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プラネルトのお引っ越し

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

竜騎士として着任します。


359プラネルトのお引っ越し


 ハイエルンの鉱山から繋がった地下迷宮ダンジョン七階層への入口は、國とハイエルンと七階層山岳部の領主ラミアのベアトリクスの三者で契約が結ばれる運びとなった。

 七階層の禁域にはみずちのような小魔物トイフェルがいるので、恐らく冒険者の密猟が問題になってくるだろうと、解決に呼ばれる予感しかしないエンデュミオンがぼやいていた。


 プラネルトは年が明けてからも〈Langueラング de() chat(シャ)〉に泊まっていたが、ハイエルンと魔族の契約が無事に終わったので、エンデュミオンの護衛としての仕事も終了だ。

「二人部屋らしいけど、性格が合わなければうちから通ってもいいんじゃないか?」と言うイシュカの有難い言葉を貰いつつ、プラネルトは魔熊まゆうのエアネストを連れて領主館に向かった。

 エアネストには今日から暮らす場所が変わるけどいつでも遊びに来られるからと、何度も言い含めてある。

 晴れていたのでプラネルトはエアネストを抱いて、歩いて領主館へ行った。

 仕立屋のマリアンがエアネストのフード付きポンチョを作ってくれたが、まだ靴は出来ていなので、雪道は抱っこしている。

「おっおー」

 エアネストが何かを歌っている。身体の大きさはケットシーの成体並みだが、まだ赤ん坊なので声は幼くて可愛い。

 街の囲壁を出て緩く登る丘の上の領主館まで行くのは、頑健な〈暁の砂漠〉の民であるプラネルトには苦でもない。

 ─ふふふーん。

 プラネルトの頭上を飛んでいる雷竜レーニシュも、何やら鼻唄を歌っているようだ。

 既に領主アルフォンスとは面識があるので、直接騎士隊隊長を訪ねる予定だ。

「詰所はあっちだよ」

 領主館の門の脇に立っていた騎士が、詰所の場所を教えてくれる。礼を言ってプラネルトは詰所を目指した。

「あれか」

 詰所はきちんとした二階建ての建物だった。医務室や仮眠室を備えていれば当然かもしれない。煙突からはゆらゆらと煙か上がり、甘い匂いがした。

「おあ」

「叩くの?」

 ドアについていたノッカーを、エアネストに叩かせてやる。

「どうぞー」と言う声と同時にドアが開く。プラネルトと余り年の変わらない、役者のような見眼麗しい青年が顔を出す。

「副隊長のラファエルです」

 副隊長殿だった。

「竜騎士のプラネルト・モルゲンロートです。所属は〈暁の砂漠〉、騎竜は雷竜レーニシュです」

「僕も一応竜騎士になるのかな。僕の竜は風竜キュッテルです」

 すらりとした薄い青色の鱗の風竜が、ラファエルの肩から顔を出した。

「まだ乗れませんけどね」

「リグハーヴスの竜は、グリューネヴァルトとキルシュネライト以外幼竜だと伺っています」

「そうなんです。隊長のパトリックは隊長室です。ご案内します。一階は詰所と台所、医務室と隊長の部屋で、一階の一部と二階が宿泊用の部屋や物置なんかです」

 外から入ってすぐの詰所はそこそこの広さがある。奥にカウンター付きの厨房がある。いい匂いの出所はあそこだろう。一枚板で作られた幅広のカウンターの上に、透明な容器が置かれている。容器の中に積まれているのはシートケーキのようだ。

「ここの詰所には賄いさんがいるんですよ。休憩の時にはお菓子が当たります」

「ラファエル、タンタン呼んだ?」

 厨房の間口から前掛けをした北方コボルトが現れた。

「タンタン、新しく来た竜騎士のプラネルトだよ」

「タンタン!」

 しゅっと小麦色のコボルトが右前肢を上げた。それに答えてしゅっとエアネストが右前肢を二本とも上げる。

「おあ!」

「俺はプラネルト。この子はエアネスト。こっちがレーニシュだよ」

「シェンクの所に行くの? ジンジャーブレッドあげる」

 タンタンが蝋紙に幾つかジンジャーブレッドを包んで渡してくれた。

有難う(ダンケ)

 タンタンが厨房に戻ったので、プラネルト達は廊下に出た。

「こっちの廊下には隊長室と資料室があります」

 ラファエルは奥のドアをノックした。

「どうぞ」

 返事を待ってラファエルがドアを開ける。

「隊長、プラネルトが挨拶にいらしてますよ」

「いらっしゃい」

 笑顔で執務机から立ち上がったのは、鍛えられた身体つきだが、騎士としてはそれ程大きくはない男だった。白髪交じりの黒髪をしている。

「プラネルト・モルゲンロート、本日より着任致します」

「隊長のパトリックだ。うちには竜騎士の経験者がいないから、本当に助かるよ」

「いえ、こちらも我儘を聞いて頂いて有難い限りです」

「この子がエアネストか。まだ子供だな」

 パトリックが鍛えられた厚みのある掌で、エアネストの頭を撫でる。エアネストは目を閉じて嬉しそうな声を出した。

「おあ!」

「仕事中連れ回すのが無理なら、ここで預かるから」

 ここ、とパトリックは部屋の一角に設えられた大きな四角いベッドを指差した。大きいと言っても、大人は寝られない大きさだ。ベッドには柵が付いていて、柵の隙間から何かのくちばしが見えた。

「嘴?」

「この子も紹介しておくか」

 パトリックは柵の内側に腕を入れて、中にいたものを抱き上げた。

鷹獅子グリフォンのティティだ。賄いのタンタンが育てているんだ。厨房は危ないんで、ここで預かってる事も多い」

 くりくりとした目の可愛らしい鷹獅子は、エアネストよりも小さかった。

「ちなみに女の子だ。仲良くな、エアネスト」

「お!」

「エアネストはまだ赤ん坊ですが、大丈夫ですか?」

「これだけしっかりしていれば、私でも面倒見られるだろ」

 何故隊長自ら保父をしているのか謎だ。

「俺は外警当番が少ないんだ」と笑っていたが、隊長の仕事と兼務は大変そうだ。休憩中や非番の隊員もティティを構いに来るらしいが。

 〈Langue de chat〉でも預かってくれると言われているので、使い分けようとプラネルトは決めた。


「一戸建て、ですか」

 そうしてラファエルに案内された寮の部屋は敷地内に建つこじんまりとした一戸建てだった。

「元は伝染病が出た時の隔離部屋だったんですけど、使わないと傷むでしょう? それで寮になったんです」

 ラファエルは合鍵を使って家のドアを開けた。

 一階は居間と台所、バスルームがあった。二階に二部屋ともう一つバスルームがあるらしい。

「同室の隊員は仕事ですか?」

「いや、この季節は仕事に出たり出られなかったりなんですよ。持病があって」

「誰かと同室にしておきたいって事ですね?」

「ええ」

 プラネルトは他の隊員よりも当番は入らない筈だ。だから持病持ちで心配な隊員の様子を見ていて欲しい、と。

「エアネストとレーニシュを嫌がらない人なら良いんですけど」

「うちのコボルト達を可愛がっているので大丈夫ですよ」

 ラファエルとの会話が途切れた合間に、二階から咳き込む音が聞こえてきた。苦しそうだ。

「荷物は全部〈魔法鞄〉に入れてきたので、後は自分で片付けます」

「リネン類は部屋の衣装箪笥に入ってますから」

「解りました」

 玄関で仕事に戻るラファエルを見送り、プラネルトは居間を見回した。

「少し埃っぽいかな?」

「へっちゅ」

 エアネストが可愛いくしゃみをする。

 どうやらここの住人、具合の悪さから掃除が出来ていないようだ。

 暖炉は燃えていたのでプラネルトは外套を脱いで窓を開け、風の精霊(ウィンディ)に頼んで埃を追い出してもらった。それから〈魔法鞄〉から新しい雑巾を取り出し、台所で濡らしてあちこち拭き掃除をした。

「あれ? エア? レーニシュまでどこ行った?」

 気が付くとエアネストとレーニシュの姿がない。外には出ていないからと、階段を確認すると埃が部分的になくなっていた。

「あああ、埃……」

 これはエアネストがよじ登った所だけ、埃がなくなっているに違いない。

 プラネルトは二階に上がった。

「おあー!」

 案の定エアネストは、ドアが閉まっている部屋のドアをバンバン叩いていた。

「エア、止めなさい」

 慌ててエアネストを抱き上げる。

「レーニシュ、止めてくれないか」

 ─速いんだもん。

 流石魔熊というべきか、エアネストは運動能力が高かった。

 プラネルトはドアをノックした。こちらは同居人の部屋だろう。向かい側の部屋はドアが開いていて、備え付けの家具しかない。

「……はい」

 キイ、と青白い顔の青年がドアを開ける。プラネルトと同年代だ。

「うちの子が煩くしてごめん。今日からここに住む事になった竜騎士のプラネルトだ。この子達はエアネストと雷竜のレーニシュ」

「僕はシェンク。……ごめん」

 ゴホゴホとシェンクが咳き込む。

「喘息?」

「うん。感染しないけど煩いから離れにしてもらったんだ」

 喘息患者を一人にする方が危険だろう。だからパトリックはプラネルトを入居させたのだろうけれど。

「掃除するから、何か羽織って居間に下りてくれる? この家埃っぽいよ」

「掃除……」

「俺がするから!」

 プラネルトは掃除が終わった居間にシェンクとエアネスト、レーニシュを避難させた。

 居間の暖炉の炉台に水を張った鍋を置き、妖精鈴花フェアリーベルを散らす。

 台所は綺麗だったので、お茶をティーポット一杯に淹れ妖精鈴花の蜂蜜ホーニックを混ぜた。

 居間のテーブルにティーポットとマグカップ、タンタンに貰ったジンジャーブレッドの包みを置く。

「二階の掃除が終わるまで、エアネストの面倒見ててほしい」

「う、うん」

 エアネストをシェンクに抱かせ、プラネルトは猛然と二階の掃除に向かったのだった。

 シェンクの部屋の埃を追い出しベッドのシーツを換え、プラネルトはそのまま自分の部屋も掃除して、ベッドを整えた。

 多くない服を衣装箪笥に入れて、小物が入った箱を書き物机に置けば終わりだ。

 掃除道具を片付けて手を洗い、プラネルトは居間に入った。

「んあ!」

 シェンクの膝にいたエアネストが、プラネルトに前肢を伸ばす。プラネルトは笑ってエアネストを抱き取る。

「良い子にしてたか?」

「ん!」

 ぐいぐいと胸に頭を擦り付けてくる。

 じっとシェンクがエアネストを見詰めていた。

「その子、コボルトじゃないんだね」

「うん、小熊だよ」

「領主館のバーニーに似てるからコボルトかと」

「ははは、解る」

 バーニーが小熊似なのである。

「掃除してくれたからかな、凄く息が楽になったよ」

「妖精鈴花で吸入してるんだよ。お茶にも妖精鈴花の蜂蜜を入れたし」

「あれ高いやつだろ!?」

「必要な時に使えって、エンデュミオンに譲って貰ったから。〈暁の砂漠〉の人間は頑健だから余り使いどころがない。お茶に入れると美味しいけど。それよりシェンクはきちんと魔女ウィッチの診察を受けてるかい?」

「う……」

 シェンクの目が泳ぐ。

 プラネルトは片手を口元に当てて、魔女を召喚した。

「ヴァルブルガ、患者だよー」

 ポンッとヴァルブルガが現れる。折れ耳の三毛のケットシーは、おっとりと首を傾げた。

「呼んだ?」

「うん。患者」

 プラネルトがシェンクを指差す。

「え、ケットシー? 魔女?」

「ヴァルブルガはケットシーで魔女だよ。はいこっち来て」

 プラネルトはシェンクを暖炉の前の敷物の上に座らせた。

 とことことヴァルブルガも敷物の上に来て、診療鞄を〈時空鞄〉から取り出す。

「お膝乗るの」

 ヴァルブルガがシェンクの膝に乗り、目や喉の状態を診察していく。シェンクの胸に折れ耳を押し付けた瞬間、緑色の大きな瞳がギラリと光った気がした。

「本当なら入院させたいの」

「うえ!?」

「でも、プラネルトがいるならこのままここで安静。守らなければグレーテルの所に入院させるの」

 ヴァルブルガはシェンクのカルテを作り、薬の処方箋を書く。

「お薬後で届けるから。それまでこのまま妖精鈴花の吸入してね。寝室にもして欲しいけど暖炉ある?」

「無かったけど、熱鉱石の簡易コンロあるからそれでやるよ」

 プラネルトは野営道具を持ち歩いている。

「パトリック、詰所にいた?」

「さっきは隊長室にいたよ」

「じゃあ知らせておくの」

 シェンクの逃げ場を封じ込み、ヴァルブルガは帰っていった。

「何でヴァルブルガ……」

「従兄弟が〈Langue de chat〉に下宿していて、知り合いになったんだよ。ほら、ちゃんとお茶を飲んで。それ咳止めになるから」

 呆然するシェンクにプラネルトはマグカップを渡す。

「んま?」

「エアにはミルクティーにしてあげるよ」

 ─レーニシュも!

「はいはい」

 お茶を用意し、皆で敷物の上でお茶を飲む。

「あ、ジンジャーブレッド美味しい」

「これタンタンのだよね」

「うん、さっき貰った」

 プラネルトは小さく割ったジンジャーブレッドを、エアネストとレーニシュの口に入れてやる。

「んま」

 ─美味しい!

「シェンク、ここって自炊かな?」

「台所でも作れるし、あっちの宿舎の方にある食堂でも食べられるよ。鍋を持っていけばスープ入れてくれるし」

「じゃあ挨拶ついでに鍋持っていこう」

 作れる、とシェンクは言うが、台所には何もなかった。

 実はプラネルトの〈魔法鞄〉には材料はある。温室からケットシーの里に行った時に、ケットシー達から沢山貰ったのだ。あそこは常春だから、常に何かと収穫出来るらしい。

 明日の朝のスープは、今晩仕込めば良いだろう。

 テオフィルには何処に行っても世話焼きしていると言われそうだが、性分だと思っている。

 〈魔法鞄〉から引っ張り出した干し杏の瓶の蓋を開けてと押し付けてくるエアネストの頭を撫で、明日の朝食の内容を考えるプラネルトだった。




プラネルトは竜騎士(の指導官)なので、本来だと客分なのですが、身体がなまるので訓練や警備も入れて貰うようにしています。


パトリック隊長、すっかりティティのお守りをマスターしていたり。

ラファエルは相変わらず、美人です。


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― 新着の感想 ―
[一言] まことにアットホームな騎士団w そして遠慮がちな人にもがんがんお世話していくプラネルト♪ ラングドシャのやり方にすんなりはまる柔軟性がいいですね。 どこでも楽しめそうな感じw
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