王都竜騎士隊へ(上)
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王都へ出発!
341王都竜騎士隊へ(上)
王都竜騎士隊の訓練に参加が決まり、孝宏はエンデュミオンとグリューネヴァルトに乗る訓練を始めた。
エンデュミオンが魔法使いギルドの地下金庫に保管していたグリューネヴァルトのハーネス型の手綱は、靴屋のオイゲンに確認して貰ったところそのまま使用可能だったので、二人して胸を撫で下ろした。
竜のハーネス型の手綱は魔道具になっていて、竜の身体の大きさに合せて変化してくれる代物で、新しく作るとかなりの出費になるらしい。
エンデュミオンと孝宏はリグハーヴスの街の外にある草原でグリューネヴァルトに手綱を付け、成竜になってもらった。街中で成竜が出現すると大騒ぎになるので、あらかじめアルフォンスに街の外での訓練の許可を貰っている。
「きゅっきゅー」
機嫌よくグリューネヴァルトが鳴いたあと、ぐぐっと身体が大きくなった。
「うわあ、大きい……」
「グリューネヴァルトは六百年生きてるからなあ。竜は長生きである程大きい傾向にあるんだ」
本当の大きさになったグリューネヴァルトは孝宏が見上げる位置に頭があった。
グルグルと喉を鳴らす音が大きく聞こえる。
「どうやって乗るの?」
「ハーネスの脇に掴まる所があるだろう? そこを掴んで前肢から登るといい」
孝宏の胸の前でスリングに入ったエンデュミオンが、ハーネスの持ち手を前肢で指す。
「あ、ここか。グリューネヴァルト、登るね」
「きゅきゅ」
大きくなってもグリューネヴァルトの可愛らしい鳴き声は変わらなかった。
孝宏は登りやすいように低い姿勢になってくれているグリューネヴァルトの背中に、エンデュミオンに教えて貰いながら上がった。
「うおお、結構高い」
「首の付け根の鞍に座ってベルトを締めて、首の両脇に脚を前に出すんだ。それで手綱を持つ」
「こう、かな? あ、意外と安定する」
「属性のある竜の場合は知能が高いから、手綱で方向を支持する必要は殆どない。言葉が通じるからな」
「うん」
「騎乗者を竜は魔法で守ってくれるが、万が一落ちても風の精霊に頼んでおくから、拾ってくれる。孝宏の菓子をやれば契約してくれるだろう。おおい風の精霊、こっちに来てくれ」
エンデュミオンは近くに居た風の精霊を呼んだ。なーに? と言う顔で五人ほど青い髪と服の風の精霊が寄って来る。
「孝宏と契約して守ってくれないか? 孝宏は美味しいお菓子をくれるぞ」
「こんな感じのお菓子だけど……」
孝宏は腰に付けていたポーチ型の〈魔法鞄〉から、キャラメルを取り出した。蝋紙を剥いて風の精霊が居る辺りに出す。ふわっと掌に風を感じ、キャラメルが浮き上がった。
「うん、契約してくれるそうだ。あと四つあるか?」
「あるよ。五人いるの?」
「ああ。最低でも一日一回お菓子をあげればいい」
落っこちた時に拾って貰えるのなら、一日五個のお菓子程度のお布施は問題ない。
「孝宏もイシュカも外部出力は出来ないが魔力はあるから、誰かが間に入れば精霊契約が出来るんだ」
「なるほど」
魔力はあっても出力出来ないので、魔道具で測ると魔力無し判定されるのだが。なにしろ孝宏もイシュカも精霊が見えない。黒森之國では精霊が見えないと魔力無しと判断される。実際は精霊が見えなくても、お礼として供物を渡せば、手紙を運んだりといった簡単なお願いは頼めるのだが。
「よし、少し浮いてみようか。ゆっくりな、グリューネヴァルト」
「きゅっ」
ゆったりとグリューネヴァルトが翡翠色の被膜のある翼を広げる。すうっと地上が離れていって、滑らかな動きに孝宏は驚いた。
「羽ばたく訳じゃないんだ」
「ココシュカと同じだな。魔力で飛ぶんだ」
魔物も竜も膨大な魔力がある。そして彼らも人族と同じく精霊魔法を使えるのだ。
まだ騎乗服が出来ていないので、セーターを着て来たが上空は風もあるし気温も低い。ある程度はグリューネヴァルトが調整してくれるが、秋になりはじめのリグハーヴスは涼しい。
「次は懐炉持って来た方がいいね」
「そうだな」
視界にリグハーヴスの街と領主館が収まる高度まで上がり、ゆっくりとした速さでグリューネヴァルトに水平に飛んで貰う。次に大きく円を描いて飛んでから、エンデュミオンが頷いた。
「体重移動が上手いな、孝宏」
「そう?」
孝宏も自転車には乗れるので、弧を描く時には自然と体を動かしていたようだ。
早く飛ぶ時には姿勢を低くする等、基本的な乗り方を教えて貰っていると、領主館の方から細身の水色の鱗をした幼竜が飛んで来た。
「ぴるー」
「あれはキュッテルだ。騎士隊のラファエルの風竜だな。グリューネヴァルトが飛んでるのを見て気にしてくれたかな?」
グリューネヴァルトの近くまでキュッテルが来たので、孝宏も挨拶した。
「こんにちは、キュッテル」
「ぴるるー」
「飛行訓練中だ。もうすぐ街に戻る。孝宏は中々いい乗り手だと、ラファエルに伝えるといい」
「ぴる」
「キュッテル、おやつあげる」
孝宏はキュッテルの口に、溶けやすい和三盆を木型で抜いた砂糖菓子を入れてやった。
「ぴるる! ぴるる!」
「美味しい? じゃあ今度領主館の竜達に差し入れするね」
「ぴる!」
領主館に戻って行くキュッテルを見送り、孝宏達も地上へと戻ったのだった。
プロのお針子の仕事は速い。アルフォンスから騎乗服の布地を受け取ったその日に注文をしたのに、一週間後にはマリアン達は孝宏とエンデュミオンの騎乗服を縫いあげていた。
頼んだのは孝宏の分だけだったのだが、「一緒にグリューネヴァルトに乗るならエンデュミオンのも要るじゃないの。布地も余ってたし作ったわよ」と、当然のように届けてくれた。同時に頼んでいた前抱き用のハーネスもある。
孝宏はエンデュミオンと一緒に騎乗するので、スリングよりきちんと前を向ける抱っこ紐的な物を頼んだのだ。孝宏の知る前抱き用抱っこ紐の格好良い版だ。騎乗服に合せて黒い布地で、しっかりと銀糸でリグハーヴスと竜騎士の紋章が縫い取られている。
(竜騎士専用抱っこ紐……)
孝宏が自分で注文しておいてなんだが、誰かから突っ込みが入りそうである。
(いや、これは必要な物だから。誰が何と言おうと必要だから)
もしグリューネヴァルトから落下して、知らない土地でエンデュミオンと離ればなれになったら、孝宏の生存確率は著しく低下する。何しろ孝宏の戦闘能力は紙である。おまけに〈異界渡り〉は珍獣レベルで珍しい。稀少な能力はないし、リグハーヴスに庇護されていると公表されているものの、攫われないとは言えないのだ。
竜騎士訓練は数日間あるので、その間は孝宏達は王都の竜騎士寮で宿泊する。
「野外訓練もやるんだー」
届いた訓練概要を皆で見ながら、孝宏は肩掛け鞄型の〈魔法鞄〉に着替え類をしまう。いつもテオとルッツに渡している美味しい携帯バーも勿論入れた。おやつにもなるので多めに。クッキーやキャラメルも入れてある。エンデュミオンの〈魔法鞄〉は物凄く物が入るので、野外調理用の小鍋や木製の食器、ヴァルブルガ特性〈熱〉や〈冷却〉の魔法陣が縫い取られた鍋敷きも入れる。干し肉と乾燥野菜、スープの素や調味料も忘れずに。気分は「備えよ常に」である。
「竜騎士って上位の騎士だけど、自分で調理するのかな」
テオの疑問にエンデュミオンが答える。
「どうだかな。訓練なら従騎士が付いて来る場合もある。特に上官ならな。新入りなら自分で作るだろう。訓練の内容によるな」
「……」
「……」
エンデュミオンとテオは鼻歌を歌いながらせっせと鞄に荷物を詰めている孝宏の背中を見た。
「きっと洗礼を受けるよな」
「多分な」
〈異界渡り〉で騎士でもない者が、準王家扱いの漆黒の騎乗服を着て現れるのだ。嫉妬と羨望が入り混じった目で見られるだろう。訓練である以上、王弟ダーニエルもツヴァイクも、ある程度は様子見をする筈だ。
「まあ、孝宏だからな」
「そうだね」
一筋縄で行く訳がない。おまけに孝宏の〈所持品〉にはエンデュミオンが含まれる。
行くとなったら一寸した旅行気分になっている孝宏に、怖いものはなさそうだった。
「じゃあ〈魔法鞄〉におかず作り置きしてあるから食べてね」
飛行訓練以外は、孝宏は留守の間の作り置きに精を出していた。
「ヒロがいない間は俺達も店を手伝うから、こっちの事は気にしないで大丈夫だよ」
孝宏が抜ける分の穴埋めは、テオとルッツがしてくれるので安心だ。イシュカだけだと食事面がかなり不安だが、カチヤとテオは料理が出来る。
「気を付けてな」
「うん」
最後にイシュカに頭を撫でられてから、孝宏はグリューネヴァルトの背中に上った。
「よし、行こう」
グリューネヴァルトが上昇し、王都へと鼻先を向ける。地上へと手を振って、孝宏とエンデュミオンは王都へと出発した。
それなりに早く飛ぶ練習もしたので、リグハーヴスの街はあっという間に背後に消える。開拓が遅かったリグハーヴスは街は一つしかなく、他は村が点在する領地だ。目下のところ暫くは森と草原が続く。
「川広いねえ」
「〈黒き森〉の奥にある常雪の山からの雪解け水だな。あの川の支流が黒森之國の各地に走っているんだ」
黒森之國は山や渓谷があって、他の領を経由しないといけない領もある。隣り合うリグハーヴスとハイエルンの間にも黒森之國最大の大河が流れており、南側にかなり迂回しないといけなかったりと、陸地移動には不便な場所が多い。
「だから転移陣が発達したのかなあ」
「昔は平民も竜を手に入れられたから、空での移動もあったんだがな。竜の卵を王家に献上しなければならなくなってから廃れたようだな」
「そっかあ」
恐らくその頃はまだ國内が落ち着いていなかったのだろう。でなければ空からの脅威を恐れる筈がない。
リグハーヴスから南西に飛べば王都が見えてくる。朝リグハーヴスを出た孝宏達は、昼前には王都を目視出来た。
天気も良く上空からの地理をエンデュミオンに教えて貰いながら飛んでいたので、退屈もせず楽しい旅だった。
「竜騎士隊本部に下りろって手紙には書いてあったよね」
「ああ。昔と場所は変わらない筈だから、城の左側のあの大きな広場がある場所だな。魔法使いの塔が右側だ」
「あ、他の竜もいるね」
「竜舎と竜騎士寮もあるからな」
王城は左右対なすように作られているが、後から増築したのか竜騎士隊本部がある左側の方が建物が増え、広場の敷地が広くなっているのが上空から解った。
「ねえ、グリューネヴァルト大きくない?」
上から広場の端に居る他の竜と世話をしている者達の大きさと比較して、グリューネヴァルトは大きかった。
「グリューネヴァルトと同じ位の大きさは、闇竜ヴェヒテリン位だろうな。他はもっと若いから。古い竜は大抵土地の守護竜になってしまっているか、引き籠って人前には出てこない」
「そうなんだ」
グリューネヴァルトに気付いたらしい地上の人間が、場所が空いた広場に下りて来るように合図するのが見えた。
「広場に降りよう、グリューネヴァルト」
「きゅー」
沢山飛べて満足した声を上げ、グリューネヴァルトが高度を下げる。そのまま静かに芝が刈り込まれた広場に着陸した。
茶色い上着の従騎士が駆け寄ってくる。
「所属と名、騎乗竜を確認します!」
「リグハーヴス公爵領所属、塔ノ守孝宏」
「同じくエンデュミオン。騎乗竜は木竜グリューネヴァルトだ」
「か、確認致しました! ヘア・タカヒロとエンデュミオンには隊長室へご案内致します!」
「解りました」
孝宏はようやく慣れて来た手順でグリューネヴァルトの背中から下りた。下りた合図として、ぽんとグリューネヴァルトの前肢を軽く叩く。
「きゅっ」
一声鳴いて、グリューネヴァルトは見慣れた幼竜の大きさになって、孝宏の肩に乗った。
「竜の世話はいかがしますか?」
「グリューネヴァルトの世話はこちらでするから構わない」
「承知致しました。では隊長室へご案内致します」
従騎士が先に立って歩き始める。
グリューネヴァルトは普段から幼竜の姿なので、エンデュミオンと同じ物を食べて、桶風呂に入って一緒に寝ればいいので、物凄く手間のかからない竜である。逆に言えば、孝宏の料理や菓子に慣れている為、舌が肥えてしまっているのだ。竜舎に預けて、そのままの野菜や木の実を与えられても文句は言わないだろうが、その後で必ず孝宏におやつをねだりに来る気がする。
抱っこ紐でエンデュミオンをくっ付けたままの孝宏が、案内の騎士のあとに付いて歩くのを、周囲に居た他の騎士の視線が追う。ちらりとエンデュミオンが見た所、彼らの腕にも〈竜と剣〉の紋章が刺繍されていたので竜騎士だろう。
黒森之國の軍は、一般騎士も竜騎士も上着の色は青い。胸章があるのが王宮詰めの騎士で、腕章のみだと城下詰めの騎士だ。所属・階級紋は襟と腕に入るので、見慣れると所属と階級が判断出来る。
他の騎士服の色は、従騎士が茶色、王族・準王族が漆黒、聖騎士が白などである。
孝宏の騎士服は漆黒で、リグハーヴスの紋章と竜騎士の紋章はあるものの、階級章はない。この國で漆黒の髪は〈異界渡り〉の血統しかいないので、あいつは誰だ状態なのだろう。
ハイエルンの〈異界渡り〉の末裔であるカイの血統の人狼は漆黒の髪で、軍属の者もいる筈なのだが。
騎士隊本部の二階の窓で人影が動いた。誰か見ていたようだ。
ふん、と鼻を鳴らしエンデュミオンは黄緑色の目を細めた。
孝宏、竜騎士訓練をするお話に入りました。
軍属ではない孝宏ですが、竜騎士(仮)という形でリグハーヴス所属になります。
合理的な考えをする孝宏なので、エンデュミオンを抱っこ紐で自分とくっつけるという暴挙も平気でやります。
大魔法使いの扱いが、多分一番雑なのが孝宏です。孝宏にとっては可愛いケットシーなので。
孝宏の「備えよ常に」は、訓練で発揮されるのか……?