王都竜騎士隊の魔女(上)
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王都竜騎士隊に魔女が来ます。
373王都竜騎士隊の魔女(上)
何も悪い事をしていない筈なのに、隊長に呼び出しを受けると緊張するのは何故だろう。ディーツェの頭の上に居る風竜のキーランは鼻歌を歌っているというのに。
ディーツェは軽く握った拳で重厚なドアを叩く。
「ディーツェとキーランです」
「どうぞ」
落ち着いた声で入室の許可が下りる。
ディーツェが開けたドアの先には、王都竜騎士隊隊長ダーニエルと、人型になっている彼の闇竜ヴェヒテリンが待っていた。それともう一人ディーツェが初めて見る人狼の青年がいた。
人狼の青年は、黒森之國では珍しい漆黒の毛色だった。制服に竜の紋章がないので、騎士団の所属だろう。
ディーツェの視線に気が付いたダーニエルが、人狼の青年を手で示す。
「彼は王都騎士団から竜騎士団に異動して貰う予定のリクだ。こちらは竜騎士のディーツェと風竜キーラン」
ダーニエルに紹介され、ディーツェとリクはお互いに黙礼する。
「ディーツェは知っていると思うが、エンデュミオンの伝手で竜騎士隊にコボルトの魔女を誘致出来ないか問い合わせていたんだ。この程勤務しても構わないという返事があった。但し、条件付きでだ」
「条件?」
「まず人狼の村に迎えに来る事。それから魔女の相棒になる薬草師にリクの指名。最後にリグハーヴスへの短期研修を受けさせる事が条件だそうだ」
「お迎えは、わざわざ来て貰うんですから解りますけど?」
「あちらは人狼とコボルトの村だ」
ディーツェにダーニエルが、そんなに甘くないと首を振る。
「コボルトがいる村では転移陣をコボルトが管理している。つまり、そこで善人判定を通過しないと村には入れない」
「は!?」
「それは事実です。彼なら大丈夫だと思います」
驚くディーツェにリクが言った。
「ダーニエル隊長、俺が呼ばれたと言う事は、うちの村ですよね? 魔女の名前は解りますか?」
ダーニエルが手元の紙に目を落とす。
「魔女ニコだ」
「……俺の甥です」
「甥って、コボルトですよね?」
思わずディーツェが訊くと、リクが笑んだ。
「俺の兄は家族としてコボルトの孤児を引き取って育てているんです。ニコは兄が最初に引き取った子ですね。魔女修行に出ていたんですが、戻って来たんでしょう」
「あ、だからリクの異動?」
「恐らく。王都には妖精が少ないですから」
ニコを守る為にも叔父にあたるリクを異動させてほしいと希望したようだ。
「いいんですか? 異動しても」
「騎士隊の方には魔女も医師も薬草師も複数人いますし、俺は使い勝手としては中途半端なんですよ。王都周辺の薬草師と調合が違うし、身体も一般的な人狼より小さいでしょう?」
リクはディーツェと殆ど体格が変わらなかった。人狼だが、どちらかというと平原族に近い体格だ。
「うちは実力があれば構わないんだがな。リク、リグハーヴスへの短期研修に心当たりは?」
ダーニエルが三つ目の希望をリクに問う。
「リグハーヴスの薬草師が飲みやすい薬草茶を処方出来るそうで、今うちの村の子が研修に行っているんですよ。そろそろ村に戻って来るので、入れ替わりで研修を受けたいって意味だと思います。うちは〈Langue de chat〉の孝宏と親戚なので、融通付けられるのかなと思いますけど」
「一寸待て。聞き捨てならないんだが、孝宏は〈異界渡り〉の孝宏か?」
「はい。凄く遠い親戚なんですが。兄達はもう会ったみたいなんですけど、俺はまだです」
「そうか、人狼の里の〈異界渡り〉だな! 随分前にいたな!」
ヴェヒテリンがあっさりと答えを導き出す。
「すぐに人狼と番になったから、王宮も聖都も手出しできなかったんだ。人狼の里から出ないから、もはや忘れられているがな」
「ヴェヒテリンの仰るとおりです。人狼でも子孫は毛色と〈天恵〉を引き継いでいますが、意外とばれません」
リクが見事な漆黒を摘まんで見せる。
「〈天恵〉もか」
「〈浄化〉の〈天恵〉があるので、俺がいるとちょっぴり場が浄められます」
「えっ、それなのによく騎士隊が異動を許可しましたね」
ディーツェが目を丸くする。
「〈天恵〉に報告義務はないので。それにうちの一族は里から殆ど出ないので」
「確かに報告の義務はないが……エンデュミオンも知っていたのか……兄上には……まあいいか」
ぶつぶつと呟いたのち、ダーニエルは溜め息を吐いた。
「兎に角、貴重な魔女の迎えにディーツェとリク、キーランで行って来て欲しい。あちらからの希望が他にもあれば、可能な限り応えたい」
「お言葉ですが、特に贅沢な暮らしをしている訳でもないので、定期的な休みに帰省させて頂けるのならそれで宜しいかと思います」
「それなら魔法使いの塔の転移陣の使用許可を出せるから可能だ」
「兄に申し伝えます」
「人狼の里に向かう時は、竜で行くと驚かれるかもしれないから、魔法使いの塔の魔法陣を使うといい」
ダーニエルから許可証を貰い、ディーツェとキーラン、リクは隊長室から退室した。
「改めてよろしく。多分俺が呼ばれたのは、この間の訓練の時にヒロとエンデュミオンと組んだからだと思う」
─よろしくー。
ディーツェが差し出した手を、リクが握る。
「こちらこそよろしく。人狼の村に行ったら泊まりになるかもしれないんだけど、準備の時間いるかい?」
「いや、一泊位なら持ち歩いているから大丈夫」
ディーツェは〈魔法鞄〉になっている腰のポーチを軽く叩いた。リクが頷き、建物の出口に向かい始める。
「ディーツェ、何処かでお菓子を買ってから行こう」
「お菓子?」
「転移陣を管理しているコボルト達に渡すんだ。コボルトは物々交換だから」
─キーランは、コボルトはチーズが好きだから、チーズのお菓子が良いと思う。
「この間新しく出来た菓子屋にあった?」
─そうそう。あれ、ヒロのレシピだよ。訓練の時におやつで貰ったもん。
商業ギルドに登録してあるレシピは、使用料を払えば作って店で売り出しても良いのである。最近王都の中心部から外れた場所に出来た小さな菓子屋は、見慣れない菓子もあると、噂になっていた。
「じゃあ、そこで買い物をしてからいこうか」
キーランを頭に乗せたディーツェは、リクと一緒に城下街に下りてお菓子屋に行って焼き菓子を買った。当然これは経費で落とせるので、コボルト達に渡す分は竜騎士団に請求して貰う。
再び王宮に戻り、ディーツェ達は魔法使いの塔へと赴いた。
「この前はエンデュミオンが居たから開けて貰えたんだけど……」
エンデュミオンの棲み処だったこの魔法使いの塔の扉はエンデュミオン自体が鍵だった。それ以外の者の場合は、エンデュミオンに許可されている人狼の魔法使いジークヴァルトと、養女でもある大魔法使いフィリーネ以外は許可証が必要だ。
ダーニエルに貰った許可証──木札に魔法陣が彫り込まれたもの─だが、それを扉に触れさせる。
棟の何処かから鈴の音が聞こえ、数分後に「今開けまーす」と内側から声が聞こえた。
ガコン、カラカラと扉の中からからくりが動く音がディーツェ達まで聞こえてくる。そうして漸く扉が開いた。
「お待たせしました。〈転移陣〉のご利用ですか?」
現れたのは赤い火竜を肩に乗せた小麦色の毛並みの人狼ジークヴァルトだった。
「はい。この村の転移陣までお願いします」
リクが手に持っていた紙をジークヴァルトに見せる。そこに転移陣の座標が書いてあるのだろう。
「はい、解りました。陣の中に入って下さい。向こうに〈転移〉完了するまで、転移陣から出ないで下さいね」
ディーツェ達が転移陣の真ん中に入ったのを確認して、ジークヴァルトが杖の石突を転移陣の端に刺す。ジークヴァルトの魔力が込められた杖に付いた魔石が光るのと同時に、転移陣も銀色に光を立ち昇らせる。石造りの塔の壁が揺らいだと思ったら、もうディーツェたちは森の木に囲まれた転移陣に立っていた。
「いらっしゃーい」
「ここは北の人狼の村だよ」
「リク、久し振りー」
わらわらと数人のコボルト達が転移陣の周りに集まっていた。皆色違いの魔石の付いた杖を持っているので、魔法使いコボルトだ。
「有難う。これおやつに食べて」
「チーズの匂いする!」
「有難う!」
リクが渡したチーズケーキ入りの紙袋を受け取り、コボルト達が大喜びする。
「今日は兄さん達、教会に居るかな?」
「朝いたよー」
「さっき、教会の前のベンチにロルフェとヒューいたよ」
コボルト達は村の情報通だった。
礼を言って移動し始めるリクに、ディーツェとキーランもついていく。転移陣は村の外れにあるらしく、木立と灌木で作られた小道を抜けた先に、頑丈そうな木製の砦で囲まれた村があった。木製と言っても、一本一本の木の太さが半端ない。破城槌でも簡単には破られなさそうな、堅牢さに見えた。砦の上部は回廊になっており、巡回している人狼が見える。
「……何から守ってんの?」
「森の中だから野生動物が出るし、以前はコボルト狩りもあった。それにここは〈異界渡り〉が降りた村だからね」
コボルトや〈異界渡り〉を奪われぬよう、こんな砦になったらしい。とは言え、日中は門が開いていて、自由に出入りが出来るようだ。そもそもここは〈黒き森〉の一角で、近隣にあるのも人狼とコボルトの村なので、転移陣以外では他の種族は来ないのだそうだ。おまけに転移陣でコボルトの善人判定を受けてからの来村になる。基本、村に害意のない者しか来られない。
門衛の人狼に軽く挨拶をして、リクは村の中に入る。一緒に居るので、ディーツェとキーランも問題なく通り抜けられた。
教会はここでも一番高い建物なので、直ぐに場所が解る。教会の鐘楼を目指して歩いていくと、石壁で囲まれた教会の建物に辿り着く。石壁を回り込むと開いている鉄扉があった。白い教会と付属の司祭館の前に花壇とベンチがあって、そこに座る黒い司祭服を着た金色の毛色の人狼が見えた。司祭の膝には、幼い小麦色のコボルトが据わっている。
「ロルフェ義兄さん! ヒュー!」
リクの呼び掛けに、司祭が顔を上げて笑顔になり、膝のコボルトを抱き上げて立ち上がる。
「リク、お帰り。リクが来たのなら、要望は受け入れられたのかな?」
「出来る限りは叶えて貰えそうだよ。魔女は徒弟制度に近いから数少ないし。ロルフェ義兄さん、こちらは竜騎士のディーツェと風竜のキーラン。ディーツェ、この村の司祭のロルフェだよ。俺の義兄で兄の番。この子は息子のヒュー」
リクの兄は同性同士の番らしい。ヒューは養子のコボルトなのだろう。
「初めまして、司祭ロルフェ。竜騎士のディーツェと申します。無理をお願いして心苦しいのですが、ご子息を竜騎士団での生活で不自由はさせません」
ディーツェは丁寧に騎士の礼をした。頭に乗っているキーランがそのままだが仕方がない。
「いえ、能力に合った仕事を選ぶのはコボルトの習性ですから。竜騎士団に行くのはニコが決めた事なので、私共は送り出すだけです。リクが一緒なら安心ですしね」
「カイ兄さんは?」
「カイはやっとニコが帰って来たと喜んでいたから、一寸拗ねてる。昨日は「おのれ王都竜騎士隊め」って言いながらジャムを煮てたよ」
「え!?」
苦笑いするリクとロルフェに、ディーツェが驚愕する。しかし、リクは慣れているのか「俺達〈天恵〉が〈浄化〉だから呪えないんだよ」と笑っていた。それでいいのか。
リクはロルフェの腕の中のヒューを撫でた。
「……!……!」
ぺちぺちと前肢を打ち合わせて、ヒューがはしゃぐ。
「ヒュー、大きくなったなあ。前より元気になったね」
「リグハーヴスでヒューでも飲める薬湯を処方して貰ったんだよ。耳も随分調子が良くなったんだ」
「ああ、だから余計ニコはリグハーヴスに俺と研修に行きたがっているのかな?」
「そうみたいだよ。さあ、家に入ろうか。カイとニコを紹介するよ」
朗らかなロルフェにほっとしつつ、ディーツェ達は司祭館に招き入れられたのだった。
エンデュミオン経由でロルフェに問い合わせていた魔女斡旋。
カイとロルフェの長男ニコが魔女認定を受けて戻って来たのと重なりました。
修行に出ていたニコが帰って来るのを楽しみにしていたカイは拗ねてます。
そんな訳で妥協として、定期的な帰省を希望しています。
カイの兄弟はカイだけが先祖返りです。リクも体格だけは平原族並みの人狼です。