寂しがり屋ルッツ
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
ルッツは身近な人ほど気を使います。
361寂しがり屋ルッツ
ルッツの落ち込み具合は解りやすい。大きな耳がへんにょりするし、いつもはご機嫌にピンと立っている尻尾がたらんと下がるからだ。
今も厚い蒸し卵を挟んだサンドウィッチに、熱々の腸詰肉とプチトマト、玉蜀黍増し増しコンソメスープ、苺とブルーベリーのクリーム掛けという朝食を前にしても、子供用の椅子の隙間から青黒毛にオレンジ色の錆がある尻尾がたらんと垂れている。
ルッツの元気がないのは、最近一緒に朝御飯を食べていたテオの従兄弟のプラネルトと魔熊のエアネストが、領主館に引っ越してしまったからだ。
冬の間はテオとルッツは軽量配達の仕事を、ハイエルンとの領境の崖下に暮らす人狼の鍛治師イェンシュと南方コボルトのベルンの定期便のみに制限する。
だからルッツがゆっくり〈Langue de chat〉に居られるのは冬だけだ。
しかしエンデュミオン達家にいる妖精達は勉強や仕事をしているので、ルッツは自分から遊んで欲しいとは言わない。相手がいなければ一人で遊んでいるし、温室に行って誰か遊びに来るのを待っている。
ルッツにとって、エアネストは久し振りに朝から晩まで遊べる相手だったのだ。
あむ、とルッツがサンドウィッチを齧る。もそもそと咀嚼する姿は余り味を感じていなさそうだ。いつも元気にしているルッツだが、とても繊細なのだ。
テオもルッツの寂しさに気付いていて、一緒に散歩に連れ出したりしているのだが、ルッツは一人になるとしょんぼりしている。
孝宏も昨日一緒にルッツとアップルパイを作った。アップルパイを作っている間は楽しそうにしていたが、作り終わったらやっぱりしょんぼりしていた。
エアネストは遊びに来るよ、と何度も言い聞かせているのだが、「いつ?」と聞きもしないルッツがいじらしい。ルッツは本当にとても寂しん坊なのだ。
「ルッツ」
孝宏は余り食事が進まないルッツに声を掛けた。
「あい」
ルッツが上目遣いに孝宏を見る。何を言われるのか金色の瞳が不安そうだ。
「俺、ルッツにお届け物頼みたいんだけどな」
「あい?」
「昨日一緒に焼いたアップルパイ、プラネルトとエアネストとレーニシュに届けて欲しいんだよね。テオと一緒に行ってきてくれる?」
「……」
サンドウィッチを両前肢で掴んだまま、ルッツが孝宏の言葉を頭の中で反芻している。
「ルッツがおとどけ?」
「うん。朝御飯を食べたら行ってきてくれる?」
「あいっ」
元気良く返事をして、ルッツはサンドウィッチに大きく齧りついた。プラネルトとエアネストに、堂々と会いに行けると気が付いたのだろう。
耳と尻尾はすっかり両方ピンと立っていて、元気を取り戻したようだった。
ルッツは朝御飯をしっかり食べ終えてから、孝宏に皿に乗せて紙で包んだアップルパイをワンホール、〈時空鞄〉に入れてもらった。孝宏はついでに揚げパンとクッキーも一袋ずつ入れてくれた。
「いってきまーす」
「行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
孝宏に前肢を振って、ルッツはテオと領主館に〈転移〉した。
お届けに行く時は、領主館の門の前に出る。
「おはよー」
ルッツは門衛の騎士に前肢を上げた。
「おはよう、ルッツ。お届けかい?」
何度も来ているので、領主館の騎士達の殆どはテオとルッツの顔を知っている。
「プラネルトにおとどけものだよ!」
「プラネルトか。何処にいるかは詰所に聞いて貰った方がいいかな。入っていいよ」
「あいっ」
「失礼します」
テオとルッツはきちんと除雪された敷地内を歩いて、詰所の建物を目指した。煉瓦建ての詰所の煙突からは白い煙が上がっていて、美味しそうな甘い匂いが微かに漂っている。
詰所にコボルトの賄いさんであるタンタンが、鷹獅子のティティと共に住み込むようになり、騎士達は休憩の度に美味しい軽食を食べられるようになったらしい。
コボルトが出入りするようになり、詰所のドアは妖精でも開けられる二枚組のドアに変えられていた。
ルッツが下側のドアに付いていたノッカーを掴んで叩いた。
「おはよー!」
同時に挨拶するので、誰が来たのか丸解りである。
「おはよう、ルッツとテオか」
ドアを開けたのは、ティティを片腕に抱いたパトリック隊長だった。タンタンが忙しい時は、パトリックがティティのお守をしているのがすっかり恒例になっている。ティティも詰所で騎士達に可愛がられているので、人懐こく育っているようだ。
「おはよー、パトリック、ティティ。プラネルトにおとどけものだよ!」
「プラネルトか。今は本館で竜騎士の顔合わせをしているぞ。寮で待っているといい。お、丁度いい。おーいこっちこい」
パトリックは巡回していた騎士達が近付いてきたのを見て手招きした。白い息を吐きながら、三人組の騎士が小走りでやってくる。
「隊長、何ですか?」
「テオとルッツを、シェンクとプラネルトの寮に案内してやってくれ」
「良いですよ。一緒に行きます」
騎士達はルッツの頭を撫で、テオとルッツの前後に移動して歩き出す。
「プラネルトの入った寮は、敷地の少し奥にあるんだよ」
「宿舎じゃないんですか?」
「一戸建てなんだ。昔の隔離用の寮でね」
テオに騎士が答える。
ルッツもテオも、ヴァルブルガがプラネルトの同居人の所に往診に行ったのを知っているが、患者の情報は守秘義務がある。その為詳しい事は聞いていない。
領主館や宿舎を過ぎ、敷地の奥へと歩く。菜園近くの木立の中にぽつんと一軒家が建っていた。
「あの家だよ」
「有難う」
「ありがと」
巡回に戻る騎士に前肢を振って見送り、家へと真っ直ぐ続く除雪された道をルッツとテオは歩いて行った。
「ルッツ、大丈夫? 靴埋まってない?」
「だいじょぶ」
雪の上にルッツの小さな足跡がポチポチと付いていく。
プラネルトがエアネストと雷竜レーニシュ、そして同僚騎士と暮らすという家は、典型的な黒森之國の建築様式だった。がっしりとした石を積んだ土台に、黒い梁に白い壁が美しく、よく手入れされている。
テオがルッツを抱き上げてくれたので、ノッカーを掴んで鳴らす。
「おはよー!」
「はーい」
中から返事があってドアが開く。顔を出したのは口元を着ているカーディガンの袖で押さえた青年だった。痩せていて、テオよりも小柄だ。騎士は騎士でも戦闘職ではないだろう。恐らく彼は事務職だ。そしてテオとルッツとは初対面だった。
青年はテオを見て、足元のルッツを見た。ルッツが右前肢を上げる。
「プラネルトにおとどけものでーす!」
青年はルッツの前にしゃがんだ。
「プラネルトは出掛けているけど、それほど掛からずに戻るから中で待っているといいよ」
「あいっ」
「お邪魔します」
ルッツとテオは誘われるままに家の中に入った。
「マットの所で靴を脱いで貰ってもいいかな」
「あい」
「はい」
靴を脱いでマットの端に置く。〈Langue de chat〉でも靴を脱ぐので慣れている。
「おあ!」
「エアネスト!」
暖炉の前の敷物の上にエアネストがいて、積み木で遊んでいた。ルッツに気が付いてエアネストが目を輝かせる。
それでシェンクはピンと来たらしい。
「あ、もしかしてプラネルトとエアがお世話になってた……?」
「俺はそこの下宿人です。プラネルトは従兄弟です。俺はテオ。この子はルッツです」
「俺はシェンク。今は療養中でプラネルトにお世話になっちゃってる」
「んきゃー」
エアネストがルッツに駆け寄り抱き付く。
「急いでなければゆっくりしていってあげて」
シェンクはルッツとエアネストの頭を撫でた。
外套を脱いで壁のフックに掛けさせてもらい、テオとルッツは暖炉の前の敷物に座った。
「フェアリーベルのにおい?」
ふんふんとルッツは部屋の空気を嗅いだ。家に入った時から気になっていたが、暖炉の火格子の上に置いてある鍋に、妖精鈴花が入れてあるようだ。
シェンクが困ったように頬を指先で掻いた。
「俺が喘息でね。ヴァルブルガに吸入して安静にしてろって怒られたんだ」
「休んでなくて大丈夫ですか?」
「大分落ち着いたのか、ベッドにいるのも辛くて。家から出なければ良いだろうから、エアネストが遊ぶのを見てたんだ」
テオに笑って、シェンクは台所にお茶を淹れに行った。
ルッツはエアネストと積み木で遊び始めた。出ていた積み木は丸や四角、三角の物で、エアネストと一緒に積み上げていく。ルッツとエアネストでは高くは積めないが、ある程度積むとエアネストが崩すのだから、高く積んでも危ない。
何度か積んでは崩しているうちに、プラネルトとレーニシュが帰って来た。
「ただいま」
─ただいまー。
マットで靴の雪を落としながら、プラネルトが外套を脱ぐ。
「テオフィル達来てたんだ」
「うん」
「おかえり! おとどけものだよ!」
「お、何届けてくれたんだ?」
外套を壁のフックに掛けたプラネルトが「一寸待ってて」と手を洗いに行って、すぐに戻ってきた。
「おとどけものでーす」
ルッツが〈時空鞄〉を開け、テオが中からアップルパイの包みを取り出してテーブルに置く。
「アップルパイ? 美味しそうだね」
「おあ!」
「きのう、ヒロとつくったんだよ! あとね、あげぱんとクッキーもあるんだよ!」
「シェンクがお茶を淹れてくれたし、おやつにしようか。エア、一度積み木は片付けよう」
「お」
元々入っていたらしい木箱にエアネストとルッツは積み木を入れていく。きちんと綺麗に並べて木箱に蓋をした。
「エアネスト、おててあらうよ」
「おあ」
ルッツは水の精霊に頼んで前肢を洗う。エアネストは四本ともだ。
プラネルトとシェンクはアップルパイを切って皿に乗せ、揚げパンとクッキーも紙を敷いた皿に盛った。
「これ食べた後に、エアはお昼ご飯食べられるかな?」
「あはは、どうだろね」
シェンクに聞かれ、笑いながらプラネルトはエアネストに食事用のエプロンを着せている。
「ルッツ、りんごにるのてつだったんだよ」
「綺麗な色になってるね」
アップルパイのフィリングの林檎は綺麗なピンク色に仕上がっていた。真っ赤な皮の林檎で、実と一緒に剥いた皮も煮たのだ。
「今日の恵みに。月の女神シルヴァーナに感謝を」
「きょうのめぐみに!」
「おあ!」
早速エアネストが小さめに切られたアップルパイを掴んで齧りつく。細かなパイ生地を口の回りに付けながら、夢中で食べている。レーニシュも皿を床に置いて貰い、アップルパイを食べていた。
「んま!」
─美味しい!
アップルパイが小さめなのは、確実にエアネストが揚げパンも食べる予測がついているからだろう。
ルッツもフォークで切り取ったアップルパイを口に入れる。一日経って、土台のパイ生地が林檎の水気を吸ってしっとりしているが、それはそれで美味しい。
「プラネルト、竜騎士の指導って、騎士団の方もやるのか?」
テオがお茶を一口飲んでから、プラネルトに問う。
「やるよ。リグハーヴスは竜騎士少ないし。まだ鞍も作ってないから、作って装備の仕方も教えないと。リグハーヴスに竜の鞍を作れる職人いるかな?」
「〈Langue de chat〉と同じ通りにある〈オイゲンの靴屋〉かな。あそこなら腕のいい職人が三人いるし」
オイゲンの靴屋には、採掘族のオイゲンと後継ぎである孫娘のゼルマ、北方コボルトのリュック・グラートがいる。全員が靴職人だが、革細工は何でも出来る。
「今度竜騎士が全員集まるから、採寸して貰おうかな。鞍の装備訓練には、ヒロとエンデュミオンとグリューネヴァルトにも手伝い頼むつもり」
準竜騎士なので、孝宏とエンデュミオンも訓練に参加可能なのだ。
「お、お」
エアネストがシェンクに揚げパンを取って貰っている。
「ジャム、いくつかしゅるいあるよ」
ルッツに指摘され、シェンクがナイフを手に取る。
「エア、半分に切る?」
「お」
「これは苺ジャムかな?」
「お」
エアネストに好き嫌いはない。苺ジャムの揚げパンを半分貰い、口の回りに粉砂糖を付けながら食べている。
ジャムが異なる為、孝宏は揚げパンを小さめに作ってくれている。半分に切れば一口か二口で食べられる。
エアネストの面倒をルッツとシェンクが見ているので、テオとプラネルトはそのまま話していた。
「それでさ、やっぱり思ったんだけど、週に何度かエアネストをエンデュミオンの温室に連れてきた方がいいと思う」
「時々頼む予定ではいるけど」
「子守りもだけど、エアネストの勉強の為だよ。預けたら、文字や魔法を教えて貰えるから」
「まさかエンデュミオンが教えているのか!?」
「勿論エンデュミオンも教えるけど、大抵は魔法使いコボルトのクヌートとクーデルカと先見師コボルトのホーンが教えているかな。あとは聖職者コボルトのシュトラールも」
「先見師!?」
先見師は珍しく、通常余り表には出ない。
「ホーンは角笛を持っているんだよ。三頭魔犬呼べるんだ」
「……テオフィル、お前族長にちゃんと報告してる?」
「一応。ルッツも良く手紙書いてるし。ね?」
「あいっ」
テオがルッツの耳の間を撫でる。
ルッツはほぼ毎週、〈暁の砂漠〉にいるテオの従兄弟で義弟のユストゥスに手紙を書いて精霊便で送っている。ユストゥスとルッツは友達なのだ。
「エアは人懐こいけど、色んな人に会っていた方が良いと思う。エンデュミオンの温室に居れば、近所の人も来るんだよ」
エンデュミオンの温室は、裏庭に入る許可を貰った人しか入れないのだ。つまり善人しか来ない。リグハーヴスの妖精達は自由に入れるのだが。
「社交性か。確かに必要だなあ」
エアネストは野性の魔熊だった。これからは自分に好意的な者も、そうではない者もいると教えなければならない。
「おいしーねえ」
「んま」
温めた牛乳を舐めるエアネストは可愛い。ルッツは残しておいたアップルパイの縁の部分を齧りながら、ピンと立てた尻尾の先を振る。
ルッツは親も兄弟もいないので、年下の獣型妖精は弟みたいに思っている。
テオも本当は一人っ子だが、ロルツィングの養子になったので、ユストゥスと言う義弟が出来た。〈暁の砂漠〉に帰る度に、テオは少しぎこちなくユストゥスの兄をしている。
「そういや、お前髪短くてもいいから、飾り玉の一つくらい付けとけよ」
プラネルトがテオの髪を一房摘まんで引っ張る。
「ええー。ルッツにはギルドタグに付けてるんだけど」
「自分でも着けろ。はい出して」
「自分で結ぶの面倒なんだよ」
渋々テオが〈魔法鞄〉から橙色や緋色、緑色の玉が付いた小さな髪飾りを取り出す。プラネルトは慣れた手付きで、テオの左側の髪に髪飾りを編み込んだ。
「それ、何か意味があるの?」
肉球に付いた粉砂糖を舐め終えたエアネストの前肢を拭いてやりながら、シェンクが訊く。それにプラネルトが答えた。
「〈暁の砂漠〉の民なら解るんだけど、橙色が族長継承候補者一位で、緋色が族長、緑が息子って意味。だからこの髪飾りは〈族長の息子で継承候補者一位〉って見れば解る。俺のは色が少し薄いだろ? これは継承候補者だけど、族長の兄弟の子供って意味なんだ」
プラネルトは自分の髪に編み込んである髪飾りを摘まんで見せる。
「族長候補者!?」
「俺達は〈暁の砂漠〉の族長の息子と甥だから」
「なんでこんな所にいるの!?」
「……成り行き?」
「……成り行きかな」
テオとプラネルトは声を合わせた。
本来なら、継承候補者一位がふらふら領の外には出ないらしい。それを言うなら、本当は継承候補者にはケットシーは憑かないらしい。〈暁の砂漠〉には族長に憑く妖精が二人いるからだ。
それにも関わらずルッツがテオを選び、テオはルッツが憑くのを認めた。だから〈暁の砂漠〉では、それぞれのオアシスの代表者の集まりで問題提起されたと、ロルツィングが彼の兄弟達とこっそり話しているのをルッツは聞いた。
ロルツィングがテオを継承者一位から外さないのは、ユストゥスが成人していないのもあるが、当の妖精二人が「たとえテオが族長になっても〈暁の砂漠〉の民の守護を辞めない」と言ったからだという。妖精の守護が確約出来るのならば問題なし、という結論になったらしい。
「うー」
クッキーの皿に鼻先を伸ばし、エアネストがふんふんと匂いを嗅いでいる。前肢が届かないので、鼻先を出したようだが残念ながら舌も届いていない。
「クッキーたべたいの? クルミとほしぶどう、どっちがいーい?」
ルッツはクッキーを二枚取って、エアネストの前に出してやる。
「お」
ルッツが持っている胡桃が入ったクッキーに、エアネストが齧り付いた。ルッツの前肢まで食べないように、端の方を齧っている。良い子だ。
「んま。あー」
「あい」
残りのクッキーはエアネストの開いた口に入れてやる。
サクサクと音を立ててエアネストがクッキーを咀嚼する。美味しそうだ。ルッツも片方の前肢に持っていた干し葡萄のクッキーを齧る。干し葡萄が甘酸っぱくて美味しい。
「おいしーねえ」
「んまー」
にこにこと笑い合っておやつを食べる。
いつの間にかテオ達は会話を止めて、ルッツとエアネストを眺めていた。
「どしたの?」
ルッツはこてりと首を傾げた。テオがルッツの耳の付け根を掻いてくれる。
「ルッツとエアネストが可愛いなあって、見てたんだよ」
「あい」
「おあ」
「あっ、エアそれ何個目だ?」
エアネストが前肢の届くところにあった揚げパンを掴んでいた。
ルッツはエアネストが食べた分を、プラネルトに教えてあげる。
「エアネスト、アップルパイとあげぱんはんぶんとクッキーいちまいたべたよ」
「お腹大丈夫かな? また後でも食べられるから、いっぺんに食べなくてもいいんだぞ、エア」
「お」
頷いたが、エアネストは揚げパンを放さなかった。
「それは食べたいのね?」
「お」
食べやすいように半分に切って貰い、エアネストが揚げパンを頬張る。今度のジャムは林檎ジャムだった。
口の周りと前肢を拭いて貰い、エアネストは満足そうな顔になり、くあっと欠伸をした。まだ赤ん坊なだけあり、欲求に忠実である。
「エア、こっちおいで」
プラネルトがエアネストのエプロンを取って、胡坐の中にすっぽりと入れる。
「……」
エアネストはプラネルトの太腿を枕にして、あっと言う間に寝てしまった。
「ルッツもおいで」
テオが呼んでくれたので、ルッツもテオの胡坐の中に納まる。
ルッツの親はルッツが小さい時にいなくなったので、こうやって時々膝に乗せてくれたのは、当時王様だったギルベルトだった。その次がテオだ。
「ルッツ、ねむくないよ?」
「うん」
テオの優しい手が、ルッツの頭を撫でる。眠くないと言ったが、なでなでされ続けると眠くなる。お腹に乗せられた暖かい手にぽんぽんされると、睡魔とお友達になってしまう。
「お昼寝したらまた遊びな」
「あい。あそぶ」
お昼寝から起きたら何をして遊ぼう。エアネストに靴が出来たらお外でも遊べるのに。
雪が融ける前に、皆ともっと遊びたいし、お庭でかまくらを作って、エアネストに見せてあげたい。
「おねだりすればいいんじゃないかな?」
ルッツの願望は口から零れていたのか、テオが魅力的な提案をしてくる。
「おねだり……」
してもいいのか。じゃあおねだりしよう。
「うふふふ」
寝ながら笑うルッツを愛しそうに撫でるテオを、プラネルトがちらりと見る。
「おねだりを唆していいのかい?」
「ルッツは良い子すぎるからね。ルッツがおねだりしたら、エンデュミオンは喜ぶと思うんだけど」
誰の目から見ても、年の離れた同族の子供を、エンデュミオンはとても可愛がっている。一緒にかまくらを作って遊んでと頼めば、ほいほいと苦手な寒さの中でも出てくるだろう。エンデュミオンとはそういうものだ。
「だからエアに早く靴作ってあげてね」
「はいはい」
藪蛇で催促されたプラネルトは、ただ笑って返事をしたのだった。
紙版書下ろしでも書いていますが、ルッツは早い段階で一人になったので寂しがり屋です。
〈Langue de chat〉で皆に甘えても構わないのに、ついつい遠慮してしまいます。
エンデュミオンは年少組をとても可愛がっているので、おねだりされたら「いいぞ」と二つ返事で付き合ってあげるのですが、ルッツには伝わっていない模様です。