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ルッツとおはじき

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

物の価値は人それぞれです。


34ルッツとおはじき


 地下迷宮からの逃亡者は、リグハーヴスの空き家に潜んでいるのが発見され、意外にも呆気なく捕まった。

 持ち逃げした魔石をどうするつもりだったのか、誰に売るつもりだったのかはまだ白状していないらしい。何より、彼らは魔石を持っていなかったのだ。

 何処に魔石を隠したのかと問うても、知らぬ存ぜぬだと言う。しまいには、魔石を持ち逃げした証拠があるのかと開き直り始めたらしい。

大魔法使い(マイスター)フィリーネが、逃亡者達が魔法を使った軌跡を追う事に決まったって、噂になってたよ」

 カールの店(<麦と剣>)にパンを買いに行っていたテオが、情報収集して来ていた。

「やはりそうなったか」

 エンデュミオンによれば、基本的に魔法を使う者は、同じ精霊ジンニーの力を借りる。つまり魔法使いの回りには固定の精霊がいるものらしい。その精霊の力を追跡すれば、軌跡を追えるのだと言う。

 大魔法使いフィリーネの精霊は、大概の精霊より上位なので、そういった事が出来る模様だ。下位の精霊に上位の精霊の追跡をさせようとすると、嫌がられると言う。

「おはじきー」

 テオと一緒に出掛けていたルッツは、裏起毛のケープを脱がせて貰い手を洗うと、寝室にてとてと走って行った。折り返し戻って来た手には革袋を持っている。

 ルッツは居間の毛足の短いラグマットの上に、革袋の中身を空けた。生成の明るい色のラグマットに、色とりどりの魔石が転がる。

「ルッツも魔石持ってるんだね」

「いや、俺と会った時、ルッツは何も持ってなかったけど。俺の魔石はここの金庫に預けてあるし、玩具おもちゃにするって知らなかったから渡してない」

 孝宏たかひろとテオは視線をかち合わせた。そそくさと、二人でルッツの傍にしゃがみ込む。

「ルッツ、触って見せて貰っても良い?」

「あい」

 了解を得たので、ラグマットに転がる魔石を調べる。

「テオ、これトラピッチエメラルドなんだけど」

 柑橘類を切った時の断面に似た模様のおはじき状の平べったいエメラルドだ。魔石は研磨された状態で魔物から出てくるのだ。

「あと、この辺キャッツアイだし」

 半円をした緑や赤、青、黄色の魔石には光の筋が一本綺麗に入っている。

 トラピッチエメラルドにしろ、キャッツアイにしろ、稀少な魔石だ。全て金貨で取引される代物だ。

「エンデュミオンが玩具にあげたんじゃないよね?」

「違う」

 一応確認するが、エンデュミオンは首を振った。テオがルッツの耳の間を掻いた。

「ルッツ、これどうしたんだ?」

「ひろったの」

「いつ?」

「このあいだ。よる」

「どこにあったの?」

「おへやのそと。はしってきたひとがころんでおとしたの。ひろいにこなかったから、ルッツひろった。ルッツのもの」

「誰が落としたか、解ったりする?」

「ひもでつながってたひと」

 孝宏とテオはラグマットに両手を付いてしまった。

「と、逃亡者だよね、やっぱり」

「うあー、騎士団に事情聴取されに行かなきゃならないー」

 この魔石は証拠品なのだ。しかし、裸石で拾っているので、所有権はルッツにある。

 それを騎士団の人が理解してくれるかだ。理解してくれなければ、玩具を取られるルッツに呪われるだけだと思うが。

 二人が嫌な汗をかいている居間に、ヴァルブルガが店から上がって来た。

「孝宏、テオ。お店にフィリーネと騎士団の人来たの」

「ええ!?」

「精霊追跡したら、ここの裏通り通ったって。何か聞いてませんかって。下の居間に居るの」

「解った、すぐ行くよ」

 ヴァルブルガを先にイシュカの元に戻し、テオはルッツの頭を撫でた。

「ルッツ、このおはじきを集めて一緒に下に行こう」

「あい」

 肉球のついた前肢でむにゅむにゅと魔石を掴み革袋に入れたルッツを抱き上げたテオと、エンデュミオンを抱き上げた孝宏は<Langueラング de chatシャ>に下りた。


 大魔法使いフィリーネと騎士団の白い騎士服を来た蜂蜜色の巻き毛の少年が、一階の居間のソファーに腰掛けていた。

 エンデュミオンを向かいの一人掛けソファーに下ろし、孝宏は台所にお茶(シュバルツテー)を淹れに行く。熱鉱石の焜炉こんろはすぐにお湯が沸くのだ。

 テオもエンデュミオンが居るソファーにルッツを下ろした。自分は隣の一人掛けソファーに座る。

「お邪魔してます」

「ご苦労様です」

 お互いに挨拶をする。精霊追跡をするのに飛行魔法を使う為、体重の軽い騎士が選ばれた様だ。どう見ても秋に学院を卒業したばかりの小柄な少年だ。ケットシーが珍しいのか、エンデュミオンとルッツを交互に見ている。

「彼は騎士団のヘア・ギード。逃亡者の件で、潜伏先から〈黒き森〉の出口まで精霊の気配を追って往復して来たの。この店の裏通りを彼らが通っている筈なのだけれど、何か聞いたり見たりしていないかしら。深夜だったと思うから就寝中だと思うのだけれど」

 往復して来たと言うが、ここまで来るのに三日掛かった孝宏からしてみれば、恐ろしく速い移動速度だ。噂が出た頃にはもう出発していたのだろうが、やはり障害物の無い空を飛べると違うらしい。

「孝宏とエンデュミオンは寝ていたから知らない」

 フィリーネの問いにエンデュミオンは、右前肢を振る。テオは腹を決めて口を開いた。

「俺も寝ていたんですが、ルッツは起きていたみたいです。ルッツ、借りるね」

「あい」

 テーブルに手拭いを敷き、革袋の中身を広げる。フィリーネとギードが目を大きく見開く。

「これは……!?」

「ルッツひろった。ごうがいのひの、まえのよる」

「それって、逃亡者がリグハーヴスの街に入った晩よ!」

「なんにんかはしってきて、ひとりころんだ。ませきおとしたけど、ひろわなかった。いらないならルッツひろう」

「ルッツは落とした人物が逃亡者の中に居ると言ってました。ケットシーは夜目が利くので見えた様です」

 テオが補足する。

「奴等が魔石を持っていたと言う証言が出てきましたね、マイスター・フィリーネ」

 真夜中だったので、証言が少ないらしく、ギードの頬が紅潮する。

 しかし、テオはここから言い難い事を言わねばならない。

「それでなんですけどね、この魔石はルッツの所有物になっちゃってるんです」

「どういう意味かしら?」

 説明はエンデュミオンが引き受けた。

 ケットシーが魔石を裸石で拾った場合、所有権を持つ事。それは管理小屋を通っていようがいまいが関係無いのだと。

「ルッツのおはじきー」

「つまりこれは最早ルッツの玩具なのだ」

「玩具って、これ幾らすると思ってるんですか、師匠せんせい。トラピッチエメラルドなんか、下手したら王都博物館行きですよ?」

「もし騎士団や公爵や王家がルッツから取り上げたら、泣いて呪われるだろうなあ」

 ふふ、とエンデュミオンが笑う。隣ではルッツが魔石を革袋に戻し、頬擦りしている。

 ごくりとフィリーネの喉が鳴った。

「……無理、ですか?」

「無理だな。証言だけルッツにして貰え」

 うっかり死ぬかもしれんぞ、とフィリーネの耳に囁く。

「解りました。公爵と王家には私が説明致しますわ」

「宜しいのですか?マイスター・フィリーネ」

 フィリーネはギードの肩を、真顔でぽんと叩いた。

「ギード少年、命は大事よ?」

「え、あ、勿論です」

「大丈夫、騎士団長にも説明するわ。あなたはちゃんとお仕事をしました」

「は、はい」

 騎士団長にもケットシーの生態を教えておかなければならないと、フィリーネは決心する。

「今まで外にいらしたんなら、冷えたでしょう?お茶を飲んで行って下さい」

「まあ、有難うヒロ」

 淹れたての紅茶と、皿に盛ったクッキー(プレッツヒェン)を出す。このクッキーは店に出した残りの半端な物を、保存容器に入れておき、休憩中のおやつにしている物だ。

 その為味は様々だし、先日作ったフロランタンも混ざっている。

 フィリーネは普段ヴァイツェアの魔法使いギルド本部に暮らしているので、リグハーヴスにはたまにしか来ない。

「やだ、食べた事無い物ばかりだわ」

 どれを選ぶか大いに迷っていた。好きなだけ食べてくれれば良いのだが。

「うちの子の事でお手数掛けますし、お土産に少し包みますよ、マイスター・フィリーネ」

「本当?いいかしら」

 見た目は可憐な少女の大魔法使いフィリーネが目を輝かせる。

「騎士団にも差し入れに包みますね。男の人ばかりだろうから、甘い物はどうかとも思いますが」

「いえ、有難うございます。……頂きます」

 礼を言ってから、ギードは手近にあったフロランタンを摘まんだ。かりり、と一口齧って驚愕の表情になり、口元を押さえる。

「何ですか、これ!」

「お口に合いませんでしたか?」

「違います!うわ、美味しい……」

 一瞬エンデュミオンの眼が光りかけるも、ギードの続いた言葉に、うんうんと頷く。

「こんなの差し入れに頂いて良いんですか?」

「普段から店にサービスで出してるんですよ」

 孝宏はギードにお茶のお代わりを注いでやる。フィリーネがギードに解説する。

「ここはルリユールで貸本もしているのよ。領主館の騎士、ヘア・ディルクとヘア・リーンハルトも常連なのよ。ここのお客は、閲覧場所でお茶とお菓子を頂けるの」

「そうなんですか。僕でも借りられますか?」

「一回一冊銅貨三枚、貸し出し期間は二週間だ。早めに返せば期間内にもう一冊無料で借りられるぞ。時に少年、文字は読めるのか?」

「はい、難しくなければ」

「じゃあ、休みの日にでも借りに来ると良い」

「そうします」

 あっという間にギードはエンデュミオンに慣れてしまっている。順応力が早い少年だ。

 ルッツはテオの膝に移り、クッキーに夢中になっていて大人しい。

 テオとルッツは翌日改めて騎士団で事情聴取を受け、調書を作製する事になった。逃亡者が持ち逃げした魔石の形状や種類も、記しておかなければならないそうだ。

 フィリーネとギードはお土産の入った紙袋を持って、騎士団に報告すべく戻って行った。


 夜中に移動する彼らを見たと言う証言者はルッツ以外にも何人か現れた様で、逃亡者は罪を免れなかった。

 誰と取り引きをしていたのかは、黙秘を貫いていると言う。

 この件があってから、魔石の代金は分割でギルド口座から引き落としも出来る様になった。


 ギードが騎士団に持ち帰ったクッキーは、一人一枚と言う事で、欲しい味を選ぶ為の壮大なジャンケン大会が繰り広げられたと言う。



ルッツは幼児です。魔石イコールおはじきとしか思っていません。

自分が重要な証言をしているとも自覚していません。

所で錆猫も基本女の子らしいのですが、ルッツは二色錆で男の子です。


騎士団のクッキーを掛けたじゃんけん大会。暑苦しいに違いありません。

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