが、ジルヴィアの手綱を軽く引く。

「メエ」

 ジルヴィアは仕方なさそうに、木の根元にあったシダを食べ始める。朝御飯をしっかり食べさせたのに、なぜまだ食べるのか。

「前に来たの随分前だもんなあ。ティルピッツとレヴィンの仕事か」

 〈暁の砂漠〉には翡翠色の兎の姿をした木の妖精(エルム)ティルピッツと、純白の身体に青銀の鬣を持つ馬の姿の水の妖精(マイム)レヴィンが長い事暮らしてる。彼らがじわりじわりとオアシスを広げているのだろう。

 フィリップは飾り毛のある耳をピクリと動かした。

「……人の気配がするのはあっちか」

「ジルヴィア、乗せてー」

 ジルヴィアの上に乗り、人の気配がする方向へと歩かせる。ケットシーには丈の長い下草は、木の精霊(エルム)に頼んで脇に倒して貰い通り抜ける。さほど森の奥には居なかったようで、十分程度で木立から抜けて、見覚えのある高床式の建物の前に出た。

 フィリップとモーリッツはジルヴィアから下りて、建物に向かって声を掛けた。

「もうし」

「あれ? エンデュミオン?」

「ぎぴゃ」

 返事は建物とは別の方向から聞こえた。回廊や廊下で建物同士が繋がるのが〈暁の砂漠〉の民の建築様式だが、その建物の脇から蜜蝋色の髪の少年が西瓜を抱えて歩いてきていた。頭に薄紫色の雷竜を乗せている。どうやらフィリップとエンデュミオンを見間違えたらしい。

「フィリップだ。エンデュミオンはフィリップの息子だ。こちらはモーリッツと羊樹のジルヴィア。そちらは族長の子息かな?」

 少年は髪に色の濃い玉飾りを着けていた。玉飾りは色が濃い程族長との血が近い。

「族長ロルツィングの息子のユストゥスです。えっと、父さん呼んで来るので、上がって下さい」

 〈暁の砂漠〉の家屋は、手前にあるのが応接用の棟になっている。ユストゥスは西瓜を抱えたまま履いていたサンダルを脱ぎ、五段ほどしかない階段を上がった。

 フィリップ達も靴を脱いで階段を上がり、回廊に出た所で自分達に〈洗浄〉を掛けた。ジルヴィアの肢を拭くのが面倒だったのだ。

 ユストゥスは廊下の端に西瓜を置いてから、簾を巻き上げて部屋の中にフィリップ達を入れてくれた。応接用の部屋らしく、床張りの上に磨かれた重厚感のある大樹の幹を加工したローテーブルと、砂漠蚕で作られた金茶色のクッションが置かれていた。

「どうぞ座っていて下さい」

 簾を下げて、ユストゥスが廊下を奥に速足で歩いて行った。

「涼しいな」

 砂漠蚕の上着を脱ぎ、さらりとした布地で覆われたクッションに腰を下ろす。

 〈暁の砂漠〉の家屋は風通しが良いように作られている。そしてフィリップの目には、風の精霊があちこちに居て微風を送ってくれているのが見えていた。

「ンメー」

「少しだけだよ」

 モーリッツがジルヴィアに〈時空鞄〉からミントの枝を取り出して与えている。基本、ジルヴィアのおやつはモーリッツが持っている。薬草師でもあるフィリップの所持分と分けておかないと、全部食べられてしまうからだ。当然上質な薬草を食べているジルヴィアの綿は、最高級品である。

 もぐもぐとジルヴィアの口の中にミントが消え、部屋の中にふんわりと爽やかなミントの香りが広がった。

「来たな」

 奥から複数の属性資質をもつ魔力の塊がやって来るのを感じた。これだけ魔力が多いのは、族長や族長候補者位だ。

 簾が上がり、長い蜜蝋色の髪に玉飾りを幾つも編み込んだ男が入って来た。一緒に翡翠色の兎と、白い仔馬も入って来る。

「族長ロルツィング・モルゲンロートだ。こちらはティルピッツとレヴィン。ご子息には世話になっている」

 きちんと腰を落ち着けてから、ロルツィングがフィリップ達に挨拶した。

「フィリップだ」

「モーリッツ。この子はジルヴィア」

「十数年ごとにやってくるケットシーの話は父から聞いていたが、エンデュミオンの親だとは思わなかったよ」

「フィリップもエンデュミオンがこちらに来た事があると最近知った」

 名持ちの妖精は、名前が解放されるまで〈黒き森〉の外には出られない。エンデュミオンがケットシーになってから森の外に出たのは、結構最近なのだ。

「エンデュミオンとテオから手紙を預かっている」

 フィリップは白い封筒に入った手紙をテーブルの上に置いて、ロルツィングに押し出した。

「拝見させて貰うよ」

 ロルツィングが手紙を読む間に、ロルツィングの妻らしき女性が食べやすい大きさに切った西瓜とお茶を運んで来てくれた。一口大の西瓜は種を取ってあったので、モーリッツが喜んで食べ始める。硝子の杯の冷たいお茶にはミントが入っていて、口の中がひんやりした。

「……先日まではヴァイツェアに?」

 手紙を読み終わったロルツィングが顔を上げた。

「ああ。だが雨季に入ってしまうとモーが寝込むから、次の行き先に決めていた〈暁の砂漠〉に来たんだ。フィリップ達は旅をしながら、魔道具の修理や薬草師の仕事をしている。滞在させて貰う代わりに、無償で魔道具の修理と薬草の取り引きをするぞ? それと森での採取をさせて欲しい」

「こちらとしても願ったり叶ったりだ。幾つか見て欲しい魔道具がある。森も自由に入ってくれ。それとこちらが手持ちにない薬草を分けて貰えると助かる」

「もし病人がいるのなら、ヴァルブルガを喚んで往診してもらうといい」

「ここまで来てくれるのか?」

「ヴァルブルガは患者がいれば来るぞ。悪化させてから喚ぶほうが怒られる。四肢欠損までいったら、潔くうちの息子を喚ぶんだな」

 フィリップはエンデュミオンが四肢欠損を治せると知っている。死んでさえいなければ、怪我をする前に戻せるのだ。

 ロルツィングは水滴が浮かび始めた杯を持って、お茶を一口飲んだ。

「〈暁の砂漠〉に多い熱砂病は蚊が媒介するのは知っていると思うが、蚊遣りの香が足りないのだ。蚊帳を使ったり、家屋の周囲には蚊が嫌う匂いの花を植えるようにしているのだがな」

「蚊遣りの香が足りない?」

 フィリップは思わず目を丸くしてしまった。蚊遣りの香は、〈暁の砂漠〉なら常備されている物なのだ。

「水場の多いフィッツェンドルフで、今流行っているそうだ。だから行商人はこぞってそちらに運んでいる。蚊遣りの香を作ろうにも、素材で足りない物があってな」

「蚊遣り草か」

 蚊遣り草は北方で採取される薬草なのだ。北の〈黒き森〉では珍しくもない代物だ。

「ではフィリップは蚊遣りの香を作ろう。材料はエンデュミオンやモーリッツの息子のラルスから仕入れられるから」

「それは有難い」

 フィリップとモーリッツ、ジルヴィアは今回も客人扱いで逗留を許された。

 そして「ジルヴィアが食べてしまわないように植物のない部屋を」と頼み、客間に案内されるのだった。


結構いきあたりばったりな旅をしている二人です。

基本的に、モーリッツの体調によって行先を決めています。


ティルピッツとレヴィンはじわりじわりと砂漠を緑化しています。

〈暁の砂漠〉で一番大きなオアシスが、族長のオアシスです。

その他にも、一族単位で個別のオアシスに暮らしています。それぞれのオアシスに長がいて、それを取りまとめているのが、族長一族です。

全属性を持っているのは、族長一族だけです。族長一族、頑健な〈暁の砂漠〉の民の中でも最強です。


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