竜騎士訓練の茸狩り
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杏茸の季節。
348竜騎士訓練の茸狩り
柔らかな秋の午後の陽射しが、幾分落葉した木々の隙間から疎らに落ちる中、孝宏は落ち葉の間から顔を出している鮮やかな橙色の茸を手に取った。
鮮やかな黄色や橙色のこの茸は、黒森之國で夏から秋にかけて収穫出来る杏茸だ。
北にあるリグハーヴスでは終わりの頃だが、暖かい王都ではまだ取り頃のようだ。
『ここ凄いなあ。普段誰も取らないんだろうな』
思わず孝宏は日本語で呟いた。
何しろ、テントを張っている広場から少し森に入った場所に、杏茸が群生していたのだ。
孝宏は黒森之國に来てから、茸の季節になると採取に行っている。リグハーヴスの街の近くの林でも茸が取れるので、街の住人はこぞって茸狩りに行くのだ。元猟師のカチヤは森の恵みである茸にも詳しく、〈Langue de chat〉の皆で茸狩りに行った。ケットシーの里が近所になった今では、茸の季節になると里のケットシー達が茸狩りに誘ってくれる。収穫後、大鍋いっぱいにクリームシチューを作って食べるのを、彼らは楽しみにしているのだ。その味を教えたのは孝宏なのだが。
面白い位に生えている杏茸を収穫し、籠に入れる。
「きゅっきゅ!」
「これは駄目?」
─死にたくなければ橙色のだけ取れって。
プラネルトが木竜グリューネヴァルトに叱られていて、それを雷竜のレーニシュが通訳している。変な茸を取ろうとしたらしい。
ディーツェは叱られていないので、杏茸だけちゃんと取っているようだ。
「キーラン、エンデュミオンに検査して貰うまで齧るなよ?」
「きゅう」
杏茸を抱えて運んできた風竜キーランの方が危なっかしいらしい。
グリューネヴァルトは流石木竜というだけあって、茸に詳しい。食べられない茸は取らせるつもりはないらしく、杏茸以外を取ろうとするとすかさず駄目出しが入るのだ。
死にたくなければ知っている茸以外取らない、と言うのは黒森之國では茸狩りの鉄則なのだと、孝宏も初めての年に教わった。
「すぐに夕食分は取れますね」
茸を取る為に折っていた腰を、孝宏は拳で軽く叩いた。下を見ていると腰にくる。
「そうだね。杏茸って〈暁の砂漠〉だと店売りで乾燥した物になるんだよ。生は初めて見るなあ」
「乾燥物の方が香りは強いんですよ」
「そうなのか」
プラネルトが杏茸の匂いを嗅いでみている。〈暁の砂漠〉では杏茸は生えないのだろう。
「これだけ取れたけど、まだ取る?」
少し離れた所にいたディーツェがキーランと一緒に籠を持って戻ってきた。籠いっぱいに杏茸が入っている。
「充分ですね。他の人達も取りますし、戻りますか」
竜騎士達が全員広場を空ける訳には行かないので、交代で茸狩りを行うのだ。ちなみにエンデュミオンは魔法使いの素質がある竜騎士数人に、魔法陣の講習をしている。
「本来はコボルトの魔法使いに頼むんだぞ!?」と文句を言いつつ、エンデュミオンは彼らに奇襲防止用の魔法陣を叩き込む気満々だった。「ついでに夏に便利な〈虫除け〉も教えてやる」と言っていたので、竜騎士は虫に刺され難くなるだろう。
ケットシーに教えを乞うのを是と思わない者もいるかもしれないが、王弟ダーニエルと闇竜ヴェヒテリンが目を光らせているので逃げられまい。
孝宏達が広場に戻るのに前後して、同じ時間に茸狩りに出ていた班も戻って来はじめていた。
魔法陣の講義は終わったのか、ダーニエルの天幕の前に簡易テーブルが置かれ、引っくり返した木箱の上に立ったエンデュミオンが、孝宏達より先に戻って来ていた竜騎士達の持って来た茸の検査をしていた。魔法陣が描かれた紙の上に広げられた茸を、火鋏で選り分けている。
「こっちは食用だが、こっちは食用ではない。食用の方だけ籠に戻せ。食べられないのはこちらの桶に入れてくれ」
一応茸狩りに行く前に、今の季節に食べられる茸の説明があったのだが、他の茸も取ってきたのだろう。竜も茸に詳しいのは木竜なのだが、例え木竜でも森生まれでなければ実物の茸を見ていないだろう。これは竜の訓練でもあるのだな、と孝宏は内心でほほうと思っていた。
「次は孝宏達か」
「うん。エンディ、この魔法陣はなに?」
「〈虫除け〉だ。茸に付いた虫を避ける」
「便利だね」
ざらざらと紙の上に籠の杏茸を乗せる。エンデュミオンは孝宏達の取ってきた茸を確認し頷いた。
「うん、全部杏茸だな。孝宏、今晩はクリームシチューか?」
「そうだね」
「楽しみだ」
杏茸はクリーム煮が美味しいのだ。クリーム煮をパスタや肉と絡めて食べるのが、黒森之國では好まれる。孝宏の場合は大概大勢で食べるので、クリームシチューにしている。
「この森の中、杏茸が群生してたよ。普段誰も入らないんだね」
「ふうん、勿体ないな。王領の森に近いからかな?」
「おかげで沢山取れたけどね」
孝宏は笑ってプラネルト達と杏茸を籠に戻した。
エンデュミオンは最後の班が戻ってくるまで天幕から戻らないので、孝宏達は先にテントに戻った。
「ただいまー」
孝宏には見えないが、風の精霊がテントを守ってくれていると、エンデュミオンから聞いていたので挨拶する。
ディーツェが抱えていた籠の杏茸に視線を落とし、孝宏に訊ねた。
「この茸ってどうするんだ? 洗うのか?」
「んー、細かい土や落ち葉とか落とすのが面倒だから、俺は洗っちゃう」
本来は茸専用のブラシで掃除した方が香りが飛ばないと言われているのだが、時間が掛かるし孝宏は洗いたい派だ。
〈魔法鞄〉からボウルを取り出し、杏茸に小麦粉をまぶして水で濯ぐ。エンデュミオンの魔法陣で虫除けしてあるので安心だ。
バターを落とした鍋で刻んだ玉葱とベーコン、ニンニクを炒め、杏茸を追加してから小麦粉を振り、粉気がなくなるまで炒めてから牛乳を足していく。ソースにするなら水分少なめにし、シチューにするなら牛乳や水を足せばいい。塩胡椒で味を整えれば完成だ。たっぷりの杏茸が入った贅沢なシチューだ。絶対に美味しい。
「パセリは乾燥のだけど後で散らそうかな。ミヒェル、弱火でお願い」
「はーい」
簡易竈の焚火から、火蜥蜴のミヒェルが返事をした。
何故ミヒェルが居るのかと言うと、「茸狩りに行く間に焚火消えない?」と言う孝宏の疑問に、エンデュミオンが「ならミヒェルを喚べばいい」と言ったからである。
孝宏が留守の間〈Langue de chat〉の家で料理をするのは主にカチヤだろうから、ミヒェルがいなくてもオーブンは使えるのである。焦げないように気を配る必要はあるが。
ミヒェルには「イシュカ達に聞いてから来てね」と言ったのだが、「大丈夫だって」と来てくれた。
野営の焚火に火蜥蜴を召喚したのを見て、プラネルトは笑っていたが、ディーツェは信じられないものを見る顔をしていた。だが孝宏は野良の火蜥蜴を召喚したのではなく、契約している火蜥蜴を召喚したのだからおかしくない筈だ。
ただし、一般家庭のオーブンに火蜥蜴は普通いないのを、すっかり失念していたのだが。
「─♪」
焚火の上ではミヒェルが丸まって鼻歌を歌っている。いつもは魔石オーブンなので、久し振りの焚火を楽しんでいるようだ。
弱火でシチューを煮込んでいる間に、孝宏は〈魔法鞄〉入っていた皮が真っ赤な林檎を幾つか取り出した。黒森之國は年中林檎が手に入るが、季節によって品種は変わる。孝宏は火を通すと皮の色が実まで染まるこの林檎が好きだった。そのままだと酸味があるが、火を通すと甘くなるので、お菓子作りにも最適なのだ。
ナイフで皮が付いたままサクサクと一口サイズにカットし、携帯用の鍋に少しの砂糖と共に入れる。それをミヒェルに頼んでじっくり熱を加えて貰った。簡単焼き林檎だ。軟らかくなるまで火が通ったら、ピンクに染まった林檎に肉桂を軽く振って絡める。パンに乗せて食べると美味しい。
孝宏が夕食を作っている間に、プラネルトとディーツェは、茸を抱えて汚れていた竜達の身体を、〈熱〉の魔法陣が刺繍された布に携帯用の鍋にもなる金物の食器を乗せ、お湯を沸かして拭いてやっていた。
「これ便利だなあ。火が熾せない状況の時でも使えるし。竜騎士団に配備されないかな」
「正確に魔法陣を縫い取れるお針子さんなら作れるみたいですよ」
エンデュミオンは魔法陣は描けるが裁縫は出来ないので、刺繍をしたのはヴァルブルガなのだ。
「コボルトの村に発注したら作ってくれると思いますけど」
コボルトは民族衣裳に刺繍が入っていて、それを自前で作っている。手先が器用な上、魔法陣の研究をしているのもコボルトだ。
「団長に頼むかなあ」
「食べ物は大事ですもんね。プラネルト、〈暁の砂漠〉ではどうしているんですか?」
「うちは火の魔石が入った携帯焜炉使ってるよ。こういうの」
プラネルトは〈魔法鞄〉から、鍋敷きサイズの金属の薄い箱を取り出した。蓋を開けると、孝宏も見覚えのあるカセットコンロに似た物が現れた。
「ここに火の魔石を嵌め込む」
携帯コンロの縁にあった窪みにプラネルトはビー玉サイズの赤い魔石を入れた。すると鍋を乗せる部分に、赤い魔法陣が浮かび上がる。
「おおー」
「昔〈暁の砂漠〉に遊びに来たっていう、ケットシーの魔道具師が残した技術なんだ」
「ケットシーの魔道具師?」
旅するケットシーの魔道具師の話は、記憶に新しい。
「……もしかしてモーリッツ?」
プラネルトが驚いた顔になる。
「ヒロは知ってるのか?」
「モーリッツって言う名前の魔道具師のケットシーなら、リグハーヴスに居る薬草師ケットシーでエンデュミオンの親友ラルスのお父さんです。エンデュミオンのお父さんのフィリップの親友で、いつも二人で旅してるみたいです。多分、今頃はヴァイツェアの辺りにいると思いますよ」
かなりのんびりとバロメッツのジルヴィアと旅をしているのだ。今年の冬は暖かいヴァイツェアにいるだろう。
「親子で揃って親友……?」
「ヴァイツェア公爵のところに顔を出す筈なので、〈暁の砂漠〉に寄って欲しければ、精霊便を出せば届きますよ」
國内で生きている者の名前が宛名にあれば、風の精霊は届けてくれる。
「そうか。族長が会いたがるだろうから伝えてみるよ」
どうやらモーリッツとフィリップは、あちこちで何かやっているようだ。
「凄いな、そんなにケットシーと知り合いなのか、ヒロは」
感心したようにディーツェが呟いているが、近所にケットシーが集団で住んでいるだけである。言えないが。
「一人と知り合うと結構芋づる式に知り合いますよ」
妖精の世界は結構狭い。
「きゅう」
簡易テーブルに置いて冷ましていた焼き林檎を、キーランが覗き込んでいた。お腹が空いたのかもしれない。
孝宏は全粒粉を混ぜて焼いた薄茶色いパンを小さく切って、軟らかい焼き林檎を塗り付け、キーランに渡した。
「はい、おやつ」
「きゅうー」
目をキラキラさせてキーランがパンを受け取る。
孝宏は手早くグリューネヴァルトとレーニシュの分も作って渡した。なんとなくこの中ではキーランが一番年下の気がする。
「味見程度ですけどどうぞ」
掌を上にして差し出すプラネルトとディーツェにも、一口分の焼き林檎付きパンを渡す。焚火から視線を感じたので、ミヒェルにも渡す。
「ただいまー。おやつか?」
エンデュミオンが茸検査から戻ってきた。もぐもぐと口を動かしている面々を見て、首を傾げる。
「焼き林檎作ってみたんだ。はいエンディも」
「うん。美味い」
一口でパンを口に入れたエンデュミオンの尻尾がぴんと立つ。
「孝宏、今日の夕飯もダーニエルとヴェヒテリンが来ていいかと言っていたぞ」
「量はあるけど、天幕でも作ってるんじゃないの?」
「孝宏が作った方が美味いからじゃないのか?」
「そうかなあ」
天幕にいるのはダーニエル付きの従騎士なので、料理技術もある人達だと思うのだが。きっと〈異界渡り〉の孝宏が作る料理に興味があるのだろう。そうに違いない。
エンデュミオンがダーニエルに「夕飯を食べに来い」と知らせに行き、ダーニエルと幼竜姿のヴェヒテリンと一緒に戻ってきた。
野営の夕食は本格的に暗くなる前には済ましてしまうので、他のテントからも炊事の煙が上がっている。
調味料は各自持ち込み可能だったので、スープの素位は持ってきていたのだろう。
肉類は狩っていないので、杏茸のシチューと焼き林檎付のパンが夕食だ。
「今日の恵みに。月の女神シルヴァーナに感謝を」
「シチューはたっぷりあるので、お代わりもどうぞ」
秋の陽は釣瓶落としであっという間に暗くなる。まだ西の空は熟した柿のような色をしているが、東の空は藍色に変わり、ぽつぽつと星が光り始めていた。
簡易テーブルの真ん中に光鉱石のランプを置いているので周辺は明るい。それぞれのテントでランプを点けているので広場はぼんやりと見えるが、これがテント一つしかなかったら真っ暗になるだろう。
「美味いな……」
杏茸のクリームシチューを一匙口に入れたダーニエルが唸る。
「王宮の料理人にも負けないぞ」
「俺のは家庭料理ですよ。炒めている時に白ワインを入れると、もう少しお店の味になるかも」
エンデュミオンはお酒も〈時空鞄〉に入れていたのだが、孝宏の〈魔法鞄〉には入っていなかったのだ。
─タカヒロの手から何か出ているのではないか?
小振りの携帯食器から顔を上げたヴェヒテリンがそんな事を言う。
「出てません」
出汁が出てそうな言い方をしないでほしい。きっと外で食事をしているという付加価値が、美味しく感じさせているのだ。そうだと思いたい。
「確かに凄い食い付きなんだよな」
プラネルトがパンに焼き林檎を乗せながら苦笑いする。
─美味しいー。
「きゅうう」
プラネルトの視線の先では、レーニシュとキーランが携帯食器に顔を突っ込んでシチューにがっついていた。グリューネヴァルトとミヒェルは孝宏の料理に慣れているからか、おっとりと杏茸を噛んでいる。
「……多分出てない筈」
使っている素材は普通の物である。謎だ。
「孝宏はやらんぞ」
ふうふうとスプーンで掬ったシチューを吹き冷ましていたエンデュミオンがぽつりと釘を刺す。ダーニエルがエンデュミオンに向き直った。
「スープの素のレシピは公開しているのか?」
「商業ギルドに登録してあるぞ」
「解った。レシピを買って竜騎士団にスープの素を配備しよう」
真顔でダーニエルが頷いた。
孝宏の作るものは知らないうちにエンデュミオンが商業ギルドに登録している。ギルドの孝宏の口座に今幾らあるのか、孝宏は知らない。
「団長」
ディーツェが片手を上げた。
「なんだ?」
「この〈魔法陣〉の鍋敷きも欲しいです。火を熾せない場所で使えます」
現在シチューの鍋は、〈保温〉の魔法陣が刺繍された布の上に置かれている。
「これは何処で求めた物か聞いても?」
「これはヴァルブルガが刺繍したんだ。腕の良いお針子に頼むと作れる。素材の糸は錬金術師か染物屋が作れるな。紹介状を書いた人狼の里に行けば、染物屋もお針子もいるから発注するといい。ただし、物々交換になる」
「物々交換?」
「コボルト達が欲しいものを聞いて渡せば良い。人族と価値観が違うから」
「成程」
─タカヒロ、お代わり。
ヴェヒテリンが空になった器を前肢でぺちぺち叩いた。自由である。
「はい、お代わりね」
孝宏は器にシチューをたっぷり注いであげた。
─これも美味い。
ヴェヒテリンはパンにたっぷり焼き林檎を乗せて齧っていた。
「林檎を丸ごと焼くより早いんだよね。クリームやアイスクリームを乗せても美味しいよ」
─よし、今度ねだろう。
キラリとヴェヒテリンの目が光る。
「今晩はこのまま夜の見張りの訓練ですか?」
プラネルトが手に持っている焼き林檎乗せパンをレーニシュに齧りつかせながら、ダーニエルに訊ねる。
「そうだ。三交代で行って貰う。体力や経験で順番を決めるといい」
「解りました」
その後は雑談と言う名のエンデュミオンの簡単な魔法陣講義になった。生活魔法である〈洗浄〉などは、魔法陣で固定すれば上に物を乗せるだけで綺麗に出来ると、食べ終えた器で実践し、ダーニエルを唸らせた。
エンデュミオンが言うには、昔に比べて随分と魔法陣魔法が衰退しているらしい。
魔法陣の研究はコボルトが先駆者なのでコボルトに聞け、とエンデュミオンは最後にコボルトに丸投げしていた。
どうやら学院でも現在は教授陣にコボルトはいないらしい。過去には居たのだそうだ。
「その辺りも要検討だな」と言って、ダーニエルはお腹を膨らませたヴェヒテリンを肩に乗せて天幕に戻っていった。食事の礼にと彼が置いて行ったのは、ラム酒浸けの氷砂糖の瓶だった。お茶に入れて使うものらしい。
「ハイエルンのコボルト狩りはいろんな所に影響を与えているようだな」
エンデュミオンが溜め息を吐いて、前肢で頭を掻く。
「コボルトは気の良い隣人なのにな」
ぽこりと膨らんだお腹を上にして寝ているレーニシュの口を布で拭いてやりながら、プラネルトも呟いた。
「まあ、今はコボルト達は人狼の庇護下に入ったから、コボルトに何かしようとすれば人狼を敵に回すだろう」
人狼の里はハイエルンの〈黒き森〉の麓や中に点在しているが、その辺りは人狼の自治区になっている。ハイエルン公爵でも手を出せないのだ。
「さて」
ぽむ、とエンデュミオンが肉球を打ち合わせた。
「夜の見張り、順番はどうする?」
「慣れから言うなら最初がヒロ、次が俺で最後がディーツェかな? 俺は普段から夜番もあるから」
〈暁の砂漠〉で警備の仕事をしているプラネルトが、該当者を次々と指定する。
夜の見張りは睡眠が短くなる真ん中の番が一番辛いと言われる。
「それか孝宏が最後だな。朝食を作るから」
「あー」
「そっか」
エンデュミオンの提案に、プラネルトとディーツェが納得した声を上げた。
結局順番は最初がディーツェとキーラン、次がプラネルトとレーニシュ、最後が孝宏とエンデュミオン、グリューネヴァルトになった。
綺麗になくなったシチューの鍋を洗い、お湯を用意し交代でテントの中で身体を拭く。〈洗浄〉も使えるが、気分的にさっぱりしたい。水魔法は孝宏以外が使えるので、水の不足はない。
「お先に休ませて貰います」
「風の精霊もいるが、何かあれば起こせよ」
「きゅっきゅ!」
「じゃあお先に」
─おやすみー。
風の精霊に砂糖菓子を渡し、孝宏とプラネルト達はテントに入る。ミヒェルはそのまま焚火の上で寝ていた。
「お、ふかふか」
テントの床に敷かれた毛皮が良い仕事をしている。ふんわりと暖かい。
孝宏はエンデュミオンと一緒に毛布にくるまった。グリューネヴァルトも胸元に潜り込んでくる。隣ではプラネルトとレーニシュが同じように毛布を被っていた。
テントの外にいる竜騎士達の声がさわさわと聞こえてくる。
慣れない訓練での疲労は少々感じるが、楽しいからか思った程の大変さはない。今回は交流会のようなものだから、竜騎士の本格的な訓練はもっと大変だろう。
ふうーと息を吐き、孝宏は目を閉じた。
リグハーヴスで茸の季節になると、ケットシー達から孝宏達に茸狩りのお誘いが来ます。
茸狩りの後は茸パーティー(鍋)になるという。
黒森之國の森は、誰でも森の恵みを採取する事が出来ます。
茸の季節になると、結構茸狩りに出かける人が多いのです。でも準貴族になると、自分では茸狩りをしないので、生えている茸を知らないのです。その為、訓練に茸狩りがあります。
竜も卵から人族が育てると、実地訓練が出来ないので、野生の竜と比べると知識に差が出ます。
グリューネヴァルトはエンデュミオンが育てていますが、森で長く暮らしていたので、茸にも詳しいです。